番外編 澪は変態

「陽太君がさ、お姉ちゃんの声を綺麗って言ってたの」


「どうしたの急に?」


 私は陽太君に会ってから自分を偽るのをやめた(家の中では)。


 澪は夏休みが始まってから毎日陽太君のお家に遊びに行っている。


 遊びと言っても、お話したり勉強したりしてるだけのようだけど。


 そして今日も陽太君のお家に行こうとしてるのだけど、リビングのソファで体育座りをしていた私に声をかけてきた。


「陽太君ね、私の声も綺麗って言うの」


「自慢話?」


「違くてさ。陽太君を起こせるのは私だけって思ってたけど、お姉ちゃんも出来るのかなって」


 そう言う澪の顔は少し複雑だ。


 多分私が起こせなかったら嬉しいけど、もし私が起こせたら悲しいのだろう。


「その実験いる?」


 どっちにしても私に得がない気がする。


「もしお姉ちゃんも起こせるんだったら私が陽太君をどうしても起こしに行けない時にお願い出来るでしょ。嫌だけど」


 もし起こしに行けない状況になっても意地で行きそうと思ったけど、言って風邪の時に無理して行かれたら困るから言わないでおく。


「ほら、もし外で待ち合わせした時とか、陽太君に最初に服を見て貰いたいけど、着替えに時間取られて時間に間に合わないとかになったら嫌じゃん?」


「着替えた後に澪が起こしに行けばいいじゃん」


「そうだけど……お姉ちゃんは嫌?」


 澪が上目遣いでそんなことを言う。


 正直言って可愛すぎて断ることなんて出来ない。


 という事で私は初めて男の子の部屋にやって来た。


 陽太君のお母さんと妹さんになんか変な奴が来たって絶対に思われた。


 だってお母さんは微笑んでたし、妹さんは少し怒ってたように見えた。


 澪が「人見知りのお姉ちゃんです」って説明したらお母さんが嬉しそうに妹さんを連れてリビングに戻って行った。


「帰りたい」


「しー。陽太君は私の声が聞こえたらそれだけで起きちゃうんだから」


 澪が私の耳元でそう囁く。


 なので私は頷いて答える。


 そして二人で陽太君のベッドの隣に座る。


 この後に陽太君に声をかけて終わりかと思ったら、澪がベッドの端に両手を置いて食い入るように陽太君を見ている。


(うちの妹ちょっとやばいかもしれない)


 確かに陽太君の寝顔は可愛いけど、そんな凝視したらただのへんた……まぁ陽太君ならそんなことをする澪も許せるんだろうけど。


 そしてそのまま十分ぐらいが経ったところでキラキラした澪に「起こしてあげて」と耳元で囁かれた。


(少しこそばゆいからやめて欲しい)


 こんなことをされたら、新しい扉が開いてしまいそうになる。


 そんなことはいいとして、私は陽太君に声をかける。


「よ、陽太君。起きれる?」


 多分起きないのが一番澪との仲を保てる気がするから起きないで欲しい。


 でもそんな期待を裏切るように陽太君は目を開ける。


「冷実さん?」


「ほ、ほら。姉妹で声が似てるから」


「慰めなんていらないよ。私だけの特権だと思ってすいませんね」


 澪が完全に拗ねてしまった。


 陽太君もどういう状況なのか分からず困惑している。


「よ、陽太君。とりあえず澪を慰めて」


「慰める?」


「頭撫でたり抱きしめたり、とりあえず澪の喜ぶことして」


 今はとりあえず澪のご機嫌取りをしなくてはいけない。


 でもそんなあからさまなことで澪の機嫌が直るとは思わないけど。


「お姉ちゃんに言われたからって無理にしなくていいんだよ」


「無理なんてしてないよ? 僕、氷室さんの頭撫でるの好きだもん」


「私も」


 そう言って嬉しそうにお互い頭を撫で合っている。


(仲良し過ぎでは?)


 こんな蕩けた顔をした澪は見た事ない。


 なんか可愛すぎて私も頭を撫でたい。


 でもそんなことをしたらきっと怒られるからやめる。


(もう二度と来たくないよ)


 別に陽太君を起こしたくないとかではないけど、その度に澪が拗ねるのならあまりやりたくない。


 でもまたその日は来た。


「お姉ちゃん。お願いしていい?」


「陽太君に会えないのに起こすの?」


「起こさなかったら陽太君が不安になるかもしれないでしょ」


(お互いに必要不可欠なんだね)


 澪は夏風邪を引いた。


 お母さん曰く「部屋を片付けないからだ」とのこと。


 私も少し思う。


 ベッドの周りは危ないから少しスペースがあるけど、どうしてこうなった感がある。


 少なくとも私が帰って来た日は綺麗になっていて驚いた。


 それがほんの数日でこうなった。


「私が帰って来た時って部屋綺麗だったよね?」


「それは、お姉ちゃんなら陽太君に会いたいとか言いそうだなって思ったから全部クローゼットに入れたの」


「でもお母さんからは全部捨てたって言われたけど」


「知らないの? 物って気づいたら増えてるんだよ?」


 さも当たり前のように言うけど、私は小物をあまり買わないからよく分からない。


「それより陽太君が起きても絶対に連れて来ないでよ」


「失望されたくない?」


「陽太君ならしないだろうけど、ちょっと怖いから」


(だったらこんなにしなきゃいいのに)


 とは思っても言わないのが優しさだ。


「じゃあ行ってくるけど、拗ねないでよ」


「拗ねないよ。ありがと」


 こんな素直にお礼を言われるのは久しぶりな気がする。


 澪は陽太君が絡むと素直になる。


 とても可愛い。


 そんな澪の頼みだから聞きたかったけど、案の定陽太君がお見舞いに行きたいと言うから連れて来た。


 その際に妹さんが陽太君に何かを色々と言っていた。


 結果的に陽太君は澪のことしか興味がないことが分かった。


 お母さんに陽太君が来たことを知らせると、手に持っていたお粥のお盆を私に渡して「可愛い澪を見てきていいよ」と言ってきた。


 要は陽太君に食べさせて照れる澪を見る権利を渡された。


 私は快く受け取り、可愛い澪を堪能した。


 そんな澪を見れて嬉しかったけど、何より嬉しかったのは陽太君が澪の背中の傷を見ても態度が変わらなかったこと。


 普通なら同情やなんでそんな傷があるのか聞いたりするけど、陽太君は澪を澪として変わらず見てくれた。


 それが嬉しくて思わず泣いてしまった。


 上半身裸で抱きつくぐらいに澪も嬉しかったのだろうけど、見てるこちらが恥ずかしくなってきたから茶化した。


 きっとこの二人は変わらずに仲良しを続けられるのだろう。


 そんなことを考えたらまた涙が溢れてきた。

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