番外編 私の焦り

 陽太君が倒れた。


 顔が赤く、息も乱れ始めてきた。


 おでこに手を当てたらとても熱く、熱があるとすぐに分かった。


 なので私はとりあえず陽太君を抱えてベッドに寝かせて手を握る。


「陽太君……」


 私の頭の中はぐちゃぐちゃになっている。


 なにをしたらいいのか分からない。


 結局私も学校のテストでいい点が取れるだけなのだ。


 いざという時に何も出来なくなる。


「そうだ」


 陽太君に「ちょっと待っててね」と起こさないように小声で言って手を離す。


 そして私は静かに部屋を出てリビングに向かう。


「お母さん!」


「何? 子供でも出来た?」


 いつも通りのお母さんで今は安心する。


「陽太君が」


「真面目なやつね。ちょいまち」


 お母さんはそう言うと、晩御飯の準備をやめて私の部屋に来てくれた。


「熱ね、じゃあ氷枕と濡れたタオルか」


 お母さんが言うのを聞いて自分が嫌になる。


 そんな当たり前なことも分からなかったのかと。


「お母さんありがとう。後ごめん」


「なんでごめん?」


「いつもは頼ろうとしないのにこういう時だけ頼ってるから」


 部屋の片付けの時は絶対にお母さんを頼りたくなかったけど、自分が何も出来ないと分かった時だけ都合よくお母さんを頼っている自分が許せない。


「澪ってそんなに馬鹿だったの?」


「え?」


「怒りもしないとは重症だね。間違えた馬鹿真面目」


「どういうこと?」


「別に親なんて困った時だけ使えばいいんだよ。親からしたら頼られるだけで嬉しいんだから」


 お母さんはそう言うと私の頭に優しく手を乗せる。


「澪は自分のことじゃ絶対に頼ってくれないから、少し寂しいんだよ」


 お母さんはそう言って部屋を出て行った。


「はは、泣きそ」


 これからは少しぐらいならお母さんを頼ろうかなと思った。


 でも今は陽太君だ。


「陽太君、ごめんね」


 もっと早く陽太君の体調が悪いことに気づいていればこんなことにはなってなかったはずだ。


 今日は陽太君を誘うことで頭がいっぱいになって陽太君が変なことに目がいかなかった。


 思い返せばお昼を食べた後すぐに寝ていたし、私と話している時もいつもより元気がなかったような気がする。


 そして何より膝枕してほっぺをつついた時にほっぺが熱かったことに気がついていれば。


「ごめんね」


 私は陽太君の手をぎゅっと握って謝り続ける。


「澪、お風呂とご飯食べちゃいなさいな」


 お母さんが戻ってきて早々にそんなことを言う。


「でも陽太君が」


「夜までに歩けなさそうなら私が隣まで運ぶからその先はどうする?」


「大丈夫なのが分かるまで一緒に居たい」


 さすがに治るまで一緒に居るのは迷惑だろうけど、せめて陽太君が目を覚ますまでは一緒に居たい。


「じゃあお風呂とご飯食べなさい。別にそのまま陽太君の部屋に一泊してもいいから」


「ほんとに?」


「一泊は冗談だったけど、日野さんが許してくれたらね」


 いざという時は土下座でもしてお願いする。


 陽太君をこんなにした責任を取らなければ。


「陽太君、行ってくるね」


 私はそう小声で告げてから部屋を出た。




 お風呂と晩御飯を済ませた私は部屋に戻った。


「何してるの?」


「陽太君の寝顔って可愛いなぁって思って。澪が惚れるのも分かる」


「惚れるって何? 陽太君とは友達なんだけど」


「大事な人なんでしょ?」


「そうだけど」


 確かに陽太君のことは好きだけど、それはあくまで友達としてだ。


「でも陽太君が『付き合ってください』って言ったらどうするの?」


「想像出来ないんだけど」


 陽太君が私にそんなことを言う未来が想像出来ない。


 私達はこのままずっと友達を続ける気がする。


「もしもだよ」


「それなら付き合うかな。でも長続きするのかな」


 もしも陽太君が私のことを好きだとしても、私が友達だと思い続けていたら関係が長続きしなそうな気がする。


