第34話 氷室さんとクリスマスイヴ

「よし。陽太君、起きて」


「おはよう、氷室さん」


 今日も氷室さんはどこかそわそわしているように見える。


 冬休みが始まったのだけど、その数日前から氷室さんはどこか落ち着きがなかった。


「よ、陽太君」


「何?」


「今回のご褒美の条件って変わってない?」


「うん。一位と百点」


「そっか、良かった」


 氷室さんがほっとしたような表情をする。


「じゃあお願いしてもよろしいでしょうか?」


「その前に僕も。僕も十位以内でいいの?」


 僕の今回の順位は九位だった。


「うん。珍しくお願いがあるの?」


「ある」


 今回は氷室さんにお願いしたいことがある。


 実際は優正に「言って」って言われたんだけど。


「何?」


「今日の夜一緒に居ない?」


 僕がそう言うと氷室さんが固まった。


 こういう時の対処法も優正に教わった。


「やっぱり僕とじゃやだ?」


「そ、そんなことないよ。私が頼みたかったことと同じだったから驚いて」


「優正にね、クリスマスイブは氷室さんと一緒に居なさいって言われたの」


「陽太君、それ多分言っちゃいけないやつ」


「え?」


 そういえば優正に「澪には私から言ったって言ったら駄目だよ」って言われていた。


「優正に謝らなきゃ」


「大丈夫だよ。私がさりげなく頭撫でとくから」


「いいなぁ」


 氷室さんのなでなでは心地いいから好きだ。


「じゃあ私のお願いは、陽太君を撫でさせてもらうってことで」


「それ僕にしか得なくない?」


「陽太君は分かってないよ。陽太君は私の頭撫でるの嫌?」


「ううん。氷室さんの頭を撫でるの好き」


 氷室さんの頭を撫でると可愛い氷室さんも見れるし、撫で心地もよくて大好きだ。


「良かったよ。自分で聞いといて嫌とか言われたら泣いてた」


「氷室さんが泣いたら頭を撫でればいいんだよね?」


「それも優正情報?」


「寒月さん」


「いつの間にお母さんと話してんのさ」


「たまに連絡取ってるよ?」


 寒月さんとは結構前からたまに連絡を取っている。


 と言っても、寒月さんが氷室さんのことを教えてくれてるだけだけど。


「どんなこと話してるか見せて」


「駄目だよ。寒月さんに見せるなって言われてるから」


「それも言ったら駄目だったやつでしょ」


「ううん。寒月さんがね『陽太君は絶対に話しちゃうだろうから話すのはいいよ。でも内容は見せたり話したりしたら駄目』って言われた」


 内容と言っても、氷室さんが学校でどんなことをしてるか聞かれることが多い。


 むしろ氷室さんのことを言われたのは泣いていたり、悲しんだりしてたら頭を撫でてぐらいだ。


 後は氷室さんの小さい頃の写真が『今月もありがとう』という文章と共に送られてくる。


 とても可愛いから毎月の楽しみになっている。


「陽太君。私に隠し事するの?」


「でも寒月さんが『内容を見せたら氷室家の仲が悪くなる』って言ってたから……」


 氷室さんに隠し事はしたくないけど、寒月さんと氷室さんの仲が悪くなるのは嫌だ。


「そんな顔されたら何も言えないじゃん。いいよ、後でお母さんを問い詰めるから。無駄なのは分かってるけど」


「仲良しのまま?」


「元から仲良しって訳でも……、嘘です仲良しです」


「良かった」


 氷室さんが頭を押さえて「勝てる訳ないじゃん」と言っていた。


 理由はよく分からない。


「まぁよくよく考えたら、私も真綾さんと陽太君について連絡取り合ってるから何も言えないんだけどね」


「お母さんから聞いた。僕の小さい頃の写真をいっぱいあげてるって」


 明莉の写真を撮っているのは見た事あるけど、僕の写真なんて撮っているところを見た事はないけど。


「小さい陽太君可愛すぎて寝る前に毎日拝んで……、なんでもないです」


「拝むといい事あるの?」


「いやですね、拝みたくなると言いますか」


 氷室さんが顔を逸らしながら言う。


「僕もやろうかな」


「お母さんから貰ったな」


「あ、言っちゃった……」


 どうも僕は嘘や隠し事が苦手だ。


 もしもこれで氷室さんと寒月さんの仲が悪くなってしまったらどう責任を取ればいいのだろうか。


「陽太君」


「何?」


