第33話 氷室さんと電池切れ
「陽太君、みんな来たから起きて」
「うん、氷室さんおはよう」
「私達は無視? よーくん酷い」
静玖ちゃんが目元に指を当てて泣いたフリをする。
「ごめんなさい。おはよう静玖ちゃん」
「よく出来ましたー」
静玖ちゃんが僕の頭を撫でてくれた。
とても嬉しい気持ちになる。
「なるほど。確かにこれは、私に良君というものがいなかったら抱きしめてお持ち帰りしてたかも」
「静玖ちゃん!」
「大丈夫だって。私には良君がいるんだ、あー」
氷室さんが静玖ちゃんを無理やり僕から離した。
「残念」
「よーくんも寂しがってるよ」
「陽太君、帰ったらいっぱい頭撫でてあげるから」
「ほんと!」
それならば静玖ちゃんのなでなでは我慢する。
「どうしても澪ちゃんに勝てないな。良君」
「なんだよ」
「しゃがんで」
明月君が嫌がっていたけど、静玖ちゃんが肩を掴んで無理やりしゃがませた。
「なでなで」
「なにをしてんだよ」
「よーくんみたいにとびっきりの笑顔を見せてくれないかなーって」
「俺に日野みたいなのを期待するなよ」
明月君は嫌がってそうに見えるけど、静玖ちゃんの手を退けたりしようとしない。
「ツンデレさん?」
「うんうん。男のツンデレには需要ないと思ってたけど、人によりけりってことかね」
僕が優正に聞くと、優正がスマホで写真を撮りながら言う。
「何撮ってんだよ」
「資料?」
「なんのだよ」
「私の夜の楽しみ」
優正は前に「夜は推しカプの仲睦まじい写真を眺めるのが楽しみなんだー」と楽しそうに言っていた。
「お前な……」
「あー、しーちゃん。明月君が私のエッチな想像した」
「良君! そういうのは私で」
「お前は黙れ」
明月君が顔を赤くしながら静玖ちゃんの口を押さえた。
「優正ね、僕達の写真眺めるのが好きなんだって」
「明月君はー、何か勘違いしてるみたいだけどー、ほんとに眺めるだけだよー」
優正がすごいニマニマしながら言う。
「良君のえっちー」
静玖ちゃんが明月君の手を外してどこか楽しそうに言う。
「明月君は優正が居ると負けるみたいだね」
「静玖一人ならなんとかなるんだよ。本田だからじゃなくて、氷室とでも俺は負ける」
「女の子耐性ないもんね」
「うっさいわ」
「それより優正」
氷室さんが顔を真っ赤にした明月君と、それをよしよししてる静玖ちゃんを置いてこちらに来た。
「なに?」
「さっき陽太君が言ってた写真って何かな?」
「覚えてたか。もう、内緒って言ったでしょ」
優正が僕の方を見ながら言う。
そういえば優正にその話をされた時に「これは澪には内緒だよ」と言われていた。
「ごめんなさい……」
「可愛いから許す」
「陽太君の悲しんでる顔見て可愛いって、ほんとドSだよね」
「笑顔の陽太の方が好きだよ。でもこの顔もイイじゃん」
優正が俯いた僕の顔を顎に手を当てて持ち上げる。
「なんかさ、このままもっと虐めて泣く寸前までいったら、最後に甘やかしてうち無しでは駄目な身体にしたくなる」
優正の頬が赤くなって、息が上がっている。
「陽太君。今の優正を見た率直な感想は?」
「可愛い」
「え?」
優正が驚いた顔をしている。
「陽太君、どこが可愛いって思った?」
「なんかね。本心で話してて、優正って感じがして可愛いなーって思った」
さっきのが本当に優正の本心なのかは分からないけど、話してる優正がとても楽しそうだったから素直に可愛いと思った。
「陽太君を虐めるなんて言うからだよ」
「澪の仕返しじゃんか」
「陽太君を悲しませた罰」
「すいませんでした」
そういえば僕も優正に謝ってる途中だった。
でも許されたのか。
「だいたい私達の写真を勝手に撮ってそれを眺めるとか」
「じゃあ全部消すね」
「……ちょっと話さない?」
「私もー」
ぐったりしている明月君を連れて、静玖ちゃんが手を挙げながらこっちに来た。
「じゃあうちが夜楽しむのも許してね」
「私はいいよー。優正ちゃんなら良君取らないだろうし」
「私は……、背に腹はかえられないからいいよ」
「そんなに欲しいのか」
氷室さんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「氷室さん、大丈夫?」
