第32話 氷室さんと文化祭with優正

「陽太君に心配させないように。起きて、陽太君」


「……おはよう、氷室さん」


 最近はもっと独り言を言っていたのに、今日は普通に起こしてくれた。


 それはいいのだけど、なんだか違和感がある。


「どうしたの、陽太君?」


「笑顔かな?」


 氷室さんは笑顔でいるけど、その笑顔がなんだか気になる。


 どこか作っているような感じがして。


「笑顔がどうかした?」


「いつもの可愛い笑顔じゃない」


「……ちょっと待って」


 氷室さんはそう言うと後ろを向いてほっぺたをうにうにしている。


「これは?」


 氷室さんがこっちを向いて笑顔を見せてくる。


「なんか違う」


「じゃあこれ」


「ほんとにどうしたの?」


 いつもなら笑顔を作ったりしない。


 だから少し心配になる。


「うぅ、心配させないようにしたら逆に心配させちゃった。えっとね、最近陽太君を起こす時にちゃんと起こせてないなーって思ったから、前みたいにちゃんと起こそうって思ったんだけど、どうにも違和感が無くならなかったみたいで」


 氷室さんがため息をついて俯く。


「私ってどうやって陽太君を起こしてたっけ?」


「普通にじゃない?」


「その普通が分からないのですよ」


 氷室さんが腕を組んで左右に揺れる。


「今みたいに考えて起こそうとしなかったとか?」


「あー、なるほど。つまり陽太君を起こすことだけ考えればいいのか」


「分からないけど」


「いや、そうだよ。ありがとう、陽太君」


 氷室さんがまた笑顔を向けてくれた。


「それ!」


「どれ?」


「今の笑顔の氷室さんがいつもの可愛い氷室さん」


「ちょっ、やめろし」


 やっぱり氷室さんの笑顔は作られたものじゃなく、笑顔になっちゃった感じが可愛くて好きだ。


「それより陽太君。今日は文化祭だよ」


「うん。優正と三人で一緒に色んなところ行こうね」


「そうだね。どんなところがあるか見た?」


「見たよ」


 文化祭のしおりを見てなにがあるのかを見たら、色々な飲食店やお化け屋敷に脱出ゲーム、占いなんかもあった。


「色んなのあったよね」


「ほんとにね。優正が『文化祭ってもっとつまらない出し物しかないと思ってた』とか言ってたし」


「後優正が『屋上に行けないし、生徒会の権力も強くないけど、これだけ文化祭の出し物が充実してるなら高校も捨てたものじゃないな』って言ってた」


 その後に付け足しで「陽太君達と出会えたのも高校の良さだけどね」と可愛い笑顔を向けながら言っていた。


「優正はどんな偏見を持ってたんだろうね」


「分かんない」


 分かったのは優正が文化祭を楽しみにしてるということだ。


「まぁそれに比べてうちは休憩所だけどね」


「でも先生、すごいって言ってたよ?」


「せっかくだからってみんなほんとに内装凝ったからね」


 僕達のクラスは休憩所ということで、本番何もしない代わりに、内装をこだわった。


 内装のイメージは『四季』。


 教室を四分割して、春夏秋冬で想像がつくものを折り紙や、風船なんかで作って置いた。


 完成した教室を見た先生は一言「すごいな」と言ってくれた。


「優正の作ったのが一番凄かったよね」


「凄かったけど、作ったのが四神だから四季と関係ないっていうね」


 優正が作ったのは四神。朱雀、青龍、玄武、白虎。そして麒麟。


 クオリティが高すぎて「すご……」とみんな固まっていた。


「優正はすごい満足そうだったけど」


「確かに」


 作り終えた優正は「満足」と言って写真を撮っていた。


「澪ちゃん、お兄ちゃん。時間」


 僕と氷室さんがお話していたら、最近は毎日呼びに来てくれる明莉が部屋に入って来ていた。


「明莉ちゃん、いつもほんとにごめんね」


「いいんだけどさ。澪ちゃん、お兄ちゃんの部屋に行く時は緊張してる感じなのに、私が呼びに来ないと下に来れないくらい話に夢中になってるのなんなの?」


「陽太君と話すと楽しくなっちゃって」


「そういうね。まぁいいや。今日もすずお姉ちゃんと遊ぶ約束してるから、帰って来たら澪ちゃんはお兄ちゃんの部屋に居てもいいよ」


 明莉はほとんど毎日氷室さんの家に行って冷実さんと遊んでいる。


「まぁ居るけど。そういえば明莉ちゃんは文化祭来るの?」