 氷室さんが真面目な顔で僕の名前を呼ぶ。


「大変聞にくいことなのですけど……小さい頃の私って可愛かった?」


「うん。今もとっても可愛いけど、小さい頃は無邪気な可愛さみたいな感じで、今とは違う可愛さがあったよ」


「そっか、そうだよね。まだ無邪気に笑えてる時の写真しか送らないか」


 いつもなら僕が可愛いって言うと顔を赤くするけど、薄く笑うだけで反応が薄い。


「それより陽太君!」


 氷室さんが両手をついて僕に少し近づいて来た。


「急に元気。何?」


「今日のクリスマスイブはどこか行きたいところあるの?」


「優正が『澪の行きたいとこ行くか、陽太の……、リストアップするから待ってて』って言って行く場所の書いた紙貰った」


 僕はそう言って机の引き出しにしまっていた紙を取り出した。


「優正ならそういうことしてくれると思った。正直私もよく分からなかったから助かる」


「……?」


 紙を開いたけど、少しだけ戸惑う。


「どしたの陽太君」


「なんかね『楽するな』って書いてある」


「その通り過ぎて文句言えないじゃん!」


「うーん、どうしよ」


 僕はクリスマスイヴだからって今までに何かしたことはない。


 お母さんがあんまりそういうイベントに興味がないようだったから。


 だからなのか僕も明莉もイベントに興味がなかった。


 でも氷室さんと出会ってからは毎日が楽しみでしょうがない。


「陽太君楽しそ」


「氷室さんと夜まで一緒に居られるんだもん」


「……固まったら駄目だよ、またやられる」


 氷室さんが頭をぶるぶる振って、顔を両手で押さえた。


「陽太君ってさ、照れたことある?」


 氷室さんがほっぺたに両手を当てながら、少し顔を伏せて言う。


「可愛い。じゃなかった。えっとね、あるよ」


 前に優正と水族館に行った時に照れていたみたいだ。


 自分ではよく分からなかったけど。


「あれ?」


 氷室さんが「可愛い言うなし、不意打ちなんよ、駄目っしょや」と呟いて僕の声が届いていない。


「氷室さん語って可愛いよね」


「だから言うなし。決めた。今日の目標は陽太君を照れさす」


「頑張れ?」


「本気出す。一旦バイバイして後でまた来るね」


 氷室さんはそう言って部屋を出て行った。


「僕、バイバイしてない」


 ちょっとだけ残念だったけど、また後でバイバイすればいい。


 だってまた会えるのだから。


 僕は氷室さんが戻って来るまでの時間を楽しみに待つ。




「来ない」


 あらからしばらく経って、もう完全に夜になっていた。


 僕はてっきりすぐ帰って来るものだと思っていたから寝ないで(気づいたら二時間ぐらい寝てたけど)待っていたけど、一向に氷室さんは来ない。


「氷室さん……」


「待った?」


 氷室さんの名前を呼んだら、氷室さんが部屋の扉を開けて入って来た。


 氷室さんの服装は朝とは違って、パジャマ姿だ。


「どうだい? パジャマ姿を見るのは私が夏風邪引いた以来でしょ?」


「来てくれないかと思った」


「ごめんね、違うの。これには深い訳があるんだけど、言えないから言わない」


 氷室さんが僕の前に正座して言う。


「うん。来てくれたからそれだけで嬉しい」


「陽太君の笑顔が見れただけで私は嬉しいよ」


「あ、パジャマ可愛い」


「だから待ち構えてる時に言いなさいな」


 氷室さんが僕の胸のところをぽすぽす叩く。


「悩んだ結果、綺麗な服を着るより本当に仲良くないと見れない寝巻き姿がいいのでは? という結論に至りましてね」


「氷室さんは何着ても可愛いもんね」


「それは耐えれるぞ。陽太君もパジャマだからパジャマパーティだ」


 僕ももうお風呂に入ったからパジャマ姿だ。


 なんとなく外には行かないだろうなとは思ってたから、お風呂には入ってしまった。


「そういえば優正に照れさせられたことがあったの?」


「僕、朝に言ったよ。氷室さん聞いてなかったけど」


「大変申し訳ありませんでした」


 氷室さんが綺麗な土下座をする。


「優正に聞いたの?」


「うん。優正とお姉ちゃんに色々聞いて今に挑んでるから」


「何かするの?」


「朝も言ったでしょ、陽太君を照れさす」


 朝も少し思ったけど、僕を照れさせて何かいい事があるのだろうか?


