番外編 お姉ちゃんと電話

「さて困った」


 陽太君からプレゼントを貰った嬉しさから、明日陽太君に誕生日プレゼントを渡すと言ったのはいいけど、なにをあげたら喜ぶのか全然分からない。


「陽太君はなにをあげたら喜ぶんだろ」


 陽太君ならあげないけど、そこら辺の雑草をあげても喜びそうだから悩む。


 陽太君で一番最初に思いつくのはよく寝ることだけど、安眠グッズとかはあげなくても安眠してるみたいだからいらないだろうし、目覚まし時計みたいな陽太君を起こすアイテムをあげたら私の役目がなくなるから嫌だ。


 そうなると睡眠系のプレゼントは無しになる。


「そもそも買いに行く時間が明日の放課後しかないのか」


 もう今は夜の八時を過ぎているから今から買い物には行けない。


「私はあんなにいい物貰ったのに」


 陽太君と明莉ちゃんから貰ったプレゼントは絶対に無くさないように枕の隣に置いてある。


「ってニマニマしてる場合じゃない」


 どうしても陽太君と明莉ちゃんからのプレゼントを見るとニマニマしてしまう。


「陽太君は私がヘアアレンジしてるのに気づいて髪留めをくれたんだから、私もやっぱり陽太君が普段使ってるものをあげたいよね」


 そして最初に戻る。


 陽太君はなにをあげたら喜ぶのだろうか。


「私、陽太君のこと何も知らないんだ」


 陽太君の友達を名乗っておきながら、私は陽太君の本当に欲しいものが分からない。


 そう思うと何も分からない自分が嫌になる。


「泣きそ。泣かんけど」


 泣いたところで陽太君へのプレゼントが決まる訳じゃない。


 もう藁にもすがる思いでスマホを手に取る。


「お母さんに頼るのは最終手段だよね」


 お母さんなら多分いい案をくれる気はするけど、頼ったらからかわれそうなので先にお姉ちゃんを頼ることにした。


「お姉ちゃん寝てるのかな」


 いきなり電話をかけたけど、お風呂に入ってたり寝てたりする可能性もあったから、メッセージを先に入れれば良かったと今更に思う。


「出ないか」


 後でまたかけ直そうと思って電話を切ろうとしたら。


『れ』


「あ、切っちゃった」


 お姉ちゃんがせっかく出てくれたのにちょうど電話を切ってしまった。


「かかってきた」


 お姉ちゃんが電話をかけてくれた。


「ごめんねお姉ちゃん。ちょうど切っちゃった」


『ううん。私も早く出れば良かったんだよ。澪からの電話だってちょっと固まっちゃって』


 思えばお姉ちゃんの声を聞くのは引っ越す前が最後だ。


 お姉ちゃんは私達の引っ越しと同じ日に一人暮らしを始めたから、ここに来てからは初めて話す。


「大学楽しい?」


 なんでか分からないけど、本題の話じゃないことが口に出た。


『タノシイヨ』


「なんでカタコト?」


『まぁ色々とありまして……。大学が嫌とかではないんだよ? ただ、ね』


 ね、と言われても私には大学がどんな場所なのか分からないから困る。


「大学でもコミュ障隠しやってるの?」


『処世術と言って。やるよ。やらないと誰とも話せないし』


 お姉ちゃんは外で理想の自分を演じないと人と話せない。


 だけど話したら話したで、疲れてソファで倒れてることが多かった。


 多分話したと言っても軽く挨拶をする程度なのだろうけど。


「別に話す友達いないでしょ」


『い……ないけど。話す人ぐらいはいるから』


 別に分かっているから強がる必要もないのだけど。


『ところで澪は何か用があったんじゃないの?』


「うん」


 何故か避けていた本題に入ることにする。


「友達のいないお姉ちゃんに聞くのはおかしいかもしれないんだけど」


『ナチュラルに馬鹿にするじゃん』


「マウント取る訳じゃないけど、私、友達出来たんだよ」


『……ほんとに?』


 もちろんお姉ちゃんも私の過去は知っている。


 泣くことも諦めていた私に代わって、お姉ちゃんはいっぱい泣いてくれた。


「うん。よく寝てる子なんだけど、私のことをね、私として見てくれるの。」


 お姉ちゃんの心配を取り除く為に陽太君のいい所を教えることにした。


「それとね、とっても優しいんだよ。私が諸事情で保健室に行った時なんか、休み時間に来てくれて、次の授業をサボってずっとお話してくれたの」


 あの時はほんとに嬉しかった。


