第22話 氷室さんと転校生

「陽太君、今日から学校だよ」


「うん。おはよう、氷室さん」


 今日から新学期が始まる。


 だからといって何かが変わるという訳でもないけど。


 結局昨日の言葉は聞けていない。


 氷室さんが言い直してこないということはそこまで大事なことではなかったのかもしれないけど、なんでかずっと気になってしょうがない。


 気にはなるけど、聞くことが出来ない。


 隠し事はなしって僕が言ったのに。


「陽太君?」


「なんでもない。今日って何するんだっけ?」


「えーっと、始業式して、提出物出して終わりじゃない?」


「そっか。じゃあ氷室さんといっぱいお話出来る?」


「なんで疑問形?」


「夏休み前の学校行ってた時って、毎日お話してたっけ?」


「えーっと、してたようなしてないような?」


 なんだか前までは、たまに会わない時があったような気がする。


 だから聞いたけど、氷室さんとはずっと一緒に居る気がするから聞かなくてもいいものなのかな?


「まぁ私はこれからも陽太君と話す為に陽太君の部屋に来るよ。いや、来ていい?」


「うん、氷室さんの部屋は駄目なんだ」


「うーん、別にいいけど。来たいの?」


「そういう訳でもないけど」


 なんだか氷室さんがいつもと違う気がする。


「陽太君はさ」


「何?」


「……なんでもない。それより準備しないと」


 氷室さんはそう言うと立ち上がって部屋を出て行ってしまった。


「僕、何かしたかな……」


 考えてもなにも分からない。


 強いて言うなら、隠し事をしていることだけど、なんでかそれは聞けないでいる。


「なんかやだな」


 氷室さんとこのまま変な感じでいたくはない。


(今日帰って来たら、ちゃんと聞く)


 そう心に決めて僕は準備を始める。




「なんか騒がしいね」


「うん。何かあるのかな?」


 僕と氷室さんは二人で学校に来た。


 少し違和感はあったけど、気にはならなかった。


 そして教室に着いたら、なんだかざわざわしていた。


「転校生とか聞こえるから来るのかな?」


「どうなんだろ」


 うちのクラスは善野さんが天候したから、転校生が来るのならうちのクラスの可能性はある。


 そして男子がざわざわしているから、女子の可能性が高い。


「先生来た」


 そんな話をしていたら先生が来た。


「どうせ知ってるだろうから最初に言うな。転校生が来た」


 先生がそう言うと、クラスの男子達が大騒ぎした。


「うるせぇ。とにかく入ってくれ」


「はーい」


 転校生らしき声の人が、軽い感じで返事をした。


 そして扉を開けて入って来る。


 見た目の雰囲気は初めて会った冷実さんのようだ。


「名前と何か言いたいことでもあれば言ってくれ」


「えと、名前は本田ほんだ 優正ゆま。言っとくことは……。へぇ」


 本田さんがなんだか氷室さんのことを見ている気がする。


「氷室さん知り合い?」


「……」


 氷室さんが俯いて震えている。


「氷室さん?」


「ねぇ君」


 なんだかすぐ目の前から本田さんの声が聞こえて気がするけど、今は氷室さんだ。


「氷室さん」


「え、無視? てかやっぱり氷室さんか」


 氷室さんの名前が聞こえたらさすがにそちらに意識が向く。


 本田さんは僕の席の目の前に居た。


「やっとこっち見た。君、この子って氷室 澪?」


「うん。それが何?」


「いや別に。ただ偶然にも同じ中学だったから」


 氷室さんは高校が始まる少し前にうちの隣に引っ越して来た。


 だから転校生の本田さんと同じ中学でも不思議ではない。


「君は氷室さんと仲良い?」


「……うん」


 すぐに「うん」と答えられなかった。


 まだ仲はいいはずたけど、どうしても違和感が消えないから。


「そっか。ねぇ君。私に学校案内してよ」


「僕?」


「そ、センセにも学校案内誰かにさせるって言われたし。うちが選んでもいいよね?」


 本田さんが先生に首だけ向けて聞く。


「別にいいけど、勝手に動くな」


「はーい」


 本田さんは先生にそう言われると、素直に戻って行く。


「氷室さん?」


「……」


 氷室さんは未だに俯いたままだ。


 そしてそのまま始業式は始まった。


 始業式が終わっても氷室さんの調子は戻っていない。


 提出物を出して、帰りの準備をする。


 氷室さんも俯いてはいるけど、帰りの準備はしている。


「ちょい。なんで帰ろうとしてんの?」


「学校終わったから?」


「いやいや、学校案内してくれないと」


「僕、やるって言ってないよ?」


 それは先生と本田さんが勝手に決めた事で、僕はやるなんて言ってない。


 それよりも今は氷室さんだ。


「うちよりも氷室さんか。じゃあ氷室さんがなんでこうなってるのか教えてあげようか?」


 本田さんがそう言うと、氷室さんの肩がビクッとした。


「いい」


「なんで? 実は興味無い?」


「氷室さんが言いたくないことは聞かないよ」


「ふーん。でもうちは知ってるんだよ?」


「どういうこと?」


「うちがその気になれば氷室さんの知られたくない情報が拡散されるってこと」


 それはつまり、氷室さんがされたくないことを本田さんはしようとしてるってことか。


「どうするの? 君は自分の時間を取って氷室さんを捨てる?」


「黙ってよ」


(駄目だよ)


