番外編 善野のブーメラン

「はぁ」


 ため息をつくと幸せが逃げると言うけど、幸せがないからため息をついているのだと思う。


 自業自得で幸せを捨てて、最悪の状況になった。


 澪……氷室さんは初めて見た時からキラキラしていて「この人の隣に居れば私も輝ける」とかいう打算で近づいた。


 目立ちたかったとかではないけど、氷室さんの隣に居れば地味な私も認知ぐらいはされるかもと思った。


 実際最初は良かった。


 氷室さんの友達として話しかけられたりした。


 だから調子に乗った。


 氷室さんの隣の席の日野君がずっと羨ましかった。


 いつも氷室さんに構われていて、ただ隣の席ってだけで氷室さんの寵愛を受けられて。


 氷室さんが具合が悪いからと保健室に行って、教室に戻ろうとした時も、日野君に酷い態度をとってしまった。


 氷室さんに大事にされてる日野君が嫌いだった。


 そこは私がいるはずの場所だから。


 その頃の私は気づいてなかったけど、その時には氷室さんになんの興味も持たれていないのは分かる。


 だって私は一度も名前を呼ばれたことがないのだから。


 私は馴れ馴れしく『澪』なんて呼んでたけど、氷室さんからは『あなた』と呼ばれていた。


 その事に気づかないで友達面してたのがほんとに馬鹿みたいだ。


 私の事をどうにかしようと氷室さんが色々とやっていたし、本当に迷惑しかかけていない。


 そんな私は居なくなって良かったんだ。


 二人が私の陰口を聞いた時に何か言ってくれたり、最後には何も悪くないのに謝ってくれたりして本当に嬉しかった。


 だから私はどんなことがあっても二人への贖罪として受ける。


 転校した先の高校で虐めを受けているのはその贖罪の一つなのだ。


「善野さん遅いんだけど?」


「ご、ごめんなさい。購買が混んでて」


「言い訳とかいいから。それより早く渡して」


 この人は私と同じクラスで一番カーストが高い女子達だ。


 転校初日に何故か私が前の学校でやった事と虐められてた事を知っていて、毎日購買にお昼を買いに行かされている。


 他にも色々とあるけど、別にいい。


 私がしてきたことの報いを受けなきゃいけないのだから。


「ったく、トロイんだから。じゃあもう用はないからどっか行って」


 私だって別にいつまでもこの人達と一緒に居たい訳じゃないのでさっさと教室を出て行こうと一度机に戻る。


「またか」


 私が購買に行っている間に机の中は酷いことになっている。


(幼稚)


 これをされる度に特大のブーメランが飛んでくる。


 私もさすがにこんな露骨なことはやってないけど、日野君にした事を考えるとやっぱり似たようなものだ。


 片付けたところでまたやられるから帰って来たら片付ける事にする。


 そして私がお弁当を持って机を去ろうとしたら。


「善野さん、また?」


「……えと」


「そろそろ覚えてよぉ。隣の席の目良めらだよぉ」


 そうだ目良君だ


「ごめんなさい。今度は覚えたから」


「ほんとに? じゃあ明日テストするからね」


「うん、じゃあね」


 私はそう言ってその場を立ち去ろうとする。


「あ、待って善野さん」


「え、何?」


 私は早くこの場を立ち去りたいのだから呼び止めないで欲しい。


「なんでいつも教室で食べないの?」


「それはここに居るなって言われてるから」なんて言える訳もないので言わないけど、他にも理由はある。


 一つは視線を気にしながら食べたくないから。


 私の事を知っているのはカーストさん達だけではない。


 目良君は知っているのか知らないのか分からないけど、私が教室に居ると色んなところから視線を感じて居心地が良くない。


 もう一つが。


「目良君。善野さんはほっといて私達とご飯食べない?」


 カーストさんが、私と話してた時とは違って甘ったるい声を出す。


 カーストさんは目良君が好きなのだ。


 カーストさんだけではなく、目良君は男版氷室さんのような感じで、人気者なのだ。


「あぁ、ごめんね。他に食べる約束してる人がいるから」


 目良君が顔の前で手を合わせる。


「そうなんだ。じゃあしょうがないね」


「うん。じゃあ行こっか善野さん」


「……え?」


 私がなんのことか分からず固まっていたら、私の手を引いて目良君が歩き出した。


 カーストさんも驚いた顔で固まっている。


 少し気分がいい。


 とか考えていたらどんどん目良君は歩いて行く。




「どういうこと?」


「え、善野さんとお昼食べて名前を覚えて貰おうかと」


 中庭のベンチに座ってパンの包みを開けている目良君がそんな事を言う。


「だから覚えたって」


「明日には忘れてるかもしれないでしょ?」


「大丈夫だって」


 私はこの学校に来てから人とあまり関わらないようにしている。


 周りに避けられてるのもあるけど、深く関わってまた人を傷つけるのが嫌だ。


「善野さんってさ、自分を隠してる?」


「何? 急に」


「俺はさ、結構自分を偽ってるんだよね」


「そうなの?」


「そう。高校デビューってやつでね。ほんとはもっと根暗な感じなんだ」


(根暗……)


 その言葉を聞いて私が言った日野君のあだ名を思い出してしまった。


「自分を偽るのって辛くない?」


「私のは贖罪って勝手に思ってるから。私が辛い思いをするのは仕方ないことだし」


 おそらく氷室さんと日野君からしたら私のことなんてもうどうでもいいのだろうけど、それだと私の気が収まらない。


 だから勝手に贖罪と言って自分を許そうとしている。


(最低だ)


「善野さんが何かしたってのは聞いたよ。でもそれを悪い事って思ってるんでしょ?」


「今はね。後で気づいたってその時にした事は無くならないから」


「自分が幸せになるのは駄目とか思ってる?」


(思ってるよ)


 なんとなく口には出せなかった。


 なんだか二人のせいにしてる気がしたから。


「私はどん底にまで行った方がいいんだよ。それが虐めをした罰」


 一度した失敗を取り戻すには、それ以上のことをするしかないとは言うけど、失敗が消える訳じゃない。


 失敗を忘れる事は出来るかもしれないけど。いつかまた思い出す。


 一生ついてくる罪の意識から逃げることは出来ないから、私は一生その罪の意識を背負わなければいけない。


「それじゃ人生つまんないよ?」


「そんなの分かってるけど?」


「分かってないよ。善野さんは罪を背負いたいのかもしれないけど、それは誰かが望んだことなの?」


「誰も望んでないけど?」


「じゃあただの自己満足じゃん。悪いことをしたらごめんなさいって言うのは当然だけど、言う理由知ってる?」


 そんなの許して欲しいからそれを言葉にしてるだけだ。


「ごめんなさいって次からは仲良くなりましょうって意味なんだよ?」


「それは人によるでしょ。それにごめんで済んだら警察はいらないって言うから、ごめんって言ったからって全部終わりにはならないでしょ」


「それでもきっかけにはなるよ」


「何の?」


「仲良くなることの」


 確かにごめんなさいは一つの区切りみたいに思えるけど、そんな簡単に仲良くなれないと思う。


「ごめんなさいから仲良くなるのは少し大変かもしれないけど、もし仲良くなれたらそれは本物だと思うんだよね」


「本物……」


 もしまた氷室さんと日野君に会えたら仲良くなれるのだろうか。


 仲良くなれたとしたら、それは本物なのだろうか。


 今更会いに行くことなんて出来ないけど、もしどこかで偶然にも会えたのなら……。


「私が罰を受け続けるんじゃなくて、私が二人と仲良くなれたら罪の意識から解放されていいってことかな」


「よくは分からないけど多分そうだよ」


「分かんないんじゃん」


 私はとても久しぶり笑った気がする。


 この学校に来てから楽しかったことなんて一度もない。


 たまに目良君が話しかけてくれたけど、私はスルーしていたし。


「でもね」


 目良君の顔がいきなり怖くなった。


「悪いことをして、それを当たり前だと思ってやり続ける人は駄目だと思うんだ」


「知ってたの?」


「俺のこと馬鹿にしてる?」


 優しい人イコール日野君なイメージがあるから、優しい人は色んなことに鈍感なのかと思ってしまった。


「俺がどうにかするよ」


「ううん。私がやる」


「大丈夫?」


「うん。私の素を見せてあげるよ。見ても引かないって約束してくれるのなら」


「引かないよ。もしかしたら好きになるかも」


 優しい人はやっぱり日野君みたいなのだろうか。




「ちょっとついて来て」


 私が一人で教室に入ろうとしたら、カーストさん達が目良君がいないのを確認してから私を連れ去る。


「定番の女子トイレ。昼休みにこれやるとほんとに迷惑だよね」


「は? 何意味分かんないこと言ってんだよ」


「いやいや普通に迷惑でしょ。まさかそこまで考えることが出来ないとは思わなかった」


 正直に言うと今すぐ帰りたい。


 これ以上話すとやばいのだ。


「目良君に構って貰えたからって調子に乗ってるんじゃないよ」


「自分は構って貰えないからって私に当たらないでよ」


 今、特大のブーメランが私に刺さった。


「ふざけんな!」


 カーストさんが私にビンタをした。


「私はずっと目良君のことが好きなんだよ。なのにあんたは目良君の隣の席ってだけで構って貰いやがって。ふざけんな」


 そう言ってカーストさんがまた手を振り上げた。


「ほんとに考え無しだよね」


「まだそんなこと」


「気づいてないのはあなただけだよ?」


「は?」


 カーストさんはそう言われて周りの取り巻きを見る。


 取り巻きさんは少し慌てている。


「やばいよ顔は」


「私達が善野さんを連れてってるの見てる人だっているんだよ?」


「それに、あなたと違って私は目良君に構われるから聞かれちゃうかもね『その手の跡どうしたの?』って」


 まぁ知ってるだろうから聞かないのは分かってるけど。


「わ、私は」


「何もされなければ黙ってても良かったんだけど、これじゃ隠せないし、どうしよっか?」


「わ、私はやってないやったのは」


「そこの二人のどっちかにする? 私は別にどうでもいいからそれでもいいけど?」


(ちょろい)


「い、いいわけないでしょ。なんであんたの尻拭いしなきゃいけないのよ」


「そんなことをするなら全部目良君にいうからね」


「じゃ、じゃあ」


「私が自分でやったって? 無理無理。私こんなに手でかくないから」


 私はそう言ってカーストさんの手を指さす。


 実際私は手が普通より少し小さい。


「もういい? あんまり遅いと目良君にバレるよ」


 私がそう言うとカーストさんの肩がビクついた。


「ゆ、許して」


「は? なにを」


 更にカーストさんがビクついた。


「私を虐めてたのに自分はされないとか思ってた? 少しは虐められる気持ちを味わった方がいいよ」


 虐めがあると、虐められるのが悪いとか言う奴がいるけど、だったら自分がされても同じことが言えるのかといつも思う。


 ちなみに私は虐める奴が全部悪いと思う。


 もちろん私のことも。


 だから一度痛い目を見ればいい。


 私は項垂れるカーストさんを置いてトイレを出る。


「ありがとう人避けしてくれて」


 私はトイレの前で立っていた目良君にお礼を言う。


「いいよ。なんか女子を見れたし」


「なにがいいのか分からないけどまぁいいや」


 目良君はよく分からない人だけど、いい人なのは分かる。


 これからも末永く仲良くしていきたい。


 深い意味はなく。


 ちなみにこの日を境にカーストさんが私に絡んでくることは無くなった。

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