第26話 氷室さんと名前

「陽太君、起きて」


「おはよう、氷室さん」


 今日はテスト前最後の週末休みということで、恒例になりつつあるテスト勉強をする日だ。


 今回も影山さんと明月君が一緒にやろうと誘ってくれた。


 それに今回は優正も居る。


 だけどやる場所は明月君の部屋ではなく、僕の部屋になった。


 理由としては、明月君のお母さんの洋佳さんに明月君のテストの順位が二位で、しかも氷室さんに負けていることがバレたから。


 そして明莉は人が沢山来ると聞いて氷室さんの家に行き、冷実さんと遊んでいる。


「明月君大丈夫なのかな?」


「私達のことを心配する前に自分の身内を心配するべきなんだよ」


 そう、バレたのは僕達が言ったからではなく、影山さんが洋佳さんと話している時に言ってしまったらしい。


 それで明月君は洋佳さんとお話して、すごい馬鹿にされたと言っていた。


「でもまさか、私達に口止めした理由が煽られるからとか」


「うん。てっきり一位を取らないと怒られるとかなのかと思った」


 明月君の家は大きいから、勝手になんでも出来ないといけないとか思っていた。


 でも実際は、明月君は自由になんでもやらせてもらっているらしい。


 家を継ぐ継がないの話はお兄さんが継ぐ事が決まっていて、だから明月君は何も縛られてないって言っていた。


「今、私が明月君の家に行って、洋佳さんに会ったらすごい煽られるから嫌なんだよね」


「うん。だから僕の家になったんだもんね」


 明月君の家が駄目になって、どこで勉強をするかって話になった時に影山さんが「うちでやる?」って言ってくれたけど、明月君に「五人入れるだけのスペースがない」って言われてポカポカ明月君を叩いていた。


