第21話 氷室さんと花火大会

「起きて、陽太君」


「うん。おはよう、氷室さん」


 今日は夏休み最終日。


 そして夜に僕と氷室さんと影山さんと明月君の四人で花火大会に行く予定だ。


 だからなのか氷室さんは朝から楽しそうだ。


「冷実さんってまだこっちに居るんだよね?」


「うん。大学の夏休みは高校より長いから」


「じゃあ冷実さんにまだ会えるんだ」


 せっかく仲良くなれたのに、もうお別れなんて悲しいから良かった。


「それだけどね。お姉ちゃん、来年からこっちに戻って来るみたいだよ」


「そうなの?」


「うん。お姉ちゃんが一人暮らししてたのって、お姉ちゃんは生活力を付けるためだと思ってるけど、本当は対人スキルを付ける為なんだよ」


「対人スキル?」


「そう。お姉ちゃんって人見知りが凄すぎて、人混みに行くと倒れることがあるの。だからお父さんとお母さんがそれを克服させる為に人が少ないところに一人暮らしさせてるの」


 人混みで倒れるのなら一人暮らしなんて危ないのではないかと思うけど。


「それじゃあ冷実さんは対人スキルを付けられたの?」


「陽太君から見てお姉ちゃんってコミュ障に見える?」


「ううん。冷実さんは話しやすい人だよ?」


「つまりそういうこと。知らない人で慣らすより、陽太君と一緒に居た方がお姉ちゃんは人慣れしやすいんじゃないかって」


「じゃあ来年からは冷実さんもお隣さん?」


「そう。お姉ちゃんもよろしくね」


「うん!」


 それはとても嬉しい。


 冷実さんとはもっといっぱいお話したいことがあるから。


「でも大学ってここから近いの?」


「電車で三駅」


「じゃあ全然通えるんだ」


「お父さんとお母さんの本心から言えば、お姉ちゃんを一人暮らしなんてさせたくないんだよ。危ないから。でも大学を卒業して社会に出たら嫌でも人とは関わらなくちゃいけないからって一人暮らしさせてるの」


