第41話 優正の過去

 なんだか視線を感じる。


「おはよう、氷室さん」


「私まだ起こしてないんだけど」


「氷室さんの視線を感じたから」


「陽太君が起きなかったら優正とのデートはなかったことになったのに」


「そしたら澪がわざとそうしたって陽太に言いつけるから」


「優正だ」


 今日は優正とデートをする日だ。


 結局お返しを何にするか思いつかなかったから、優正の提案通りにデートをすることにした。


「不法侵入してんじゃないよ」


「ちゃんと真綾さんに挨拶したけど?」


「陽太君の部屋にだよ」


「澪が言うの?」


「私は陽太君を起こす為だから許可得てるもん」


 氷室さんが胸を張りながら言う。


「陽太」


「何?」


「うちも陽太の部屋に勝手に入っていいって許可貰ったよね?」


「え?」


 そんなことは言っていない。


 だってそんなの許可とかいらないから。


「貰ったよね?」


 それなのに優正はどんどん笑顔で近づいてくる。


「氷室さんと優正は許可がないと来てくれないの?」


「澪はそうみたいなの。うちは来たいんだけど、澪が止めるから」


「そうやってすぐ私のせいにする。止めたって来るくせに」


「そりゃ来るよ。陽太に会いたいから」


 許可とか以前に優正は少なくとも週三回は僕の部屋に来ている。


 と言うよりかは、バイトのない日は毎日来ている。


「澪がうるさいからちゃんと言ってあげて。うちも陽太の部屋に来ていいって」


「来て」


 優正の手を両手でぎゅっとしながら伏し見がちに言う。


「キュンときた。これは抱きしめていいやつ? そうだよね?」


「よくないから。それより早く行ったら?」


「そうだね。陽太行こ」


「うん」


 立ち上がった優正に手を差し出されたので、その手を握って立ち上がる。


「じゃあ



「行ってきます」


 僕は氷室さんに挨拶をしてから部屋を出る。


 そして準備を済ましてから優正と一緒に家を出た。




「どこ行くの?」


「陽太に決めて欲しかったけど、ちゃんと決めてきたよ」


 それは良かった。僕だと特に行きたい場所がないから優正を飽きさせてしまう。


「行きたいところがあったら言ってね」


「優正と一緒ならどこでも楽しいから大丈夫」


「嬉しいけどそれ澪にも言ってるんでしょ?」


「うん」


 だって氷室さんともどこに居ても楽しいから。


「まぁ嬉しいからいいや。それより着いたよ」


 優正が目指していた場所は、ここら辺では少し大きい公園だったみたいだ。


「久しぶりに来た」


「私も公園にちゃんと来たの……小学生以来かな?」


 優正の表情が一瞬だけ暗くなったように見えた。


 でもすぐにいつもの可愛い優正に戻った。


「さすがにこの歳になって遊具で遊ぶとかはしないよ。ベンチ行こ」


「うん」


 僕もさすがにこの歳だと遊具が小さくて楽しめないと思う。


 でもブランコなんかは大丈夫そうだ。


「見て、元気な子達が走り回ってる」


 ベンチに座ると優正が、遠くを走る小学生ぐらいの子供達を指さしながら言う。


「まだ少し寒いのに元気だね」


「ほんとにね。それに最近の子は公園で遊ぶより、家で遊ぶことの方が多いだろうし」


「僕達みたい」


 僕達と言うよりかは、僕が外に出たがらないだけなんだけど。


「陽太は連れ出さないと外出ないからね」


「お家が一番落ち着くんだもん」


「でも私達が誘うとちゃんと来てくれるよね」


「優正と氷室さんの隣も落ち着く」


 二人と居る時は安心出来て落ち着く。


 だから一緒にお出かけするのが楽しい。


「陽太はさ、今の関係好き?」


「優正との?」


「澪も含めて」


「好きだよ?」


 優正と氷室さんだけじゃなく、静玖ちゃんと明月君とお友達になれた今が好きだ。


「最初に言質を取りたいんだけど、もし私と澪が言いたくはないけど聞いて欲しいことを話したらどうする?」


「んー、ん?」


 少し考えたけどどういう意味なのか分からなかった。


「分かりにくいか。えっとね、陽太には言いたいんだけど、本心ではあんまり言いたくないのね。言ったらその時のことを思い出して最悪泣くし、聞いてる陽太もあんまりいい思いはしないだろうから」


 僕は無言で話の続きを待つ。


「だからそんな話をされたら陽太は私達から離れる?」


「なんで?」


「私達は隠し事をしてた訳だし、その話を聞いたら気まずくなって離れたくなるかなって」


「ならないから」


「陽太、怒ってる?」


「怒ってない」


 ただ少し悲しくなっただけだ。


「優正と氷室さんが言いたくないがあるのは知ってたし、そもそも言いたくないことを隠すのは当然なことじゃん。僕は言いたくないことを隠されるより、言いたくないことを無理に話される方が嫌だ」


