第27話 優正と水族館

「私がこのまま陽太君を起こさなければ今日の優正とのデートはなしになるのか? でもそんなことをしたら陽太君に嫌われるよね。でもでも」


「おはよう、氷室さん」


 氷室さんの声が聞こえたから目が覚めたけど、なんだか氷室さんが少し残念そうにしている。


「あ、うん。おはよう、陽太君」


「独り言?」


「気にしないで。ほんとに」


「うん」


 氷室さんが聞かれたくないことをわざわざ聞いたりはしない。


「それより今日は優正とお出かけするんだよね」


「うん。楽しみ」


「分かってたさ。陽太君ならそう言うって」


 今日は優正と水族館に行く。


 この前約束したから優正と二人で。


「全く、最近の若い子はテストが終われば遊び呆けて」


「氷室さんって僕より誕生日後だよね?」


「陽太君。そういう言い返せないこと言うの駄目。そこは『同い年でしょ』とか言って」


「ごめん」


「いや、謝られると罪悪感が」


 僕がしょげていると、氷室さんが頭を撫でてくれた。


「それより私、テストで一位取って百点もあったからご褒美くれる?」


「うん! なにがいい?」


「ご褒美をあげる側なのにすごい嬉しそう。じゃあ私ともお出かけしよ」


「氷室さんがそれでいいなら」


「じゃあ決まりね。優正が水族館なら私は動物園かな」


 動物園。もしかしたらコアラが見れるかもしれない。


 今から楽しみだ。


「陽太君も十位だったからご褒美なにが欲しい?」


 今回のテストでは順位が十位だった。


 僕のご褒美の順位は十位以内だからちゃんとご褒美を貰う権利がある。


 ちなみに静玖ちゃんも赤点を回避出来た。明月君曰くギリギリだったそうだけど。


「ご褒美……。どうしよう、氷室さんと一緒だとなんでも楽しいから思いつかない」


 前回は氷室さんの部屋を見てみたいと言ったけど、氷室さんと一緒ってことがご褒美みたいなものだから、いざ考えると思いつかない。


「そういうこと言う。じゃあ私にしてもらったことで一番嬉しかったことは?」


「起こしてもらったこと」


 やっぱり氷室さんにされて嬉しいのは、毎日起こしてもらうことだ。


 氷室さんに起こしてもらうと、その日はずっと楽しい。


「ん、でも氷室さんが居るからなのかな。うーん、やっぱり氷室さんが一緒なのが一番のご褒美だよ」


「だからやめろし」


 氷室さんが僕の胸をポカポカと優しく叩く。


「じゃあ僕のご褒美は、これからも一緒に居てねってことでいい?」


「……居る。絶対に優正には負けない」


「なんで優正?」


 氷室さんがいきなり優正の名前を出して、何かを決意したように両手を胸の前でグッとする。


「仲良くお話してるのはいいけど、今日は陽太、うちの貸切なんだけど」


「優正だ」


「なんで居るの?」


「澪のことだから、陽太とずっと話して遅刻させるだろうなー、って思ったから待ち合わせ場所を陽太の家にしたの」


 そういえばそうだ。


 お話に夢中で忘れてたけど、今日は優正が迎えに来てくれると言っていた。


「優正、ありがとう」


「陽太の無垢さって、なんでも許せるよね」


「分かる」


 なんでか分からないけど、優正が僕の頭を撫でる。


「ほら、陽太準備」


「はーい」


 優正に言われたので、僕は準備を始める。


 その間に優正は氷室さんとお話があるそうだ。




「終わったー」


 準備を終えた僕は、部屋に居る優正にそう伝える。


「おかえり。ちゃんとご飯食べた?」


「うん。美味しかった」


「それなら良かった」


「なんか会話が親子みたい」


「言ってて思ったけど」


 僕が不思議そうにしていると「なんでもないよ」と言って優正が立ち上がった。


「陽太、行こっか」


「うん」


「あ、その前に」


 僕が部屋を出ようとしたら、優正に呼び止められる。


「陽太は『うち』と『私』のどっちがいい?」


 優正の言っているのは多分、今のギャルっぽい優正と、優正曰く、根暗な大人しい優正のどちらがいいかだと思う。


 僕としてはどちらも優正だから優正のしたい方でいいと思うけど。


「聞き方変えるね。陽太はどっちが好き?」


「どっちも好きだけど、どっちかって言ったら『私』かな?」


『うち』の方は頑張って作っていると言っていたから、肩の力を抜ける『私』の方が優正も楽だと思う。