「大丈夫。心配させてごめんね」
「陽太、大丈夫だよ。明日になったら澪上機嫌だから」
「今日は?」
「陽太が澪の頭を撫でてあげたら機嫌良くなるんじゃないかな?」
「ばっ、かぁ」
優正に言われた通りに氷室さんの頭を撫でた。
「早いねー。良かったね澪。それだけ心配してくれたってことだよ」
「陽太君の心配がいつでも全力なのは知ってるよ。だから連写するなし」
優正は話しながらスマホをこちらに向けて写真を撮っている。
「照れてる澪と照れさせてる陽太って見てるとご飯も進むんだよ」
「意味分かんないし」
「あ、明月君。ご飯って白米のことだからね」
「分かってるよ」
明月君が元気なく返事をする。
「弄りすぎちゃったかな。しーちゃんを補給しなきゃじゃない?」
「もう、しょうがないなー」
静玖ちゃんはそう言うと、明月君に抱きついた。
抱きつかれた明月君は微動だにしない。
「あらら、良君完全に電池切れ」
「足りないのはしーちゃんじゃないもの?」
「私でも充電出来るよ、多分」
そう言った静玖ちゃんが僕の方を見た。
「よーくん」
「なに?」
「抱っこしてもらっていい?」
「いいよ」
そう言って固まっている氷室さんから手を離して、静玖ちゃんのところに行く。
「良君と目線合わせたいの」
「頑張る」
僕はそこまで力はないけど、静玖ちゃんと明月君の身長差は二十センチぐらいだから、多分出来ると思う。
「これは止めるべきなのか? でも止めなければ何かいいものが撮れる気がする。悩ましい」
優正が独り言を言いながらこちらにスマホを向けている。
「じゃあやるね」
「うん」
僕は静玖ちゃんのお腹に腕を回す。
優正をおんぶした時も思ったけど、女の子は軽い。
僕でも持ち上げることが出来るのだから。
「届く?」
「ばっちり」
静玖ちゃんが左手を明月君の肩に乗せて、右手の親指を立てながら僕に言う。
「良君。元気になって」
「きったぁぁぁぁぁぁ」
優正の大声に驚いて腕が緩みそうになったけど、ギリギリ力は緩まず、その優正はスマホですごい連写をしている。
なにをしてるのか気になって静玖ちゃんの方を見たら、顔を赤らめて明月君から顔を逸らす静玖ちゃんと、同じく顔を真っ赤にして顔を逸らす明月君がいた。
「なにしたの?」
「べ、別に大したことじゃ……なくはないけど、内緒」
「え、なにしてんの?」
さっきまで固まっていた氷室さんが僕と同じことを聞く。
「内緒!」
「放課後で良かったねぇ。今教室に居る人もこっちは見てなかったし」
優正がスマホを見ながらニマニマしている。
「よーくん、下ろして」
「うん」
僕はゆっくり静玖ちゃんを下ろした。
床に足がついた静玖ちゃんは優正に近づく。
「今のは消して」
「え、そんなご無体な」
「消して」
「はい」
静玖ちゃんが今にも泣き出しそうな顔をすると、優正は大人しく言う事を聞いた。
「いりますか?」
「い…………らない」
「間がすごかったけどいいの?」
「いい。見たら死んじゃう」
静玖ちゃんが顔を押さえながら言う。
「消す確認だけして。うちを信用出来るなら見なくてもいいけど」
「見る」
「信用ゼロ。悲しいねぇ」
「自業自得」
氷室さんの言葉を聞いた優正がほっぺたを膨らませて氷室さんを見た。
「まぁ自覚はあるからいいけど。じゃあ消すね」
「うん」
「ちゃんと消えたね?」
「バックアップとか取ってないよね?」
「信用が無さすぎて泣きそう。じゃあうちの秘密を教えてあげよう」
「秘密?」
「そう。これは陽太と澪にも言ってない秘密だからうちも言われたら少し困る」
優正が頬をぽりぽりしながら言う。
「そんな大事な秘密なら私じゃなくてよーくんと澪ちゃんに最初に言うべきでしょ」
「まだ早いかなって。しーちゃんは言いふらしたりもしないでしょ?」
「しないけど」
「ならしーちゃんに話して反応見てもいい? しーちゃんに嫌われるのも嫌だけど、それ以上に二人に嫌われたら何するか分からないからさ」
優正が僕のあまり好きではない、作った笑いをする。
「分かった。先に言っておくけど、どんな話をされても優正ちゃんのこと嫌いにならないから」
「ありがと」
そして優正と静玖ちゃんは人のいない教室の角のところで話し始めた。
