第31話 氷室さんとお買い物with優正
「だめ!」
「びっくりした」
いつも通り休み時間に眠っていたら、いきなり氷室さんの大声が聞こえて目が覚める。
「あ、陽太君ごめん」
「ううん、どうしたの?」
「ごめんね陽太。澪がうるさくして」
「優正が変なこと言うからでしょ!」
「変じゃないよ。私も一緒に行きたいって言っただけじゃん」
いまいち内容が掴めない。
「氷室さんどこか行くの?」
「せっかくだから今言えば?」
「分かってるし。言うつもりだったし」
氷室さんが僕の方をちらちら見ながら何かを言いたそうにしている。
「ほ、放課後、暇でしょうか?」
氷室さんが自分の指をいじいじしながら言ってきた。
「僕の予定は氷室さんと居ることだよ?」
それは前も伝えたはずだったのだけど。
それを言ったら、氷室さんが机に思い切り頭を打ち付けた。
「氷室さん!」
「大丈夫です。気にしないでくださいです。……痛い」
氷室さんがおでこを摩りながら起き上がる。
「澪ってそういうとこ可愛いけど、なんかアホの子みたいだよね」
「うるさい。陽太君に対抗するにはこうするしかないんだよ」
「言いたいことは分かるけど、その陽太君が今にも泣き出しそうだよ」
氷室さんがなんでかは分からないけど僕のせいで頭を打ち付けた。
「僕は氷室さんを傷つけちゃうの?」
「違う。それは絶対に違う。ごめんねいつも心配させて」
氷室さんが僕の指をいじいじしながら言う。
僕は空いている左手で氷室さんのおでこを触る。
「痛い?」
「陽太君に撫でてもらったら痛くなくなるかな」
「撫でる!」
僕は優しく氷室さんのおでこを撫でる。
「ほんとに痛みが消えてく。すご」
「嘘だったの?」
「実際に痛みが消えてるから嘘じゃないよ」
「なら良かった」
たとえ氷室さんに嘘をつかれたとしても、僕は変わらない気もするけど。
それはきっと意味があることだから。
「なんでこれは大丈夫でいつもやってる放課後デートを誘うのは恥ずかしいの?」
優正が僕の机に腕を置いて、その上に頭を乗せて、僕と氷室さんを見ながら言う。
「で、デートちゃうし。誘うの恥ずかしいのには諸事情があるだけやし」
「そういえばその諸事情ってなんなの?」
僕はずっと気になっていたけど、一向に教えてくれない諸事情について聞く。
「今回はまた違う諸事情なんですよ。前のは……、言いたくないって言ったら駄目?」
「ううん。氷室さんの言いたくないことなら聞かないよ」
「助かります」
氷室さんが頭まで下げてきた。
「澪はそうやって陽太に何も伝えないつもりなの?」
「なにが言いたいの?」
「いやさ。別に言いたくないことを言わないのはいいけど、そうするなら絶対に『私の意図を汲み取ってくれないんだ……』みたいなのはしないでよ?」
「分かってる。いざとなったらちゃんと言うよ」
氷室さんと優正が真剣な表情で話しているけど、何の話をしてるのかよく分からない。
「いつも通り脱線したけど、うちも連れてって」
「だから駄目。今日も陽太君と二人でお出かけするの」
「さっきうちに『ちゃんと誘えるかな? 大丈夫かな?』とか言ってきてたのは誰よ」
「幻聴でも聞こえてたんじゃない? 保健室行く?」
「澪の照れ隠しって結構好きなんだよね。でもさ」
「優正、病気?」
幻聴が聞こえるのがどれだけ危ないのかは分からないけど、氷室さんが心配するぐらいなのだから、きっと大変なことなのかもしれない。
「陽太は心配性なんだからそういう嘘を言わないの」
「ごめんなさい」
「え? 大丈夫なの?」
結局大丈夫なのか、駄目なのか分からなくなった。
そんな優正の方を見ると、何かを考えついた顔をして、僕の机にぐでーっとする。
「よーたぁ。辛いから頭撫でてー。そうしたら澪みたいに治るからー」
優正が溶けたような声で僕に言う。
「優正……。何も言えない」
「撫でれば治るの?」
「うん。それはもうバッチリ」
優正が親指を立てながら言う。
そう言われたら撫でない理由はない。
「よーたのなでなでー。なんかだめになりそー」
「なんだか優正の知能指数がどんどん下がってるような気がする」
「よーたぁ。ゆまのことかわいいっておもう?」
