番外編 私なりの恩返し

「なんかドキドキする」


 陽太君のことを起こしに行くとは言ったけど、よく考えてみれば男の子の部屋に行くのなんて初めてだ。


 思い切って帰りも一緒に帰る約束をしたけど、覚えていてくれてるのだろうか。


「考え方変えよ。私は今から男の子の部屋に行くんじゃなくて、友達の部屋に行くだけ」


 そう自分に言い聞かせないと心臓のドキドキが陽太君に聞こえてしまうかもしれない。


 そんなことを思いながら玄関に向かう。


「ん? まだ朝ごはん出来てないよ?」


 階段を下りると、ちょうどお母さんが居た。


 陽太君にはいつも早く起きてると言ったけど、私が学校に着く時間は陽太君の来る少し前で、多分起きる時間もそんなに変わらない。


 だから今日は少し早起きをしている。


「大丈夫。ちょっと陽太君……隣の日野さんの家に行ってくる」


「お隣さん? そういえば澪と同い年の子が居るとか居ないとか」


「うん。陽太君を起こしに行ってくる」


「何その通い妻感。好きなん?」


(めんどくさいのが始まった)


 お母さんはなにかあるとそのことについて根掘り葉掘り聞いてくる。


 これが始まると長いから嫌だ。


「友達だよ」


「友達ね。あぁ、前に澪が言ってた気になる子?」


「そうは言ったけど、お母さんが思ってる意味とは違うから」


 絶対にお母さんは異性として好きな子とか思っている。


 私は確かに陽太君のことが好きだけど、それはあくまで友達としてだ。


 まだそういうのは早いと言うか、知り合ったばかりだからもう少しお互いのことを知ってからでいい。


「女の顔してるけど?」


「してないわ」


「甘ったるい関係だこと。今日の卵焼きは塩味にしよ」


 お母さんはそう言ってリビングに向かって行った。


 興味が無くなるとすぐ帰るのもお母さんの特徴だ。


「なんなんよ」


 陽太君とはまだしばらく友達でいるつもりなのだからほっといて欲しい。


「そうだ、自分の部屋に呼ぶ時は片付けてからにしなさいよ」


「うるさいよ!」


 お母さんがわざわざ戻って来てそんなことを言ってきた。


「戻って来たついでにもう一つ」


「私もう行きたいんだけど」


「陽太君はいい子?」


「いい子だよ。お母さんが心配するようなことは絶対にしないし、これは勝手に私が思い込んでるだけかもしれないけど、陽太君は私のことを当たり前のように守ってくれるよ」


 お母さんの心配は私の中学時代の虐めについて。


 それについては安心だ。陽太君は人の嫌がることを好んでやったりしない。


 そしてもし私が中学の時やそのことを話して虐められたとしたら、無意識で守ってくれるような気がする。


「そ、なら絶対に手放したら駄目だよ。そんないい子とはもう二度と会えないから」


「分かってるよ」


 陽太君と離れるつもりはない。


 陽太君が他の人と違うのは私にも分かる。


 別に悪い意味ではなく、陽太君は普通の人とは違って当たり前の優しさを持っているのだ。


 普通の人は人に優しくする時は何か見返りを求めているけど、陽太君にはそれがない。


 優しくして貰ったら優しくするのは当たり前と思っている。


「陽太君の優しさに甘える気はないけど、私は陽太君に嫌われない努力はするつもりでいるよ」


 私を私として見てくれる陽太君のことを大切にしたい。


 陽太君からしたら私のしてることの意味は分からないだろうけど、これは私なりの恩返し。


 これからも陽太君が私を として見てくれるのなら私もお返しがしたい。


 それが陽太君を起こすこと。


 こんなことでお返しになるなんて思わないけど、やれることからやっていく。


(陽太君を起こすのって、陽太君の寝顔見れるから結構私にとってのご褒美になるんだよね)


 だからあんまりお返しだとは思えていない。


(もっと何か考えないと)


 陽太君がされて嬉しいことを考えても、なんでも喜んでくれるからこれと言ったものが思いつかない。


 だから色々と考えながら恩返しをしていくことにする。


「さっきから黙ってどうしたの?」


 いつもからかってばっかりのお母さんが何も言わずに私のことを見ている。


「澪がいい子に育ってくれて感動してた。陽太君のおかげかな」


「お父さんとお姉ちゃんのおかげかな」


「澪も言うようになったじゃん。今日は嬉しいから澪の好きな魚卵だけの海鮮丼を作ろうかと思ったのに」


「お母さんのおかげです。いつもありがとうございます」


 魚卵だけの海鮮丼には勝てない。


 正直に言うならお母さんにだって感謝はしている。


 結局お父さんとお母さんとお姉ちゃん、それと陽太君のおかげで私は今の私になれているんだと思う。


「でもそう思えたのは陽太君のおかげかな?」


「澪は陽太君以外の人と結婚したら駄目だね」


「今は陽太君以外の男の子に興味はないかな」


 告白されることはあるけど、誰かも分からない男子に告白されても付き合いたいとかは思わない。


 もし陽太君に告白されたら……。


「あらあら」


「遅刻しちゃうからもう行く」


「行ってらっさい。顔冷やしてからお邪魔した方が良いよ」


「うるさいし、別に照れてないんやし」


「澪ってたまに口調おかしくなるけど誰に似たのかいね?」


(あなただよ)


 そうは思ったけど、これ以上お母さんと話すと墓穴を掘りそうだから家を出た。


 そしてドキドキする心臓はもうどうしようもないから諦めて陽太君の家に向かった。


 入ってしまえばドキドキなんかなかった。


 陽太君のお母さんが出てくれたと思ったら何も知らない感じで「陽太君してるなぁ」って気持ちが強くなった。


 陽太君は平常運転で、妹の明莉ちゃんとは違った意味で仲良くなれた。


 それから毎日陽太君を起こしに行った。


 陽太君の寝顔が毎日じっくり見れるのはいいのだけど、学校ではめんどくさいからやらないヘアアレンジをして陽太君を起こしに行っているのに陽太君は一切気づいてくれなかった。


 それに帰りも一緒に帰ってくれなくて少し不機嫌な日が続いた。


 明莉ちゃんからも陽太君の誕生日を教えて貰えなかったし。


 まぁ不機嫌と言っても陽太君の可愛い寝顔を見たらそんなの無くなるのだけど。


 少し不機嫌だったのもあり、結局陽太君の誕生日は聞けていないうちに私の誕生日がやってきた。


 陽太君に教えなかったのは、本当に忘れてたのと、なんかプレゼントを要求してるみたいで嫌だったからだ。


 その日も特に変わらず陽太君を起こしてから、ヘアアレンジを解いて学校に向かった。


 いつもと変わらない日常……ではなかった。


 授業が終わると陽太君が泣いてしまった。


 私が余計なことを考えている間に、陽太君に色々と考えさせてしまったようだ。


 罪悪感を抱いてはいたけど陽太君に「今日一緒に帰ってくれない?」と言われたのが嬉しかった。


 それだけで今まで不機嫌だったのが全部解消された。


 帰りの間は無言だったけど、陽太君が私の誕生日を知らないのにプレゼントをくれたことが嬉しくて泣きそうになった。


 もちろん明莉ちゃんから貰ったのだって嬉しいかった。


 だから私は上機嫌で帰った。


「あらあら」


 お母さんがニマニマしながら見てくるのなんて気にならず、私は自分の部屋に急いだ。


 そしてベッドにダイブして足をバタバタさせながらプレゼントの箱を小一時間眺めていた。

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