 それに『私』の時の優正は『うち』の時より可愛い気がする。


「じゃあ今日は『私』で。行こっか」


「うん」


 そう言って僕は優正の手を握る。


「よ、陽太?」


「なに?」


「て、手を繋ぐの?」


「あれ? 繋ぐんじゃないの?」


 確か前にお出かけの話をした時は、氷室さんと手を繋いだ話をした後に言っていたから、てっきり手を繋ぐものだと思っていた。


「離すね」


 僕が優正の手を離そうとしたら、優正が力を強めたので離れなくなった。


「陽太がいいならこのままで」


「ほんと? 良かった。じゃあ行こー」


「可愛い」


 そうして僕と優正は水族館に向かった。


 部屋を出る際に氷室さんが「私はなにを見せられてるんだ?」と言っていたけど、なんのことを言っていたのか分からなかった。




「わぁ、お魚だ」


「ふふっ。お魚を見る陽太も可愛い」


 水族館に着いた僕と優正は今、大水槽の前でお魚を眺めている。


「優正は好きなお魚いる?」


「私? うーん、なんだろ。グッピーとかクリオネとかは名前が好きかな」


「そうなんだ。僕はカクレクマノミとかチョウチンアンコウの名前が好き」


 理由という理由はないけど、名前の前に何か説明みたいな名前が付いているのが好きだ。


「二つ名みたいなね」


「ふたつな?」


「なんでもない。それよりそろそろ移動する?」


「うん。次は熱帯魚かな」


 僕はウキウキしながら次のエリアに向かう。


 そんな僕を見て、優正は嬉しそうにしている。


「ねぇ彼女」


「うわ」


「なんか既視感。じゃなくて、そんな嫌な顔しないでよ」


 いきなり知らない男の人に優正が声をかけられた。


「君、可愛いね。ちょっとお話しない?」


「つ、連れがいますので」


 優正が震えながら僕の腕にしがみつく。


「連れってその……、なんでお前が」


 男の人が僕の顔を見ると、いきなり首を振って周りを見だした。


「知り合い?」


「ううん。初めて見る人」


「マジで忘れてんの? 結構記憶に残る会い方したんだけど」


 頑張って思い出そうとするけど、全然思い出せない。


「まぁプールでのことは忘れてくれて構わない」


「プール……。あ、僕が僕と氷室さんが一緒に居たら駄目な理由を聞いてたら、いきなりどこかに行っちゃった人だ」


「思い出すなよ」


「あの時は確か、明月君が来た途端にどこか行っちゃったんだよね」


 結局あの時はなんで僕と氷室さんが一緒に居たら駄目なのか聞けなかった。


「明月君、顔だけなら怖いもんね」


「そうなの?」


「陽太は人を顔で判断しないいい子だもんね」


 優正はそう言って僕の頭を撫でてくれた。


「なに、前の子とは別れたの?」


「ん?」


「陽太と私達はなんですけど?」


「やってること友達の範疇超えてるだろ」


 男の人が呆れたように言う。


「そうなの?」


「あの人は私達のを知らないの。私達は私達のをすればいいんだよ」


「お友達って難しいんだね」


 今までお友達がいなかったから、なにが普通なのか分からない。


 だけど優正の言う通り、僕達は僕達のお友達をすればいい。


「いやいや。男女二人で水族館に来るまでなら分かるけど、手を繋ぎながら回るのは……」


「陽太があなたみたいな人から守ってくれてるんだよ」


「へぇ、じゃあ守ってみろよ」


 そう言って男の人が近寄って来る。


「陽太、思ってること全部言って」


 優正が声を震わせながら僕に言う。


 僕の今思ってること。それは。


「なんでお魚見ないで僕達と話してるんですか?」


「は?」


「いやだって、一人で水族館来るくらいだからお魚見に来てるんですよね? それなのになんで優正に声をかけたんですか?」


 プールの時も思っていた。


 この人は一人でプールや水族館に来てるのに、なんでわざわざ氷室さんや優正に声をかけるのか。


「なんで一人で来る程水族館やプールが好きなのにお魚見たり、遊んだりしないんですか?」


「いや、お前」


「なんでなんですか?」


「陽太のその目、好き」


「こんな狂気な目のどこが」


 優正がうっとりした感じで僕の顔を見るのと対照的に、男の人はなんだか怯えているように見える。


「そんなことより陽太の質問に答えてくださいよー。なんでで来るくらい水族館が好きなのにうちに声をかけたの?」


「お前まで。てか最初と雰囲気違い過ぎるだろ」