 だから夏休み丸々実家で暮らしているようだ。


「って、お姉ちゃんの話はいいんだよ。ちなみに陽太君は夏休みの宿題終わってるよね?」


「うん。氷室さんと一緒にやってたから」


 中学までは夏休みの宿題はやろうとはしてたけど、睡魔に勝てずに半分しか終わらせることが出来なかった。


 それでもそうなるのが分かっていたから、提出期限を考えてやっていたので間に合ってはいた。


「良かったよ。せっかくの花火大会なのに夏休みの宿題が終わってないから行けないとかにならなくて」


「うん。でも影山さんは大丈夫かな?」


 プールに行った時に影山さんは、夏休みの宿題に手を出していないと言っていた。


「明月君がいるし大丈夫でしょ」


「そうだよ、あ、電話だ」


 僕達が話していたらその明月君から電話がかかってきた。


「まさかね」


「うん、出るね」


『先に謝る。すまん』


 僕が電話に出たらいきなり明月君に謝られた。


「えっと」


『静玖の奴が大丈夫とか言うから信じてたら宿題が半分以上残ってた』


「え、じゃあ」


『本当にすまない。俺は静玖の宿題を見るから二人で花火大会に行ってくれ』


 僕は氷室さんと視線を合わせる。


『やぁだ、私も行くー』


『駄々こねんな。お前が大丈夫って言ったから信じたんだぞ』


『だって、日野君と氷室さんは一緒に宿題やってるって言ってたのに良君はやってくんなかったんだもん』


『俺だって忙しいんだよ。分かるだろ』


『分かるけどさぁ』


 電話の向こうで言い合いが始まってしまった。


『とにかく俺と静玖は花火大会には行けない。本当にすまない』


「ううん。明月君と影山さんも頑張ってね」


『がんばる……』


『ほんとに頑張れよ。とにかくごめん。じゃあ』


 明月君はそう言って電話を切った。


「氷室さん」


「聞こえてた。二人が行けなくなったんでしょ?」


「うん」


「じゃあいつも通りお話でもしますか」


 氷室さんが笑いながらそう言う。


「氷室さんは花火大会行きたいんでしょ?」


「私は別に」


「嘘はやだよ」


 氷室さんとは嘘はつかない約束をした。


 これからも仲良しでいる為に。


「……行きたい。今日の為に浴衣も買ったんだ。だから行きたいよ。でも陽太君は?」


「僕は氷室さんと一緒に居たい。氷室さんが花火大会に行くのなら僕も一緒に行きたいよ」


「本当に? 無理してない?」


「うん。氷室さんと一緒に居ていい?」


「うん! 一緒に行こ」


 さっきまでの作られたような笑顔とは違って、今の笑顔はいつもの氷室さんの笑顔だ。


 やっぱり氷室さんはこの笑顔が一番いい。


「冷実さんは人がいっぱい居る所は駄目なんだよね」


「そうだけど、この流れでお姉ちゃんを誘おうとする?」


「みんな一緒なら楽しいかなって」


 良かれと思って言ったことだけど、氷室さんが少し怒ったように言うので少し申し訳なくなる。


「ごめんて。違うの。えっと、私は陽太君と二人で行きたかったの。駄目?」


「ううん。氷室さんとならなんでも楽しいもん」


「それは良かったです」


 氷室さんがそっぽを向いて敬語になる。


 たまにこうなるけど、なんなのかが分からない。


「じゃあ四時ぐらいに出るとして、三時ぐらいまではお話してよっか」


「うん」


 今日は何の話をしようか考えていたら、氷室さんが僕をじっと見てくる。


「陽太君、まだ朝ごはん食べてないでしょ」


「あ、そうだった」


 氷室さんとのお話が楽しくて朝ごはんを食べてないのを忘れてしまう。


 いつも氷室さんがこうして教えてくれている。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 そして僕は朝ごはんや着替えなどの準備を済ませてから氷室さんの居る部屋に戻り、そこで時間までお話をしていた。




