第10話 氷室さんと告白
「陽太君、起きて」
「……また寝ちゃった」
僕が熱を出してから少し経って、今もいつも通り氷室さんに起こしてもらっている。
お母さんから聞いた話だけど、僕は睡眠時間がいつもより減ると体調を崩すらしい。
だから入試の時と今回のテスト勉強で睡眠時間を削ったから熱を出したみたいだ。
だからと言って、テスト勉強の時間を削る訳にもいかないからどうしようもない。
そのせいなのか氷室さんが僕を出来るだけ寝かせようと、休み時間に起こすのをギリギリにするようになった気がする。
僕のことを思ってくれてるのは分かるけど、僕は氷室さんとお話する時間が減って嫌だ。
だから寝ないように頑張っても結局寝てしまう。
「陽太君は気にしないで寝てていいんだよ」
「氷室さんとお話したい」
「嬉しいけど、また熱出したら嫌でしょ」
「そうだよね。氷室さんに迷惑かけたのにまた同じことしたら駄目だよね」
それは分かってる。でも、それでも……。
「その目よ。家ではちゃんと寝てよ」
「うん!」
「負けた」
やっと胸のつかえが取れた感じがする。
「でも次体育だった」
「氷室さんのいじわる」
「私のせいじゃないじゃん」
氷室さんのせいじゃないのは分かってる。
ただこれからも氷室さんとお話が出来ると思ったら嬉しくなっちゃっただけだ。
そして最近長くお話が出来る唯一の時間のお昼になった。
「やっぱりいじわる」
「体育の後がお昼だったんだからしょうがないじゃん」
「次は起こしてくれる?」
「起こすよ。私だって陽太君と話したいこといっぱいあるんだから」
氷室さんがそう言って、可愛い笑顔を向けてくれる。
「ねぇねぇ良君。私達もあんな風に甘々な関係やろうよ」
「無理だろ。だいたいお前がこんな風に出来ないだろ」
「おぉ、自分には出来るみたいな言い方だね。試しにやる?」
「うるさい」
僕と氷室さんが話していたら、いつの間にか影山さんと明月君が来ていた。
二人とは最近一緒にお昼ご飯を食べている。
「影山さん。追試大丈夫だった?」
「うん。良君が手取り足取り教えてくれたから」
「ほんとに苦労した。いくら教えても理解しないし、俺で遊ぶし」
「でも最後はご褒美の約束でちゃんと覚えたでしょ」
「ご褒美の内容はあれだけど、あっさり覚えやがって」
明月君の名前をどこかで見たことがあると思ったら、張り出されたテストの順位表に氷室さんの次に名前が書いてあった。
氷室さんが圧倒的だったけど、明月君も三位と差をつけていた。
「ご褒美って?」
「それはねー」
「言うな」
明月君が影山さんの制服の襟を掴んで止める。
「え、もしかしてそういうやつ?」
「良君は分かりやすいんだから」
「断じて違う」
「ご褒美……」
僕は自分のを思い出す。
せっかく氷室さんが部屋に招いてくれたのに、熱を出して倒れたせいで全部台無しにしてしまった。
「陽太君、気にしないの。私のせいでもあるんだから」
「あぁ、熱のやつ?」
「そう。あれテストで陽太君が五十位以内取ったことの、まぁご褒美みたいなやつの途中で熱が出ちゃったから」
「そっか。ちなみにどんなご褒美?」
影山さんが目をキラキラさせているように見える。
「それを聞くなら影山さん達のも教えてよ」
「私は全然いいよ」
「いい訳ないだろ」
影山さんは気にしてない様子だけど、明月君がどこか恥ずかしそうにしている。
「そんなに恥ずかしいの?」
「わざわざ人に言うことじゃないだろ」
「ただ抱きしめてもらっただけじゃん」
「ほう」
「あ」
影山さんが言った途端に周りの人の声が消えた。
そして明月君が目元を右手で押さえる。
「ごめんなさい良君。でも氷室さんと日野君ならそれぐらいいつでもやってるだろうし」
「いつもはやってないよ!」
「ならたまにはやってるんだぁ」
「違、くもないからなんとも言えないけど。あれは事故というか、陽太君が寝ぼけて、そう寝ぼけて」
氷室さんはこう言ってるけど、僕にはそんな記憶ない。
やったことがあるとしても、手を引いて僕の隣に寝かせたことぐらいだ。
「寝ぼけて。つまりお家に起こしに行ってあげてると?」
「あげて、ますけど?」
氷室さんが少し怒ったように言い返す。
「毎日?」
「それが何か?」
「ずるい。良君も毎日家来てよ」
「遠いだろ。それに俺が行くよりお前が来た方が学校近いだろ」
「それは私に通い妻してほしいってこと? 照れちゃう」
「はぁ」
頬に手を当てながら照れる影山さんを明月君がまた目元に右手を当てて呆れたようにしている。
「つまり二人も家に行ったことがあるんだ」
「あるよー。良君のお家はね、おっきかった」
「勉強教えるのに家が一番楽だっただけだ」
「それでご褒美も家で」
「うん。良君とっても優しく抱きしめてくれたの」
影山さんがとても嬉しそうに話す。
明月君は顔を真っ赤にして顔を逸らす。
「初々しい」
「氷室さんと日野君は付き合って何年か経った感じの安心感があるよね。まだ二ヶ月ぐらいしか経ってないのに」