 優正は駄目みたいで、氷室さんの家は明月君が嫌がった。


 なんでか気になったけど、影山さんがほっぺたを膨らませてじーっと見ていたから聞かなかった。


 だから消去法で僕の家になった。


「別に図書館とかでもよかったんじゃないの?」


「それだとお話しながら出来ないよ?」


「それもそっか」


 そんなに大声で話す気はないけど、明月君と氷室さんは影山さんに勉強を教えないといけないから、絶対に声は出さないといけない。


 そういうことを考えたら、図書館より誰かの家の方がやりやすいと思う。


「そうだ、陽太君」


「なに?」


「今回はちゃんと決めとこ。ご褒美」


 なんでも言う事を聞くがどうやらご褒美になったみたいだ。


「氷室さんは一位で尚且つ百点一つね」


「なんか優しくなってない?」


「だって僕と氷室さんの順位釣り合ってないんだもん。氷室さんだけ難しいのは氷室さんの努力を無視してることになるからやだ」


 そうは言っても、一位を取れちゃう氷室さんだから、百点を付けないと毎回氷室さんにご褒美をあげなきゃいけなくなる。


 それはそれでいいんだけど。


「じゃあなんで前は三つだったの?」


「氷室さんが嘘ついたから」


 嘘と言っても、氷室さんが一位なんて取れないみたいなことを言っていたのに、明月君に差をつけて一位を取ったことだ。


 完全に僕のわがままだけど。


「私も初めてでほんとに分かんなかったんだって。でも拗ねてた陽太君は新鮮で可愛かった」


「いつでも可愛い氷室さんに言われても少ししか嬉しくないよ!」


「やめろし。しかも少し嬉しいのかい」


「氷室さんに褒められるの好き」


「だからやめろし」


 氷室さんが顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。


「それより陽太君。準備終わったらみんなを迎えに行くよ」


「迎えに行くのに遅刻したら駄目だもんね」


「ほんとに。アラームつけとかないと」


 氷室さんはそう言うと、スマホを取り出してアラームをセットした。


「じゃあ準備してくるね」


 僕はそう言って準備を始めた。




「間に合ったよね!」


「ギリギリ?」


「ならセーフだ」


 僕と氷室さんはギリギリお出迎えに間に合った。


 氷室さんがアラームをセットしたのはいいけど、アラームが鳴り終わってからもお話を続けてしまったから結局いつも通りお母さんに言われてから家を出た。


「真綾さん居ないと私達絶対遅刻するよ」


「お母さんほんとはお出かけの予定あったけど、僕達が一緒にお出迎えするって言ったら予定の時間ずらしてくれたの」


「本当にありがとうございます」


 氷室さんが僕の家の方に向かって頭を下げた。


「良君」


「なんだよ」


「私もみんなを無視して夫婦漫才したい」


「あれは無意識だろうから静玖には無理」


 明月君がそう言うと、影山さんがほっぺたを膨らませながら明月君を見る。


「二人も二人でやってるよ」


 優正が呆れたように僕達と明月君達を見ている。


「……行こうか」


 氷室さんが気まずそうな顔をしながら言う。


 そして僕達は僕の家に向かって歩き出した。




「ここが日野君の家で、お隣が氷室さんの家?」


 家の前に着くと、影山さんが僕の家と氷室さんの家を指さして聞いてくる。


「そう」


「お隣さんいいなぁ。私も良君とお隣さんだったら毎日通えるのに」


「静玖はほとんど毎日来てるだろ」


「ほとんどじゃなくて毎日行きたいの!」


「しばらく来させないからな」


 明月君は影山さんに順位を言われたからと、最近は家に呼んでいないと言っていた。


「でもその代わりに影山さんの家に行ってるんでしょ?」


「そう。なんだかんだ言っても、良君は優しいの」


 影山さんがとっても嬉しそうな顔をする。


「確か学校で泣きつかれたんだっけ?」


「そうだよ。あんなことされたら断れないだろ」


「とか言って、影山さんが可愛すぎて断れなかったんでしょ?」


「おい、本田」


「明月君が怖いから行こー」


 優正がそう言うので、僕達は家の中に入った。


 みんなが「お邪魔します」と言って入ると、リビングに居たお母さんが出てきた。


「いらっしゃ……。陽太」


「なに?」


「二股は駄目よ」


「二股?」


「真綾さん、違います」


 僕にはお母さんの言ってる意味が分からなかったけど、氷室さんは理解したようで、握っていた手を離して説明を始めた。


「私と陽太君が手を握ってたのは陽太君の優しさで、この女が陽太君の腕に抱きついてるのはこの女がおかしいだけです」


「説明に語弊しかないよ。陽太君のお母様ですよね。私は本田 優正と言います。陽太君とはとても仲良くさせてもらっています」


「優正ちゃんね。陽太と仲良くしてくれてありがとう」


「そんなそんな、お嫁にきて欲しいなんて」


「言ってないからあんたは黙りなさい」


 氷室さんはそう言って優正の頭を軽く小突く。


「それで陽太。澪ちゃんと優正ちゃんとの関係は?」


「関係? お友達」


「ならいい。後は二人が頑張るだけね」


