第22話
「……雷夢隠しててごめんね。それにギルドマスターも……」
暁啓が二人に対して謝罪した。暁啓にも当然理由があったがそれでもどうしても一言謝っておきたかったのだ。
「――ふぅ。なるほどね。驚いたけど合点はいったわ」
仮面のプレイヤーの正体を知り塚森は両手を広げ頭を振って答えた。雷夢は黙っている。
「何かよくわからないが君のおかげで助かった。お礼を言わせて欲しい」
「いえ。それより危険なので今すぐ離れてください」
「あぁ。だが私はこの霧を解消しなければ――」
そう博士が言った直後いつの間にか近づいてきていた塚森が博士をお姫様抱っこした。
「えぇ! いや、ちょっとこういう持ち方は」
博士が慌ててジタバタと暴れた。だが塚森はがっちり博士を掴み手放さない。
「つべこべ言わないの! とにかく暁啓ここは任せたわ。信じてるわよ。後は雷夢。恋人の貴方がしっかり見ておくのよ!」
「ふぇ! な、何いうてんねん! 恋人ってそないな……」
塚森の行動に驚く暁啓と、恋人と呼ばれたことに戸惑う雷夢。2人の表情は混乱していた。
「それじゃあ行くわよ!」
「え? ちょ、ま、うわぁああぁああぁああ!」
塚森は博士をお姫様抱っこしたまま、まるでプロのアスリートのように足取りを速めていく。その様子は、まるで迫りくる危機に対して冷静に対処するエキスパートのように見えた。一方で、暁啓と雷夢は、塚森が去っていく姿を見送る中、混乱したままに残されてしまった。
「おとーーーーーーーーん!」
雷夢が叫んだ。彼女の声が反響する中、塚森は遠ざかっていった。その後、静寂が戻ってきた。
「おとんいってもうた……」
あっけにとられた様子で雷夢が呟いた。
「大丈夫だよ。ギルマスがいるしお父さんは安心だよ」
そんな雷夢を励ますように暁啓が言った。すると端末から怒鳴る声。
『おい暁啓いい加減茶番は終わりだ!』
「えっと、この声って誰やねん?」
羅刹の声に雷夢が驚いていた。これまで人のいる場所では喋らないよう言っていたが、もう羅刹も気にしていないようだった。
「僕の端末の羅刹。自我があるんだよ。あいつの端末と一緒でね」
暁啓が雷夢に説明した。雷夢はそれでなんとなく理解した様子だった。
『フフフッ。全くやってくれますね。邪魔な博士を殺すチャンスだったというのに』
その時柊の持つ棚末から声が聞こえてきた。なんとなく相手を苛つかせる声に思えた。
「な、なんやねん! 一体あんたの目的はなんや! こんな真似して意味わからへんで!」
雷夢がペルソナにむけて問いかけた。自分の父親が狙われたとあっては黙ってもいられないのだろう。
『あはは。私の目的は単純です。ペルソナとして契約者の願いを叶えること。そして柊の願いは誰からも裏切られない世界。決して自分を一人にしない世界』
饒舌にペルソナが説明した。だが二人の顔は困惑していた。
「……言ってる意味がわからない。だったらお前のやってることは矛盾だらけだ。願いとは逆のことをしているじゃないか」
それが暁啓の考えだった。ペルソナの考えではただ無駄に犠牲者が増えるだけだ。
『果たしてそうでしょうか? 柊も元々は温かい家族の下で育ったようですが世界が変わりその影響で家族は柊を残して皆死んだそうです』
「…………」
ペルソナの話を聞き暁啓も憂いの表情を見せる。世界が霧に包まれ暁啓と未来の両親も――それから未来が暁啓の生活を支えてくれた。成長してからは自ら進んでプレイヤーとなり暁啓を必至に守ってくれた。
