第20話

「これでお前も終わり」

「あら、そうかしら?」

「――ッ」


 塚森は平気な顔で柊を振り返った。不可解といった表情の柊に向けて塚森は腕を回転させた後の超大振りな一撃を決める。


「荒波猛攻!」


 塚森の一撃で柊の頭が床にめり込んだ。筋肉を活かした最高の一撃。


「フンッ。残念だったわね。咄嗟にスキルで肉体を強化したのよ。それにしてもあなたトリッキーね。でも攻撃力は決して高くないわ。骨も脆いわね。カルシウム足りてないんじゃないの?」

『ハハッ。面白い。これは面白い! まさか私と契約した柊相手にここまで戦えるなんてね』


 突如柊の側から声が聞こえてきた。それが柊の声ではないことは明白だった。今までの柊とは声は勿論雰囲気も別物だったからだ。


「……ペルソナ。勝手に喋るな」

『すまないねぇ柊。私もつい楽しくなってしまってね』

「ちょっとまって。何あんたの持ってる黒い端末――」


 柊が取り出した端末を見て塚森が驚愕した様子で言った。だがそれを気にすることもなく柊は自身の首に端末を装着した。すると途端に黒い端末から声が発せられる。


『初めましてギルドマスター塚森。私は柊と契約せし端末ペルソナと申します』

「喋る端末なんて驚きね……そんなの見たことも聞いたことないわよ」

『まぁそういう反応になりますよね。ですが事実です――本当は口を挟む気はなかったのですが、骸と化した柊相手に善戦している貴方に興味を持ちましてね。以後お見知りおきを』

「よく喋る端末ね。まぁいいわ。柊あんたの不気味な力もその端末によるものなのね。だったらやはり野放しには出来ないわ」

『私達を捕まえるおつもりで?』

「当然じゃない。この筋肉にかけて身柄は拘束させてもらうわよ。あとペルソナだったかしら? 貴方も色々調べないとね」

『なるほど。それは恐らく博士がやるのでしょうか?』


 ペルソナの言葉を聞き、塚森の蟀谷がピクリと反応した。


「そう……博士も知ってるのね。なおさら放置していられないわね」

『なるほどなるほど。でもいいのでしょうか? 先程負傷したプレイヤー……確か伊織と言ってましたねぇ。彼、もう発症してますよ』

「なんですって?」


 塚森がチラリと伊織を確認すると、伊織の全身から煙、いや霧が吹き出ており廊下が霧に侵食され始めていた。


「な! ギルドに霧が! これもあんたがやったの!」

『フフフッ。柊の力は素晴らしい。この霧化菌があれば内側からでもダンジョン化させられるのですから』

「菌――つまり病原菌ってことね! さては街に霧が発生したのも!」


 塚森が怒りを滲ませ叫んだ。ずっと不可解だった。何故街に霧が発生したのか。しかしそれが柊の能力、つまりスキルによってばら撒かれた病原菌の影響というのならば得心が行く。


『そのとおりですよ。柊の菌はただの人なら空気感染もする。もっともプレイヤー相手ではそうもいかないので、そこのプレイヤーのように直接流し込む必要があったのですがね』

 

 塚森は柊の怪我を思い出した。恐らくその一撃を喰らわせた時に、菌に感染させたのだろう。


「……あんた絶対に許さないんだからね」

「許さない? 許さない許さない許さない許さない! それは俺がだぁああぁああぁああ!」


 柊が怒りを声に乗せて叫んだ。突然の事に塚森も目を白黒させる。


「一体あんたに何があったっていうのよ」

『さてなんでしょうかねぇ。ですがこちらばかり気にしていてもいいのですか?』

「ウォオオォオォオォオオン!」


 突如塚森の背後から雄叫びが聞こえ、何者かが襲いかかってきた。人の姿をした狼――人狼だった。


「くそ! 霧が発生したからモンスターが出てきたのね――て、その服……」


 塚森は霧が原因でモンスターが出現したと思っていた。だが人狼が着ている黒衣に覚えがあった。


「まさか伊織なの?」

「グルゥウゥウウオオオオォオオ!」


 塚森の問いに答えること無く人狼は塚森に襲いかかってきた。同時に懐から端末が落ちてきた。それを見て塚森は人狼が伊織だと確信する。


『フフッ。柊の菌は発症した相手をモンスター化させる効果もあるのですよ。知りませんでしたか?』

「なんてことしてくれるのよあんたはぁあああぁ!」



 塚森が怒髪天を衝くが如く形相で叫んだ。仲間をモンスター化されたことは塚森の逆鱗に触れることとなった。塚森は人狼と化した伊織を無視し柊に突進した。だが柊はその場から消え失せ人狼の影から姿を見せた。敢えて霧の側に移動したようだ。


