第36話 氷室さんとあけましておめでとう
「陽太君、そろそろ起きれる?」
「うん」
氷室さんに起こしてもらっているのに眠い。
何せ今は夜の十一時を過ぎていて、普段なら寝ている時間だからだ。
なんでこんな時間に起こされているのかと言えば、今日が大晦日だからだ。
「やっぱり寝てる?」
「起きる。氷室さんにおめでとう言う」
今、僕が起こしてもらっているのは自分で頼んだことだ。
最初は氷室さんに「陽太君って大晦日は寝てるよね?」と言われて、そういえば大晦日は起きていてもいい日で、十二時になったらあけましておめでとうを言う日だと思い出した。
今までは家族には会った時にあけましておめでとうを言っていたから全然気にしていなかった。
だから僕は氷室さんに起こしてくれるように頼んだ。
「すごい眠そうだけど無理しないでいいんだよ?」
「やだ、無理して起きる」
どうしても氷室さんにあけましておめでとうを言いたいから。
「陽太君って一回決めたことを絶対にやめないよね」
「そうかな? 氷室さんと会う前は大抵諦めて寝ちゃってたけど」
勉強をしようと決めても、いつも気がついたら寝ていて、起きてもやる気が起きないから諦めていた。
「僕が諦めないで出来るようになったのは、氷室さんのおかげだよね」
「え?」
「今日だって、氷室さんに一番にあけましておめでとうを言いたいから起きてたいって思うし、勉強だって氷室さんに教えてもらうのが嬉しいのと、楽しいっていうのがあるから」
氷室さんと一緒だとそれだけで楽しい。
だから僕は眠くもならないし、氷室さんと一緒に居られるのならなんでも頑張れる。
「陽太君は私を必要としてくれてるんだね」
「氷室さんが居ないと僕は何にも出来ない昔の自分に戻っちゃう」
「陽太君はもう私が居なかったとしても出来るんじゃない?」
「それは絶対にないよ。氷室さんが居ないと起きれないし、勉強も出来ない。それに何より毎日が楽しくない」
氷室さんが居たから今の僕があると言える。
氷室さんが居なかったら昔の何にも出来ない自分のままだった。
「だからね、僕は氷室さんが居ないと駄目なの。わがままだけど、これからも一緒に居てくれる?」
「……」
氷室さんが少し驚いた様子で僕のことを見ている。
「やっぱり駄目だよね。これからも氷室さんをずっと頼っていくなんて」
そんなのは分かりきっていたことだ。
氷室さんの優しさに付け込んで、これからもお世話をしてもらおうなんて虫が良すぎる。
「ごめんね、忘れて」
「ち、違うの。ちょっと驚いただけ」
「無理しなくていいよ?」
「陽太君。これから言うことは全部真実って言ったら信じる?」
「氷室さんの言うことならなんでも信じる」
氷室さんの言葉の意図を汲み取れないことはあっても、氷室さんの言葉を信じないことはない。
いつだって氷室さんの言葉は正しいから。
「ちょっと陽太君の将来が心配。だからそれも含めて言うね。私だって陽太君とずっと一緒に居たいって思ってるよ。だから頼られるからって理由でも私は嬉しい」
「ほんと?」
「うん。だからね、ちょっと勘違いしてるみたいだから伝えるけど、私も陽太君のことを頼りにしてるんだよ?」
「僕を?」
「さっき陽太君は私が居ないと駄目って言ってたけど、私もなんだよ。陽太君が居たから学校を楽しいって思えるようになったし、陽太君が居たから優正と仲良くなれた」
氷室さんが体育座りで丸くなりながら言う。
「多分というか絶対に陽太君が居なかったら今頃学校に行ってないし」
「……」
氷室さんの悲しそうな顔を見て何も言えなくなる。
「陽太君に私が必要なように、私にも陽太君が必要なの。必要って言い方が違うのか。とにかく、私だって陽太君が居ないと駄目なの」
「僕、氷室さんと一緒に居てもいい?」
「むしろ私から頼むよ」
「これからも迷惑かけるよ?」
「陽太君を迷惑だなんて思ったことないから。それに私だって迷惑をかけるんだから」
「頼ってもいいの?」
「お互いに頼っていこ。陽太君には私のメンタルを保ってもらいたいから」
氷室さんがはにかんだように笑った。
その笑顔を見た瞬間に涙がこぼれた。
「僕、氷室さんの役に立ててた?」
「陽太君は私にとって居ないと困る存在だよ」
氷室さんが僕の涙をパジャマの袖で拭いながら言う。
「私がどれだけ助けられてるかはまた今度話すよ。陽太君には全部話す」
氷室さんが決意を込めた目をする。
「だから陽太君のことも全部教えて」
「隠し事なんてしてないよ?」