そういう意味では暁啓は決して孤独ではなかった。だがもしそうでなければ自分はどうなっていたのか? そんなことを問いかけたところで意味がないのはわかっているが柊の境遇を聞きどうしても頭を過った。
『家族が死にたった一人生き残ったことで逆に柊は周りから不気味がられたのです。まだまだ情報が出揃ってなかったとは言え時には人に化けたモンスターだと罵られ傷つけられたことも多々ありました』
ペルソナの熱弁が続いていく。
『誰にも構われず泥水を啜って生きてきた。そんな柊も成長しプレイヤーとなりました。そこで柊は初めて仲間と言える相手と巡り合った。だけどねそこでもまた裏切られたのです。凶暴なモンスターに襲われ柊をおいて仲間は逃げた。そして私と出会った。これはもう運命! だから私は柊の願いを叶えたい。人が裏切るならいっその事人などいなくなればいい。そうすれば裏切られることもなければ傷つけられることもない。そうでしょう?』
「なんやそれ。理解できひんわ……」
雷夢がそう呟いた。暁啓も似たような感情を持った。ただ柊がつらい思いをしたのは確かだろう。
「残念だけど僕はその願いに賛同できない。だから全力で君を倒させてもらう。柊――君の辛さの全てを理解することは僕には出来ない。だけどただ一つ言える。こんなことは絶対に間違っているということだ」
「黙れぇえええええぇえええぇ!」
柊が叫ぶ。その時、柊の体にこれまで以上の異質な変化が訪れた。
『フフフッ。どうやら自らリミッターを外したようですねぇ』
「リミッターやて?」
雷夢が眉を顰めた。だがその結果はすぐにわかることとなった。柊の全身が膨張し通路を塞ぐような肉の壁が生まれた。壁から巨大な口が生まれむき出しの筋肉のような肉壁が生きているかのように波打っていた。
『チッ、面倒なことになったぜ』
羅刹が呟いた。暁啓もその意見には同意だった。とにかく暁啓は黒棒を握りしめ肉蛇を殴打するが、弾力があり衝撃が分散されているようでダメージにつながらない。
打撃ではだめなのだ。暁啓の武器では愛称が悪すぎた。しかもすっかり変わり果てた柊は肉壁から長大な触手を生やし更に巨大な口まで現出し、溶解液を吐き出してきたり触手で殴りかかってきたりと好き放題である。
「どうしたら……」
「いよいようちの出番やな!」
暁啓が対応に困っていると雷夢が声を上げた。なにやら策でもあるかのように張り切っている。
「いくで! 生体錬成!」
そう叫ぶと雷夢が肉の壁に鉄槌を当てていった。しかし衝撃に強い柊にそんなものが通用するのか、と暁啓は疑問だった。
そんな暁啓の不安をよそに雷夢の攻撃によって柊が苦しげなうめき声を発するようになった。そして肉壁の一部が捲れそこに巨大な心臓のようなものがあった。
「暁啓今や! うちの生体錬成で心臓を錬成したんや! これで柊の弱点はさらしたで!」
「そんなことが出来るなんてすごいや雷夢!」
思わず雷夢に対して感嘆の言葉を捧げる暁啓。雷夢の錬金術もそれだけ強化されていた。未来に助けられた際に本部につくまでにも戦闘が発生した。
その時には雷夢もサポートしレベルが上ったのが大きかったようだ。
暁啓は雷夢の援護に感謝しつつ、急いで黒棒ダークネッサーを手に心臓へ向かった。
だが相手も感嘆にはやられてくれない。肉癖から触手が伸び口からは溶解液だけではなく、黒い光線も吐き出された。
骨が巨大な手となり掴みかかっても来る。
「風雷棒!」
だが暁啓はスキルを駆使しそれらを全て跳ね除けた。向かうはさらけ出された弱点。そして遂にその時が来た。
「これで決める! 破壊の金剛棒! そして鬼の鉄槌!」
巨大化した黒棒を構え鬼の鉄槌を発動し心臓めがけ振り下ろした。黒棒は心臓にめり込み、そして心臓が破けた。
「fぁふぁふぁかfじゃっjflじゃああlfヵfjかlfjkぁぁfぁljふぁkljfヵjかlfぁjfkぁkぁjkぁjfkぁjkjfkぁjflkjfぁjkfぁjfkll!?」
柊が奇声を発し、かと思えば肉癖が蝋のように変化していった。そしてあっという間に灰色に変わった柊の体はそのままボロボロと朽ち果てた。
「終わった、のかな……?」
暁啓が呟く。しぶとい柊のことだ。また起き上がってくるのではないかと疑ってかかったがどうやらもう立ち上がることはなさそうだ。
「やったで暁啓ぉ!」
「わわっ!」
雷夢が飛びついてきて暁啓が慌てた。胸のあたりに感じる大きな果実に戸惑いを感じてしまっている。
『まだだ暁啓! 黒い端末が残ってるぞ! さっさと壊せ!』
勝利の余韻に浸る間など与えるかと言わんばかりに羅刹が叫んだ。暁啓もそれで気が付いた。ボロボロに崩れ去った柊の中からペルソナを名乗っていた黒い端末を見つけ出す。
「これが黒い端末? 見た目は色以外うちらの端末をかわらへんのやな」
ペルソナを名乗っていた端末に目を向け雷夢が言った。不思議そうに小首を傾げている。
「そうだね。だけど、これのせいで柊は……」
『それは誤解ですよ。柊と私はあくまで契約しただけの関係であり、私が行った行動の全て柊が望んだゆえにしたこと。私単体であれば無害なものです』
暁啓が喋っている途中でペルソナが口を挟んだ。ペルソナは自らのせいではないと必至にアピールしていた。
『耳をかすなさっさと壊せ!』
ペルソナの声を聞き暁啓が躊躇していると羅刹が騒いだ。暁啓としては迷いもあった。端末とは言え生きている。勿論柊と契約しここまでのだいそれたことを行ったのだ。その為の犠牲も多く許されるものではない。
『何をしているさっさと壊せ!』
羅刹は苛立ちを隠せないでいた。暁啓に壊せの一点張りである。
『おやおや冷たいですねぇ。私とは貴方は言うならば同士。ここは仲良く致しましょうよ』
ペルソナはついに羅刹にまで同意を求めてきた。仲間意識に訴えかけ壊すのをやめさせようとしている。
『黙れ! 俺にはほとんどの記憶がない。だがそれでも一つだけ確かなことがある。俺の大切な物をお前らのような黒い端末持ちが奪ったということだ!』
その話を聞き羅刹が何故ここまで黒い端末にこだわるのかわかった気がした暁啓だった。しかしそれでも迷う。羅刹と暁啓の個人的な感情で壊して良いのか――
「壊すのだ暁啓」
だがそこに聞こえた懐かしい響き。それでいて暁啓がこの世で一番信頼している――姉、未来の声だった。
「姉さん……」
「未来姉はんや!」
様々な感情が入りまじり声にならない声を発してしまった暁啓。一方で雷夢は随分と親しげに呼んでいた。
「黒い端末は普通に壊そうと思ってもおいそれと出来るものではない。だが、羅刹であればそれも可能なはずだ」
未来の言葉を聞き暁啓が一つ大きく頷いた。そしてペルソナを見る。
『やれやれ。この甘ちゃんなら上手く言いくるめると思ったのですがねぇ』
「ざんねんだった――な!」
そして暁啓は黒棒をペルソナに向けて振り下ろした。床は凹み、そこにペルソナの残骸だけが残っていた。
ペルソナはもうその口を開くことはなかった。これで柊を操っていた端末はいなくなった。その姿を認めつつ、どこか虚無感が漂う暁啓であったが今はそれよりも大事なことがあると思い直し今後について考えるのだった――
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