番外編 日野君と運命の出会い
(やっちゃったなぁ)
中学の失敗を考えて目立たないようにしようと思っていたのに首席合格してしまった。
手を抜いても首席を取った私すごいとかじゃなくて、普通に手を抜けなかった。
昔からそうだ。なにかをしようと思ったら最後まで完璧にやりたい。
でも勉強が出来たところで、同じことを繰り返しているようではどうしようもない。
「新入生代表の挨拶したくないよ……」
首席になってしまったから、新入生の挨拶をやることになった。
やりたくないなら断れば良かったのだけど、もし断って「首席なんて取れて当たり前ですけど? とか思ってそう」と思われたらどうしようとなって、受けてしまった。
挨拶をしたらしたで中学の時のようになったらと考えてしまう。
そんなことをずっとトイレにこもって考えている。
ほんとにお腹が痛くなりそうだ。
「新入生の挨拶をサボって悪目立ちするよりかは、出た方がいいよね」
立ち上がってはみたものの、なんでかお腹より背中が痛くなる。
「『古傷が』とかの中二病ですか?」
今でこそ軽く話せるけど、ちょっと前までは、こんな自虐は出来なかった。
さすがに人に話すことは出来ないけど。
「家族以外には誰にも言えないよね」
だから私は独り身が確定している。
好きな人との結婚を考えたことはある。
でも背中だけど傷がある子を好きになってくれる人はいるのだろうか?
男子とあまり話したことがないから分からないけど、男の人は女の人に傷があるのを嫌うみたいなのをテレビで見た気がする。
結局みんな外見で判断するのだ。
「私を見てくれる人と出会えるかな」
私の外見や首席っていう肩書きを見ないで『氷室 澪』を見てくれる人と出会いたい。
「運命の相手みたいな?」
さすがにこの世界のどこかには居るのかもしれないけど、そんな人がたまたまこの学校に居るなんて偶然はありえない。
「現実逃避してても仕方ないか」
私はもうなるようになれと歩き出した。
新入生の挨拶は何事もなく無事に終わった。
今はクラスの人に質問攻めにあっている。
「首席すごいね」や「勉強得意なの?」みたいな質問をされる。
こういう質問は苦手だ。
中学の時を思い出すから。
みんな最初はこうだった。
だけどそれが「いつも澄ました顔で一位取るよね」になっていく。
だって仕方ないんだよ。私は喋るのが苦手なんだから。
だから返事が簡単になる。
最初はそれでも大丈夫なのだけど、だんだん反応の薄い私のことを「うざい」と思う人が出てくる。
みんなの質問攻めは止まらないけど、私は別のことが気になっている。
(ずっと寝てる)
私の左隣の席の男の子が教室に戻って来てからずっと寝ている。
顔を窓側に向けているから、ほんとに寝ているのかは分からないけど。
(人付き合いが苦手なのかな?)
それなら私も嬉しい。
隣の人は話しかけやすいということで、中学の時は一番最初に私を嫌ったのは隣の席の人だった。
話しかけてこないのなら嫌われる心配もなく嬉しい。
(でも……)
私が隣のせいでうるさくしちゃってることは謝らなければいけない。
担任の先生が来てみんなが席に着いて自己紹介をした後に私はお隣さんに話しかけた。
「大丈夫?」
「うん、さっきはありがとう」
お隣さんの名前は日野 陽太君。
先生が来て自己紹介が始まっても寝ていたけど、さすがに自分の番になったら起きると思って見ていたけど、一向に起きる気配がなかった。
そして日野君の番になったけど反応が無かったなく、先生が「起こせるか?」と私に言ってきたので、私がまだ名前は分からなかったから「起きて」と肩を揺すった。
そうすると日野君は身体を起こして「ありがと」と言って自己紹介を始めた。
「日野君ほんとに寝てたんだね」
今は教科書が配られて、それに名前を書いているところだ。
だから少しだけ話してみることにした。
なんでかは分からないけど、日野君のことが気になる。
「うん。僕、昔からすぐ寝ちゃうんだよね」
なんだかとっても優しい声だ。
聞いているだけで心地いい。
「そうなんだ……」
ここで話し下手な私を呪う。
(せっかく自分から話せたのに、会話が終わっちゃったじゃん)
日野君は話しやすいから、言い方は悪いけど話す練習をしたい。
「こおりしつ」
「え?」
日野君がいきなり私の手元を見てそんなことを言う。
それを聞いた私は少しだけ嫌な記憶が蘇った。
中学の時に一度、私の名前が『氷室』だから「こおりしつって冷凍庫じゃん」と馬鹿にされたことがあった。
その時はたまたま通りかかった先生に言った子が注意されて終わったけど、なんで日野君がそんなことを言ったのか怖くなる。
もしかしたら、日野君もあの人達と同じなのかと。
「あ、ひむろって読むのか」
「え? あ、え?」
これは絶対に私が話し下手なせいじゃない。
確かに私の名字は普通に読んだら『こおりしつ』だけど。
「日野君って私の挨拶聞いてなかった?」
「自己紹介中は寝てた」
「いや違くて。あぁ、入学式も寝てたのね」
「ち、違うよ? うつらうつらはしてたけど、寝てないよ。ただ途中で聞いてて気持ちいい声がしたから一瞬寝そうになったけど」
日野君が焦っているようで落ち着いて話す。
「そういえば氷室さんの声ってあの時聞こえた声と似てる」
「その声が誰かは分からないけど、私新入生挨拶したんだよ」
「すごい! 勉強いっぱい頑張ったんだね」
「……」
思わず固まってしまった。
そんなことは初めて言われた。
今までは『努力』より『才能』って言われることしかなかった。
「氷室さん?」
「今初めて話した人に聞くことじゃないんだろうけど、聞いていい?」
「何?」
「日野君って私のことどう思う?」
いつもなら「勉強の出来る人」や「可愛い」みたいなことを言われる。
最初だけは……。
「うーん。まだ氷室さんのことをあんまり知らないから、氷室さんと話して思ったことでいい?」
「うん」
「とってもいい人」
「いい人?」
「うん。話すのが得意じゃない僕と話してくれるし、声も聞いててとっても心地いいし、勉強も頑張ってとってもすごい。いい所がいっぱいあるからいい人」
「……」
私はまた固まってしまった。
こんな短時間で私のことをこんなに褒めてくれた人はいない。
日野君は勘違いしているけど、話すのが得意じゃないのは私で、その私と話してくれてるのが日野君だ。
それに声だって日野君の方がいい。
勉強を頑張ったのは自分の為だし。
でも素直に嬉しい。
日野君は私を勉強の出来る人ではなく、普通の女の子として見てくれる。
「日野君」
「何?」
「これからもよろしくね」
「うん。よろしく氷室さん」
もしかしたらこの時既に日野君のことを好きだったのかもしれない。
でもこの時にそんなことを考えている余裕はなかった。
頭の中は日野君でいっぱい。
次はどんな話をしようか、日野君のことを知ろうか、私のことを教えようか。
とにかく日野君と話したかった。
いっぱいいっぱい話してもっと仲良くなりたい。
この時の私は知らなかったんだよね。
日野君が陽太君になって、その陽太君と結婚するなんて。
運命の相手は少しの勇気で見つかるのかもしれない。
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