「え?」


「僕は昔氷室さんになにがあったのかなんて知らない。だから今氷室さんがなんで震えてるのかも分からない。だけど氷室さんが震えてるのはそれを知られたくないからでしょ? それをなんでお前が言おうとしてるの? どこにそんな権利があるの? ねぇ」


(止まってよ)


「聞いてるの? 答えてよ」


(こんなの違うじゃん)


 こんなのを氷室さんは求めていない。


 でもこれは言わないと気が済まない。


 本田さんは涙を流しながら座り込んでいる。


「日野君と氷室さん居る?」


「あれって」


「あれはやばいやつ」


(良かった)


 影山さんが僕のことを抱きしめて動けなくしてくれた。


「良君、手伝って。日野君が怒るとほんとにやばいから」


「分かった」


 明月君が僕の脇に腕を入れて動きを封じる。


「でも日野がしてたのって口でだけだろ。身体止めて意味あんのか?」


「ないよ。今は多分いつもの日野君が頑張ってるの。だから、氷室さん」


「……」


「なにがあったかは知らない。でもこのままだと氷室さんのせいで日野君が悪者にされるよ。それでいいの?」


(氷室さんのせいじゃないよ)


 悪いのは全部僕。


 今日は朝からおかしかった。


 それが今、氷室さんが知られたくないことを言うなんて言われて自分を抑えられなくなった。


 なんだか前にもこんなことがあった気がする。


(え?)


 明月君が腕の拘束を解いた。


 身体が勝手に本田さんに近づく。


(嫌だよ。もうこれ以上は)


 どうしても止まらない身体に優しく暖かい温もりが感じられたと思ったら、身体が止まった。


「ごめんね、陽太君」


「氷室、さん?」


「すご、戻った」


「静玖、邪魔するな」


 氷室さんの後ろで影山さんの口を塞ぐ明月君が見えた。


「ごめんね。私のせいでやりたくもないことやらせて」


「違うよ。違くないけど、氷室さんのせいじゃない」


「朝から私の態度がおかしかったのもあるんでしょ?」


 バレてた。


「あれは陽太君が返事を何も言ってくれないからって勝手にイライラしてただけなの」


「返事?」


「花火大会の時に言ったことの」


「僕もそれ気になってた。なんて言ったの?」


「え?」


「あの時花火の音と重なって最後が聞こえなかったの」


「あ、だから。あぁ、はい」


 氷室さんが僕の背中に顔を押し付ける。


「氷室さん?」


「気にしないでください。全部私のせいです」


「だから僕のせいだって」


「陽太君のせいにさせたのが私なの。だから私のせい」


「違うもん」


「そうなの」


 僕と氷室さんはお互い譲らず見つめ合う。


「じゃああれやれば」


 影山さんが唐突に言い出す。


「あれ?」


「最初に遅刻してきた時の」


「あ、あれね」


「うん。じゃあ、本田さん」


「「ごめんなさい」」


 僕と氷室さんは一緒に座り込んでる本田さんに「ごめんなさい」をした。


「あ、いえ。こちらこそすいませんでした」


 本田さんが正座に座り直して頭を下げてきた。


「ここに居る人はみんな分かったでしょ。日野君がいつも優しいからって調子に乗ったら駄目だって」


「そうだな。氷室のことを馬鹿にしたり、氷室に迷惑をかけたりなんかしたらどうなんのか」


 影山さんと明月君が教室に居る人達に聞こえるように言う。


「ほんとにね。特に氷室さんに未だに告白なんてしてる人は気をつけないとね」


「そうだな。氷室に迷惑をかけて尚且つ二人の時間を邪魔してんだからな」


 僕は氷室さんが告白されたからって怒ったりはしない。


 ただモヤモヤするだけだ。


「日野、本田。職員室来い」


「呼ばれちゃった」


「私も」


「氷室さんは待ってて。終わったら慰めてね」


「うん! 嫌って程慰める」


 少し冗談で言ったんだけど、慰めてくれるのなら嬉しいからいいや。


「本田さん、行こ」


 僕は本田さんに手を差し伸べる。


「え?」


「本田さん。これが陽太君だから、いちいち驚いてたら疲れるよ」


「本田さん?」


「なんかほんとにごめんなさい」


 本田さんはそう言うと、僕の手を取って立ち上がる。


「行こー」


 僕は本田さんの手を握ったまま先生のところに行く。


「ちょっと待ってよ、手」


「また倒れちゃったら大変だよ?」


「いや、氷室さんからの視線が痛いの」


 そう言われたので氷室さんを見ると、笑顔で手を振っていた。


「いつもの優しい氷室さんだよ?」


「いや、うん。そうだね……」


 なんだか分からないけど、僕は本田さんの手を引いて先生の元に向かう。


 それを見た先生に「喧嘩してたんじゃないのかよ」と言われた。


 別に喧嘩してた訳じゃない。


 ただお互いに言い過ぎただけだ。


 今回は僕もやり過ぎたからいいけど、多分そうじゃなかったら許せていないと思う。


 でも今回のことで良かったことが二つだけある。


 なんでかは分からないけど、氷室さんの告白される回数が激減して、お話する時間が増えたことだ。


 それは良かった。


 先生には怒られたけど。


 でもその後には氷室さんによしよしされたから別にいい。


 明日は本田さんをちゃんと案内しようと思う。


 その時は氷室さんも一緒に。

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