「隠してる訳じゃないのは知ってるけど、陽太君のことで知らないことがあるんだよ」
「何?」
「たまに聞く陽太君の中学の噂」
「それ僕も気になってた」
前に善野さんや明月君が言っていたけど、よく分からない。
「病院送りって言ってたけど、何にも覚えてないや。静玖ちゃんなら知ってるかな?」
「聞かなくてもなんとなく分かるけど、そういうのも全部ちゃんと話そ。その上で私は陽太君の隣に居たい」
「……」
さっきから少しおかしい。
氷室さんのことを見ると、なんだか感情が溢れ出す。
いつも嬉しいや楽しいって気持ちは溢れてくるけど、今は涙が流れたり、異様にドキドキする。
「そうだ。期待薄だけどやってみよ」
氷室さんがニマニマして嬉しそうに僕の顔を覗いてきた。
「さっきの陽太君の言葉覚えてる?」
「どれ?」
「私が居ないと駄目ってやつ」
「一緒に居てって頼んだやつ?」
「そう。それを聞いた後に私が固まった理由を教えてあげよう」
氷室さんが更に楽しそうになる。
「あれね、陽太君に告白されたと思ったの」
「告白?」
「うん。私が居ないと駄目だから、これからもずっと一緒に居てって完全に愛の告白じゃない?」
氷室さんが嬉しそうにしているけど、頬が赤い。
でも言われてみたらそうかもしれない。
確かにそう聞こえるのも分かる。
「羞恥が来る前にもう一押し。陽太君はやっぱり私のこと女の子として好きなのかな?」
氷室さんが四つん這いになって僕を見上げ、ニマニマを崩さないようにしてはいるけど顔が真っ赤だ。
「女の子として好き。氷室さんを見たらドキドキするのもそういうこと?」
「ドキドキしてくれてるの?」
氷室さんが驚いた様子で僕の胸に耳を当てた。
「してるよね?」
「してる」
そう言うと氷室さんがそっと離れて僕の顔を見る。
「陽太君、こっち見て」
「うん」
「私も耐えるから十秒目を合わせてみようか」
よく分からないけど、言われた通りに氷室さんの目を見る。
こんなにちゃんと見たのは初めてかもしれない。
長いまつ毛に綺麗な目。
そんな目を見ていたらなんだかドキドキが強くなり、顔が熱くなって……。
「逸らした、それにほっぺた赤くなってた。私もだろうけど。まさかこれは……」
僕は耐えきれなくなって氷室さんから目を逸らした。
「照れた? ねぇ照れた? ねぇねぇ」
氷室さんがとても嬉しそうに僕に詰め寄る。
「これが好き? 僕は氷室さんのことが好き?」
「私に聞かないでよぉ」
氷室さんが顔赤くして僕から目を逸らす。
「結局勝てない。でも照れさせることは出来たし、引き分けでいいよね」
氷室さんが僕とは反対の方を向いて嬉しそうに両手をぐっとする。
「陽太君、今はまだそんなに深く考えなくていいよ」
「うん、よく分かんなくなってきた」
「でしょうね。いつもの陽太君に戻ってるし。私のことを好きかどうかは私の全部を聞いてから決めて欲しいの」
「分かった」
僕がそう言うと氷室さんは可愛い笑顔を向けてきた。
そして氷室さんはスマホを取り出す。
「あらら、十二時過ぎてた」
「ほんとだ。氷室さん、あけましておめでとうございます」
僕はぺこりと頭を下げながら言う。
「うん、あけましておめでとうございます」
氷室さんも同じように頭をさげてくれた。
「ところで陽太君はなんで頑張って起きてまで私に新年の挨拶したかったの?」
「えっとね。新年の挨拶ってこれからの一年もよろしくお願いしますって意味がある気がするから、氷室さんにこれからもお願いしますって言いたかったの」
新年の挨拶の本当の意味は知らないけど、そういうことにした。
もう既に言ってしまっていたけど、これからもずっと一緒に居て欲しいって意味も込めて言いたかった。
「やばい、嬉し過ぎて今日寝れないかも」
「明日はみんなで初詣だよ?」
もし氷室さんが寝坊したら僕も一緒に寝坊だから大変なことになってしまう。
「安心して。今年もちゃんと陽太君を起こすから」
「こういう時はごめんじゃなくてありがとうって言った方がフェアな感じだよね」
「そうそう。今年はごめんじゃなくてありがとうって言い合おうね」
「うん」
いつの間にか普通に話せるようになっていた。
氷室さんとの関係がこれからどうなるかは分からないけど、良いようにしかならないと信じてる。
これからずっと笑顔の氷室さんと一緒に居たいとそう思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます