番外編 陽太君、澪と良縁
「優正ちゃん、学校行ける?」
「うん、大丈夫だと思う」
高校生になってたったの数ヶ月で虐めにあい、それを心配したお父さんとお母さんが一人暮らしのお兄ちゃんの所へ来させてくれた。
今日は転校初日。
正直に言うとまだ学校は怖い。
でも私が自分を隠していけば大丈夫なはず。
「私の見た目にオタク感ない?」
「ないない。どこからどう見ても可愛い優正ちゃんだよ」
「お兄ちゃんはいっつもそうやって甘やかす。私の為だと思ってちゃんと言って」
お兄ちゃんは少し変わっているけど、とても優しいから好きだ。
まぁ最近は大学で知り合った女の子の話ばかりして寂しいけど。
「僕もオタクだからね。オタクは見た目を気にしないから」
「お兄ちゃんはそう言いながら見た目にオタク感ないじゃん」
お兄ちゃんは妹の贔屓目を抜いても、きっとかっこいい。
そのせいもあるのだろうけど、お兄ちゃんの着る服はどれも似合って、読んだことはないけどファッション誌のモデルさんみたいだ。
アニメショップ巡りをしてるとたまに女の人に声をかけられることがあるらしい。
大学に入る前まではリアルの女の人に一切興味がなかったから、全部断っていたみたいだけど。
「優正ちゃんは普通にしてても可愛い女の子にしか見えないんだけどなぁ。あ、そうだ」
お兄ちゃんが何かを閃いたみたいに私を見てくる。
「自分を隠すならもっと演じてみない?」
「もっと?」
「そう。例えばこの子を演じてみるとか」
お兄ちゃんはそう言って、最近の最推しであるキャラを私に見せてきた。
「この子ってツンデレからデレが抜けてるって話題の?」
「そう! 常にツンの最高の女の子。どう?」
この子の設定は確か、どんな相手にも高圧的な態度を取るからクラスの人から距離を置かれている。
だけどそんなこの子に主人公のふわふわ系男子だけが話しかけて、ツンだけだったのに、主人公だけに笑顔を見せるとかいう設定だった気がする。
「この子にはね兄が居て、その兄にとっても冷たいんだ。だからどう?」
「私が虐められて転校したの分かって言ってる?」
「ごめんなさい。優正ちゃんの気持ちを考えてなかった」
お兄ちゃんが勢いよく土下座をした。
「お兄ちゃんが私のことを思ってくれてるのは知ってるからそこまでしなくても」
「駄目だよ。僕にとって優正ちゃんは何よりも大切なんだから」
「アニメとかよりも?」
「もちろん」
「最近ずっと話してる大学で知り合った女の子よりも?」
「……もちろん」
「お兄ちゃんのばか」
お兄ちゃんに私より大切な人(リアル)が出来たのは嬉しいことだけど、なんだか寂しさが増してしまう。
「優正ちゃん、もっと冷たく蔑む感じで言える?」
「え? えーっと。バカなんじゃないの?」
お兄ちゃんの布教活動で一緒に見たから、お兄ちゃんの最推しを真似してみた。
「お兄ちゃん?」
「リアルでここまで感激出来るなんて……。やっぱり優正ちゃんはSの才能があるよ!」
「ちょっと何言ってるのか分からない」
「次はこの子とかやってみよ」
お兄ちゃんが今度は、今の最推しの前の最推しの子の画像を見せてきた。
この子は確か、ヤンデレ系。
好きになった物や動物、人をとにかく自分だけのものにしたいという子。
そしてその子を好きになった主人公に告白されて付き合うのだけど、主人公を監禁したり、他の女の子と話をしていたら尋問をしたりと結構ヤバめの女の子。
だけど主人公はこの子が大好きだから、どんなことをされても喜んでしまう。
ドMとかではなく、好きな人に自分を見て貰えるのが嬉しいようだ。
そんな主人公の相手をすると、ヤンデレのその子は乙女の目になってとても可愛かった。
お兄ちゃんに布教されて一緒に見たけど、可愛すぎて私も好きになった。
「真似をしろと?」
「蔑む系でお願いします」
この子は別に相手を蔑んだりはしなかった気がするけど。
(あ、あれならいいかな)
「ねぇ、あなたは私のものをその醜い身体で籠絡したつもり? 私のものはあなた如きに奪えやしない。お分かり? あなたを相手していたのはただの気まぐれ。あなた自体にはなんの興味もないの」
これは、主人公と話していた女の子に詰め寄るシーンのセリフ。
ここを一緒に見たお兄ちゃんの解釈は『私の大事な人を取らないでよ。あの人が私から離れたら、私は……』らしい。
「優正ちゃんはほんとにいいね。もっといっぱい詰ったり、冷たくあしらってくれてもいいんだよ?」
「出来ないよ。お兄ちゃんには感謝しかないんだから」
お兄ちゃんには小さい頃から助けられてばかりだ。
そんなお兄ちゃんに酷い言葉なんて使えない。
「優正ちゃんは昔から優し過ぎるんだよね。でもさ、オタクなのを本気で隠したいなら、真逆の性格にでもならないと素が出ちゃうんじゃないかなって思うんだよね」
「それは分かるけど、それでお兄ちゃんに酷いことなんて言えないよ」
「じゃあこういうのはどう? 家ではいつも通りでいいから、外では演じ切るってのは」
「真逆の自分を?」
「そう。優正ちゃんは優しいから疲れるだろうし、自分を責めたくなることもあるだろうから、その時は僕がどんな話も聞くよ。優正ちゃんが元気なのが僕が一番嬉しいことだから」
お兄ちゃんが私のことを心配してくれてるのは分かってる。
