第6話 氷室さんと友達
「陽太君。機嫌直してよぉ」
僕は今氷室さんを無視してふて寝している。
なんでかって言うと、さっきテストの順位が張り出されたのを見に行ったからだ。
氷室さんは圧倒的な一位だった。
それは氷室さんの努力の成果だからいいんだけど、なんか十位以内にしてって言われたのがちょっと嫌だったっていうだけ。
要するに僕のわがままだ。
「陽太君は何位だったの?」
「二十一位」
「答えてくれた。って普通にいいじゃん」
僕としてもこんなに高い順位を取れるとは思ってなかった。
これも氷室さんが土日と放課後に勉強を教えてくれたおかげだ。
「氷室さん、ありがとう」
「いきなりどうしたの? ふて寝終わり?」
「うん。氷室さんのおかげでこんな順位取れたからお礼言わなきゃって思って」
「ほんと陽太君っていい子だよね」
そんなことを言ったら氷室さんだって、僕の勉強を見てくれていい人だ。
「澪、帰ろ」
「ん、うん」
僕達が話していたら、氷室さんの友達がやって来た。
でもどこか氷室さんの機嫌が悪くなった気がする。
「最近はテスト勉強するからって一緒に帰れなかったから今日こそは遊びに行くよ。その髪留めのことも聞きたいし」
氷室さんは僕のあげた髪留めを毎日学校にも付けてきてくれている。
「分かったよ。ちょっとトイレ行って来るから待ってて」
氷室さんはそう行って教室を出て行った。
今日はもう氷室さんとお話出来なそうだから僕も帰る準備を始める。
「ちょっとあんた」
氷室さんの友達が僕の隣に来て誰かを呼んでいる。
「無視してんじゃないよ」
「あ、僕?」
「他に誰がいんだよ」
周りを見渡せば何人か人は居る。
「ちっ、めんどくさい。私はあんたに話があんだよ根暗コアラ」
久しぶりに聞いた僕のあだ名。
「お前さ、澪が優しいからって調子に乗んなよ。寝たフリまでして澪に絡んで、澪も迷惑してんだよ」
「氷室さんが?」
「そうだよ。澪のこと好きなんだろ、でも澪はあんたのことなんか微塵も興味無いから」
「……」
「事実を知って残念か? この前なんか一緒に帰ってたみたいだけど、そういう澪の優しさに付け込むのやめろよ」
氷室さんは優しい。だからそれに甘えて起こしてもらっているのは自分でも分かっている。
だから僕だって氷室さんが嫌なら寂しいけど、我慢するつもりだ。
「どうなの、氷室さん」
「え?」
僕は氷室さんの友達の後ろに居る氷室さんに話かける……フリをして、氷室さんの友達が後ろを向いたところでそそくさと帰る。
「澪なんていな、っおい逃げん」
「うるさいよ」
僕が教室を出るところで氷室さんが帰って来た。
これは氷室さんからの指示だ。
もし氷室さんの友達が絡んできたら氷室さんの名前を呼んでその隙に逃げてと。
まさか本当に使う時が来るとは思わなかった。
「後は氷室さんに任せよう」
もし氷室さんの友達が言っていることが本当なら、明日の朝は起こしに来てはくれないだろう。
だからそうなったら僕も氷室さんとお話したりするのはやめる。
「そうなったらやだなぁ」
そんなことを考えながら家に帰る。
「陽太君、起きて」
「氷室さんだぁ」
僕は嬉しさのあまりに氷室さんに抱きついた。
「え、どしたの」
氷室さんは驚きながらも僕の頭を撫でてくれた。
「あぁ、昨日のか。大丈夫だよ、私が陽太君を起こすの楽しいっていうのはほんとだから」
「ほんとに?」
僕は顔だけ上げて氷室さんを見ながら言う。
「これが尊みってやつかな。ほんとだよ。それに今日が終わればきっと陽太君にそんな思いさせなくて済むと思うから」
「どういうこと?」
「それは学校に行けば分かるので、そろそろ離れてもらってもよろしいでしょうか。平静を装うの辛くなってきた」
そう言う氷室さんの顔が赤くなってきた。
「うん、離れる」
「ふぅ。陽太君はスキンシップが激し過ぎ。私じゃなかったら大変なことになってるよ」
「氷室さんにしかしないよ?」
