番外編 私の自覚

「お姉ちゃん」


「今日も?」


「だって……」


 陽太君に背中の傷を見られてから陽太君を起こしに行っていない。


 夏風邪だったのもあるけど、単純に恥ずかしいから。


 陽太君なら受け入れてくれるとは思っていたけど、陽太君は私を私として見てくれて本当に嬉しかった。


 だから私はそんな陽太君に嫌われないように少しでも綺麗な状態の私を見て欲しい。


 なので寝起きの私なんて見られたくない。


「今まで散々見せてきたんでしょ?」


「そうだけど、今まではあれだっし」


 今までは友達だからと少ししか気にしてなかったけど、今は……。


「自覚したのね。でも陽太君は今までの澪がいいんじゃない?」


「そうだとしても、陽太君には一番の私を見て貰いたいんだもん」


 だから私は今まで興味がなかったお化粧をお姉ちゃんに習っている。


 お姉ちゃんが「気づいたらちゃんと自分を見てくれてるって証になる程度のお化粧がいいよ」と言ったのでそんなに派手にはやってない。


 陽太君は気づいても言わないことがあるから分からないけど、お化粧したことは何も言われてない。


「陽太君にとってはいつもの澪が一番って言いそうだけど」


「私もそう思うけど……」


 そんなのは言ってくれなきゃ分からない。


 それに。


「私さ、陽太君のこと好きなんだよ」


「知ってる」


「なんで?」


「多分知らないの陽太君だけ」


 衝撃の事実を聞かされた。


 陽太君を好きだと思ったのは傷を見て貰った時だけど、私はそれより前から陽太君のことが好きだった。


 その事がみんなにバレていたと言うことは……。


「そんなに好き好きオーラ出してた?」


「他のお友達から言われなかった?」


「あぁ……」


 今思い返せば、私が否定していただけで影山さんに色々言われていた気がする。


「恥ずか死ぬ」


 私は恥ずかしさから顔が熱くなったので、両手で顔を覆いお姉ちゃんから顔を逸らす。


「私の妹が可愛い。知ってたけど」


「うるさい」


「女の子が恋を知ると可愛くなるってのはほんとなんだね」


「うるさいよ!」


 自覚したことを自覚したら今までしてたことが一気に恥ずかしくなってくる。


 まぁその時も恥ずかしかったんだけど。


「次は陽太君を自覚させる番だけど、このままだと陽太君に嫌われるよ」


「なんか色々聞きたいことがあるんだけど、嫌われちゃう?」


「まずそっちなあたり本気だよね。陽太君だから嫌いになることはないだろうけど、泣くかもね」


 想像出来ることを言われて少し焦る。


 確かに最近の陽太君は私に会うととても嬉しそうにしてるけど、どこか寂しそうでもある。


 それが朝会えないからだと思うのは自惚れかもしれないけど、このままだと陽太君が泣く未来が見える。


「澪は朝会うことよりも女の子なのを取ったみたいだけど、それも陽太君には伝えてない訳だしね」


「言える訳ないでしょ」


 自分のことばっかりで陽太君に酷いことをしてるのは分かるけど、それでも私は……。


「陽太君に好きって言って貰いたいんだもん」


 お姉ちゃん相手にモジモジしても仕方ないけど、言ってて結構恥ずかしい。


「……可愛すぎやん」


「お母さんと私の語尾を変って言ってたお姉ちゃんが……、どしたの?」


「気にしないで。でも陽太君に自覚させるのは大変そうだよね」


「さっきから自覚って何?」


 私はずっと陽太君のことが好きだったけど、別に陽太君の好きは友達としてだから自覚もなにもない。


「そっか、なんでもないよ。陽太君に好きって言われたことってないの?」


「あるよ。あるけど……」


 それはあくまで友達として。


 多分陽太君にとって私は異性と言うより友達なんだと思う。


 女の子とは思っているけど、異性とは見られていない。


「なるほどなるほど」


 お姉ちゃんが何かを考えているように見える。


(嫌な予感しかしない)


「それってつまり私が先に陽太君に好きになって貰ったら付き合っていいってこと?」


「……は?」


 いきなりのことで頭の整理がつかない。


「だって陽太君はまだ澪のこと友達として思ってる訳じゃん? なら別に私がアプローチしてもいいってことでしょ?」


 確かにそうだ。


 私は勝手に最終的に付き合うのは私だと思っていたけど、みんな陽太君の優しさを知らないだけで、それを知ったら引く手あまただ。


「お、お姉ちゃんは陽太君のこと好きなの?」


「好きだよ? 陽太君みたいないい子に養われたい」


 嘘なのか本気なのかが分からない。


 姉妹だから好きになる人が似るのかもしれないけど、それはつまりこの庇護欲を煽られるお姉ちゃんと戦わなければいけないということ。


「じゃあ私は陽太君を起こしに行ってくるね」


 私が色々と考えているうちにお姉ちゃんは出て行ってしまった。


「陽太君がお姉ちゃんと付き合う……」


 考えただけで寂しい気持ちになる。


 家族以外の人と話すことが出来なかったお姉ちゃんが、家族以外の人と初めて素でちゃんと話してるのを見た。


 そんな相手がいることに嬉しさはあったけど、陽太君を取られると思うと……嫌だ。


 色々なことを考えてしまう。


 もし帰ってきて「陽太君と付き合うことになった」なんて言われたらどうしようとか「陽太君に好きって言われたよ」って言われたら。


 その時私は泣く自信がある。


 というか想像しただけで今泣いている。


「やだよ」


 本気で好きになるっていうのがこんなに辛いなんて思わなかった。


 きっと陽太君なら私を選んでくれるって勝手に思い込んでた自分も嫌だ。


 陽太君なら私なんかよりもずっといい人が好きって言ってくる可能性だってある。


 現にお姉ちゃんがそうだ。


 陽太君を起こせて、男の子が好きな守りたいタイプで、何より胸が大きい。


 陽太君は男の子なのか不安になるくらいに胸に関心がないけど、それでもずっと迫られたらどうなるか分からない。


 そもそも胸に関心ないのが、私にないからかもしれないけど、影山さん相手にもそうだからきっと違う。


 友達のことをそんな目で見ないのかもしれない。


「友達……」


 ずっと好きなことを否定し続けたことが今になって恨めしくなる。


「どうしたらいいの」


 私はそのままお姉ちゃんが帰ってくるまで泣き続けた。

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