番外編 澪ちゃんを堪能

「ねぇ明莉ちゃん」


「何?」


 澪ちゃんと初めて会ってから数日が経った。


 毎日来てくれるから、お兄ちゃんを起こしに行く前と後に少しだけ話したりして、仲良くなってきた。


 ちなみに今日は土曜日だからお兄ちゃんを起こしに来たと言うよりかは、私に会いに来たみたいだ。


「陽太君の誕生日っていつ?」


「ちなみに氷室さんのはいつなんですか?」


「私? 私は五月の十九。今週だね」


「いい事聞いた」


 お兄ちゃんが起きたらさりげなく伝えて、澪ちゃんにサプライズプレゼントをさせようと思った。


「それで陽太君の誕生日は?」


「え? 教えない」


 お兄ちゃんの誕生日は四月の五日。


 もう過ぎてるのもあるけど、うちでは誕生日を祝うということをしない。


 お母さんはなんでかは分からないけど、イベントが嫌いなようだ。


 理由を聞いても「じゃあ逆にやりたい?」と聞かれる。


 私とお兄ちゃんもお母さんと同じ血が通っているからか、特にイベントに興味がない。


 だけど、お兄ちゃんの誕生日だけは別だ。


 お兄ちゃんの誕生日は私だけが祝いたい。


 それはたとえ澪ちゃんにだって譲らない。


「明莉ちゃん」


「何? なにを言われても教える気はないよ」


「私、陽太君に聞くよ」


「卑怯者!」


 お兄ちゃんは隠し事が出来ない。


 だから絶対に言ってしまう。


「明莉ちゃんが陽太君を大切に思ってるのは分かった」


「大切だよ。私はお兄ちゃんに助けられてばっかりなんだから」


 お兄ちゃんが虐められているのが許せなくて抗議に言ったけど、結局なにも出来なかった。


 それまでは普通に話せていたのに、人と話すのが怖くなった。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、多分知らないで慰めてくれた。


 ずっと「ありがとう、明莉が妹で良かったよ」と言って頭を撫で続けてくれた。


「お兄ちゃんをお祝いするのは私だけの特権なの」


「陽太君に助けられたのが理由なら、私だってそうだよ。私が今普通に学校に通えてるのは陽太君が居るからなんだから」


「やっぱり澪ちゃんはお兄ちゃんのこと好きなの?」


「そりゃ好きか嫌いかで言ったら好きだよ?」


 そういうことを聞きたい訳ではないのだけど、きっとまだ本当に友達として好きなんだろうと思う。


「それで陽太君の誕生日は?」


「だから教えないって」


「いいじゃん、一緒にお祝いしようよ」


 澪ちゃんがお兄ちゃんを大切に思ってるのは分かったけど、こればっかりは譲れない。


「陽太君から直接聞けってことか」


「違うけど、どうせそうなるんだよね」


 お兄ちゃんが言うのは止められない。ならせめて。


「澪ちゃんっていつからお兄ちゃんのことを名前で呼ぶようになったの?」


「あぁ、交換条件ってやつですか」


 私が澪ちゃんを名前で呼ぶようになったのは澪ちゃんにいきなり抱きつかれて「仲良くなろ」と言われて仕方なくだ。


 そう仕方なく。


「特に何かある訳でもないんだけど」


「絶対嘘。澪ちゃんは何もなしに男子を名前で呼んだりしないでしょ」


「呼ばないけどさぁ」


 澪ちゃんがモジモジしだした。


(澪ちゃんのこういうところ好き)


 こういう普通の女の子がしたらあざとくて見てて腹立つようなことを可愛く出来てしまう。


 これが恋する乙女(自覚無し)。


「澪ちゃんって可愛いよね」


「唐突。何、いきなり可愛いとか言うのは日野家特有なことなの?」


「お兄ちゃんみたいに全部が本心とは限らないよ?」


「嘘ってこと?」


「心配になる澪ちゃんも可愛い」


「からかってるだけじゃないか!」


 澪ちゃんの反応は見てて面白い。


 だからついからかってしまう。


「話が逸れた。それでお兄ちゃんを名前で呼ぶようになったきっかけは?」


「そのまま流して良かったのに」


 澪ちゃんが赤くなった顔を手で扇ぎながら言う。


「ほんとにそんな特別なことはないよ?」


「いきなり抱きついて『蜜月の仲になろ』とか言ったんじゃないの?」


「言わないよ! 私はただ『陽太君って呼んでいい?』って聞いただけだよ」


「それは分かってるよ。なんで言ったの?」


になりたかったから」


(理由が可愛い)


 要するに、仲良しイコール名前呼びみたいな考えってことのようだ。


「澪ちゃんは友達のことをちゃんと名前で呼ぶタイプなのね」


「どうなんだろ。陽太君が初めての友達だからよく分かんない」


「初めて?」


「うん。まぁ色々ありまして」


 あんまり話したそうにしてないから深くは聞かない。


 だけど初めてと言われるとなんだかモヤモヤする。


「どうしたの?」


「お互いが初めての友達ってのがなんかモヤついだけ」


(しまった)