「ついに自分のこと名前で呼んだ。しかもなにを聞いてんの」
優正がどんどんぐでーっとしてきた。
氷室さんはなんだかキョロキョロしている。
「優正は可愛いよ。『うち』の時も『私』の時も、今の『ゆま』の時も全部可愛い」
「ほんとー?」
「うん」
「どのゆまがいちばんかわいい?」
「うーん『私』かな」
前にも聞かれた気がするけど、やっぱり素の優正が一番可愛い。
「陽太って、やっぱり本当の自分を出してるのが好きなの? それともおどおど系が好きなの?」
優正がいきなり元に戻って、真剣な眼差しを向けてくる。
「そういえば陽太君ってなんで『私』の時の優正が好きなの?」
「なんかねー、優正って感じがするからかな」
自分でもよく分かっていないけど、優正の言う、本当の自分でいる時が好きなのかもしれない。
「陽太はその人の外見は後回しで、中身だけを見てるもんね」
「そうだね。だから私もお姉ちゃんも陽太君と仲良くなれたんだもん」
「そういえば澪って陽太との馴れ初めって言うか、陽太に話しかけた理由って言ってないの?」
「陽太君、今日の放課後陽太君の服買いに行こ」
優正の質問を完全に無かったことのようにして、氷室さんは僕に話しかける。
「そういう態度取るんだ。陽太、澪が陽太に話しかけた理由知りたくない?」
「知りたい」
そういえば氷室さんはなんで僕と仲良くしてくれているのかなんて考えた事も無かった。
「優正も一緒に買い物行こうか」
「え? ごめん、なんか幻聴が聞こえたかな。それでね」
「優正さん、一緒にお買い物に行ってもらえないでしょうか」
氷室さんはそう言って優正に土下座をした。
「あはっ。そこまで言われたらしょうがないなー。ごめんね陽太。この話はまた今度ね」
「陽太君。私、その話聞かれたくないなぁ……」
氷室さんが目をうるうるさせながら僕を見る。
「あざとっ」
優正がそう言うと、氷室さんがぷるぷる震え出した。
「じゃあ聞かない。でもいつか氷室さんが教えてね」
「ほんと陽太君なんだから」
氷室さんはそう言って立ち上がり、僕に可愛い笑顔を向けてきた。
「おい陽太。なにを見とれてるんだ」
「可愛かったから」
「分かるけど」
僕と優正の会話を聞いた氷室さんが、また机に頭を打ち付けた。
僕はまた氷室さんのおでこを撫でた。
そして放課後になり、僕と氷室さんと優正で、前に氷室さんのお洋服を買いに来たショッピングモールに来た。
氷室さんと優正はお店に着いた途端にお洋服を見だした。
「陽太君、これ着てみて」
「うん」
氷室さんが先にお洋服を持ってきた。
氷室さんが持ってきたのは、僕が外着にしているのと似た黒いパーカーだ。
「着たよ」
「……やっぱりいい」
氷室さんが目をキラキラさせながら僕を見ている。
「パーカー好きなの?」
「パーカーを着てる陽太君が……、いいなって」
自分ではよく分からないけど、氷室さんが言うのならそうなのだろう。
「確かに陽太のパーカー姿は萌えるけど、冒険したのも見てみたい」
優正はそう言って、選んで来たお洋服を渡してきた。
僕はそのお洋服に着替える。
「着たよ」
「これはこれでいい」
優正がうんうんと頷きながら言う。
優正が持って来たのは、パステルカラー? のパーカーだ。
僕には派手に見えるけど、優正が満足そうなのでいい。
「陽太君、次はこれ着て」
「陽太、うちのも」
「大変そう」
氷室さんと優正はとても楽しそうに色んなパーカーを持って来た。
全部パーカーだったのはなんでか分からないけど、何着も着替えて疲れた僕は選ぶ元気が無くなったので、氷室さんと優正に選んでもらった。
氷室さんが選んだのは、僕が普段着てるのと少しだけ違う黒いパーカーで、優正が選んだのは、パステルブルーパーカーだ。
僕がお会計をしに行こうとしたら、氷室さんと優正が先にお会計を済ませてしまっていた。
二人には「今日のお礼に」と言われたけど、僕は何もしていない。
だけど二人はお金を受け取ろうとはしてくれないから、素直に受け取ることにした。
でも今度なにかお礼をしなければと思った。
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