 陽太君はすごい先生に怒られてたけど。


「あとね、今日は誕生日プレゼントくれたんだよ。私が最近ヘアアレンジしてるの気づいて可愛い髪留めくれたの」


 陽太君のこととなると話したいことが止まらない。


「お姉ちゃん?」


 ずっと黙っているお姉ちゃんが気になって声をかける。


『澪は今幸せ?』


「うん! とっても」


『そっか、いい出会いをしたんだね』


 お姉ちゃんの声が少しおかしいと思ったら、泣いているようだった。


 お姉ちゃんはいつも私のことを親身に思ってくれる。


「うん。それでね、その子の誕生日が過ぎてたからプレゼントをあげたいんだけど、物欲がない子で何あげたらいいのか分からないの」


『だから私に電話してきたのね』


「お母さんに聞くのはあれだから」


『あぁ、なるほど』


 お姉ちゃんもお母さんに聞いたらからかわれるのを分かるようだ。


「だから何かない?」


『うーん、澪が考えたものの方がいいんじゃない?』


「それはそうなんだろうけど、ほんとになにをあげても喜んでくれるような子なの。だから逆に悩んじゃって」


『お菓子を作るとか? それなら邪魔にもならないし、相手としても困ったりしないんじゃない?』


「なるほど」


 確かに絶対に形に残るものをあげなきゃいけない訳じゃない。


 陽太君なら一生大事にしてくれるだろうけど、それは来年の誕生日までに陽太君のことをもっと知ってあげればいい。


『後は髪留め貰ったのなら髪留めをあげるとか?』


「陽太君に髪留めは必要ないでしょ」


『え?』


「何?」


『友達って男の子?』


「そうだけど?」


 そういえば誰にプレゼントをあげるのか伝えてなかった。


『あ、そ、へぇ』


 お姉ちゃんが明らかに動揺している。


『好きなの?』


「お母さんにも聞かれたけど、友達だからね。好きではあるけど、それは友達としてだから」


『そっか。夏休みに帰ったら会わせてね』


「絶対に嫌」


 お母さんよりかはいいけど、お姉ちゃんに会わせるのはなんか危ない気がする。


『私、アドバイスしたのに?』


「くっ、言い返せないことを。でもお菓子ってキッチンに入るってことだよね」


『あぁ、そういえばお母さん、澪をキッチンに入れるの嫌がってるよね』


 お姉ちゃんにはたまに手伝わせているのに、私はキッチンに入れてくれない。


『でもお母さんだって澪の友達の為って言ったら使わせてくれるんじゃない?』


「ならいいんだけど」


 それから少しお姉ちゃんと話して電話を切った。


 そしてリビングに向かい、ぼーっとチョコを食べていたお母さんに話しかける。


「キッチン使わせて」


「やだ」


 即答で返された。


「お願い。陽太君に誕生日プレゼント貰ったからお返ししたいの」


「尚更やだ」


「なんでさ!」


 今まで気にしてなかったけど、お母さんはなんで私をキッチンに入れたがらないのだろうか。


「人様の子を病院送りにしたくないし、澪の初めての友達を無くしたくないから」


「どゆこと?」


 お母さんがよく分からないことを言う。


「とにかく駄目。買ったものにしなさい」


「……やだ」


「マジか、そこまでガチなのか」


 お母さんがいきなりティッシュを差し出してきた。


 なんでかと思ったら、私が泣いていたからみたいだ。


「なんで泣いてるの?」


「私に聞くなし。……そんなに手作りがいいの?」


「うん」


 涙をティッシュで拭きながら答える。


 既製品より手作りの方が気持ちを込められる。


「じゃあ条件がある」


「何?」


「澪も一緒に食べなさい」


「……それだけ?」


 もう歯を磨いたから味見は出来ないから味見はしないでそのまま渡す気ではいたけど、それぐらいなら守れそうだ。


「そろそろ現実を見た方がいいしね」


「なんなの?」


「陽太君には明日謝ろう。つまり陽太君と会える」


 何か独り言を言っているお母さんは無視してお菓子作りを始めた。


 次の日に陽太君に謝ってきたお母さんが「いい子過ぎる。好きになりそう」と晩ご飯の時に言って、お父さんが嫉妬していた。


 私は一睨みで許してあげた。

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