 優正は気がつくと『うち』の方になっていた。


「それでなんで? なんでうちに話しかけたの?」


「それは……」


「陽太、私が可愛いからだって」


「ちが、うとも言えないけど」


「陽太陽太、私口説かれたよ。何か言ってあげて」


 優正がなんでかとても嬉しそうに僕に言う。


「優正は可愛いもんね」


「それは言い過ぎなんよ」


「俺はなにを見せられてんだ?」


「同意」


 気がつくと、男の人の隣に水族館のスタッフの人が立っていた。


「邪魔したら駄目だからちょっとこっち来てね」


「俺、もうこういうことしない」


 スタッフの人は男の人を連れてどこかに行ってしまった。


「結局あの人はなんで優正に声をかけたの?」


「それは、いいんよ」


 優正はそう言うとその場に座り込む。


「優正、大丈夫?」


「はは、結構やばい。あのまま『私』でやってたら耐えられなかったかも」


 優正が無理やり笑ったような顔で言う。


 最初に声をかけられた時は僕の腕に抱きつくぐらいに怖かったのかもしれない。


 その後すぐに『うち』に変わって、少し震えが収まっていたけど、それでも少し震えていた。


「立てる?」


「あはは、無理そう」


「分かった」


 僕は優正の手を離して、後ろを向いてしゃがむ。


「座れるとこ行こ」


「おんぶってやつですか?」


「そう。ここで座ってたら可愛いお洋服が汚れちゃう」


 テスト勉強した時も見たけど、優正の私服は可愛い。


 こういうのをなんて言うのか分からないけど、普段の制服姿と比べると少し幼く見えて可愛らしい。


「陽太って、忘れた頃に褒めてくれるよね」


「氷室さんにもちゃんと褒めてって言われたことはある」


 あの時は確かヘアアレンジだった。


「気づいてない訳じゃないんだもんね」


 優正はそう言うと、僕の肩に手を置いて身体を預けてくれた。


「立つよ」


「うん。重いって言ったら澪に言いつけて、私泣くからね」


 いつの間にか『私』に戻っていた。


 優正に言われて少し怖かったけど、すんなり立ち上がれた。


「優正、軽いよ?」


「陽太がそう言ってくれると安心する」


 優正が完全に身体を預けてくれたけど、優正はとても軽い。


 重さを感じない訳ではないけど、重いとは思わない。


「陽太」


「なに?」


「私ね、陽太のこと好き」


「僕もだよ?」


 なんだかこの前もこのやり取りをした気がする。


「友達としてじゃなくて異性として好きだよ」


「え?」


 優正が耳元でそう呟くので思わず立ち止まってしまった。


「陽太は私のこと友達として好きなんだよね」


「うん。多分」


 僕は異性として好きがよく分からない。


 優正や氷室さんと居るのはもちろん好きだけど、それがどの好きなのかは分からない。


 僕の中では友達として好きが一番しっくりきてるけど、それが本当にそうなのかは分からない。


「陽太は澪と私ならどっちと居るのが好き?」


「それは……」


 それは氷室さんだ。


 いつもならそう言えるのに、言えなかった。


「陽太は嘘とか言えないんだから気を使わなくていいの。私だって分かって聞いてるんだから」


「うん……」


「ごめんね、困らせたい訳じゃないの。私は別に陽太と付き合いたいとかじゃなくて、とりあえず私の気持ちを伝えたかっただけなの」


 優正が僕の頭を撫でながら優しく言う。


「私はどちらかと言うとラブコメは自分がするより見てたい派の人間だし」


「どういう意味?」


「独り言だから気にしないで。それより私は陽太に友達以外の好きを知って欲しいんだよね」


「友達以外の好き……」


 そんなの考えた事がなかった。


「あ、ちなみに付き合えなくてもいいって言ったけど、付き合いたくない訳じゃないから私を異性として好きになったら……」


 優正はそこで区切って耳元に顔を近づける。


「ちゃんと言ってね」


 優正にそう耳元で囁かれた瞬間に顔が熱くなる。


「熱?」


「照れちゃった?」


「そうなの?」


「そうなのー」


 優正が嬉しそうに抱きついてきた。


 それから僕は座れるところを見つけたので優正を座らせて隣に座った。


 その後しばらく優正にほっぺたをつつかれたり、ニマニマされたりした。

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