第11話 氷室さんと体育祭

「陽太君見つけた」


「ん、氷室さんだ」


 今日は体育祭だ。


 でも僕は今校庭の隅っこの日陰になっている所で涼んでいたら、いつの間にか眠っていたらしい。


「もう。私の競技見てた?」


「うん。百メートル一位だったね」


「見てたなら許す」


 氷室さんはそう言うと僕の隣に座った。


「クラス席は嫌なの?」


「暑くて。それに寝てたら怒られそうだから」


「そりゃね。陽太君って確か玉入れだよね」


「うん。走るの苦手だから」


 僕は氷室さんと違って運動が得意ではない。


 だから個人の競技でも走ったりするものでもない玉入れにした。


「氷室さんはすごいよね。勉強も運動も出来て」


「最初から出来た訳じゃないよ。ちょっとした高校デビューってやつで」


「だったらもっとすごいや。いっぱい頑張ったんだね」


 頑張ることの出来る人はすごいと思う。


「氷室さんは頑張る天才だね」


「……ほんと陽太君だよね。影山さんのせいで意識しちゃうじゃん」


 氷室さんが僕とは反対の方を見ながら言う。


「氷室さん?」


「なんでもないよ。ありがとう。そういえば影山さんは借り物競争に出るって言ってたよね」


「うん。好きな人を引いて明月君を連れてくって」


「ほんとにそんなの書いてあるのかな」


 漫画やアニメならそういうのもあるだろうけど、実際は判定する人が難しいからないと思う。


「あれって引き直しとか出来るの?」


「どうなんだろ。出来なかったらゴール出来ない人が出てきそうだけど」


「友達って書いてあったら氷室さんと会う前の僕ならゴール出来ないや」


「私もだよ。でも多分そういう人は借り物競争に出ないよね」


「それもそうだね」


 借り物競争をやるにはそれなりに交友関係を広げないといけないようだ。


「で、問題の借り物競争が始まるよ」


「ほんとだ。影山さんがいる」


 スタートラインを見ると影山さんが立っているのが見える。


「陽太君目いいね」


「そう? 影山さんが目立つんじゃない」


「どこを見てそう言ってるの?」


「影山さんってキラキラしてない? いつも元気で」


「邪推してごめんなさい」


 氷室さんが何故か僕に頭を下げてきた。


「氷室さんたまに頭を下げるけど、どうしたの?」


「悪いことをしたら頭を下げるものでしょ」


「うん」


 結局よく分からないけど、氷室さんがそれでいいのなら何も言わない。


「あ、始まった」


「影山さん好きな人引けるかな」


「さすがにそんな露骨には書いてないだろうから、あっても大切な人とかじゃない」


 そんなことを話していると、影山さんが僕達のクラスに走って来た。


「うちのクラスの誰かかな」


「明月君のは引けなかったんだね」


「そうだね」


「ひーのーくーん」


 僕達がのんびりお話していたら、影山さんが大声で僕の名前を呼んだ。


「借り物陽太君じゃん」


「僕?」


 僕は慌てて立ち上がって影山さんのところに向かう。


「あ、日野君いた。来て」


「わわっ」


 影山さんが僕の手を引いて走り出す。


 いきなりだったから転びそうになったけど、なんとか踏みとどまった。


 そして僕は影山さんの後に続いて走り出す。


「何引いたの?」


「んーと、内緒」


 もう既にゴールしている人がいるけど、引いたお題は発表されているから隠す意味はない気がする。


「ゴール」


「影山さん、お題の判定してもらわないと」


「あ、忘れてた」


 影山さんはそう言うと判定の人にお題の紙を渡す。


「お題はです。これはもう見れば分かるからセーフで」


 判定の人が僕と影山さんの繋がれた手を見て言う。


「仲いいもんね」


「うん。でもなんで僕なの?」


 仲がいいなら、明月君でも氷室さんでもいい。


「良君は仲がいいで連れて来たくなかったの。だから氷室さんか日野くれで悩んだ結果、ちょっといじわるで日野君にしたの」


「いじわる?」


「戻ったら分かるよ」


 影山さんがそう言ってどこか含みのある笑顔を向けてきた。


 そして全員ゴールしたタイミングで僕と影山さんは氷室さんの元に戻る。


「日野君借りちゃってごめんね」


「それはいいけど、いつまで手を握ってるつもり?」


 さっき手を離そうとしたら「もう少し待って、良君に嫉妬させるから」と言われたから手は握ったままだけど、何故かその前に氷室さんの所に来た。


「日野君とは仲良しだから手を繋ぐぐらい普通でしょ?」


「普通じゃない。私だって一回しか繋いだことないのに」


「……ほんとに?」


 影山さんが何故か僕に聞いてくる。


「うーんと。そうだね」