『今の柊にとって霧は味方ですからねぇ』


 端末がそう声を上げると同時に霧の中から角の生えた筋肉質のモンスターが姿を見せた。


「オーガ型なんて面倒ね!」


 人狼と化した伊織とオーガによる波状攻撃。しかもオーガと呼称されているモンスターはダンジョンに登場するモンスターの中でも強敵だ。故に塚森は内心焦っていた。


 オーガが現れたということはそれだけ霧が濃くなっているということだからだ。それがギルド内に広がれば職員の身に危険が及ぶ。


「あんたら! 伊織は元に戻るんでしょうね!」

『さぁどうだろうね。でももしかしたら戻るかもしれないねぇ。困ったねぇそうなると下手に――』

「フンッ!」


 ペルソナがまだ喋っている途中にも拘わらず塚森は伊織の背後を取り首に手をかけグルンっと回した。ゴキッという鈍い音がし伊織が床に倒れていく。


 塚森はそれを静かに見送った後、オーガも仕留めていった。


『おやおやヒドイねぇ。そう思わないかい柊。この男あっさり仲間を殺したよ』

「ぐぅ、お前、も、一緒。所詮お前も勝手に仲間を捨てる。俺を俺を俺を一人にするぅぅぅうぅううう!」


 柊が叫び腕を突き破って骨の剣が現出した。全身からも骨が飛び出ており触れただけで切り刻まれそうな様相。


「私が伊織を殺したのはけじめよ。あんたなめんじゃないわよ。適当な事を言って私を迷わせようとしたってそうはいかないのよ。だからせめて私の手で人思いに成仏させたのよ。それがギルドマスターとしての私の責任よ!」

「だまれぇええぇえええ!」


 発狂した柊が全身に生やした骨を飛ばしてきた。それを塚森が回避するが、すぐに影から柊本体が現れて肉を変化させた拳を振り下ろしてくる。しかし塚森はその攻撃を避けつつカウンターで柊をぶっ飛ばした。


 攻撃はそれでは収まらず塚森はそのままダッシュで柊を追いかける。


「狂騒乱舞!」

 

