番外編 良君と追試対策

「良君、大変なことが起きた」


「赤点か?」


「なんで分かったの!」


 私は勉強が出来ない訳ではない。


 だって平均より少し高めのここに受かっているのだから。


 だから決して私がおかしいんじゃなくて、テストの問題が難しいだけなのだ。


 でも良君には、私が少しレベルの高い高校を受けたことは言ってないのに何故か赤点を取ったことがバレた。


「愛の力?」


「俺はお前の隣の席なんだぞ?」


「私のことをずっと見てたってことね」


 そんなことを真正面から言われたら照れてしまう。


「小テストの丸つけを誰がやってるんだよ」


「……私、良君のやってる」


 そういえば授業の最初の時間に小テストをやる時がある。


 私は散々な結果だけど、良君のは毎回満点でその事が凄くて自分のを見られてるなんて忘れていた。


 ちなみに良君の順位は二位だった。すごい。


「実はですね。数学で大変な点数を取ってしまい」


「一桁はさすがに笑えないぞ」


「……」


「冗談のつもりだったんだが」


 一桁と言っても四捨五入すれば二桁だから実質二桁のようなものだ。


「それで追試の為の勉強がしたいのか?」


「うん。良君に教えて貰えれば追試ぐらい楽勝かなって」


「赤点取った奴の言葉とは思えないな」


 と言うより、強がらないと結構ショックで泣きそうなだけなのだ。


「良君、だめ?」


「……分かったよ」


「やったー」


 良君はなんだかんだで優しいから最終的には受けてくれる。


「じゃあ今日からお願いしてもいい?」


「そのつもりだよ。場所は?」


「うーん、うちは弟と妹が部屋にいきなり入って来るから駄目かな、図書館とか行く?」


 私の弟と妹は特にする事がなくてもいきなり部屋に入って来る。


 まぁ可愛いからいいんだけど。


「今日なら平気か。うちでもいいぞ」


「良君のお家?」


「ああ。嫌ならいいけど」


「行く!」


 まさか良君の方から家に呼んでくれるとは思わなかった。


 これは良君の家族から外堀を埋めてけってことか。


「じゃあ帰るか」


「うん、帰ろ」


 そして私達が帰ろうとしたら、一人の女の子が前の入口で人を探してるみたいにしていた。


「どこかで見たことあるような?」


「……」


「あの」


 私達の席は一番前だから、当然一番近くなる。


 だからその女の子に声をかけられた。


「は、はい」


「くっ」


「良君笑ったな。仕方ないでしょ。私、学校で良君としか話してないんだから」


 私はまだ良君以外の人と話すのは苦手だ。


 でも、良君の笑った姿が見れたからそれはそれでいい。


「なんか既視感。それより影山さんってこのクラスに居るよね?」


「私」


「おぉ、なんという偶然。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、二、三分お話してもいい?」


「良君いい?」


 私から誘っておいて、私の都合を優先させるのは駄目かなと思ったから良君に確認を取る。


「変なことを頼む訳でもないんだろ?」


「うーん、少し変なことを頼む」


「ならいいよ」


「いいんだ」


「自分で変なことを頼むって分かってるなら大丈夫だろ」


 なんだか頭のいい人の会話はよく分からない。


(頭のいい人……)


「あ、氷室さんか」


 そういえば新入生挨拶の時に見た気がする。


 それにクラスの男の子達が氷室さんの話題をよく出すからなんとなく知っている。


「名前言ってなかった。氷室 澪と申します。じゃあ影山さんちょっとだけいい?」


「あ、うん。良君ちょっと待っててね。寂しくなったら後でぎゅーっていてあげるから大丈夫だよ」


「いつもしてるみたいに聞こえるからやめろ」


 仕方ないからその時は頑張る。


「仲良し」


「そう仲良しなの」


「いいから行け」


 良君に言われて私と氷室さんは教室を出た。


 話の内容は、なんと日野君絡みの事だった。


 日野君にちょっかいをかける人に制裁を加えたいから日野君の事を知る私に真実を話して欲しいと。


 私にそんな事は出来ないと思ったけど、今の私がいるのは日野君のおかげだから頑張りたい。




「ということでやって来ました良君のお家」


「無理にはしゃがなくていいぞ」


「落ち込んでる訳じゃないよ?」


 ただ本当に私が日野君を助ける事が出来るのか心配なだけだ。


「それより良君のお家おっきいね」


 良君のお家は日本のお屋敷? みたいな感じで、とにかくおっきい。


「広いだけでいい事は別にないけどな」


「広いのいいじゃん。弟と妹が喜びそう」


 あの二人はとにかく走り回ったり、探検が大好きだからこういう広い場所は大好きだ。


 まぁ何か壊したら怖いから連れて来ようなんて事は絶対に思わないけど。


「普段は人が居るから連れて来れないだろうけどな」


「普段は?」


「今日は家に誰も居ないから」


「……そうなんだ」


(え? それはつまりそういう事ですか?)


