第7話 氷室さんとお出かけ
「陽太君、起きて」
「氷室さん、おはよう」
今日は土曜日なのに氷室さんが起こしに来てくれた。
それというのも、氷室さんは一位で僕も五十位以内に入ったからお互いの言う事を聞く事になって、氷室さんからはお出かけと言われた。
だから今日も氷室さんが起こしに来てくれた。
「陽太君って毎回私の隣に座ってくれるよね」
僕がベッドから下りて氷室さんの隣に座ると、氷室さんがそんなことを言う。
「だってベッドの上からだと話しにくいでしょ?」
「うん、ありがと」
「それより氷室さん、今日はいつもよりキラキラしてるね」
テスト勉強をした時にも見たけど、今日の氷室さんは私服だ。
僕には女の子の服の名前が分からないけど、とても似合っていて可愛い。
「そ、そう? いつも制服だからかな」
「テスト勉強した時に見た服も似合ってたけど、今日のはまた違う感じで似合ってるね」
「ほ、ほんと!」
氷室さんがとても嬉しそうに顔を近づけてくる。
「うん。僕にはよく分からないけど、氷室さんに似合ってるのは分かるよ」
「嬉しい。ありがとう陽太君」
「髪留めも毎日してくれてるんだね」
今日も僕があげた髪留めを付けてくれている。
「もちろん。明莉ちゃんから貰ったシュシュはたまに陽太君を起こしに来る時だけ付けてるけど、髪留めはいつも付けるようにしてるんだ」
「でもそれダサいって言われてなかった?」
氷室さんのクラスメイトか僕のあげた髪留めをダサいと言っていた。
たまたま僕が起きてたけど、あの時の氷室さんはとても怒っていたように見えた。
「あの人はそういうことを言って自分を見て欲しかっただけ。だから私もあの人と関わるのをやめたんだから」
「あれからあの人……クラスメイトだけど名前分かんないや。えとあの人虐められてるの?」
「確か
僕もあんまり知らないけど、善野さんは今クラスで孤立している。
それどころか周りの人から陰口を言われている。
だからといって僕が何かしようなんて思わないけど、なんか見ててモヤモヤする。
「陽太君は優しいね。私は自業自得だと思うけど。私を利用してヒエラルキーの上の方に行こうとしたのは別にいいんだけど、陽太君を私から遠ざけようとしたのは今でも許してないから」
「僕だって氷室さんを利用してたなんて許したくないよ」
「もういいよ善野さんの話は。それより陽太君は私にお願いないの?」
僕も一応氷室さんの出す条件はクリアしたから何か言う事を聞いてもらえるけど、何も思いつかなかった。
「僕、氷室さんと一緒に居られればそれだけで嬉しいんだもん」
「またそういうことを言う。何かないの? 次は十位以内だから難しくなるよ」
「氷室さんのいじわる。じゃあ氷室さんの部屋行ってみたい」
氷室さんは僕の部屋に来ているけど、僕は氷室さんの部屋に行ったことがないから、少し気になった。
「氷室さん?」
氷室さんが固まって動かない。
「あ、ごめん。えーっと、今日?」
「いつでもいいけど」
「だったらいいよ。全く女の子の部屋に入りたいなんて私以外には言っちゃ駄目だよ」
「明莉の部屋にも?」
「構えてたら違うところにきた。いや明莉ちゃんには言ってもいいよ」
「じゃあ大丈夫。僕がそんなこと言うの氷室さんだけだから」
何せ僕の友達は氷室さんだけなのだから。
「ふぅ。不意打ちだって来ると思ってた耐えられるよ」
「なにが?」
「大丈夫、独り言だから。それよりそろそろ行こ」
「うん」
氷室さんとのお話が楽しくていつも時間を忘れてしまう。
僕は出かける準備をして氷室さんの待つ玄関に向かう。
「お待たせ」
「陽太君の私服って実は初めてじゃない?」
「そういえばそうだね。テスト勉強の時もずっとパジャマだったし」
いつも着替えるのがめんどうでパジャマのままでいた。
だから氷室さんに私服を見せるのはこれが初めてだ。
といってもただの黒いパーカーを着てるだけだけど。
「……いい」
「え?」
「なんでもない。いいよ似合ってるよ。これから土日とか休みの日に会う時も私服にしてよ」
「それだと洗濯物が増えてお母さんに迷惑かかっちゃう」
「そうだよね」
洗濯をしたことがないから分からないけど、きっと服は少ない方がいいと思う。
だから出来るだけ着る服は少なくしたい。
「陽太。澪ちゃんの為ならいいよ。というか澪ちゃんはちゃんと可愛い私服着てるのにあんたはパジャマなんて失礼でしょ」
リビングからお母さんが出てきてそんなことを言う。
「お母さんの迷惑じゃない?」
「陽太は私のことより澪ちゃんのことを考えなさい。大切なお友達なんでしょ」
「うん」
お母さんがいいと言うなら僕は氷室さんの望みを叶えたい。
これから休みの日に氷室さんと会う時は私服でいると決めた。
「なんか日野家っていい人しかいないね」
「そうなの? 氷室さんのお母さんとお姉さんもいい人だよ」
「お姉ちゃんには会ったことないでしょ。でもまぁそっか」
結局お互い様のようだ。
「お友達とのデート楽しんできてねお兄ちゃん」
「訂正。明莉ちゃんはちょっと悪い子」
「ごめんね澪ちゃん。陽太が澪ちゃんに取られちゃうって拗ねてるだけなの」