 思わず本当のことを素直に言ってしまった。


 それを聞いた澪ちゃんがニマニマしている。


「大丈夫だよ明莉ちゃん。は取らないから」


「なんだ、だから代わりには貰うってか。まだ澪ちゃんにお兄ちゃんはあげないけど」


「だから私が貰うのは陽……」


 澪ちゃんの動きが止まった。


「もしかして?」


「おはよう、氷室さん明莉」


 お兄ちゃんがぽわぽわした様子で立っていた。


「おはよ」


「お、おはよう、陽太君」


「眠い」


「やっぱり澪ちゃんに起こして貰わないと駄目なんだ」


 なんだかまた少しモヤモヤする。


「それよりどうしたのこんなに早く起きて」


 お兄ちゃんが自分から起きることがまず珍しいのに、こんなお昼前に自分から起きるなんて初めて見たかもしれない。


「きょうおでかけするから」


 お兄ちゃんが半分寝ながら話す。


「……え?」


 何かの聞き間違いか?


「澪ちゃん、今お兄ちゃん、お出かけするって言った?」


「うん。なんで驚いてるの?」


「お兄ちゃんが自発的に出かけるの初めてだから」


 お兄ちゃんは学校に行く時以外は外に出ない。


 なんでかと言うと、他のどんなことよりも眠ることが大事だからだ。


「そんなお兄ちゃんが自分からお出かけ? 明日は台風でも来るの?」


 私は思わずスマホで天気予報を確認した。


「晴れだ」


「そんなに驚かなくてもいいんじゃない?」


「澪ちゃんは分かってない。これは宝くじの一等が当たった時ぐらいに驚くことなんだよ!」


 冗談とかではなく、本当にそれぐらい驚いている。


「だってお兄ちゃんは立ったまま寝るぐらい寝ることが必要な人なんだよ?」


 私は今現在立ったまま寝てるお兄ちゃんを指さす。


「心配になってきた」


「陽太君、起きてー」


「あ、寝てた」


「澪ちゃん嫌い」


 私はそう言って澪ちゃんに抱きつく。


「明莉ちゃんが可愛すぎる」


「仲良しさんだ」


「そう、明莉ちゃんと私は仲良しだよ」


 そんな素直に言われると照れる。


 だけどバレたら何か言われそうだから澪ちゃんの可愛い胸に顔を押し付けてバレないようにする。


「なんか今失礼なこと言われた気がする」


「気の所為だよ」


「まぁいっか。それより陽太君のお出かけついてっていい?」


「氷室さんが?」


 それを聞いたお兄ちゃんが悩んでいた。


 それで全てを察した。


「駄目だよ。最近は澪ちゃんにお兄ちゃん取られてばっかりだから、今日ぐらいは私がお兄ちゃん独占する」


「なんか何も言えない。残念だけどしょうがないか」


「そうそう。今日のお兄ちゃんは私が独占するんだら」


 澪ちゃんが少し寂しそうにしてるけど、こればっかりは仕方ない。


「じゃあ私は帰るね。明莉ちゃんからは聞けそうにないし」


「僕も氷室さんとお話したかった」


「そういうことを言う。帰りたく無くなるでしょ」


「澪ちゃんバイバイ」


「私をあんなに強く抱きしめてくれてたのに」


 そんなに強くは抱きしめていない。


 ただちょっと澪ちゃんの可愛い胸は堪能してた。


「なんかまた失礼なことを言われた気がする」


「気の所為だよ。それより澪ちゃんとは学校で毎日話してるでしょ。今日はお出かけついでに帰って来たら色々と付き合って貰うからね」


「うん。明莉と一緒に居るのも好きだから嬉しい」


「そういうことを言うから……」


 とりあえず澪ちゃんに抱きついた。


 そんな私の頭を澪ちゃんが優しく撫でてくれた。


 私がどんなことをしても優しくしてくれる澪ちゃんが大好きだ。


 そんな澪ちゃんの為にも、今日のお兄ちゃんのお出かけは成功させなければいけない。


 多分偶然にも澪ちゃんにプレゼントを買いに行くのだと思うから。


 じゃなきゃ、あのお兄ちゃんが澪ちゃんとのお出かけを渋るはずはない。


 正直、お兄ちゃんの誕生日だって澪ちゃんに教えてもいいのだ。


 でもなんとなく私が教えるより、お兄ちゃんが直接伝えた方がいいような気がした。


 まぁ私が教えたくないのも少しはあるけど。


 そんなことより、今は澪ちゃんの可愛い胸を堪能することにする。


「さっきから絶対に失礼なこと思ってるよね?」


「気の所為だよ。澪ちゃんは可愛いなぁって思ってるだけ」


「氷室さんは可愛いもんね」


「陽太君はいいの!」


 お兄ちゃんが無自覚で澪ちゃんを照れさせるこの関係を外から見るのも悪くない。


 そんなことを思いながら私は澪ちゃんの胸に顔を押し付ける。

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