あんまり見てはいけないと思ったから、黙ってはいるけど動いてくれる明月君と氷室さんと僕の席のところで待った。
「終わったみたい」
氷室さんがそう言うので優正と静玖ちゃんの方を見たら、静玖ちゃんが泣きながら優正に抱きついていた。
「秘密か……」
「氷室さん?」
「なんでもないよ」
そうは言うけど、氷室さんの表情がどこか暗い。
「優正ちゃんごめんね。ほんとにごめんね」
「だから大丈夫だって。明月君。ぼーっとしてないでしーちゃんを安心させて」
泣いている静玖ちゃんを支えながら、優正がこっちに歩いてきた。
「明月君!」
「ぁ、し、静玖?」
優正の怒ったような声で明月君は意識を戻した。
「あんなことをしてもらったのに、しーちゃんを見捨てたりしないよね」
「分かってる。涙の理由って俺か?」
「うーん、明月君が始まり?」
「じゃあ俺のせいか。ごめんな静玖。泣き止むまで一緒に居るから」
明月君はそう言って静玖ちゃんの頭を優しく撫でる。
「ねぇ澪」
「なに優正」
「始まりは明月君って言ったけど、明月君を煽ったのって澪じゃなかったっけ?」
「最初に煽ったのは優正でしょ」
「でも止めは澪だったよね」
氷室さんと優正が怖い笑顔で言い合いを始めた。
僕はその光景をとりあえず眺めることにした。
「陽太君、起きて。本題が始まるから」
「寝ちゃった。おはよう氷室さん」
「静玖ちゃんは?」
「顔を洗いに行ってる」
僕が聞いたら少し気まずそうな明月君が答えてくれた。
「そういえば今日って静玖ちゃんがお話あるからって集まったんだよね」
「そうそう。明月君が電池切れになるから何も話せてないけど」
「それはほんとに悪いと思ってる」
「なんのお話だろ」
「日野はマイペースだよな」
「そこが陽太君のいいところだから」
「たっだいまー」
僕達が話していたら、元気になった静玖ちゃんが走って帰って来た。
「おかえり」
「ただいまよーくん。多分すぐにテンション元に戻るから言いたいことだけ言うね。もうすぐ冬休みでしょ、クリスマスはよーくんと過ごしたいだろうからいいとして、初詣にみんなで行こ」
静玖ちゃんがとても早口で話す。
「初詣って行ったことないや」
「なん、寝正月だからか」
「うん。寝てる間にお母さん達が行ってるんだよね」
僕を起こしたことはあるみたいだけど、お正月は起こさないと決めたみたいだ。
なんでかは教えてくれないけど。
「初詣も二人っきりで行きたいなら別にいいんだけど」
「まぁお正月は三日あるしね」
「陽太君は一人だよ」
「冗談だよ。うちはいいよ。しーちゃんとはもっと仲良くなれそうだし」
優正がそう言うと静玖ちゃんが明月君に抱きついた。
「可愛いなぁ。撮っていい?」
「や」
「えー、いいじゃーん」
「やー」
「あんまり虐めるな」
「でも可愛いでしょ?」
優正がそう聞くと「うるさい」と言って明月君はそっぽを向いた。
「それで澪と陽太君は?」
「私も別に家族で初詣行ってないからいいよ」
「僕も」
「じゃあ決まりだね。これ以上はしーちゃんが持ちそうにないから、時間とか場所とかはまた後でかな」
「ありがと」
静玖ちゃんが明月君の後ろから顔を出してお礼を言った。
「可愛すぎか。明月君。それ以上可愛いしーちゃんを見たら勝手に写真撮りそうだから連れて帰って」
「お前は……、最初の印象が消えるくらいに良い奴なんだよな」
「ちょっと言ってる意味が分からない」
優正はそう言うと真顔でスマホを構えた。
「そういうとこもだよ。じゃあ俺と静玖は帰るな」
「バイバイ」
「またね」
明月君が後ろ手を振って、静玖ちゃんが明月君の背中を掴みながら半身だけこちらに向けて手を振った。
「尊い」
「優正元気だね」
「だってしーちゃん可愛すぎない?」
「静玖ちゃんは可愛いよ」
「なんでだろ。陽太が言っても『最低』とか思わないんだよね」
「陽太君だからね。それより私達も帰ろ」
氷室さんはそう言ってカバンを手に取った。
「うん」
「帰って澪と陽太で尊いを補給して今日は尊い過多で寝よ」
「また意味の分からないことを」
そうして僕達は家に帰った。
そして次の日は本当に氷室さんの機嫌が良かった。
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