「違うよ!」
「大丈夫だよ。帰って来たらいっぱい甘えられるから」
「甘えないもん」
明莉がそう言って階段を駆け上がる。
「聞き耳立てるだけにしてれば良かったのに」
「お母さんも出てきたよ?」
「さぁてお昼はなにを作ろうかなぁ」
お母さんはそう言ってリビングに戻って行った。
「日野家は楽しいお家だ」
「最近は覗くのが趣味みたい」
「それだけ大事に思われてるんだよ」
「そうなのかな?」
そう言われてもよく分からない。
「そうだよ」
「あなた達は話し出すとずっと話してるんだから早く行きなさい」
お母さんがリビングの扉から顔を出して言ってくる。
「そうだね。陽太君とだとずっと話してられるから」
「僕も。氷室さんとお話してるの楽しい」
「キラキラし過ぎて目に毒だ。ほら早く行きなさい」
「いってきます」
「お母さん、いってきます」
「いってらっしゃい」
僕と氷室さんはお母さんにそう言って家を出る。
「それで今日はどこに行くの?」
「ふっふっふ。実は決めてない」
「そうなんだ」
「あれ? 『決めてないのかよー』とか言われるかと思った」
「氷室さんと一緒ならどこだって楽しいから」
「じゃ、じゃあ、お散歩しますですか?」
最近はなかったけど、氷室さんの口調がおかしくなった。
「しますです」
「真似しなくてよいのですよ」
「その口調変わるの可愛いよね」
「うぅ」
氷室さんが顔を赤くして僕を睨んでくる。
「どうしたの?」
「なんでもないよ! ほら行くよ」
そう言うと氷室さんがスタスタと先を行ってしまう。
「待ってよ」
僕はその後を置いて行かれないようについて行く。
「氷室さん」
「何?」
「お腹空いた」
起きてすぐに氷室さんとお出かけをしているから、僕はまだ何もご飯を食べてない。
「あ、そっか。じゃあファミレスでも行く?」
「コンビニの方が早く済むかな」
「別にここに行きたいとかないからファミレスにしよ」
「氷室さんは朝ごはん食べた?」
「食べてないよ」
それなら暇にさせることもないから良かった。
「じゃあ行こっか」
「うん」
そして僕達は近くのファミレスに入った。
「陽太君って好きな食べ物あるの?」
「オムライス」
「なんか陽太君って感じがする」
「どこが?」
「高校生だとオムライスって言うの恥ずかしがる人いるけど、陽太君は自分の気持ちに嘘はつかないんだなって思ったから」
それはわざわざ嘘をつく必要がないからだ。
好きなのだから好きと言うのは当たり前な気がする。
「氷室さんは?」
「私は……、笑わないでよ」
「笑わないよ」
「魚卵全般」
「イクラとかタラコとかの?」
「そう。食感とかが好きで」
氷室さんが顔を赤くしている。
「やっぱり変だよね。イクラ単体なら分かるけど、魚卵って」
「どこが? むしろ笑う要素がどこなのか探してた」
「……ほんと?」
「うん。それに僕のと氷室さんの好きな食べ物が卵繋がりがあって嬉しい」
「ほんと陽太君はいい人だね」
今のどこにいい人と言われることがあったのだろうか。
「注文しよっか」
「うん」
僕はオムライス、氷室さんはたらこパスタを頼んだ。
ドリンクバーも頼んだので二人で飲み物を取りに行く。
するとそこに。
「善野さん?」
沢山のコップを持っている善野さんがいた。
「日野君に氷室さん。ごめんね、すぐ退くから」
「待ってるからいいよ」
「うん。それって私のせいでもあるんでしょ?」
氷室さんが善野さんの持つコップを指さしながら言う。
「氷室さんのせいじゃないよ。全部私の自業自得。でも大丈夫だよ、私もう少ししたら転校するから」
「え?」
「えと、今回のことは関係なくて、お父さんの仕事の都合でね。だからその前に言いたかったことがあるの」
善野さんがコップを置いて僕達の方を向く。
「本当にごめんなさい。二人に迷惑をかけて」
「そういうのいいよ。私と陽太君を引き離そうのしたのは許さないけど、私もやり過ぎたのは自覚してるから。だからそれは私もごめんなさい」
「じゃあ僕もごめんなさい」
「いや氷室さんもだけど日野君は私に何もしてないでしょ」
確かに何もしてないような気がする。
「陽太君はこういう子なの」
「氷室さんが好きになる訳だ」
「そう、友達だからね」
「そうだね。じゃあ私は行くね。あ、そうだ」
善野さんが立ち止まって振り返る。
「氷室さん。その髪留め似合ってるよ」
「知ってる」
氷室さんが嬉しそうに言う。
善野さんも小さく笑って、大量のコップを持ちながら歩いて行った。
きっといい人というのはここで、あの虐めのようなものをやめさせに行くのだろうけど、僕達はそれをしない。
きっとどこかでまだ善野さんを許しきれていないから。
でも今度会った時にはきっと今回のことなんか忘れて、三人でお話が出来るかもしれない。
分かんないけど。
僕はそんなことを思いながら、氷室さんとご飯を食べてその後は目的もなくお散歩をしながらいっぱいお話をした。
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