だからこそお兄ちゃんに迷惑をかけたくない。
「僕は優正ちゃんのことで迷惑とか思ったことは一度もないからね」
「お兄ちゃんなら言うと思った」
演じ切るしかない。
虐められない自分を。
「じゃあ練習を」
「残念。時間切れ」
お兄ちゃんが時計を指さした。
「急がないと遅刻じゃん」
転校初日から遅刻なんてしたら、悪目立ちして虐められるかもしれない。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。演じなくてもいい友達が出来ることを願ってるよ」
お兄ちゃんの言葉に返事はしなかった。
期待をするのが怖かったから。
(自分じゃない自分)
結局教室の前に来てもどうすればいいのか分からなかった。
要はオタクだと思われない口調を使えばいいのだ。
(私の苦手なタイプの人を演じてみればいいのかな)
いわゆる陽キャと呼ばれる人達。
と言っても苦手だから詳しく知らない。
(もうやけくそだ)
いくら考えても考えがまとまらない時は行き当たりばったりにするのが一番楽だ。
失敗したらきっとお兄ちゃんが慰めてくれる。
そしてお兄ちゃんなら一日の失敗ぐらいなら取り返してくれるはずだ。
そうして『私』は『うち』になり、大失敗をした。
「優正ちゃん」
「もう嫌」
私は今お兄ちゃんの布団でふて寝している。
「僕のせい?」
「違う。私が調子に乗った」
私は中学の時は周りにオタク友達が居たから隠していなかった。
だから中学の時に同級生だった氷室さんが居て、私がオタクだというのを言われる前に氷室さんと取引しようと思って話しかけたら、最低なことをした。
氷室さんが怯えていたのは分かっていたけど、自分を演じることに精一杯で氷室さんの気持ちを考えなかった。
「氷室さんにどんな顔で会えばいいのか分からないよ」
なんか最後の方はよく分からない感じになってたけど、気を使ってくれたんだと思う。
「氷室さん?」
「うん。私の中学の時の同級生。言わなかった? 体育倉庫に閉じ込められた子が居たって」
「あぁ、その子も氷室さんって言うのか」
「ん?」
「なんでもない。それより謝るなら明日ちゃんと謝った方がいいよ」
謝りはしたけど、そんなことで許されることではない。
きっと明日にはクラスの人から蔑みの目で見られる。
「とにかく明日も学校には行きなよ。明日行ってそれでも駄目だと思ったら早退してもいいから」
正直もう行きたくはない。
でもお兄ちゃんがそう言うのなら、行くことにする。
「もし帰って来て駄目そうなら慰めてくれる?」
「もちろん。色んなアニメをはしごしようか」
「うん」
それなら少しは頑張れる気になれる。
そんな気になれたって、人間そんな簡単に切り替えられない。
「また逃げちゃった」
朝から氷室さんの隣の席の日野君が私の席にやって来る。
クラスで私の噂をしている人は居なかったけど、休み時間の度に私の席に来る日野君が怖い。
昨日みたいに責められるのではないかと。
「早退しようかな」
そんなことが頭にちらつくけど、お兄ちゃんに心配をかけたくない。
「逃げて解決することでもないけど、せめて今日は逃げよう」
明日、そう明日ならきっとちゃんと話せる気がする。
だから今日は逃げよう。
そう思っていたのに、放課後になり、帰ろうとしたら陽太君に手を握られた。
もう何が何だか分からなくなり、また酷いことを言った。
でも日野君はもう私のことを許していると言う。
氷室さんも昨日のことは気にしてないように振舞っている。
私にはほんとに分からない。
酷いことをした私に何事も無かったように近づいて来れるのが分からない。
昨日私がしたのは、私がされて嫌だった虐めと同じことだ。
なのにこの二人はなんでこんなに早く立ち直れたのか。
でも二人のやり取りを見てて何となく分かった気がした。
氷室さんは日野君を信じて、日野君は氷室さんを信じている。
お互いを信じているから日野君が気に入ったという私を氷室さんが許してくれた。
日野君はよく分からない。
でもそんな二人を見てるのが好きなのは分かった。
だから二人をからかって反応を見ようと思ってたのに、日野君に今日の私。つまりは素の私が可愛いって言われたせいで気になっちゃった。
陽太君は今は澪の方が好きだと言うけど、それも荒らしたくなった。
だから氷室さん……澪にマウントを取られた時にやり返して反応を見たくなったんだと思う。
陽太君って呼んでみたり、陽太君が学校案内してくれてる間はずっと腕にしがみついていたり(めっちゃ恥ずかしかった)。
だけど二人との出会いは最悪だったけど、きっと私にとってはいい出会いだった。
この二人ならいつかは本当の私をさらけ出せるかもしれない。
それまでは、この恵まれた良縁を感謝していきたい。
いつかその時が来るまでは。
この日から私の高校生活は薔薇色になった。
その代わりにお兄ちゃんを蔑むことに遠慮はなくなった。
私の友達の姉にしつこく絡んで迷惑をかけるお兄ちゃんに敬意はなくなった。
なんかとても喜んでいるから逆にやめようかと思ったりもしたけど。
やっぱりやめるのをやめた。
でもたまにお兄ちゃんって言っちゃうのはしょうがないよね。
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