「陽太ならそう言うよね」


「それに、泣いちゃうぐらい悲しい話を頑張ってしてくれるのに、それを聞いたら離れるって思われてたんだって悲しくなった」


 たとえ優正と氷室さんにどんな過去があったとしても、僕は変わらず一緒に居たい。


 話して涙を流すのならその涙を拭うし、離れるのが心配なら二人が嫌と言うまでずっと隣に居る。


「僕はどんなことがあっても二人と一緒に居たい。わがまま?」


「ううん。陽太のことを信じてなかった訳じゃないの。ただ陽太ならそう言ってくれるって思ってた。でも実際に言葉にしてくれた方が安心するから。ごめんね」


「じゃあもう一回言うね。僕は優正と氷室さんにどんな過去があっても離れたりしない。悲しくなるのなら悲しくなくなるまでずっと一緒に居る」


「見てるだけって決めてたのに揺らいじゃうじゃん」


「え?」


 優正が小さい声で言うから聞き取れなかった。


「なんでもない。じゃあ話すね。私が転校する前の話」


 優正が一つ深呼吸をしてから話し出す。


「私ね、虐められてたの」


「……」


 僕は優正の話をちゃんと聞くことにした。


 きっと何も言わない方がいい気がした。


「私、みんなには隠してたけどアニメとか漫画とかが好きなんだよね。それを前の学校では隠してなかったんだよ。でもさ、女子でそういうのが好きって言うと他の女子から馬鹿にされるんだよね」


 そういう話は僕も聞く。


 女子は大変だって明莉が言ってた。


「だからね、色んなことをされたんだ。そこは思い出したくないから言わないけど、ほんとに色々」


 優正がお腹を押さえながら悲しそうに言う。


「私もバカだったんだよ。堂々とオタク宣言してさ」


 優正が僕の嫌いな笑顔をする。


「お父さんとお母さんにも虐められてることがバレちゃったんだ。お父さんなんかは仕事を休んでまで学校に抗議しに行ったけど、聞いてくれるなら虐めを最初から無視したりしないんだよね」


 なんだか僕と重なる。


 あの時の明莉と。


「だからね、お父さんとお母さんと話して、一人暮らししてるお兄ちゃんのところに来ることになったの」


 優正が少しだけ元気になった。


「お兄ちゃんって性格に難ありだけど、基本的に高スペックだから家事全般も難なくこなすんだよ。あ、もちろん洗濯は私が担当だけど」


 だんだんいつもの優正に戻ってきた。


「それがね、私の過去。酷いところは話してないから泣かなかった」


 優正が「あはは」とまた僕の嫌いな笑顔をする。


 だから僕は握っている手をぎゅと強くする。


「悲しいなら泣いていいんだよ?」


「だから大丈夫だったって」


「大丈夫ならその笑顔やめて。優正が虐められてたって話を聞いて少し嫌な気持ちになってるのに、優正にそんな顔されたらもっと嫌になる」


 こんな時に無理をして欲しくない。


 泣きたいなら泣けばいい。


 泣き止むまで僕はずっと隣に居るのだから。


「そんなこと言われたら……、我慢出来ないじゃん」


 僕がハンカチを取り出すと、優正が首を振る。


「抱きしめてって言ったら迷惑?」


「ううん。優正がそれを望むなら」


 優正を優しく抱きしめる。


「悲しかったよ、辛かったよ。私が何かしたの? 私は自分の好きを隠さないで好きって言ってただけなんだよ? それはいけないことなの? そんなに嘘が好きなら一生嘘だけついて生きていけばいい。だけどそれに私を巻き込まないでよ」


 優正が泣きながら気持ちを吐露する。


 嘘や建前が大事なのは分かる。だけどそれを当たり前だとは思いたくない。


 正直に自分のことを話すのは悪いことではない。


 だってそれが悪いのなら、誰も相手の本心が分からず、相手を疑って生きなければいけなくなる。


 そんなのは嫌だ。


「私だって耐えたよ? でもさ、耐えられなくなることもあるじゃん。虐めてる側も辛い? そんなの知らないよ。自分のやりたいことだけしてることのなにが辛いの? 私達はお前らの憂さ晴らしの道具じゃないんだよ!」


 優正の初めて見る本気の怒声。


 これが本来の優正。


 こういう本当の顔のことを裏の顔と言うのかもしれないけど、自分の言葉でちゃんと話してる優正が大好きだ。


「虐めを受けるとさ、虐められるのが悪いとか言う奴いるけど、それは自分がやられた時にも同じことが言えるんだよな? 何されてもお前が悪いって言われても同じことが言えるんだよな? 虐められてる気持ちが分かるから同感して助けて貰えるとか思うなよ。同じ苦しみを味わえ」


 だんだん優正の口調が荒くなってきた。


「でも一番堪えたのはお母さんの涙を見た時なんだよね。虐められたのを私のせいだって絶対思わないようにしてるけど、お母さんを泣かしたのは私なんだよね」


「それは違うよ」


 優正の気が済むまで聞くつもりだったけど、優正が間違ったことを言ったからつい声が出てしまった。


「優正は悪くない。優正のお母さんは優正のことが大切なんだよ。だからね、きっとね……」


「なんで陽太が泣いてんのさ」


 きっと今僕が泣いてるのと同じ理由なんだよ。


 優正が悲しかったら一緒に悲しくなってしまう。


「ありがとう。大好きだよ」


 優正がそう言うと僕のほっぺにキスをした。


「唇は澪に取っとかないとね」


 僕の大好きな優正の笑顔が見れた。


 きっとそのせいで顔が熱くなる。


「ちゅーしたよ」


「うん。けっこんするのかな?」


 いつの間にかさっきまで遠くで走り回っていた子供達が僕と優正を眺めていた。


「あはは、見られてた」


「そうだね」


 そうしてしばらく二人で笑いあった。


 この時の笑顔は絶対に嘘じゃない。


 この笑顔を見る為ならなんでも頑張れる。

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