 追いついた塚森が柊相手に拳を振りまくった。まるで嵐の如く連続攻撃に柊の体がくの字に折れ、ひしゃげ、腕や足がおかしな方向に捻れていく。


「はぁああぁあああ!」


 乱舞の最後を荒波猛攻で決めると柊は天上にぶち当たり床に落ち更に跳ね返り横の壁にめり込んだ。


「どうよ!」

「――死霊召喚」


 拳を突き出し吠える塚森。だが柊は意に介すことなくスキルを発動させた。途端に塚森の背後から死霊と化した伊織が抱きついてくる。


「お前は俺を見捨てたぁ。恨めしい、お前が恨めしい――」

『あはは。どうやら君が殺した伊織は死んでも死にきれないようだねぇ』


 再び端末から声がした。死霊召喚は柊のスキルなのだろう。


「なめんじゃないわよ。うちのプレイヤーがそんなくだらない理由で死霊になんてならわないわ。これもきっとあんたが生み出した幻影かなにかでしょうが」

「ならば試してみるか? 死霊召喚!」


 更に柊から大量の死霊が生み出され塚森にまとわりつく。それを塚森は全て知っていた。ギルドマスターとして見送ったプレイヤーの霊だったからだ。


『フフフッ、その霊たちに貴方は見覚えがあるはずですよ?』

「あぁ。そうね。だからこそ確信したわ。この霊は本物ではないわ」

「本物か偽物かなんてどうでもいい。俺はお前を殺す!」


 柊の腕が膨張し骨が刃となりドリルのように回転を始めた。


「いくら攻撃力が低いと言ってもそれを受けるのはゴメンね」


 出来れば避けたい塚森だが死霊がまとわりつき動きが鈍る。


「それなら――金剛壁!」


 塚森がスキルの発動を試みた。だがすぐに違和感を覚えた。


「スキルが発動しない――まさかこの霊がッ!」

「ククッ、お前は何も出来ない。お前もこれで終わりだ!」


 ドリルのように変化した腕が塚森に迫る。スキルを発動できない塚森にはなすすべもなく――その時一つの影が背後から迫り塚森の腕を引っ張った。


「ぬぉッ!」


 力強く引かれたことで間一髪塚森は柊の凶行から逃れる事ができた。


「……大丈夫か?」

「助かったわ。だけど、貴方誰? いや、待ってその仮面まさか!」


 塚森は仮面をした男。ギルド側からしてみたら謎の仮面男。その正体は暁啓であった。


『みつけたぞ黒い端末ゥゥウウゥウウッッ!』


 暁啓が塚森を助けた直後、羅刹の怒声が響き渡った。暁啓はギョッとした顔を見せる。これまでずっと暁啓は羅刹のことを隠すため人前で喋らせないできた。


 だが今の羅刹からは隠すつもりが全く感じられない。同時に塚森を襲った相手が黒い端末持ちだという事も理解した。暁啓からしてみれば自分以外で同じような端末を持つ相手とは初めて対峙する。


『おやおや。まさか私以外の意思ある端末とこんなところでまた出会えるとは。折角ですから仲良くしませんか?』


 相手からも声が聞こえる。だがそれは人が発したものでないとすぐにわかった。これが端末なら確かに羅刹と同じ黒いのだとしても納得がいく。自我が芽生えているのが黒い端末だけだからだ。


「一体どうなってるのよ。あんたが持ってるのも柊と同じ黒い端末ってこと?」


 塚森が問う。この言葉で相手の名前が柊だと暁啓は理解した。


「それは――」

『仲良くだと? ふざけるな! 俺はなぁお前らのような黒い端末をぶっ壊したくてぶっ壊したくてたまらねぇんだよ!』

 

 塚森にどう答えようか考えていた暁啓だったが、羅刹の大声で一瞬にして意識がもっていかれた。そして暁啓はここで初めて羅刹が他の黒い端末に恨みを抱いていることを知った。


 わざわざぶっ壊したいと宣言するぐらいだ。きっと根深い何かがあるのだろう。


 暁啓としてはなぜそこまで黒い端末に執着するのか気になるところではあるが、今はそれよりも大事なことがある。。


「……貴方も随分とつらそうだ。ここから先は任せろ」


 暁啓が塚森に向けて言った。塚森は肩で息をしており疲れが見えた。


「私なら大丈夫よ。死霊とやらも去ったようだしこの塚森、伊達にギルドマスター名乗ってないんだからね」


 塚森の言葉に暁啓は驚いた。まさかこんなところでギルドマスターに出会えるとは思っても見なかったからだ。

 

 そして同時に目の前の相手はギルドマスターであっても苦戦するほどの敵と察する。


「羅刹。その柊って奴はかなり手練なようだ。油断出来ない」

『絶対にぶっ壊す! ちんたらしてんじゃねぇぞ!』


 自分への忠告も込めて話しかけたら羅刹のほうは暁啓の言葉を聞いていなかった。羅刹にとって目の前にいる黒い端末は憎き存在らしくおかげで冷静でいられるわけがないようだった。


「羅刹。少し落ち着くんだ。お前がそんなんじゃ俺も落ち着かない」

『ふぅ……ふぅ……くっ、つい頭に血が昇ったぜ。だけどな覚えておけよ。そいつはこれまでの相手と違う。甘ちゃんじゃ勝てねぇんだからな!』


 暁啓が頷く。わかっているつもりだ。何せ相手も同じ黒い端末持ち。当然簡単ではない。


「貴方気をつけなさい。あいつは妙なウィルスをばら撒いてるわ。霧もその影響よ。そしてたとえプレイヤーでもあいつの攻撃をまともに受けたらウィルスを流し込まれて終わり。感染したら最後――霧を生み出した挙げ句そこに倒れている子みたいにモンスターにされちゃうわ」


