第23話 氷室さんとやり直し

「陽太君、不貞腐れないの」


「うー」


 僕は今絶賛ふて寝中だ。


 理由は簡単で、本田さんが僕を避けているから。


 今日は本田さんに学校を案内しようと思っていたのに、休み時間になったら寝る前に本田さんとところに行くと、どこかへ行ってしまった。


 昨日は確かに僕が悪いことをしたけど、本田さんも悪いことをしたからお互いごめんなさいをしてそれで済んだと思っていた。


 だから僕は休み時間の度に本田さんのところに行っていたけど、毎回どこかに行ってしまい、今もたどこかに行かれたので、少し不貞腐れていた。


「さすがに昨日の今日で仲良しにはなれないよ」


「そうなの?」


「私も分かんないけど、ごめんなさいって言葉で言っても心は解決しないことだってあるんじゃない?」


 人と関わってこなかった僕には、そういう人の機微? が分からない。


「もう少し時間を置いてからの方がいいんじゃない?」


「でもそれだと本田さんに学校案内出来ないよ?」


 時間を置いたら、その間に本田さんが学校の構造を覚えてしまうし、もしかしたら迷子になっちゃうかもしれない。


「うーん。じゃあ強硬手段に出る?」


「どうやるの?」


「それはね……」




「こう?」


 僕は今、本田さんに抱きついている。


 氷室さんが言った強硬手段は、とにかく捕まえること。


 だから、どこかへ行こうとした本田さんを捕まえた。


「えと、私が想像してたのはもうちょっとソフトな捕まえ方だけど、まぁ陽太君ならそうするよね」


「違った?」


「うーん。まぁ正解かな」


「いや、間違ってるでしょ!」


 本田さんが僕の拘束を解いてまたどこかへ行こうとしたので、今度は手を握って止める。


「なんで止めるの!」


「本田さんが言ったんだよ。学校、案内してって」


「それもういいから。だから私のことはほっといて」


「やだ」


「なんでよ。氷室さんに迷惑をかけようとした私なんて嫌いでしょ?」


 本田さんの一人称がからに変わっている。


「うん」


「陽太君素直過ぎでしょ。知ってたけど」


「嫌いならなんでこんなことするの!」


 僕は確かに氷室さんを傷つけようとした本田さんが嫌いだ。


 でもそれはもう終わった話だ。


「今は違うでしょ?」


「またするかもしれないでしょ」


「するの?」


「し、しないけど」


 本田さんがしゅんとしながら言う。


「じゃあいいじゃん」


「本田さん。陽太君は諦めないよ。それに多分、本田さんの現状を頭では知らないけど、なんとなく分かってるんだと思うよ」


「私の自業自得だよ」


 氷室さんと本田さんがよく分からない話を始めた。


 本田さんのことと言えば、ずっと一人なのが気になる。


 転校生と言えば、みんなから質問責めにされたりして人が集まってくるものだと思っていたけど、本田さんは違う。


 昨日は先生からの呼び出しが終わってすぐに帰っちゃったからしょうがないとしても、今日の朝なんかは本田さんが学校に来ても誰一人として近づく人はいなかった。


 休み時間は僕が近寄ったせいでどこかに行っちゃったし。


「日野君だっけ。なんで私に構うの? 私が一人で惨めだから?」


「ん? んーとね。なんでだろ?」


 僕は氷室さんに聞く。


「私に聞かないでよ。多分だけど、陽太君は無意識で本田さんを助けたいって思ってるんだよ。あ、善意とかもなんにも無しにだよ。ほんとに無意識に」


「だって」


 僕はよく分からないけど、氷室さんに言われたことだからそうなんだと、本田さんに伝える。


「じゃあ私に構うのに罪悪感とかはないの?」


「ざいあくかん?」


「陽太君がそんな難しいことを考える訳ないでしょ。陽太君は裏表とかないから、全部が陽太君なんだよ」


 なんでか氷室さんが嬉しそうに言う。


「……後でやっぱり嫌いだからって一人にしない?」


「陽太君はむしろ一人で居る人のことがす……いいと思うんだよ」


「私みたいに?」


「違う違う。わ・た・しみたいに」


 氷室さんが本田さんに顔を近づけて笑顔で言う。


 本田さんの方はぷるぷる震えて頷いている。


「とにかく。陽太君は気に入った人を裏切ったりしないよ」


「でも、私のことは嫌いだって」


「嫌いなのは昨日終わったよ?」


「え?」


「陽太君が嫌いなのは、私を傷つけた本田さん。でもそれは昨日謝ってくれたから、もう嫌いじゃないってこと」


 氷室さんは僕の言葉足らずをちゃんと言葉にしてくれる。


 昨日は僕も本田さんに起こったりしたから、僕も嫌われてるはずだ。


 だからお互い謝って、今日からはやり直そうと思っていた。


「日野君ってお人好しとか言われない?」


「言われないよ?」


「私達は優しいって言ってるから」


「優しい。うん、そうだね」


 今日初めて本田さんが笑った。


「ところで陽太君」


「なに?」


「いつまで本田さんと手を繋いでるつもりかな?」


「学校の案内が終わるまで」


 そうじゃないとまた本田さんがどこかに行ってしまう。


「日野君。学校の案内はお願いしたいんだけど、もしかしてその間も手を繋いでるの?」


「うん。本田さんがどこか行っちゃうから」


「行かないから、離してもらうことは?」


「駄目」


 僕は逃がさないように手を握る力を強める。


 すると本田さんの顔がみるみる赤くなってきた。


「日野君っていつもこうなの?」