 私は少しよからぬことを想像してしまう。


 でも良君だからきっと違うんだろうけど。


「別に人を連れて来るのを禁止されてるとかじゃないんだけど、親に見つかると少しめんどうなことが起こるから」


「う、うん」


(ほら、無自覚さんだ。知ってたよ、うん)


 私のドキドキなんて知らないで、良君は澄まし顔のまま家に入って行く。


「あの顔絶対に崩す」


「何か言ったか?」


「なにも〜」


 私はそんなどうせ出来もしない目標を立てる。


 でも意図してはいないんだけど、今私は良君を押し倒している。


 なんでかって? 氷室さんと話してた内容を聞いてきた良君が可愛かったからつい。


 決して意図してやった訳じゃないよ。


 良君があんな顔するのが悪い。


「私、良君のこと好き」


「分かったから退け」


「絶対分かってないもん。だから分からせていい?」


 ここから先をしたらきっと友達には戻れない。


 進むか破滅の分岐点。


 だけどもう止まれない。


「良、帰りまし……」


 良君の部屋にお姉さん? みたいな人が入ってきた。


「一番やばい人に一番やばいところ見られた……」


 良君が目元を手で覆う。


「ほうほう」


「ほうほうじゃない。これは違う」


「いえ、いいんですよ。良もそんな歳なんですか。でも自由にしてもいいですけど、相手は一人しか認めないですからね」


「俺にそんな裁量はない」


 やっぱり頭のいい人の話は難しくて分からないけど、今の状況を理解してしまった。


「退きます」


「あら、いいんですよ? もう行きますから」


「理解があり過ぎるお姉さんだね」


「お姉さん?」


「良、その子のことは離したら駄目ですよ」


「若く見られたからって調子に乗るな。あの人は母親な」


「……嘘でしょ?」


 私は起き上がった良君に驚きを隠さないままに聞く。


「ほんと。若作りすごいよな」


「分かりました。あなたお名前聞いても? 私は明月 洋佳と言います」


「あ、影山 静玖って言います」


「静玖さんね。良の小さい頃の話聞きたくないですか?」


「聞きたいです!」


 そんなの聞きたくない訳がない。


 私は良君の全部を知りたい。


「聞かせるか」


「では、生まれてから順番にいきましょうか」


 洋佳さんは気にせずに私の前に正座した。


「若作りって言われたからって拗ねるな」


「良は哺乳瓶が嫌いみたいで」


「ほんとにすいませんでした。どうか今回だけは見逃してください」


 良君が洋佳さんに土下座をした。


「親を馬鹿にするからです。まぁ今回だけは見逃しましょう」


「じゃあ出てって貰えると」


「二人きりになりたいのですか。では最後に、静玖さん」


「はい」


「良は目つきが悪いから、友達どころか人が寄っても来なかったんです」


 それは知っている。


 実際私も初めて見た時は怖かった。


「だからそんな良と仲良くしてくれている静玖さんに感謝を伝えたいです」


 そう言って洋佳さんは私に頭を下げる。


「良と仲良くしてくれてありがとうございます」


「……違いますよ」


 私は良君と仲良くしてる訳じゃない。


「私も友達なんていなかったんです。だから高校でも友達なんて出来ないと思っていたんですけど、そんな私に良君が優しく声をかけてすれたんです」


 あの時はほんとに嬉しかった。少し怖かったのもあるけど。


「良君は見た目は怖いかもしれないですけど、心は優しくて、そんな良君が大好きなんです」


 みんなにこんな優しい良君を知って欲しいと思うのと同時に、私だけが知っていたいと思ってしまう。


「だから良君と仲良くしてる訳じゃなくて、私は良君と一緒に居たいんです」


 どうしても仲良くというのを否定したかった。


 それだと私が何か気を使って仲良くなったみたいに聞こえるから。


 実際は良君が気を使ってくれてる方が納得いくし。


「そう。静玖さんみたいな人に出会えて良かったわね」


「……そうだな」


「それでは邪魔者は退散致しますね」


 洋佳さんはそう言うと立ち上がって扉の方に向かう。


「あ、そうだ。静玖さん」


「はい?」


「今日は見逃しましたけど、明日以降に良の昔の話をしますね」


「はい!」


 そう言って洋佳さんは部屋を出て行った。


「楽しみ」


「二度と連れて来ない」


「じゃあ後で洋佳さんと連絡先交換して良君の見えないところでいっぱい聞こ」


「……明日もここでいいか?」


「良君大好き」


 私はそう言って良君に抱きついた。


 ドキドキはするものの、どうにか倒れることは無かった。


 良君にこの想いが通じる日が来るのかは分からないけど、私はずっと良君のことを好きでい続ける。


 でもそんな二人を離れさせる邪魔者がいるのだ。


「追試の勉強進んでないんだよな」


「明日もあるよ」


「危機感持て」


 ほんとに赤点の取りすぎで留年なんかにならないように気をつけなくては。

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