「行かない。お兄ちゃんのクラス休憩所でしょ?」


「だよね。お姉ちゃんもお母さんも来ないって言ってたし」


 僕のお母さんも「休憩所ならいいや」と言っていた。


「それじゃ準備しよっか」


「うん」


 僕と氷室さんは立ち上がり、準備を済ませて学校に向かった。




「陽太、どこ行く?」


「なんにも決めてないや」


 僕と氷室さんと優正は、教室を出てしおりを眺めている。


 色々な場所があるなーとは思ったけど、特に行きたい場所がある分けでもない。


「優正と氷室さんはどこか行きたいところある?」


「私は占いの館とか気になるかな」


「恋愛運でも占ってもらうの?」


「違うし。……違うし」


 氷室さんがなんでか二回同じことを言った。


「優正はどこ行きたいのさ」


「うーん。お化け屋敷かな。どのぐらいのレベルなのか少し気になるのと、吊り橋起こらないかの期待を込めて」


「……お化け屋敷ですか」


 氷室さんが明後日の方向を見た。


「澪って怖いの駄目系?」


「べ、別にそんなことはないですけど?」


「なんで少しキレてんの」


「は? キレてないでさけど?」


 明らかに少し怒っている。


「別に行きたくないならいいよ。脱出ゲームも気になるし」


「行きたくないなんて言ってないけど? 行こうよ。うん、行こう」


 氷室さんがそう言って歩いて行った。


「なんで見栄を張るのか」


「氷室さん怒ってた?」


「れいー、陽太君が澪のこと怖いって」


 優正がそう言うと氷室さんが戻って来て僕の手を握った。


「これならいつも通りでいられるかな」


「え?」


 氷室さんが小さい声で言うから聞こえなかった。


「ううん。行こ」


「だから無理しなくても」


「大丈夫だって。陽太君居るし」


 よく分からないけど、僕が居て氷室さんの役に立つのなら良かった。


「まぁ多分大丈夫か」


 優正はそう言うと僕の空いている左手を指を絡ませながら握ってきた。


「行こー」


「なにをさりげなく恋人繋ぎしてんの」


「澪もすれば?」


「……やらない」


 氷室さんの顔が真っ赤になった。


「澪は可愛いなぁ」


「うっさいし」


 今の両手を繋いでもらっている状況を見るとなんだか。


「家族みたい」


「うちと澪が百合ップルになっちゃうじゃん」


「ゆり?」


「陽太君は知らなくていいの。それより……」


 ゆりがなんなのか少し気になったけど、お化け屋敷を、やっている教室に着いた。


「並んでる人も少ないし行こうか」


「……」


「だから無理しないでいいんだよ?」


「……してない」


 氷室さんの元気が一気に無くなったように見える。


 優正は心配しているけど、氷室さんは列に並んだ。


 そして順番はすぐに来た。


「次の人ー」


「僕達だね」


「そだね」


「……」


 順番が近づくにつれて氷室さんの口数は減っていった。


 今は完全に黙ってしまっている。


「えーっと、三人?」


「はい」


「ごめんね、うちのお化け屋敷一緒に入れるの二人までなの」


「だよね」


「じゃあしょうがないね。私は外で待ってるよ」


 氷室さんが一気に元気になった。


「うちが待ってようか?」


「優正が来たがったんでしょ。次を譲ってね」


「うちはいいって散々言ってたでしょ。そういうこと言うならうちもいい」


「ごめんなさい。二人で楽しんできてください」


 優正が列を抜けようとしたら、氷室さんが謝ってきた。


 それを見た優正は少し嬉しそうにして戻る。


「じゃあ二人で」


「はーい。行ってらっしゃい」


 受付の女の子に手を振られながら僕と優正はお化け屋敷に入って行く。


「優正こわーい」


 入って早々に優正が僕に抱きついてきた。


「怖い? 出る?」


「陽太、そこは『大丈夫だよ、僕が居るから』とか言うの。やり直しね」


 なんでか分からないけど怒られてしまった。


「陽太、怖い」


「大丈夫だよ優正。本物のお化けは出てこないから……、多分」


「怖さを引き立たせてどうするの。いい? 怖くて不安な女の子にはとりあえず大丈夫だってことを伝えないといけないの。うちみたいにわざと怯えてる人には怖さを煽っていいけど、違う場合はとにかく安心させてあげるの。分かった?」