 その一回も僕が寝ぼけて繋いだやつだ。


「……じゃあ離したらもう一回繋がなきゃだから。ちょっと良君のとこ行ってくる」


「居るよ」


「わっ、良君。なになに日野君と仲良さそうにしてるから心配になった?」


「お前が日野達に迷惑かけてるだろうから見に来たんだよ」


「つーん」


 影山さんが明月君を無視してそっぽを向く。


「お前なぁ」


「つーん」


「……静玖」


「なーに良君」


 明月君が名前を呼んだ途端に影山さんの表情がぱぁと明るくなった。


「あんまり二人をからかうなよ。そのせいで関係崩れたら責任取れるのか?」


「からかってるつもりはないけど、ごめんなさい」


 影山さんはそう言うと、僕の手を離して明月君に抱きついた。


「謝る相手は?」


「日野君氷室さんごめんなさい」


「なにが?」


「陽太君は分かんないだろうから気にしないでいいよ。私も別にいいよ。なんとなく言いたいことは分かるから」


 僕には何も分からない。


「良君、許してもらえた」


「良かったな優しくて」


 明月君はそう言いながら影山さんの頭を撫でる。


「えへへ」


「二人、と言うか明月君って影山さんに優しくなったんだね」


「良君は元から優しいよ!」


「それは見てたら分かるけど。もっと素直じゃなかったと言うか」


「お前は結構素直に言うな」


 そう、氷室さんは素直ないい人だ。


「なんで日野が誇らしげなんだよ」


「良君ね、私のこと大好きなの」


「お前は変なことを言うな」


「つーん」


「静玖」


「はーい」


 なんだか見てて楽しくなってきた。


「影山さんって明月君と居る時十割増しぐらいで可愛いよね」


「ほんとー。良君もそう思う?」


「知るか」


「ぶー。じゃあ日野君は?」


「うん、いつもより可愛い」


(あれ?)


 なんだか急に寒くなってチクチクする気がする。


「おい日野」


「何? 明月君」


「俺はお前のことをそんなには知らないから言うけど、手を握ったぐらいで変なことを思うなよ」


「変なこと?」


「良君はね『一回手を繋いだぐらいで俺の静玖がお前に気があるとか思うなよ』って言いたいの。良君は可愛いんだから」


 影山さんはそう言うと明月君の頭を撫でる。


「やめ、違う。俺はただ、だからやめろ」


「あ、氷室さんも日野君が私のこと可愛いって言っただけでそんなに気にしたら駄目だよ」


「なんの事かな?」


 氷室さんの笑ってない笑顔。


 この時の氷室さんは少し怖い。


「氷室さん」


 僕は氷室さんの手を握る。


「え、陽太君?」


「僕のせい? 氷室さんにそんな顔させたのって」


「え、いや違う……くもないけど」


「ごめんなさい。氷室さんにそんな顔させたくなかったのに。ごめんなさい」


「いや、その。大丈夫だよ。だからね、あの手を」


 僕は握る手の力を強くする。


「もうそんな顔させない。氷室さんにはそのままの笑顔でいてほしい」


「あ、その、善処します」


 氷室さんの顔が真っ赤になっている。


「氷室さん顔真っ赤だよ。熱?」


 僕は氷室さんのおでこに自分のおでこを当てる。


「今は駄目、です」


「熱いよ。保健室行こ」


「大丈夫です。ほんとに」


「でも」


「日野君。これはね、保健室じゃ治らないの。それにこれは伝染病だから程々にね」


「糖分過多だろ」


 みんなは普通にしてるけど、保健室で治らないなら尚更早くどうにかしなければいけない。


「保健室で駄目なら病院行かないと」


「陽太君、落ち着いて。とりあえず手を離してみて」


「でも」


「大丈夫だから、ね」


 氷室さんが言うならと、僕は手を離す。


「これはあれだね。陽太君に嫉妬するより自分の身を気にした方がいいね」


「全くだ」


「二人共日野君を甘く見すぎなんだよ」


「ほんとね。ふぅ、熱引いてきた」


 確かにだんだん氷室さんの顔から赤みが消えていく。


「大丈夫? 氷室さん」


「うん。心配かけてごめんね」


「ううん。氷室さんがなんともないなら良かった」


「これで分かったでしょ。日野君は氷室さんしか興味無いんだよ」


 そんなことはない。確かに一番は氷室さんだけど、影山さんも明月君も大切な友達だ。


「もう分かりました。陽太君はもう準備の時間だからいってらっしゃい」


「あ、ほんとだ。いってきます。無理したら駄目だよ」


 僕はそう言って玉入れの集合場所に向かった。


 最後に氷室さんの殺した叫び声が聞こえたような気がした。

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