第24話 氷室さんと席替え
「陽太君の寝顔を眺める時間を邪魔しないで」
「邪魔してる訳じゃないよ。ただうちも見たいってだけ」
「それが邪魔だって言ってるの。陽太君が起きちゃったらどうするのさ」
「氷室さんと本田さん?」
なんだか言い合いをする超えが聞こえたと思ったら、氷室さんと本田さんが話していた。
「ほら起きちゃったじゃん。私の一日の活力なのに」
「いや、休み時間の度に見てるでしょ。それに朝だって起こしてんでしょ?」
「お隣の特権だよ」
氷室さんが「どうだ」みたいな感じで本田さんを見る。
「席替えしないかな」
「席替えなんてしたら私どうしたらいいのさ」
「陽太君とうちがお隣になるから、それを羨ましそうに眺めてれば?」
「ふん。私と陽太君は色んなとこから力が働いて隣同士になるようになってるから」
それは初耳だ。
「じゃあ僕は氷室さんとずっとお隣さんなんだね」
「も、もちろん」
「これでほんとに席替えがあった時に隣じゃなかったら嘘つきだね」
「そもそも席替えなんてないし」
確かに今まで一度も席替えなんてなかった。
だからこのまま僕はずっと氷室さんとお隣で居られると思っていた。
でも、そんなことはなかった。
「席替えするからくじ引けー」
先生がホームルームの時間にいきなりくじを持ってきてそんなことを言う。
クラスの人のほとんどは喜んでいる。
悲しんでいるのは、氷室さんの近くの男子と本田さんの近くの男子。
そして僕と……。
「氷室さん」
「……な、なんだい陽太君」
氷室さんが身体を震わせながら言う。
「またお隣になれるんだよね?」
「も、もちろんだよ。もしなれなくても最終手段を使えば」
なんだか氷室さんがとても悪い顔をしている気がする。
「僕達の番だ」
くじが僕達のところに回ってきた。
ここで考えたところで何も変わらないから、氷室さんの言葉を信じてくじを引く。
そして引いた席は……。
「お隣だね、陽太君」
「うん、本田さん」
僕が引いたのは窓際の一番後ろの席。前と同じだ。
そして右隣には本田さんが居る。
「いやぁ、これが運命ってやつなのかな。それに比べて澪は」
氷室さんは僕と正反対の窓際の一番前の席で突っ伏している。
「澪は嘘つきだねぇ。陽太君を期待させるだけさせて」
「氷室さんは嘘つきじゃないもん」
「でも実際に隣なのはうちだよ?」
「そうだけど……」
それでも僕は氷室さんが嘘つきだなんて思いたくない。
「まぁでも、澪も澪で諦め悪いから」
「え?」
「じゃあくじ引きの結果に満足いってない奴らは個人的に話し合って席決めろ。本当に欲しいものは運に任せないで自分の手で手に入れろ」
先生がそう言うと氷室さんが立ち上がった。
「どうした氷室」
「本当にに欲しいものを手に入れに行きます」
「行ってら。俺は戻るから席変わってもらった奴らは席の場所書いとけ」
先生はそれだけ言って教室を出て行った。
「という訳で。優正、変わって」
「はやっ」
氷室さんはさっきまで僕の席とは一番遠い席に居たはずなのに、気がついたら本田さんの後ろに立っていた。
「優正、変わって」
「言うとは思ってたけど。やだよ」
「うん、言うと思った」
「だいたいそれが人にものを頼む態度?」
「私と陽太君に迷惑をかけたお詫びをしてよ」
「それは済んだ話でしょ? それとも陽太君がせっかくいい感じに終わらせた話をまたするの?」
本田さんと氷室さんが笑いながら話している。
でも楽しそうには見えない。
「陽太君とは話が済んだかもしれないけど、私はなんにもしてもらってないよ?」
「あれはそもそも自分で勝手になってただけでしょ。うちが言いふらすんじゃないかって」
「実際しようとしてたじゃん」
「だってあの完璧超人氷室さんがうちみたいな根暗を覚えてて、尚且つうちのことに怯えてるんだよ? そんなのゾクゾクするじゃん?」