「……うん」


「分かってないな。まぁ陽太君ならなんだかんだで大丈夫か」


 正直に言うと優正の言ってることは分からなかった。


 でも大事なことを言ってるのは分かったから、今度ちゃんと優正に聞こうと思った。


「それにしてもお化け出ないね。雰囲気だけのタイプかな?」


「明莉の嫌いなやつだ」


「妹ちゃんって怖いの駄目なの?」


「ううん。大好き。だから僕も一緒にホラーの映画を見ることあるんだけど『雰囲気だけのところはつまんない』って言ってたから」


 明莉は月に何個もホラー物の映画を見ている。


「そうなんだ。陽太は優しいお兄ちゃんなん……」


 優正の言葉がそこで止まり、動きも止まった。


「優正?」


「……ぜろ」


「ゼロ?」


「リア充爆ぜろー」


 僕の背後からお化けさんが鎌を振りかざした。


「なんで死神じゃないのに鎌?」


「陽太、つっこむとこそこじゃない。非リアのリア充を嫌う顔が怖すぎて固まっちゃったよ。行こ」


「もう少し怖がってくれても」


「ごめんなさい」


「謝られるとなんかアレなんで、すいません」


 僕とお化けさんはお互いに謝り合う。


「陽太なら本当のお化けと会っても同じことしそう」


「そうかな?」


 お化けさんが戻って行ったので僕達は進み始めた。


 そして結局お化けさん以外はなんにも出てこなかった。


「雰囲気タイプに見せて実はお化けが居たけど、結局雰囲気で終わらすタイプだった」


「氷室さん」


「出て早々に澪のこととか、少し嫉妬しちゃ……」


 確かに氷室さんを心配で探したけど、氷室さんの名前を呼んだのは別の理由だ。


 それは氷室さんが知らない男の人に話しかけられているから。


「氷室さんが」


「陽太、ちょっと待っててね」


 優正はそう言うと、手を離して走り出した。


「だからですね、あなたのお姉さんが」


「何してんだバカが」


 優正はそう叫ぶと、男の人の脇腹を蹴った。


「かはっ」


「うわぁ、痛そう」


「澪、ごめんね。うちのバカが」


「やっぱり優正のお兄さんなんだ。目元が似てるね」


「やめて。これと似てるとか恥ずかしくて陽太に顔見せられなくなる」


「痛いじゃないか優正ちゃん」


 優正のお兄さんが普通に立ち上がり、優正に近づく。


「だからちゃん付けすんなって言ってんだろ」


「なんでこんなに口が悪くなったのか。小さい頃は『お兄ちゃんと結婚するー』って言って可愛かったのに。あ、今も可愛いぞ」


「次はそのおかしい頭を蹴ってやろうか?」


「あはは、そんな口の使い方だとあの子に嫌われちゃうぞ」


 優正のお兄さんが僕のことを指さしてきた。


「陽太は関係無いでしょ!」


「そうか、陽太君って言うのか。あの子が最近優正ちゃんの機嫌がいい原因かな?」


 優正のお兄さんが僕に近づいて来る。


「初めまして、僕は優正の兄の本田ほんだ 一真かずまです。気軽に一真とかお兄ちゃんとか呼んでくれていいからね」


「一真さん?」


「少し残念。どうかな、僕と優正ちゃんの話をしないか? ちょうど優正ちゃんのクラスは休憩所らしいし」


「なんで知ってんだよ」


「澪ちゃんに聞いた」


 それを聞いた優正が氷室さんを睨んだ。


「だって、優正のお兄さんだって言うから。その後はお姉ちゃんのことばっかり聞いてきたけど」


「あのバカは……」


 優正が頭を押さえた。


「それでどうだい? 一緒に優正ちゃんの話を」


「嫌です」


「即答。しかも拒絶。理由を聞いても?」


「優正にここで待ってろって言われてるのと、今日は優正と氷室さんと一緒に回る約束をしてるので」


 僕がそう言うと一真さんが嬉しそうに笑った。


「そうか。そうだな。優正ちゃん達との約束があるなら優先すべきだよな。うん」


 一真さんが僕の肩に手を置いて大きく頷きながら言う。


「陽太君。優正ちゃんのことよろしく頼んだよ」


 一真さんが最後に真剣な表情になって頭を下げた。


「はい」


「ありがとう。じゃあ僕は適当にブラブラしたら帰るね」


「今すぐ帰れ」


「じゃあねー」


 一真さんはそう言って手を振りながら歩いて行った。


「楽しいお兄さんだね」


「うざいだけだよ。それでも今はあの人の部屋に泊めてもらってるから疎遠にはなれないけど」


「実は結構好きでしょ」


「うるさい。それより次行くよ」


 優正が僕のところに来て手を握った。


「そういえばここって静玖ちゃんと明月君のクラスだよね」


「そうだね。二人は文化祭デートしてるみたいだけど」


「じゃあ後で二人に聞こ」


「なにを?」


「なんでお化けさんが鎌を持ってたのか」


「どんだけ気になってんの」


 そうして僕達はまた文化祭を回り出した。


 後日、明月君にその話をしたら「うちのクラスは雰囲気だけで、お化け役は居ないぞ?」と言われた。


 それを聞いた静玖ちゃんは「っていう雰囲気を作って後でも怖がれる仕様になってるの」と言っていた。


 結局あのお化けさんが本物だったのか、偽物だったのかは分からなかった。

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