そう言うと氷室さんが土下座のよう床に顔を近づける。
「どうしたの?」
「なんでもない」
氷室さんが顔を上げる。でもおでこが赤くなっていたので撫でる。
「えと、何?」
「痛くない?」
「あ、赤くなってるのね。大丈夫だよ、ありがとう」
そう言って氷室さんが可愛い笑顔を向けてくれた。
「今日は一緒に学校行こ」
「氷室さんっていつも友達と行ってるの?」
「友達? あぁ、一人だよ」
それなら僕が遠慮しなくてもいいはずだ。
「うん。準備早くしなくちゃ」
「私の準備終わったら迎えに来るね」
そう言って氷室さんは「今日のお見送りは大丈夫」と言って自分の家に帰って行った。
僕は急いで朝ごはんを食べて、準備を済ませ、氷室さんが来るのを待つ。
「お兄ちゃん今日は早いね」
僕が玄関で待っていると、いつも僕より少し早く出ている明莉が声をかけてきた。
「うん。氷室さんと一緒に行くから」
「遂にか。頑張ってね」
「なにを?」
「内緒」
そう言って明莉は先に家を出た。
と思ったら帰って来た。
「お兄ちゃん、澪ちゃん待ってる」
「え?」
明莉にそう言われたので外に出ると、氷室さんがうちの塀に背中を預けていた。
「氷室さん」
「あ、陽太君」
「迎えに来るって言ったから玄関で待ってたのに」
「私も行くつもりだったよ。ただちょっと心の準備をしてたと言いますか」
「友達なのに?」
明莉がにやつきながら氷室さんに言う。
「そうだよ、悪い?」
「逆ギレ。べっつにー」
明莉はそう言って学校に向かった。
「氷室さん?」
「遂に明莉ちゃんにまでからかわれるなんて」
「他にも居るの?」
「陽太君だよ!」
僕は氷室さんをからかったことなんて一度もない。
でももし知らないうちにからかっていたのなら謝らなければいけない。
「謝らなくて平気だからね。陽太君がからかうつもりで言ってないのは分かってるし、嫌でもないから」
「ほんと?」
「ほんと。だから気にせずに学校に行こー」
氷室さんがそう言って歩き出す。
僕もそれに続く。
教室に入るとざわざわしてたのがいきなり静かになった。
理由は分からなかったけど、氷室さんが「頑張る」と小さく言ったのは聞こえた。
なにを頑張るのかはもちろん分からないけど。
席に着くといつもより早く出たおかげで寝る時間がある。
だから寝ようとしたら、こちらに近づいて来る足音がした。
「昨日逃げたと思ったら今度は何? 待ち伏せでもしたの」
また氷室さんの友達がやって来た。
せっかく寝ようとしてたのに邪魔をされて、少し不機嫌になる。
「今日は澪も一緒に話すよ。本心をこの根暗コアラに教え」
「日野ってお前か?」
今度は知らない男の子が話しかけてきた。
氷室さんの友達は急に黙り込む。
「お前、中学の時に同級生を病院送りにしたっての本当か?」
(うるさいなぁ)
「おい、無視してんじゃ」
「明月君、来るよ」
「は? なにが、ってまさか」
氷室さんがそう言うと廊下が騒がしくなってきた。
そして教室に一人の女の子がやって来たみたいだ。
「りょーくーん」
「ばっ」
女の子は男の子に抱きついたようだ。
「もぉ良君は日野君と氷室さんに迷惑かけて。ごめんなさいは」
「いや、首」
「ご・め・ん・な・さ・いは?」
「ご、めん、なさい」
「よく出来ました。偉いねー」
「影山さん。明月君の首締まってるから離してあげて」
「あ、ごめんね良君」
「だから抱きつくな」
なんだかさっきより騒がしくなった。
「日野君、ごめんね。この子は
どちらもどこかで聞いたことのある名前だ。
「良君ったら、日野君と私が同じ中学校だって聞いたら急いで日野君のとこに来て。だから私も慌てて追いかけて来たの」
「なんで?」
「良君って見た目怖いでしょ。私が隣に居ないとみんな勘違いするから」
「ちっ」
「でも今回は良君が悪いから止めに来たの。日野君のことを知らないのに勝手に噂を信じて危ない子だって決めつけて。日野君は寝てるの邪魔しなければなんでもないのに」