「誰にもじゃないよ。仲良くなった人にはこうかな?」


「氷室さん、よく耐えられるね」


「慣れだよ。さすがに毎日されてたら十回に一回は耐えられるから」


「それ慣れてないよね?」


 氷室さんと本田さんが仲良さそうに話しているのを見て嬉しい気持ちになる。


「こういう無邪気な笑顔とかも慣れると『可愛いなぁ』って思えるけど、最初はキュンとくるんだよね」


「なんか分かる」


「影山さんも分かってはくれたけど、明月君一筋過ぎて反応薄かったから、私も嬉しい」


 氷室さんが本田さんに可愛い笑顔を向ける。


 僕だってこの笑顔が大好きだ。


 でもそれを向けている相手が僕じゃないのにモヤつきを感じる。


「……なるほど」


「なに?」


「なんでもないよ。それより日野君。学校案内お願い出来る?」


「うん!」


「行ってらっしゃい」


「氷室さんもだよ」


 氷室さんが手を振って僕達を送り出そうとしていたので、その手を握る。


「不意打ちは駄目だっていつも言ってるじゃんか」


「氷室さんの顔が真っ赤に。全然慣れてないじゃん」


「不意打ちは駄目なのさ」


「大丈夫?」


 氷室さんが空いてる右手で顔を押さえているから心配になる。


「大丈夫。気にしないでくんなまし」


「語尾なんなの?」


「氷室さん語」


「納得」


「なしてさ!」


 氷室さんが手をグーにして、下に下ろして力を込めたようにしながら言う。


「言葉と言えば、本田さんの一人称って『うち』じゃなかった?」


「あぁ、それは根暗バレしないように強がって自分を作ってたの」


 確かに昨日の本田さんと比べると今日の本田さんは静かなイメージがある。


「なんかお姉ちゃんみたい」


「お姉さん?」


「うん。私のお姉ちゃん、外ではを演じてるから」


「そうなんだ。お姉さんって大学生?」


「うん。今年から」


「じゃあ私のおに……、兄と一緒だ」


 どうやら冷実さんと本田さんのお兄さんは同い年のようだ。


「最近は好きな人が出来たみたいでその人のことばっかり話すんだよね」


「そうなんだ。お姉ちゃんは男の人によく話しかけられるって言ってたけど」


「そうなんだ」


「うん」


 二人が笑いながらスマホを取り出す。


 そして何かを打ち出した。


「本田さんって左利きなんだ」


「うん。相変わらず返信早いな」


「お姉ちゃんも」


 そう言って氷室さんと本田さんは見つめ合う。


「兄がご迷惑をかけてすみません」


「いえいえ。こちらこそ、完全無視でごめんなさい」


 なんでか分からないけど、氷室さんと本田さんがお互いに頭を下げる。


「兄妹揃ってほんとにごめんなさい」


「私の方はもう大丈夫だし、お姉ちゃんの方は可哀想だけど、無視されてるお兄さんも可哀想と言うか」


「あんなのは無視されて当然だよ。ちゃんと自重するように言っておく」


「うん。お姉ちゃんは外では派手に振舞ってるけど、中身はコミュ障だからあんまり話しかけられるの得意じゃないから、控えめにしてもらえると助かる」


「ほんとにごめんなさい」


 本田さんがまた頭を下げる。


「大丈夫だって。それより行こ」


「うん」


 氷室さんがそう言うと、本田さんも頭を上げる。


「あ、そうだ。陽太君」


「なに?」


 僕が歩き出そうとしたら、氷室さんに呼び止められた。


「昨日の本田さんと今日の本田さん。どっちが可愛い?」


「今日」


「即答」


「みんな同じ反応するよね。それで理由は?」


「昨日は氷室さんを傷つけたからそもそも嫌だったけど、それとは関係なく今日の本田さんは可愛いよ。なんか肩の力が抜けてるって言うのかな、とにかく可愛い」


 僕は語彙力が少ないから、上手く言い表せないけど、今日の本田さんは昨日の作ってる本田さんより何倍も可愛い。


「本田さん?」


 本田さんの方を見たら、空いている左手で顔を隠して俯いている。


「平等にみんな受けるべきだと思って言ったけど、次からはやめよ」


「氷室さん?」


「陽太君、私と本田さんどっちが可愛い?」


「氷室さん」


「満足」


 どっちが可愛いかって聞かれたら、可愛いを沢山見て知っている氷室さんだ。


 氷室さんは僕に可愛いところを沢山見せてくれているから、氷室さんより可愛い人は今いない。


「そこまではっきり言ってくれると、私も勘違いしないで済むからありがたい」


「勘違い?」


「陽太君は知らないでいいの。本田さんも気にしないでね、陽太君は私のこと大好きだから」


「……へぇ」


 氷室さんがとても嬉しそうに言うと、本田さんが何か悪いことを考えていそうな顔になる。


「ねぇ、。」


「なに、本田さん」


「うちも陽太君って呼んでいい?」


「うん」


「ちょっ」


「やったー。じゃあ陽太君、学校案内お願いしていーい?」


「うん」


 本田さんが僕の腕に抱きつきながら言う。


 それを見た氷室さんがあわあわしている。


「先に喧嘩を売ったのは氷室さん……、澪だからね」


「いい性格してるよ、優正は」


 なんだか分からないけど、二人がもっと仲良くなったような気がする。


 そんな二人と一緒に僕は学校を回った。


 次の日に影山さんが「日野君はよくあのバチバチの真ん中で普通にいられるね」と言われた。

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