 お母さんがそう言うと氷室さんはモジモジして、優正は「はい!」と嬉しそうにする。


「玄関で長話しても仕方ないよね。ごめんなさい」


「お母さんはお出かけ大丈夫?」


「うん。陽太のお友達に会いたくて時間をずらしたんだから」


 てっきり僕と氷室さんがお話し過ぎて出るのを遅れるだろうからとずらしてくれたのかと思っていた。


「後ろの仲良しさんが明月 良君と影山 静玖さんよね?」


「はい!」


「……はい」


 影山さんと明月君は今、手を繋いでいる。


 これは僕と氷室さんがいつも手を繋いでいるから、最近は影山さんが無理やり手を繋いでくると明月君が言っていた。


 でも氷室さん曰く、やぶさかでもないらしい。


「澪ちゃん、優正ちゃん、良君、静玖ちゃん。陽太と仲良くしてくれてありがとう。これからも陽太と仲良くしてあげてくれると嬉しいのだけど」


 お母さんが少し不安そうな顔で言う。


「私はずっと陽太君と仲良しでいますよ?」


「うちだって陽太と仲良しで居続けるから」


「私達もね」


「まぁそうだな」


 それを聞いたお母さんが涙を流した。


「歳をとると涙脆くなるって本当なんだ」


「いや、真綾さんまだ若いですよね?」


 お母さんは確か、二十歳で僕を産んだと言っていたから同級生のお母さんの中では若い方なのかもしれない。


 ちなみに歳は教えてくれない。計算するのも駄目と言われた。


「全く、澪ちゃんはそういうことを言ってるから優正ちゃんに呼び捨てを先にされちゃうんだよ」


「関係なくないですか?」


「そろそろ陽太に名前で呼んでもらったら?」


「いやぁ、まだ早いかと」


「澪ちゃんってそういうところは初心よね」


「どういう意味ですか!」


 氷室さんが少し怒ったように言うと、お母さんが「あ、時間が。じゃあみんなテスト勉強頑張ってね」と言ってリビングに戻って行った。


 僕達も部屋に向かう。


「楽しいお母さんだね」


「そうだね」


「日野君はお母さんのこと好き?」


「うん。お母さんにはいっぱい心配かけちゃったから、あんなに嬉しそうなお母さんを見ると僕も嬉しくなるんだ」


 僕が中学生の頃までは、いつも一人で、遊び相手は明莉だけだったのが心配過ぎて、お母さんにはいっぱい心配をかけてしまった。


「日野君がいい子なのはお母さんの影響なんだね」


「そうなのかな?」


 僕は自分のことをいい子だなんて思ったことはない。


 でもお母さんがいい人なのは分かる。


「ねぇ、ずっと気になってたこと聞いていい?」


 部屋の前に着いたところで、優正が立ち止まり影山さんに向かい合う。


「なに?」


「みんなが友達なのは分かったけど、なんで名字で呼び合ってるの?」


「それはね。私も少し思ってた」


「確かにね。なんかグループ分けされてるみたいだ」


 氷室さんと優正はお互いに名前で呼んでいて、僕のことも名前で呼んでいる。


 影山さんと明月君はお互いに名前呼びだから、確かにグループ分けしてるみたいに見える。


「一番呼んでないのは日野君だけど、日野君は言えば呼んでくれるもんね」


「静玖さん?」


「うーん、ちゃんがいい」


「静玖ちゃん」


「うん。良君もこれくらい素直なら」


「うるさい」


 影山さんの呼び方は静玖ちゃんになった。


「明月君は良君?」


「俺は別に名字でもいいよ」


「そうだね。明月君を名前で呼ぶのは静玖ちゃんだけの方がいいもんね」


「氷室さん……、澪ちゃんいいこと言う」


 明月君は明月君のままになった。


 そして氷室さんは澪ちゃん……。


「陽太君は私のこと名前で呼んだら駄目だよ」


「えー」


「えーじゃないの。分かった?」


「はーい」


 僕は少し拗ねたように答える。


「可愛いかよ」


 氷室さんは氷室さんのままのようだ。


「本田さんは優正ちゃんでいいよね。日野君はよーくんかな」


 静玖ちゃんがそう言った途端に氷室さんと優正が静玖ちゃんを見た。


「だって陽太君は澪ちゃんのだから駄目かなって」


「そう言われると複雑。うーん」


 氷室さんが腕を組んで考えだす。


「あだ名か。じゃあしーちゃんだね」


「しーちゃん。それもいい」


 優正はしーちゃんと呼ぶらしい。


「うん、静玖ちゃんならいいか」


「ほんと? じゃあよーくんね」


「うん」


 これでみんなの呼び方が決まった。


 ちなみに明月君は全員名字のままだ。


「えーっと。氷室さん、優正、静玖ちゃん、明月君。お友達っぽい」


「陽太君可愛い」


「それよりなんで部屋の前でこんな話をしてるんだ?」


「え、それは多分部屋の中に入ったらうちが自分を抑えられるか分からないから」


 どういう意味か分からなかったけど、とりあえず扉を開けてみんなを中に入れる。


 そして中に入ったら優正が「ベッドダイブしていい?」と聞いてきたので「うん」と答えたら、ベッドにうつ伏せで飛び込んだ。


 それを見た氷室さんに「そこは陽太君の聖地なんだから退け、変態」と無理やり退かされていた。

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