「え?」
「付き合ってるんでしょ?」
「えーと……、え?」
氷室さんが影山さんを見て僕を見てまた影山さんに視線を向ける。
「付き合ってにゃ、ないですけど」
「可愛い」
「陽太君は今そういうこと言ったら駄目!」
氷室さんに怒られてしまった。
「え、付き合ってないの? 照れ隠しとかじゃなく」
「付き合ってないよ。陽太君とはお友達だもん」
「良君良君。どう思う?」
「俺に聞くな。知らんけど、無自覚同士なんじゃないか」
「さすが良君。ツンデレさんめ」
「もう口聞かないぞ」
明月君がそう言うと、影山さんが抱きついて「ごめんなさい」と謝った。
「そう言う二人は付き合ってるの?」
「うん」「違う」
二人同時に反対のことを言う。
「良君私のこと好きって言ってたじゃん」
「お前のことは嫌いじゃないって言ったんだよ」
「つまり好きってことでしょ」
「うるさい」
明月君が顔を赤くしてそっぽを向く。
「これがツンデレ?」
「日野君分かってる」
「日野にまで馬鹿にされるのか」
「でも好きで恥ずかしいから影山さんの名前呼ばないんじゃないの?」
「氷室さん違うよ。良君は女の子の名前を呼ぶのが恥ずかしいの。氷室さんも呼ばれたことないでしょ」
「そういえば」
明月君は僕のことは日野と呼ぶけど、氷室さんや影山さんのことはお前と呼ぶ。
「これを機に私のことは静玖ちゃんって呼んでよ」
「嫌だよ。なんでちゃん付け」
「じゃあ静玖でいいよ」
「だから」
「じゃあ私とちゃんと付き合って。そのどれか。断ったらまた良君のお家行って良君のお母さんから昔の話を聞くよ」
「こいつ」
新たにこいつが追加された。
「ほらどれがいいの。最終的には全部選んでもらうけど」
「……く」
「え、なーにー。聞こえなーい」
「静玖」
「なんかキュンときた。じゃあ今度は静玖の後に愛してるを付けて言って」
「言えるか」
明月君が顔を真っ赤にして影山さんを引き剥がそうとする。
でも影山さんは離れない。
「なんか明月君って可愛いね」
「そうでしょー。それで二人は結局付き合ってないの?」
「だから付き合ってないよ」
「日野君は氷室さんのことどう思ってるの?」
「僕? うーん。いい人?」
氷室さんを一言で表すならそれが一番合ってる気がする。
もっと詳しく言えば、僕をいつも起こしてくれる優しい人だし、たまに顔を赤くしたりする可愛いところもあるし、僕の為に怒ってくれたりしてやっぱり優しい人だったり。
氷室さんは大好きなお友達だ。
「日野君は氷室さんと付き……、ごめん」
影山さんが何か言おうとしたけど、氷室さんの顔を見た途端に言葉を止めて謝った。
「陽太君と私はお友達なの。私はこの関係を崩したくない」
僕も同じ気持ちだ。
氷室さんは初めて出来た大切なお友達。
その氷室さんとの関係が崩れたら嫌だ。
「そうだよね。ほんとごめん」
「ううん。私もごめんね。でもやっと分かったよ」
「なにが?」
「最近告白される時に陽太君より自分の方がいいとか言ったり、別れた方がいいとか言ってくる人ばっかりだったのって私と陽太君が付き合ってるって思ってたからなんだね」
「ちなみに氷室さんはその相手になんと返したの?」
「えーと、人それぞれだけど『人と自分を比べて人を蔑む人と付き合う気はありません』とか『人の陰口を言うような人のことを好きになることはないです』とかかな」
「どうりでうちのクラスの男子で氷室さんに告白したのが保健室に行った訳だ」
氷室さんが告白されているのは知っているけど、いつの間にか終わっているから、僕はあんまり知らない。
「そのせいで私が保健室の先生に『少し手加減出来ない?』なんて言われたんだけど。知らないよ。私は早く帰って陽太君とお話したいんだから」
「もしかして僕を起こす前に告白されてるの?」
「うん。今まではただ『ごめんなさい』って言うだけで済んでたけど、陽太君のことを話に出されたら言い返さないと気が済まなくて」
「じゃあ最近僕を起こすのがギリギリなのってそれのせいだったんだ」
「そうだよ? 明莉ちゃんから陽太君は寝ないと駄目なのは聞いたけど、それでも私は陽太君とお話がしたいの。だからもし時間が出来たら私のわがまま聞いてくれる?」
氷室さんが僕の目を真っ直ぐに見て言う。
「うん! 僕もずっと氷室さんとお話したかった」
「やった。これからは告白とか無視していいよね」
「いいの?」
「私にとって一番大切なのは陽太君だから」
「僕も氷室さんが一番大切」
僕と氷室さんは笑いあう。
「これで付き合ってないと。すごい」
「というかこれを見ても告白しようとするとか、ただの馬鹿だろ」
影山さんと明月君が呆れたような目を向けてくる。
その日から氷室さんはまたいつも通りの時間に起こしてくれるようになった。
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