第35話 氷室さんとでめきん

「まず落ち着こう。状況を整理すると、私は何故か陽太君のベッドで寝ている。ここまではいい。いや、良くないけど、問題はその後だよ。陽太君が隣で寝ている。ここが問題だ。確かに優正から『一緒に寝れば?』って言われたよ。だけど私は断った。何故なら陽太君が恥ずかしがる前に私が恥ずかしがって消沈するから。でも今思い出せば昨日の私は自分から一緒に寝ようって誘ってるよね。なにしてんの? なんて言い訳を初めてみたけど、何もなかったよね?」


「うん」


「だよね……、おはよう、陽太君」


「おはよう、氷室さん」


 氷室さんに挨拶をしたら、氷室さんが僕から顔を逸らした。


「陽太君」


「何?」


「一縷の望みにかけて聞くけど、私って話しながら急に寝たんだよね? それを陽太君が運んでくれたんだよね?」


 氷室さんがなにかに縋るように聞いてくる。


「ううん。急に眠そうになって、ベッドを使うって言って自分から入って行ったよ?」


「……ちなみに陽太君が私の隣に居たのは?」


「氷室さんが一緒に寝よって言ったから」


 僕の特技はどこでも寝られることだから、氷室さんに呼ばれなかったら床で寝ていた。


 でももう寒いから、氷室さんにベッドを使わせてもらって助かった。


「氷室さん?」


 氷室さんが固まってぼーっとどこかを眺めている。


「消えたい」


「透明人間?」


「言うと思った。なんかここまでくると恥ずかしさがこないな。振り切っちゃったか」


 氷室さんが小さく笑う。


「違うな。めんどくさいのはこれからなのが分かってるんだ」


「何かあるの?」


「あるんですよ」


 氷室さんが頭を押さえてスマホを取り出す。


 そして一つため息をついてからベッドを下りて部屋の扉を開けた。


「おは〜」


「聞き耳立ててるんじゃないよ」


「朝チュンに第三者が入るのは無粋なと」


「優正だ」


 部屋の外には優正が正座していた。


「おはよう陽太」


「おはよう。こんな早くにどうしたの?」


「うち昨日澪の家に泊まったんよ」


「氷室さんの家に?」


「そそ。朝チュンの提案をしたのはうちだから、その結果報告をいち早く聞きたくて」


 優正の言葉は難しくて分からないことが多いけど、泊まったけど氷室さんが居なかったのは別にいいというのはなんとなく分かった。


「聞きたいとか言っといて昨日来たでしょうが」


「いやぁ、寒月さんが『見に行くか』って言うからついね」


「お母さんめ」


「だからチャイム鳴らしてバレるのもいけないから、冷実さんに妹ちゃんの、明莉ちゃんだよね、に連絡してもらって覗き見中の真綾さんと合流したんよね」


 お母さんの趣味は覗き見。


 これだけ聞くといけないことのように聞こえるけど、実際は僕に出来た初めての友達の氷室さんが気になるようだ。


 僕が変なことをして氷室さんに嫌われないか、氷室さんに迷惑をかけてないかなどのことが。


「それで私達の寝てるとこを撮ったと」


「それはするでしょ。天使のような陽太の寝顔だよ? 寒月さんと真綾さんとで撮影会だったよ」


「真綾さん絡んでたら文句言いづらいじゃん」


 氷室さんがため息をついて辛そうな顔をする。


「お母さんに何か言う?」


「いいよ。真綾さんは嬉しいって気持ちが強いんだろうし」


「寒月さんもだよ」


「なんでお母さんも?」


「真綾さんと同じ理由。寒月さんも真綾さんも二人が一緒に寝てるの見て、付き合ってるとか茶化すんじゃなくて、仲良しって思って少し泣いてたからね」


 お母さんは最近よく泣く。


 明莉が言うには僕の居ないところでは沢山泣いているらしい。


 でもそれは悲しいからではなく、僕に友達が出来たことへの嬉しさからだと言っていた。


「まぁそれを信じるとして、優正はなにを思って写真撮ってたのさ」


「それはもちろん『陽太の寝顔はマジ天使』でしょ」


「なにかの曲でありそう。まぁ分かるよ、陽太君の寝顔は可愛いから」


「氷室さんだって……」


 そう言って昨日のことを思い出す。


 とても可愛い氷室さん。


 思い出すだけで顔が熱くなる。


「陽太君大丈夫? 寝られなかった?」


「ううん。大丈夫」


 これが『照れる』ってやつなのかどうなのかは分からないけど、なんだかぽわぽわする感じだ。


「ふむふむ。澪も鈍感か、これは面白い」


 優正が顎に手を当てて楽しそうに氷室さんを見ている。


「何? 馬鹿にしてる?」


「して……なくもないけど、すれ違いをしないように全部話すけどすれ違ってるのが面白いなーって」


「何言ってんの?」


「自分で気づかないと意味ないんだよ。あー、リアルでこんなの見れて楽しい」


 優正がとっても楽しそうに立ち上がる。


「ここで嫉妬回を挟むか? でも嫉妬回は諸刃の剣だからなぁ。前が上手くいったからって今回も上手くいくとは限らないよね」


 優正が独り言を始めた。


「うちの見たいラブコメはやっぱじれキュンかな? 甘々なのはしーちゃんと明月君で補給出来るから、陽太と澪は何もしないで見てる方がいいか」


「優正はなにをしようとしたの?」


