番外編 明莉ちゃんと充実

 初めて見た時は不思議な子だと思った。


 陽太君の妹さんというのは知っていたけど、私や澪が陽太君の家に行くとじっと見てくる。


 澪は「人見知りしてるんだよ。お姉ちゃんみたいだよね」と言っていた。


 私の場合は相手にバレたくないから気配を消すので少し違うけど、確かに似てるのかもしれない。


 人見知り同士なので絶対に関わることはないんだろうなと思っていた。


 だけど夏休みのある日。


 遅くまで陽太君とお話してる澪を迎えに行った時にたまたまリビングから出てきた妹さんと鉢合わせた。


 もちろん会話なんかなくそれで終わるはずだった。


 だけど。


「澪ちゃんのお姉さんですよね」


「は、はい」


 声をかけられるとは思ってなかったので、声が裏返った。


(恥ずかしい)


「澪ちゃんのこと好きですか?」


 真剣な質問だから気づいていないのか、それともスルーしてくれたのかは分からないけど、声が裏返ったのは流してくれた。


「す、好きだよ。どうして?」


「私もね澪ちゃんのこと好きなんだけど、なんかね違うの」


 妹さんは自分で言ってはいるけど自分でもどういうことなのか分からない感じに見える。


「えっとね、好きなんだけどモヤモヤする?」


「それって陽太君を取られて寂しいってこと?」


「……違うもん」


(あ、可愛い)


 今までずっと遊んでくれていたお兄ちゃんが、いきなり現れた友達の女の子に取られて寂しくなっちゃったみたいだ。


「陽太君に一緒に居たいって言えば陽太君なら居てくれるんじゃない?」


「だから言えないんじゃん」


(いい子だなぁ)


 陽太君にとって澪と一緒に居るのは何よりも嬉しいこと。


 それを邪魔したくないようだ。


「そうだ、私もさ澪が居なくて寂しいから一緒に遊んでくれない?」


「別に私は寂しい訳じゃ」


「それじゃあ、毎日一人で寂しい私と遊んでください」


 私も正直に言うと澪に構って貰えなくて少し寂しかった。


 澪には「お姉ちゃんも一緒に行く?」と聞かれることもあるけど、二人だけの空間を邪魔したくないから断っていた。


「駄目かな?」


「ううん。遊んで」


 妹さんはそう言うととても可愛い笑顔になった。


「可愛いよぉ。私って妹大好きなのかな」


「あ、そういえば」


 妹さんが何かを思い出したようで、私の耳元に顔を近づける。


「お兄ちゃんのことって呼ばないの?」


「な、んでそのことを」


 陽太君のことをよう君と呼ぶのは二人きりの時だけにしている。


 陽太君は約束を破るような子ではないからもしかしたら口を滑らせてしまったのかもしれない。


「えと、その……」


 急に妹さんの態度が変わった。


 目をキョロキョロさせて何かを考えている様子だ。


「盗み聞き?」


「ちが……わないです」


 妹さんがしゅんとする。


「ごめんなさい」


「いいよ、でもその代わりに二つだけお願い聞いて貰っていい?」


 妹さんが勢い良く首を縦に振る。


(やる事が全部可愛い)


「えとね、一つ目が敬語をやめて欲しいな」


 陽太君にも言ったけど、私はあんまり敬語を使われるのが好きではない。


 それに気づいたのは陽太君と話してる時。


 なんか距離感を感じて嫌だった。


「でもお姉ちゃんだから」


「陽太君みたいなことを。途中で敬語抜けてたから大丈夫だよ」


「え……」


 どうやら無意識だったみたいだ。


「敬語やめてくれなかったら陽太君に盗み聞きのこと言うからね」


「それは駄目です。お兄ちゃんに怒られる」


 陽太君が怒った姿が想像出来ないけど、怒るとすごいとは澪から聞いた。


「じゃあ敬語やめてくれる?」


「は……うん」


「ありがとう。次ね、明莉ちゃんって呼んでいいかな?」


「え、はい」


「敬語」


「あ、うん」


 驚かれてしまったけど、妹の友達として紹介された陽太君のことを名前で呼ぶことは出来たけど、明莉ちゃんを名前で呼ぶのには少し抵抗があった。


 多分コミュ障の私には人の名前を呼ぶって行為が苦手なんだと思う。


「じゃあ明莉ちゃん。明日から一緒に遊んでね」


「うん。えーっと、すずお姉ちゃん」


「ほんとに可愛い。澪と陽太君が結婚したら明莉ちゃんは合法的に私の妹になるんだよね」


 私は嬉しさのあまりに明莉ちゃんに抱きついてしまった。


「澪ちゃんと違って圧が……」


「あ、ごめん」


 苦しそうというよりどこか幸せそうな明莉ちゃんを離して手を握る。


「明日澪と一緒に来るね」


「うん。いっぱい遊ぼうね」


 明日の約束なんて家族以外では初めてする。


 大学では知らない男の子から誘われることはあるけど、全て断っていた。


 だから初めてする友達との遊ぶ約束。


 今から楽しみでしょうがない。


 その後に呼びに行った私が帰って来ないのを不思議に思ったお母さんがやって来て「冷実にまで友達が……」と目を丸くして驚いていた。


 そして明莉ちゃんのお母さんもリビングから覗いていて「明莉と遊んでくれる人が……」と泣きそうになっていた。


 反応の差を見て明莉ちゃんのお母さんがどれだけいい人なのかが分かってしまう。


 次の日から私と明莉ちゃんは毎日のように、というか毎日遊んだ。


 明莉ちゃんおすすめのゲームをしたり、明莉ちゃんの宿題を見たり、ゲームをしたり、たまに勉強を見たりした。


 きっとこれが充実した毎日というんだと思う。

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