番外編 明月君、影山さんとありのまま

(怖いよぉ)


 家から近いという理由で少しレベルの高い高校を選んだけど、ちょっと怖い状況になってしまった。


 別にカツアゲにあったとか、虐められたとかではなく……。


「なんだ?」


「い、いえ」


 私の隣の人が怖い。


 確か明月 良と自己紹介で言っていた。


 目つきが鋭くて、声も低い。


 見た目だけで言ったら不良に見えてしまう。


 この高校はこの辺りでは少しレベルが高く、私と同じ中学に居た人はそんなに居ない。


 だから私のクラスにも知り合いは居なく、完全にぼっちだ。


 その上、隣の人が怖い。


(あぁ、私の高校生活終わった……)


 私は人と関わるのが苦手だから、新しい友達を作るのだってきっと出来ない。


(まぁ、中学の時も友達は居なかったんだけどね、ははは)


 なんて一人でずっと心の中で喋って、人とは話そうとしないから友達が出来ないのだけど。


「なぁ」


(お隣さんはお友達が居るんだ。話せる友達が居るのはどんな気持ちなんだろ)


 明月君は勝手に私と同類なのかもとか失礼なことを思っていたけど、私なんかとは違って話す友達が居るみたいだ。


(失礼なことを言ってごめんなさい。ってちゃんと口に出しなさいよ)


 また一人で喋り出してしまった。


「なぁ」


(誰か知らないけど明月君が呼んでるよ。早く返事をしてあげないと)


「わざと無視してんのか? それなら悪いな。俺が怖いって理由ならもう話しかけない」


(ん? なんか私の方に向かって言ってる?)


 まぁそんなことはないかとは思いつつ、私は明月君の方を見た。


「やっとこっち見た。気分が悪そうだったから、俺のせいなら謝って二度と話しかけないようにしようと思ったんだけど」


「あ、違います。えっと、これからの高校生活大丈夫か不安で」


 その不安の理由の一つが明月なことは言わないでおく。


「そういうことね。新しい環境なら誰でも不安になるだろ。これから先がどうなるかなんて誰にも分からないんだから」


「そうですよね……」


 なんだか思っていたイメージとは違う。


 明月君は見た目は怖くて口調も少し荒いけど、とても優しい。


「見た目の想像と違うって言いたそうな目だな」


「そ、そんなことは……。すいません」


 誤魔化しても良かったけど、なんだかこんなに優しい明月君に嘘をつきたくなかった。


「いいよ、慣れてるから。まぁ思われるのが平気って訳ではないけど」


「ご、ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。影山だっけ? 影山は俺と普通に話してくれたから、結構嬉しかった」


「私は明月君にそんな風に言って貰える筋合いはないです」


「と言うと?」


「私は明月君を見た目のイメージだけで怖いって思って避けようとしました。そんな私に明月君は話しかけてくれて、最初は怖かったけど、話しかけてくれたことを嬉しいって思ってるのは私の方です」


 こんなに喋ったのは初めてな気がする。


 家でもそんなに話す方ではないので、罪悪感からというのもあるけど、明月君とは話しやすい。


「俺と話して嬉しいって言う奴初めてだ」


「明月君はいい人です。見た目が怖いだけで」


「お前意外と言うのな」


「す、すいません。今まで人とあんまり喋ってこなかったので、普通が分からなくて」


 せっかく普通に話せる相手と出会えたのに酷いことを言って二度と話しかけてくれなくなったら嫌だ。


「これからは気をつけるので、またお話してくれますか?」


「嫌だね」


「ぇ……」


 やっぱりこうなるのだ。


 私が勇気を出してみたところで、私なんかと話して楽しい訳がないから、断られるのは当然。


 調子に乗るから悲しくなるんだ。


「気をつけるな。普通で居ろ。それが話す条件だ」


「え?」


「気を使われて話されるぐらいならそのままのお前で居ろ。俺は今話してたお前となら話したいと思える」


「ありのままの私?」


「そうだ。敬語も使うな。対等な関係、それが話す条件だ。それが嫌なら二度と話さない」


 ありのままの私がどんなのかなんて私にも分からない。


 だって今までありのままの私で話せる相手なんて居なかったんだから。


 でも、もしかしたら私のありのままは……。


「分かり……分かった。明月君と仲良くなりたいからありのままの私で話す」


「これからよろしく」


「うん。じゃあ仲良くなった記念に一つ聞いていい?」


「なんだ?」


「さっきから気になってたんだけどさぁ。見すぎじゃない?」


 私は自分の胸を指さしながら明月君に言う。


 明月君は顔を見るのが苦手なのか、視線を顔から逸らそうとしてる。


 そのせいか、よく私の胸に視線が行っている。


 それが悪気がないのは分かってるけど、ありのままの私は聞きたかったみたいだ。


「ねぇねぇ、気になる? 男の子しちゃう?」


「……見てない」


「女の子ってねぇ、そういう視線分かっちゃうんだよねぇ」


 中学の時はほんとに嫌だった。


 クラスの男子や、廊下ですれ違う男子にちらちら見られて嫌だった。


 多分私に友達が出来なかったのは、男子はそういう視線を向けてくるから近寄りたくなかったのがあり、女子は胸で男子を誘惑してるとか噂して近寄って来なかった。


 だから私に友達が出来なかったのは根暗が全部の理由じゃない……多分。


「私にそういう視線を送らなかったのは今までで一人しか居なかったもん」


 そういえばその日野君もこの高校に通っているはずだ。


 私の胸に興味がなく、いつも自分のやりたいことをしていた日野君には興味があった。


 好きとかではないけど、日野君はなにをしてるんだろうとか思ってずっと観察してることもあった。


 観察の結果は基本寝てるだけだったけど。


「お前性格変わりすぎだろ」


「明月君がありのままの私が好きだからそうしろって言ったんじゃん」


「そこまでは言ってない」


「これが私だよ。嫌い?」


 ここで肯定されたらきっと二度とありのままの自分なんて出せなくなる。


 聞いておいてあれだけど、今とても怖い。


 明月君は無表情だから表情からは何も分からないし。


(やりすぎたかな……)


「嫌いじゃない。それがお前のありのままなら俺が否定することはない」


「ほんと?」


「ああ」


 嬉しくて泣きそうになる。


 初めて私を出して、その私を嫌いじゃないなんて言ってくれた。


 私のありのまま。私が心の内で話してるもう一人の自分がありのままの私だった。


 表が偽物で、裏が本物なんて明月君みたいだ。


「私達似た者同士だね」


「どういう意味だよ」


「教えなーい。あ、私は言ってなかった」


「なにを?」


 私はちゃんと身体を明月君に向けて言う。


「これからもよろしくね、良君」


 男の子の下の名前を初めて呼んだ。


 とても恥ずかしかったけど、良君も顔を赤くして逸らした。


 なんだか可愛い。


 多分この時にはもう私は良君を好きになっていた。


 良君がどう思ってたのかは分からないけど、私は良君のことが好き。友達としてではなく、異性として。


 初めての友達に初めての好きな人。


 高校生活は初めてが沢山だ。


 最初の不安なんて消し飛んで、今はこれからが楽しみでしかない。

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