そう、寝てるのを邪魔しないでほしい。
「でもお前、病院送りにしたのは本当だって」
「確かにしたけどあれただの事故というか、日野君何も悪くないし。それにいつも良君気にしてるよね。見た目で判断されるの」
「それは」
「それなのに自分は勝手に噂を信じて」
「だからそれはお前が」
「私のことを思ってくれた? それはありがとう。でもそれが日野君を馬鹿にしていい理由にならないよ」
「そうだよね。私の気持ちを勝手に汲み取ったみたいにして陽太君を私から遠ざけようとするのもおかしいよね」
氷室さんの声がいつもより格段と低い。
「昨日は自分を押し殺すのに苦労したよ。ずっと陽太君の悪口ばっかり言って。私が不機嫌になってるのに気づかないでずっとずっと」
「澪?」
「そうやって名前で呼ぶのは友達になってるつもり? 知ってるよ、あなたが有名な私の友達面して周りの人を下に見てるの。今までは興味も無かったからそのままにしてたけど、私の友達の陽太君にちょっかいかけるなら私だって容赦はしないから」
普段の優しい声とは違う。
とても冷たい声。
でもどこか暖かい。
「私と陽太君の時間を邪魔しないで」
「……澪」
「ちゃんと言わなきゃ分かんない? あなたは私の友達でもなんでもない、ただのクラスメイトだから」
それを聞いた氷室さんの……クラスメイトは走ってどこかに行った。
「ほんとに良かったの?」
「うん。私は私の友達を傷つける人は嫌い」
「良君嫌われたー」
「俺は」
「知ってるよ。影山さんとは口裏合わせてたから」
「は?」
「驚いたか良君」
見えてはいないけど影山さんがどこか誇らしげにしてる気がする。
「あ、そうだ。陽太君起きて」
「全然寝れなかった」
「ごめんねうるさくして」
「日野君がこんなに機嫌良く起きるなんて。氷室さん何者?」
「私からしたらこれが普通なんだけど」
「あ、影山さんだ」
同じ中学校の影山さん。イメージはいつも隅っこで静かにしてる感じだったから分からなかった。
「私のこと覚えてるんだ。一方的に私が眺めてるだけかと思った」
「え?」
「は?」
「安心して氷室さん。私は日野君の自由さに目を奪われてただけだから。後良君も嫉妬しなくても今は良君を見てるから大丈夫だよ」
「嫉妬なんかしてないだろ」
「照れちゃって。でも日野君が気になってたのはもう一つ理由があって、日野君は他の男子達と違って私の胸を見てこなかったからってのもある。良君はいつでも見ていいよ」
「誰が見るか」
明月君がとても顔を真っ赤にしている。
氷室さんからは何か痛い視線を向けられてる気がする。
「じゃあ私達は帰るね。良君に勉強教えてもらわないとだから」
「とか言って途中で飽きて俺で遊ぶだろ」
「それはフリ? もうしょうがないんだから」
「好きにしてくれ。日野、騒がして悪かった」
「うん、うるさかった」
「正直者だな。まぁそっちのがいいけど」
明月君はそう言って影山さんを引きずりながら帰って行った。
「陽太君」
「何、氷室さん」
氷室さんがとても真剣な眼差しで僕の方を見る。
「陽太君が影山さんを思い出せたのってなんで?」
「さすがに僕だって三年間同じクラスの人の名字くらい覚えられるよ」
二年だと怪しいけど。
「あ、そっか。そうだよね。影山さんの胸が大きいからとかじゃないよね」
「胸?」
「いいの気にしな……、ちなみにだけど、陽太君は胸が大きい方が好き?」
「うーん」
「質問変えよう。胸が大きい人と私だとどっちがいい?」
「氷室さん」
「即答。照れるけどありがとう」
いくら胸が大きかったってそれだけならあんまり興味は無い。
僕は今の氷室さんが大好きなのだから。
そんな話をしていたらホームルームが始まり、その日は一日氷室さんの機嫌がとても良かった。
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