「澪みたいに陽太の隣で寝ようかなって」


「駄目」


 氷室さんが今まで見たことのないぐらいの真顔で優正を見る。


「怖いって。だからやめたよ」


「陽太君の隣は誰にも譲らないから」


「澪って独占欲強いよね。好きなものは甘やかして飼い殺すみたいな」


「そんなんじゃないし。ただ……」


 氷室さんが僕の方をちらっと見た。


「ただ?」


「友達を大切にしたいのはそんなに不思議?」


「友達ね。澪の場合は大切にしすぎなんだよ。大切にしたい気持ちは分かるけど、だったら……いいや、そういうのは色々と解決してからで」


 やっぱり優正の言葉はよく分からない。


 氷室さんはどういう意味なのか分かってるように見えるけど、僕にはよく分からない。


「優正は言い方悪いけどお節介だよね」


「言ってて思う。ずっと人のことに口出しする人嫌いだったのに、自分がそうなってるんだから」


「まぁ優正の言ってることはいつも正しいよ。関係を変えた方がいいのも分かる。水族館行った日の夜なんかは泣いたからね」


 話の内容が分からな過ぎて入れないけど、なんだか悲しくなってくる。


じゃいつかは隣に居られなくなるかもしれないもんね」


「そうだね。まぁここまで言っといてあれだけど、陽太が澪以外を隣に置くとこが想像出来ないけどね」


「だといいな」


 さっきまでは雰囲気が暗かったけど、少しだけ明るくなった気がする。


「澪ってされたい派? したい派?」


「出来ればされたい」


「でも一回したんでしょ?」


「タイミング悪かったけどね」


「うちみたいにザワついてる程度のとこでやんないと」


「別にしようとなんて思ってなかったもん」


 もう暗い感じは一切無く、いつものほわほわした感じになった。


「もししてもらってオーケーしても甘やかし過ぎたら駄目だよ」


「分かってるよ」


「お金をあげるだけの関係は駄目だからね」


「それは誰を馬鹿にしてるのかな?」


「すいません澪です」


「ならこれだけで許す」


 氷室さんはそう言うと、優正のおでこにデコピンをした。


「痛い」


「もし私じゃなかったら良くて絶交だったよ」


「本気だから怖いよね」


 優正が「あはは」と言葉だけ笑って、顔は一切笑えていない。


「だって澪の甘やかしの被害者いるじゃん」


「誰?」


「でめきん」


「……否定出来ないことを言う」


 でめきんとは、僕が夏祭りでやった金魚すくいですくえた金魚の名前だ。


 名前を付けたのは氷室さんで、付けた理由はなんとなくらしい。


 冷実さんと寒月さんと明莉からは「え?」と聞き返されていた。


 金魚にでめきんと名付けるのは、チワワにブルドッグと名付けるようなものだ。


 だからそれを聞いた氷室さんはひらがなで『でめきん』と名付けた。


「でめきんのこと久しぶりに見たけど、また大きくなってたよね?」


「なったね。私もびっくり」


「餌あげすぎなんじゃないの?」


「そんなことないよ……多分」


 でめきんは日に日に大きくなっている気がする。


 冷実さんから「澪、でめきんのこと毎日ちゃんとお世話してるんだよ」と嬉しそうに言われたことがある。


 あげた僕からしてもそれは嬉しい。


「お世話のし過ぎは全部がいい事じゃないからね」


「分かってるよ。でも陽太君がくれた生命いのちだもん、大事にしちゃうよ」


「氷室さんは自分の子供とかも大事に育てるいいお母さんになりそうだよね」


 氷室さんに毎日お世話になっている僕が言うのだからきっと説得力はあるはずだ。


「だって〜、お母さん」


「うっさい、優正はもう帰れ」


 優正がニマニマしながら氷室さんに言うと、氷室さんが顔を真っ赤にして優正を怒った。


「やだよ。イヴは澪に譲ったんだからクリスマス本番はうちが陽太を貰うよ」


「駄目。もう優正に隣は譲らないから」


「じゃあ澪も一緒でいいや。それともうちが居ると一緒にベッドで寝れないから困る?」


「うるさいし。元から今日は優正を含めて三人で一緒に居るつもりだったし」


「え?」


 優正がニマニマ顔から、きょとんとした顔になった。


「何?」


「いやてっきり帰らされるものかと」


「帰りたいの?」


「ううん。冷実さんは一緒に居たけど正直寂しかったんだよね」


 優正が少し頬を赤く染めて照れくさそうに言う。


「陽太君、今の優正を見た感想」


「とっても可愛い」


「やめろし」


 優正がこんな反応をするのは氷室さんに比べたら少ないから、とても可愛い。


 でも氷室さんもだけど、こうなると顔を見せてはくれなくなる。


「優正は可愛いな〜」


「仕返しなんて三流のすることだぞ」


「可愛いな〜」


「優正も可愛いね」


「もうやだ〜」


 優正はそう言うと僕のベッドにダイブした。


 氷室さんがベッドから下ろそうとしたけど、半泣きの優正を見たら氷室さんを止めるしかなかった。


 そして先に色々と済ませてからは優正を含めた三人でクリスマスを過ごした。

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