「まぁ澪なら陽太君にガチ恋して陽太君に引かれて別れるんだろうね」


「うるさいよ。それより陽太君大丈夫?」


「多分ね。息も整ってきてるし」


 それなら良かった。


「そういえばお母さんっていつ晩御飯の用意したの?」


 私が最初にお母さんを呼びに行った時は晩御飯の準備をしているところだった。


 だけどお風呂から出たら晩御飯は出来ていた。


「澪がお風呂入ってる間だけど?」


「ちょっ、その間に陽太君に何かあったらどうするのさ!」


「陽太君は愛されてるねぇ」


 お母さんはそう言って陽太君の頭を撫でた。


「嫉妬の目線が痛い。陽太君起きれるかい?」


 お母さんが呼びかけるけど陽太君が起きる気配はない。


「無理かいね。じゃあ運ぶから戸締りよろね」


「若者言葉使うなし。歳いってるのバレるよ」


「いつもの口が悪い澪の方が澪っぽいよな。元気の無い澪は可愛かったけど」


「うっさいし!」


 確かにさっきと比べたら焦りなどが抜けていつも通りになった気がする。


 こういうことが出来るからお母さんのことが好きになれないのだ。


 別に嫌いではないけど。


「じゃあ行くよって軽いな」


「私も思った」


 陽太君をベッドに運んだ時は焦ってて分からなかったけど、お風呂に入っている時に「私よく高校生男子を持てたな」と思った。


 そして思い返すと、陽太君がとても軽かった。


「澪より軽い?」


「否定が出来ないこと言うなし」


 陽太君と身長は陽太君が少し大きいぐらいだからそんなに変わらなくても不思議ではないけど。


「女の子として大丈夫?」


「よ、陽太君はそんなの気にしないし。どんな私でも一緒に居てくれるし」


「惚気けんでいいから」


 お母さんは興味がなさそうに部屋を出て行く。


「自分から聞いたんだろが」


 平常運転のお母さんを見てると焦りが抜けて普通でいられる。


 狙ってやってるのかは分からないけどとても助かる。




 私とお母さんは陽太君の家に言って陽太君が熱を出したことを説明した。


 すると真綾さんが「やっぱり?」と分かっていたような反応をして「ごめんなさいね」と謝ってきた。


 悪いのは私なのだから謝ろうとしたら「澪ちゃんが来たってことは看病してくれるの?」と言われたので頷くと「ほんとにいいの?」と言われたので、更に頷くと「じゃあお願いしていいかしら。明莉には私から言っておくから」と言って陽太君をお母さんから受け取った。


「また軽くなって。ご飯は食べさせてるんですよ? でも運動をしないから筋肉がなくて」


「あ、だから」


 それなら少し納得した。


 陽太君は体育の成績があまり良くないと言っていた。


 だからあんまり運動は得意ではないのだと思う。


「陽太をありがとうございました」


「いえいえ。澪は置いていくので好きに使ってください。よろしければ一晩付きっきりで看病させてあげると喜びますので」


「じゃあ是非に」


 なんだかお母さんと真綾さんが一緒に居ると、いつもの何倍もいじられる気がする。


「それでは失礼します」


 お母さんはそう言って帰って行った。


「じゃあ澪ちゃん。陽太を運んだらお願いしていい?」


「はい」


 私はそう言って靴を脱いで家に上がった。


 そして真綾さんの後に続いて陽太君の部屋に向かう。


 その際になんだかとても痛い視線を受けた気がするけど、誰からか分かっているので後で謝っておく。


 そして部屋に着いて真綾さんが帰ってからは陽太君の手をずっと握っていた。


 陽太君が起きてそれを真綾さんと明莉ちゃんに知らせたついでに明莉ちゃんには謝っておいた。


 明莉ちゃんには「お世話代わって」と言われたけどそれを断って言い合いをしながら陽太君の部屋に戻った。


 なんだかんだで譲ってくれた明莉ちゃんが帰った後も私は陽太君の手を握り、乾いたタオルを替え続けた。


 二時を過ぎた辺りで寝落ちしてしまったようだけど、学校に行く直前まで陽太君の隣は離れなかった。

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