第20話 氷室さんと共通点

「陽太君を起こさないでどれだけ話せるか大会スタート」


「氷室さん?」


「しゅーりょー」


「だから無理だって言ったのに」


 今日は氷室さんと冷実さんが二人で起こしに来てくれた。


 とりあえずベッドを下りる。


「陽太君って私の声に敏感過ぎなんだよ」


「氷室さんの声は寝ててもよく聞こえるんだ」


「うるさいって?」


「ううん。なんて言うのかな、氷室さんの声は真っ直ぐ届く感じ? 他の音とは違って一直線に来る感じかな」


 自分でもよく分からない。


 とにかく氷室さんの声は他の音と違ってよく聞こえる。


「お姉ちゃんにもそう聞こえるの?」


「多分陽太君限定かな。二人は糸電話で繋がってる感じなんじゃない?」


「そんな感じ。冷実さんの声もよく聞こえるけど、氷室さんが一番しっかり聞こえる」


 起きてる時は何も分からないけど、寝てると氷室さん(冷実さんも)の声しか届かない。


「お姉ちゃんは私と陽太君の糸電話に絡めてきた感じか」


「言いたいことは分かるけど、なんか嫌な言い方を」


「でもなんで私達なんだろうね」


「氷室って名字の人が起こせるのかな?」


 僕にも分からない。


 起こされて起きれるのは氷室さん達が初めてだから。


「お父さんとお母さんも陽太君を起こせたら氷室って名字の力になるけど」


「それはないよ。前に陽太君をお母さんが起こそうとしたけど起きなかったから」


 氷室さんはそう言うけど、僕にはそんな記憶がない。


(あ、寝てたからか)


「じゃあ私達に何かあるのかな?」


「陽太君から見て私達の共通点って何?」


「可愛い?」


 共通点と言われて最初に思いついたのがそれだ。


 でもそう伝えたら二人共深呼吸を始めた。


「言うとは思ったからギリギリ耐えれた」


「私達の共通点が可愛いなら妹さんも可愛かったよね」


「それに影山さんにも起こされてるから多分可愛いじゃない。陽太君、他には?」


「うーん。あ、お話してて眠くならない」


 僕は中学まで人と話す機会が少なかったけど無かった訳じゃない。


 でもその都度眠くなって寝そうになっていた。


 だけど氷室さんと冷実さんはそれがない。


「明莉ちゃんは?」


「明莉は眠くなるよ? だけど寝そうになったら無理やり起こしてくれるから寝ないけど」


「影山さんは?」


「分かんない。いつも氷室さんと居るから」


 影山さんとお話する時はいつも氷室さんも居るから分からない。


「うーん」


「どうしたの?」


 氷室さんが腕を組んで何かを考え出した。


「影山さんに試してもらおうかどうしようか考えてるの」


「なんで?」


「もしかしたら何か変わってるかもしれないから」


「……違くて」


 僕が言いたいのは、氷室さんはもう僕を起こしてくれないのかどうか。


 氷室さんにはいっぱい迷惑をかけてるから、僕を起こすのを他の人に任せたくなるのは分かる。


 でも僕はやっぱり……。


「澪、ちゃんと言わないと陽太君勘違いしてるよ」


「え? あ、違うよ陽太君。陽太君を起こすのは一生私だから。お姉ちゃんも駄目だからね」


「私が起こしに来てたのは澪が女の子してたせいでしょ」


「へぇ、お姉ちゃんは陽太君を起こすの嫌だったんだ」


「嫌じゃないよ。陽太君の澪への気持ちを沢山聞けてとても満足だった」


「陽太君、何を話したの?」


「ほんとに?」


「え?」


「ほんとにこれからも氷室さんが起こしてくれる? 何回も聞いてるけど、何回も聞くよ。僕は氷室さんに起こしてもらいたいから」


 僕は氷室さんの指をにぎにぎしながら氷室さんに聞く。


「やっぱり駄目?」


「陽太君、澪は今陽太君と話せる状況じゃないから私が言うね。澪が知りたかったのは、陽太君を起こせるのは誰なのかを探って、その人達に釘を刺したかっただけなの。陽太君を起こしていいのは私だけって」


「ほんと?」


「ほんと」


 僕は嬉しくなって氷室さんの手を握る。


「氷室さん大好き」


「これがオーバーキルか。澪大丈夫かな」


「氷室さん?」


 氷室さんの顔が真っ赤で、僕が顔を見ようとしたら俯いてしまった。


 氷室さんの頭が目の前にきて一つ思い出す。


「髪留め……、あ」


「どうしたの、陽太君」


 僕は氷室さんから手を離して机に向かう。


 そして引き出しから二つの包みを取り出す。


「これは冷実さんで、こっちが氷室さん」


「え?」


「起こしてくれたお礼」


 前に氷室さんにあげた髪留めを見て思い出したけど、この前プールに行った帰りにみんなで雑貨屋さんに行った。


 そこでそういえば氷室さんと冷実さんに起こしてくれたお礼をしてなかったと思い出した。


 氷室さんにはいつか助ければいいと言われたけど、冷実さんだけにあげるのもあれかと思ったから氷室さんの分も買った。


「お礼って、澪が毎日付けてるこの髪留めも確か陽太君が起こしてくれてるお礼にあげたんだっけ?」


「そう、しかも誕生日に。教えてなかったんだよ? ほんとに嬉しかった」


 さっきまで固まっていた氷室さんがとても嬉しそうに冷実さんに言う。


「陽太君のことだから、お姉ちゃんだけにあげるのは駄目だって思った?」


「うん。氷室さんを助けるって言ってもそれはいつか氷室さんが困らなきゃいけないんだもん。僕はそんなの嫌だから、こうしてプレゼントもあげていい?」


「正直に言うと、陽太君から何か貰うのは嬉しいから貰えるなら貰いたいよ。でも無理にあげようとか思わないでいいからね」


「無理なんかしてないよ? 僕は氷室さんと冷実さんにいっぱい感謝してるんだから」


 だからこんなプレゼント一つで氷室さんと冷実さんへのお礼が足りるなんて思ってはいない。


「他にも何かして欲しいことがあったら言ってね。僕に出来ることならなんでもするから」


「なんでも……」


「澪、陽太君はほんとになんでもしちゃうから変なことは言ったら駄目だよ」


「わ、分かってるし。ただ私が起こしたらお返しに頭を撫でてとか思っただけだし」


「そんなことでいいの?」


 僕は氷室さんに近づいて頭を撫でる。


「はぅ」


「澪は陽太君と居ると可愛い顔をいっぱい見せたくれるなぁ。推しカプの話を延々としてたとある人、私もやっと気持ちが分かったよ」


「お、お姉ちゃんって大学で話す人居るの!?」


「い、居るよ。あ、当たり前じゃない。それより続きをして。邪魔をしたのは私だけど」


 冷実さんがとても慌てていたけど、僕は気にせず氷室さんの頭を撫で続ける。


「男の人?」


「だから私のことはいいの。男の人だったと思うけど」


「気をつけてよ。お姉ちゃんは外面だけはいいんだから、それに引き寄せられる男はいっぱい居るでしょ」


「居るけど。外の性格だと、断るのも簡単だからそんなに困らないよ? でもその人は諦めてくれなくて」


「冷実さんの外の性格って、僕が初めて会った時の?」


「そう。男の人ってああいう簡単に騙せそうで顔がいい人大好きだから」


「偏見が過ぎるよ。まぁ私もそう思ってるからあの性格にしたんだけど」


 冷実さんと初めて会った時は覚えている。


 僕とは縁遠い存在の人に見えた。


「僕は今の冷実さんが好きだけど、それって僕が変なの?」


「陽太君は人を見かけで判断しないいい子なの」


「私も陽太君みたいに素の私を好きって言ってくれる人が好きかな」


「お姉ちゃん?」


「澪、怖いよ。安心して。私は陽太君みたいな人が好きだけど、陽太君と澪の関係を見てるのがもっと好きだから」


 冷実さんも氷室さんの頭を半分だけ撫で始めた。


「なんか子供扱いしてない?」


「してないしてない。可愛い澪の頭を撫でたくなったの」


「僕は氷室さんの頭を撫でてるのが好きだから」


「陽太君。私プレゼント開けたい」


「いいよ」


「ちょっと撫でるのやめて」


「……うん」


 僕は渋々手を退ける。


「お姉ちゃんもいつまでやってんの。一緒に陽太君のプレゼント開けるよ」


「もう、せっかちさんなんだから」


「ありがとうをちゃんと言わなきゃ駄目でしょ」


「その通りです」


 冷実さんが氷室さんに頭を下げる。


 そして二人は僕のあげたプレゼントの包みを開けた。


「ハンカチだ」


「うん。氷室さんのこと考えたらハンカチか出てきたから」


 僕が泣いた時にはいつも氷室さんがハンカチを貸してくれる。


「これってパステルピンクだよね」


「多分。なんか氷室さんっぽいなって思ったから」


「絶対水着の色でしょ」


「だからか」


 なんかあのハンカチを見た瞬間に「これだ!」って思った。


 よく見れば、氷室さんの着ていた水着の色に似ている。


「ここでエッチーとか言った方がいいのかもしれないけど、嬉しさしかこないや」


「良かった」


「お姉ちゃんはさっきからなんで固まってるの?」


 冷実さんにもハンカチをあげた。色は薄緑。氷室さん曰くパステルグリーン。


「いや、前にね。ハンカチをあげる意味を調べたことがあって。それで意味が自分のものにしたいとかだったから……ね」


「お姉ちゃん最低」


「分かってるよ。陽太君にそんな意図は無いってことは。でも思っちゃったんだからしょうがないじゃん」


「嫌だった?」


 要するに冷実さんはハンカチをプレゼントされたのが嫌だったのだろうかと、不安になる。


「違うよ、嬉しいって意味ね。返さないから」


「氷室さんと同じこと言ってる。でも良かった」


 氷室さんに髪留めをあげた時も「返さないから」と言われた。


「そういうところが共通点?」


「なんか違う気がするけど、そんなのかな?」


「まぁ姉妹ってことでいいよ」


 とにかく二人が喜んでくれたようなので良かった。


 次はどんな物をあげようかと、僕の方も楽しみだ。

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