「まずは」


 氷室さんが僕の隣に座って手を握った。


「氷室さん?」


「これだけで照れないのはみんな知ってるんだよ。ここからだから」


 氷室さんがそう言うと手を繋いでいない方の手で胸を押さえて深呼吸をしてから僕を見上げる。


「今日はずっと一緒にいよ」


 氷室さんが目線だけ少し逸らして少し恥じらいながら言う。


「うん!」


「まぁ効かないか。私は後何回心を殺せばいいのだろうか。後で死ぬぞ」


「無理したら駄目だよ」


 頬が赤い氷室さんが心配になったので、とりあえず頭を撫でてみた。


「そういえば陽太君の頭撫でてない。いや、それも後で上手く使えるか?」


 氷室さんが元気そうなので僕が手を離そうとしたら氷室さんの手に止められた。


「まだ離しちゃ、や」


 氷室さんが少し俯きながら目を合わして言う。


「じゃあ続けるね」


 僕はまた氷室さんの頭を撫でる。


「陽太君に上目遣いって効果ないのか? 今までもちょくちょくしてたけど効果なかったし」


「可愛いよね、それ」


「いきなりなんよ。それより次だ」


 それからしばらく氷室さんといろんなことをした。


 でも全部最後には氷室さんが顔を赤くして僕に何か言ってきた。


「楽しいね」


「私は精神削られて疲れた。楽しいけど」


 氷室さんが僕の肩に頭を乗せながら言う。


「お疲れ様」


 僕はその頭を優しく撫でる。


「眠くなってきた」


「もう帰る?」


「やー、まだいるの」


 氷室さんが珍しく目を蕩けさせている。


「でも眠いんでしょ?」


「うん。あー、よーたくんのベッドつかう」


 氷室さんが僕のベッドにはいはいで向かう。


「上れる?」


「できるもん」


 氷室さんが頑張ってベッドに上っている。


「できた」


「すごいね」


「えへへ、よーたくんにほめられたぁ」


 氷室さんが毛布の中に入って横になると、毛布を持ち上げて手招きをした。


「よーたくんも」


「僕も?」


「いっしょにねよ」


 別に断る理由もないから僕もベッドに入る。


「あったかいね」


「そうだね」


「よーたくんはいいこだね」


 氷室さんがいきなり僕の頭を撫で始めた。


「どうしたの?」


「よーたくんは、わたしのいったことをなんでもきいてくれてとってもいいこだから」


 氷室さんがまた「えへへ」と笑いながら言う。


「氷室さんと一緒に居たいから」


「わたしもねー、よーたくんとずっといっしょにいたいよ。だいすきだからぁ」


 氷室さんはそう言うと撫でていた手を僕の背中に回してぎゅーと抱きしめた。


「よーたくん、だいすき」


「ぼ、僕も。あれ?」


 なんだかおかしい。


「すぅ」


「寝ちゃった?」


 氷室さんは可愛い寝息を立てて眠ってしまった。


 とても可愛い寝顔。


 氷室さんの寝顔は見たことがあるけど、こんなに近くで見たのは初めてだ。


 だからなのか、氷室さんに抱きしめられてるからなのか、とても顔が熱い。


 心臓もドキドキしている。


「前にもあった気がする」


 あれは確か優正と水族館に行った時。


「僕、今照れてる?」


 これが照れてるということなら、今日の氷室さんの目標は達成だ。


 当の本人は寝ていて気づいていないけど。


「よーたくんしゅきぃ」


「寝言?」


 氷室さんが楽しそうに寝言を言っている。


「僕も大好きだよ」


 なんだかどんどん体温が上がっている気がする。


 心臓もドキドキからバクバクになってきた。


「なんだか寝れなそう」


 この状況では僕らしくもなく寝られない。


 今日は人生初めての夜更かしが出来るかもしれない。


 なんて思っていたけど気がついたら眠っていた。

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