「もう、陽太君一時間だけなんだから起きててよ」


「あ、寝てた。ごめんね氷室さ、ん」


 絶対に寝ないようにとベッドに背中を預けて座っていたのに、いつの間にか眠っていた。


 そして起きて最初に氷室さんを見て、少し驚く。


「どうよ」


「綺麗」


「可愛いだと思ってたからそっちを警戒してたのに」


「あ、氷室さんは可愛いよ。でも浴衣を着た氷室さんは綺麗だなった」


 浴衣姿の氷室さんが綺麗で最初は言葉が詰まった。


 氷室さんの浴衣は淡いピンクで朝顔? がいっぱい描かれている。


「ピンクで思い出したけど、氷室さんってピンクのハンカチ持ってたよね?」


「うん」


「じゃあ氷室さんにあげたハンカチって色同じだったよね。ごめん」


「え、いいよ全然。陽太君からのプレゼントは別だし。それに今はピンクが私の中でトレンドだから、むしろありがとうだったよ」


「なら良かった」


 いつもならここで氷室さんの言葉が本心か聞くけど、もうしないことにした。


 僕は氷室さんの言葉を全部信じる。


「それじゃ行こっか」


「うん」


 僕は立ち上がって氷室さんの手を握る。


「もうナチュラルに手を繋ぐよね」


「氷室さんを守らないとだから」


「それって誰かに言われた?」


「冷実さん」


「あやつ……、まぁいいか」


 氷室さんが一瞬怒ったように見えたけど、僕と繋いだ手を見たらすぐにいつもの氷室さんに戻った。


 そして僕達は手を繋いで花火大会の会場に向かった。




「人多いね」


「夏の終わりだからかな?」


 僕は花火大会や夏祭りなんかにも来たことがないから、こんなに人が多いなんて知らなかった。


「そういえばお姉ちゃんのことは誘おうとしたけど、明莉ちゃんは誘わないんだね」


「明莉も人が多い所は駄目なんだ。だからこんなに人が居るならすぐ帰りたくなったと思う」


 明莉は学校のクラスの人数でも駄目なくらいに人混みが駄目だ。


 だから僕達は家族でどこかに出かけたこともない。


 それは多分、僕がずっと寝てるからというのもあって。


「だから氷室さんと出会ってからは初めてがいっぱいなんだ」


「私もだよ」


「そうなの?」


「うん。陽太君には色んな初めてを貰ってる。ほんとにありがと」


 氷室さんが握る手に力を込めて笑顔で言う。


「やっぱり可愛いより綺麗だね、今日の氷室さん」


「そういう不意打ちやめろし。もう行くよ」


 顔が赤くなった氷室さんに手を引かれながら僕は色んな屋台を見る。


 名前は聞いたことはあるけど、全部見るのは初めてだ。


「帰りは遅くなるだろうし、何か食べる?」


「うん」


「でも屋台ご飯って高いんだよね」


 確かに、コンビニで買った方が安いんじゃないかと思ってしまう。


「お好み焼きとかはお腹いっぱいになりそうだけど、女の子的には却下だし。陽太君は何か食べたいのある?」


「うーん。あ、金魚」


「金魚は食べないでよ」


「違うよ。金魚すくい」


 親が子供にやらせたくないものとして前何かで見た。


「ほんとだ。やる?」


「いい。飼えないだろうし」


「そう? じゃあ私一回だけやろうかな」


 そう言って氷室さんは金魚すくいの屋台に向かった。


「一回いいですか?」


「あいよ。ん、全く最近の若いのはいいねぇ、仲良しで」


「仲良しです」


「付き合ってないんで普通のくださいね」


 氷室さんがそう言うと、屋台のおじさんが笑いながらポイを変えて氷室さんに渡した。


「そういうのはかっこつけたい男の人にしてください」


「全くだ」


「どういうこと?」


「陽太君は分かんなくていいの」


 そう言って氷室さんは集中した。


 とても真剣に金魚の流れを見ている。


 そしてポイを水の中に入れて金魚をすくいあげる。


 けど、おわんに入る前に破れて金魚が逃げてしまった。


「あらら」


「それは普通のだからな」


「分かってますよ。残念、行こっか」


「僕も一回やりたい」


 氷室さんかやってるのを見てたら僕もやりたくなった。


「うん、頑張れ」


「いいですか?」


「もちろん。ほいよ」


「わぁ」


 初めて金魚すくいをやるから、ポイを持つのも初めてだ。


 なんだか感動する。


「この子、金魚すくい初めてですからね。そんな子に詐欺なんてしないですよね?」


「あ、当たり前だろ。初めてならポイをもう一枚使っていいぞ」


「やったー」


「なんかごめん」


 屋台のおじさんが僕にいきなり謝ってきた。


「ほら、陽太君。頑張って」


「うん」


 僕はとりあえず近場に来た金魚を狙ってすくいあげる。


「破れちゃった」


「それはしょうがないよ」


「嬢ちゃん怖いな。ほらもう一枚」


「今度こそ」


 僕に金魚すくいのやり方なんて分からないから、とりあえずすくう。


「あ、すくえた」


「マジか」


「すごいじゃん」


「やったよ、氷室さん」


 僕は思わず立ち上がって氷室さんの手を取って喜ぶ。


「うん、分かったから落ち着いて。ポイ破れちゃったから」


「あ」


 金魚すくいはポイが破れるまで続けられたのに、嬉しくてポイを雑に扱ったせいで破れてしまった。


「ほれ、おめでと」


「ありがとうございます」


 屋台のおじさんがなんだか気まずそうに金魚を入れた袋を渡してくれた。


「陽太君はこれが素なんです」


「ほんとごめんなさい。これからはバカップルだけにします」


「それもどうなんですか……」


 氷室さんと屋台のおじさんがよく分からない話をしている。


 でも分からないから僕は金魚を眺める。


「行こ、陽太君」


「うん」


「結局ご飯食べる時間無くなっちゃったね」


 今から場所を取らないと、立って見るのは当たり前として、見れなくなってしまうらしい。


「ごめん」


「いや、私がやりたいって言ったんだから」


「そうだ、これ」


 僕は金魚を氷室さんに渡す。


「え?」


「氷室さん欲しかったんじゃないの?」


「私は陽太君に金魚すくいを体験してもらいたかっただけだけど。くれるの?」


「うん。いらないなら返して来る」


「いる。育てる」


 氷室さんが繋いでない左手で金魚の入った袋を持つ僕の右手を掴む。


「じゃあ、はい」


「わぁ、ありがと」


 また氷室さんの綺麗な笑顔が見れた。


 それから僕達はもう既に結構な数の人がいる中に並んで立つ。


 そして花火が打ち上がるまで二人でお話をしていた。


 しばらく話していたら、遂に打ち上がる時間になった。


「始まるね」


「うん。ほんとにあっという間だった」


「氷室さんとお話してると時間はすぐ過ぎるから」


「陽太君」


 氷室さんが空を見上げながら僕を呼ぶ。


「何?」


「私ね、陽太君のこと……」


 そこで花火が上がって氷室さんがなにを言ったのか聞こえなかった。


 ただ分かるのは、氷室さんが僕の手を強く握ったということだけ。


 結局僕は花火を見ないで、氷室さんだけを見ていた。


 帰り道も、氷室さんはそのことには触れないでいたから、僕も何も聞かないで帰った。

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