「あぁ、分かった」
氷室さんはそう言うと、床に正座した。
「お願いします、変わってください」
そして氷室さんが頭を床に付けて土下座をする。
「え、なになに。氷室さんがうちに土下座? どういう風の吹き回し?」
「先生が言ってたでしょ。本当に欲しいものは自分の手で手に入れろって。私は欲しいものを手に入れる為ならなんでもするよ。私が今一番欲しいのは陽太君の隣の席だから、その為なら土下座なんて安いよ」
「あはっ。やばい、興奮しそう」
本田さんの頬が赤くなってきた。
「陽太君は、うちと澪のどっちの方が隣だと嬉しい?」
「氷室さん」
「即答。泣きそ」
「でも本田さんも近くに居て欲しい。わがままだよね」
隣の席は氷室さんがいい。
だけど本田さんともお話したいから近くの席に居て欲しいなんて、僕のわがままだ。
だけど出来るのなら……。
「陽太君のその寂しそうな顔可愛すぎて抱きしめたくなる。てか抱きしめるね」
本田さんがそう言うと、僕の頭の後ろに腕を回した。
「優正、それは許してないんだけど」
「澪の許しいる? だいたい、うちを勝手にドSだと思って自分から土下座すれば変わってもらえるとか考えてんのが姑息すぎて陽太君に見せられない」
「実際喜んでたでしょ」
「否定はしない」
氷室さんと本田さんがまた言い合いをしているけど、僕の目の前には本田さんの胸があり、心音が近いのと、なんだかいい匂いがすることが重なり眠くなってくる。
「お? 陽太君がうちの母性の力でお眠だ」
「なにが母性だ。陽太君は私の子守唄を聞くと即座に寝るし」
「まぁ澪には母性がないからな」
「おい、今どこ見て言った?」
なんだか氷室さんの怒った声が聞こえる。
「ほんださん。ひむろさんをいじめたらだめだよ?」
「……半分寝てる陽太君可愛すぎでは?」
「可愛いよ。一生見てられる」
「可愛い陽太君に言われたらしょうがないや。いいよ、変わってあげる」
「ほんと?」
「ほんとほんと。まぁ最初っから変わる気ではいたけど」
「なんとなくそんな気はしてた」
氷室さんはすごい。僕は全然気づかなかった。
「だから澪。ちょっと変わって」
「任された」
本田さんがそう言うと、氷室さんが立ち上がり、本田さんが僕を離して今度は氷室さんが僕を抱きしめる。
(抱きしめる意味あるのかな?)
僕としては心地いいから嬉しいのだけど。
そんなことを考えていると、本田さんは僕の前の席の男子(名前は知らない)の所へ向かった。
「席変わって」
「え?」
「聞こえなかった? 席変わって」
本田さんが僕達と話す時よりも少し冷たい感じで話している。
「な、なんで俺が」
「だめ?」
本田さんが前屈みになって小首を傾げながら言う。
「うわぁ」
氷室さんがなんでか少し呆れたような声を出した。
「だ、駄目って訳じゃ。いいよ」
「そ、じゃあ早く退いて」
本田さんがさっきの一瞬だけとても優しい声になったのに、また冷たい声に戻った。
「ねぇ、早く」
「そんな言い方じゃ」
「ありがとうございます」
僕の前の席だった男子は本田さんにお礼を言って、元々の氷室さん席に走って行った。
「男子って優正みたいな子好きだよね」
「うちみたいって言うか、澪にだって蔑まれれば喜んで言う事聞くでしょ」
「それもだけど、ギャル過ぎないちょいギャルって感じの子」
「まぁ狙ってやってはいるけどね。でもねぇ」
「ねぇ」
本田さんと氷室さんが僕に何か言いたそうな目を向けてきた。
「なぁに?」
「……」
「……」
僕が半分寝ながら二人に何かあるのか聞いたら、無言で僕の頭を撫でてきた。
「おやすみなさい」
僕はそのまま眠って、氷室さんに起こされる頃には外が暗くなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます