第15話 氷室さんとなでなで

「陽太君、今日はもう授業ないから起きて」


「あ、そうだった」


 テストが終わって、夏休みまで後一週間を切った。


 だからもう授業は半日で終わる。


 その事を忘れて寝てしまっていた。


「陽太君って授業終わったら教科書片付けて、次の授業の教科書出したら流れるように寝るよね」


「うん。準備をしてから寝ないと氷室さんとお話する時間減っちゃうし」


「そういえば陽太君、体調大丈夫?」


「うん。元気」


 僕は自分の手で自分のおでこを触って熱を確認するけど、特に高いとも思わない。


「そういうのは自分じゃ分からないの」


 氷室さんがそう言うと、僕のおでこに手を当てた。


「うん、平熱だね」


「氷室さんの手、気持ちいい」


 氷室さんの手はひんやりしていて気持ちいい。


 許されるのならこのままずっと手を当てていてほしい。


「教室でいちゃいちゃするのそろそろやめたら?」


「いつもだけどクラスの奴ら、引いてるのもいるぞ」


 氷室さんが僕の熱を測っていたら、影山さんと明月君が呆れた顔をしながらやって来た。


「だからいちゃいちゃなんてしてないよ」


「認めないのを知ってて言ってるからそれはいいや。それよりも、テストお疲れ様会やろーって話をしに来たの」


「お疲れ様会?」


「そう。良君の家でお菓子を食べたりお話したりするの。親睦会も兼ねて」


 氷室さんとは沢山お話しているけど、確かに影山さんと明月君とはあんまりお話をしていない気がする。


 テスト勉強の時も影山さんが本当に危な過ぎてお喋りをしてる余裕がなかった。


「じゃあ影山さんは赤点回避出来たんだ」


「うん。みんなのおかげで」


「一番は日野だよな」


「僕?」


 僕は特に影山さんの勉強を見たりはしていない。


 ただ自分の勉強を氷室さんに教えてもらいながらやっていただけだ。


「日野君が寝ないで頑張ってるのに私が『疲れたから休みたい』なんて言えないもん」


「僕も赤点取りたくなかったから」


「陽太君は今回何位だったの?」


「十七位」


 前回よりも少し上がった。


「じゃあ言う事聞くのはなしだ。でも私は一位だから」


「氷室さんは一位で尚且つ百点三つ以上だよ?」


「え、聞いてないんだけど」


「言ってないもん。今回はその話出なかったし」


 前回のテストでした約束。


 僕が十位以内に入ったら氷室さんがなんでも言う事を聞いてくれる。


 氷室さんは一位になったら僕がなんでも言う事を聞くという約束。


 でも氷室さんは前回のテストで二位の明月君に差をつけて一位になったので、それだと僕の条件だけが難し過ぎる。


 だから僕は勝手に、一位で尚且つ百点を三つ以上という条件をつけた。


「それなら僕の十位以内と難しさ同じでしょ?」


「今回二個しか百点取れてないのに」


「二個でもすごいよ」


 影山さんが引きつった笑いをしながら言う。


「氷室さんの一位は努力の成果なんだろうけど、すぐ追いつくから僕のわがまま聞いてくれる?」


「陽太君……」


「そういうのをいちゃいちゃって言うの」


「どこが?」


「見つめ合って今にもキスでもしそうな感じが」


「しないよ!」


 氷室さんが顔を真っ赤にして影山さんに言う。


 そして僕のことをちらっと見ると、すぐに顔を伏せてしまった。


「静玖、いじめてやるな」


「可愛くて、つい」


 影山さんが自分の頭に拳をこつんと当てながら言う。


「可愛こぶるな」


「可愛いって言いなさい」


「はいはい、静玖は可愛いな」


「えへへ、良君に可愛いっていってもらったぁ」


 影山さんが嬉しそうにして、頬を赤く染める。


 それを見た明月君は右手で自分の目元を押さえる。


「それで結局お疲れ様会はやるの?」


「やるー。今から良君家行こー」


「うん。氷室さん大丈夫?」


 僕はずっと机に突っ伏している氷室さんに声をかける。


「うん。ただちょっと泣きそうなだけ」


 氷室さんが顔を上げると、確かに少しだけ目元に涙が浮かんでいる。


「僕のせい?」


 僕は氷室さんの方に身体を向けて少し近づいてから聞く。


「ううん。誰のせいかって言ったら影山さんのせいかな?」


「日野君、怖い」


 影山さんのせいと聞いて、つい影山さんを睨んでしまった。


「陽太君、大丈夫だよ。悲しくて泣いてるんじゃなくて、恥ずかしくて泣いてるだけだから」


「本当に大丈夫?」


「う……うん、大丈夫じゃない。だから私のお願い聞いてくれる?」


「うん。影山さんを怒る?」


「やめて、私が本気で泣く」


 冗談半分で言ったつもりだけど、影山さんが本気で止めに入ってきた。


「ううん。影山さんには明月君に言ってもらうから大丈夫。だから、その、ね」


 氷室さんが僕と向かい合ってモジモジしだした。


「頭を撫でてほしい」


「うん」


 僕は立ち上がって氷室さんの頭を撫でる。


 前にも撫でたことはあるけど、氷室さんの髪はサラサラで撫でてる僕が気持ちいい。


「陽太君に撫でられるの好きぃ」


 氷室さんがにへらと笑い、とても可愛い。


「良君良君」


「なんだよ」


「これ、無自覚だと思う?」


「これは無自覚だろ。後で気づいて恥ずかしくなるやつか、これからも頼むかのどっちかかな」


「じゃあ私は後で気づいて恥ずかしくなるけど、この嬉しさを忘れられなくてまた頼むに一票」


 影山さんと明月君が何か話しているけど、よく分からないから今は氷室さんの頭を撫でることに集中する。


「氷室さん。後どれぐらいやる?」


「もう少しぃ。後五分ぐらい」


「長いな」


 明月君が驚いたように言う。


「私は可愛い氷室さん見れて楽しいからいつまでもいいけど」


「あ、影山さんは明月君からお説教されてて」


「なして!」


 氷室さんがそう言っていたのだからそうしてもらう。


「そうだな。静玖さ、二人には干渉し過ぎないようにするって自分で言ってたよな?」


「ほんとに始まった。はい、言いました」


「じゃあなんであんなこと言った?」


「だって日野君と氷室さん見てたら構いたくなるでしょ!」


「いや、知らんけど」


 明月君による影山さへのお説教が始まった。


 教室に居た人達が「天国と地獄」なんて言っているような気がした。




「満足。ありがとう陽太君」


「うん。氷室さんが元気になってくれてよかった」


 あれから十分ぐらい頭を撫でていた。


 五分でやめようと思ったけど、気がついたら十分も経っていた。


「ところで影山さんはなんで明月君に抱きついてるの?」


「分かんない」


 今影山さんは明月君をホールドする形で抱きしめている。


「今静玖は傷心中。俺から何か言われるといっつもこうなるんだよ」


「何か言ったの?」


「氷室はすごいな。ほんとに頭を撫でられてることだけに集中して、他は何も見えてなかったのか」


「陽太君の頭なでなではそれだけの力があるんだよ」


 僕にはそんな力はない。


 でも前に明莉の頭を撫でた時もお互いに時間を忘れて、お母さんがご飯で呼びに来るまで一時間ぐらい頭を撫で続けていたことはある。


「明月君も影山さんにしてみたら? 傷の治りが早いかも」


「俺の腕は今動かせる状況にない」


 明月君がそう言うと影山さんが腕を離して明月君の腕を解放してからまた抱きついた。


「こいつ」


「ほら、影山さんもして欲しいって」


「頭撫でたぐらいで治るなら苦労はないだろ」


 明月君はそう言って影山さんの頭を撫でる。


「これは確かにいい」


「マジかこいつ」


 影山さんが復活したようだ。


「好きな人にされるなでなでは格別ってことだね」


「つまり日野がすごいんじゃないと」


「んー。良君嫉妬しないでね」


 影山さんが明月君から離れて僕の前に来て、しゃがんだ。


「日野君、撫でて」


「いいの?」


 僕は明月君に確認を取る。


「静玖がして欲しいって言ってるんだからいいだろ」


 とは言いつつも、明月君は少し寂しそうだ。


「じゃあやるね」


 僕はそう影山さんに告げて頭を撫でる。


 影山さんの髪もサラサラで撫で心地がいい。


「なるほど。これはこれでいいですな。氷室さんの視線は痛いけど」


 確かに氷室さんがほっぺたを膨らませながらこちらを見ている。


「日野君は私と氷室さんのどっちの頭を撫でてるのが好き?」


「氷室さん」


「即答ですか。正解だけど少しショック」


 影山さんの頭を撫でるのも気持ちいいけど、やっぱり氷室さんが一番いい。


「とか言っていつまで静玖の頭を撫でてんだよ」


「そうだよ陽太君。女の子の頭は好きな人しか触っちゃ駄目なんだよ」


 明月君と氷室さんが影山さんの頭を撫で続けている僕に怒ったように言う。


 でも氷室さんは少し嬉しそうでもある。


「影山さんは僕のこと嫌い?」


「ううん。友達のことを嫌いになる訳ないじゃん。でもね日野君。そこじゃないんだよ」


「どこ?」


「氷室さんが日野君に頭を撫でさせたのはどうしてか最初に聞かないと」


「氷室さんは僕が嫌いってこと?」


 もしそうならとても悲しい。


「そうじゃないでしょ。撫でさせてくれたんだよ? それで氷室さんは好きな人しか頭は触っちゃ駄目って言ってるんだから」


「僕と氷室さんは仲良しってこと?」


「これはほんとに道のりが長そう、だ。日野君、私はこれからきっと怒られると思うんだ。もしその後に良君が慰めてくれなかったらまた頭を撫でてもらってもいい?」


「いいよ。影山さんの頭を撫でるの好きだから」


「はは。無自覚で火種を……」


 そうして影山さんは氷室さんに肩を掴まれて連れて行かれた。


 僕は僕でなんでか明月君に怒られた。


 よく分からなかったけど、影山さんが明月君に慰めにもらいに行ったら、断られたので、また僕が影山さんの頭を撫でたら今度は氷室さんに怒られてしまった。


 そして影山さんが復活したので、やっとみんなで明月君の家に向かった。


 その際に氷室さんの機嫌がよくなかった。


 僕は明月君の家に向かう癖で氷室さんの手を握ったら「これで許されるなんて思わないでね」と言ってそっぽを向かれてしまった。


 でも氷室さんの手が僕の手をにぎにぎしてきていたので、少し機嫌が直ってくれたようだった。


 そして明月君の家に着いて明月君の部屋でお疲れ様会と親睦会を帰りの途中で買ったお菓子を食べながらした。


 そこで話したのはこれから始まる夏休みについてのことだった。

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