 チラッと塚森が見た方向には一匹の人狼がいた。しかし黒衣を着ているという点で普通のモンスターと違う。それがプレイヤーの成れの果てだとしたら――暁啓は何とも言えない気持ちとなった。


 同時にこの相手の攻撃は喰らわないようにと警戒心を高めた。


「風雷棒」


 暁啓はレベルアップによって覚えた新スキルを使用。風と雷が同時に武器に宿った。


「はぁああああぁあ!」


 更に風と雷の宿った黒棒を柊に向けて振るう。雷を宿した嵐が柊を飲み込んだ。研ぎ澄まされた風に切り裂かれ更に電撃によって柊の全身が黒くこげていく。


「これまたとんでもないスキルね――」


 呆気にとられる塚森。一方暁啓は、やりすぎただろうかと少し心配に思っていた。

 だがそれは甘かったと言えるだろう。どれだけ傷ついても柊は怯むこともなく傷もすぐに再生されてしまう。


「お前も、お前も一緒だーーーーーー! 俺を裏切り一人にするッッッ!」


 柊が叫び死霊が二人に迫った。


「不味いわ。あれにまとわりつかれると思うように動けない上、スキルが使えなくなるのよ」

「それなら――大地の震壁!」

 

 暁啓が使用。これも新スキルであった。黒棒を床に叩きつける先ず周囲が地震のように激しく揺れ、かと思えば暁啓と塚森を囲うように壁が出来上がったのだ。


「凄い。こんな使い方ができるなんて。けどこれは……」


 大地の震壁によって柊の動きを封じる事に成功した。更に死霊も壁に遮られはいってこれない。


「防御としては優秀ね。だけど攻撃は出来ないわよ」

「だから――」


 暁啓は跳躍し上方の壁の一部を黒棒で叩き壊した。同時に一旦柊の姿を視認してから、再度ジャンプして柊までの距離を詰める。


「なんとも強引な方法ね。だけど――嫌いじゃないわ!」


 更に壁が派手に壊れる音がし、塚森が地上から迫る姿を暁啓は確認した。


 柊の頭上から更に塚森は地上から距離を詰め同時に攻撃を仕掛ける。


「ぬぐぅ!」


 思いがけず派生した暁啓と塚森のコンビネーションによって柊もうめき声をあげた。ただしそれは痛みによるものというよりは二人の思いがけない反撃と猛攻による焦りとも感じられる。


「ナメルナァアアァアアァアア!」


 雄叫びをあげながら柊が腕を振り回し暴れだす。そして口からは黒い煙のようなものを吐き出した。その瞬間辺り一面に毒々しい色が広がる。


「離れて! この息吹を吸うと病に侵されるわよ!」

「……なるほど。だが大丈夫!」


 暁啓は風と雷の付与された黒棒を振り回した。竜巻が発生し柊の吐いた息は全て吹き飛ばされた。


「なるほどね。風で吹き飛ばすなんてやるわね」


 その時、塚森の無線に緊急連絡が入った。


「ギルドマスター、こちら緊急連絡。ギルド本部内に霧が発生しており、影響が広がってモンスターが出現し危険です。プレイヤーも散り散りになっており職員が危険な状況に――不甲斐なくて申し訳ありませねん。出来れば早急な対応を――」


 無線はそこでプツッと途切れてしまった。


「ちょ! どうしたのよ! くっ! こんな時に――」


 塚森が無線をぎりぎりと握りしめ壁に拳を叩きつけた。


「ギルドマスター! あんたはモンスターの対処に向かってくれ! こいつはこっちで何とかする!」


 暁啓が叫ぶ。無線が聞こえてきた為に柊は暁啓で食い止めるとそう考えたのだろう。


『そのとおりだ。こいつは俺らでやる! 邪魔だから引っ込んどけ!』

「いや羅刹そういう話でもないんだけど……」


 羅刹の言い振りに思わず素が出てしまう暁啓だ。とは言え塚森をここに留めて被害が拡大するのは不味い。それは暁啓にも理解できた。


「わかったわ。ここは貴方に任せる、といいたいところなんだけどそうは問屋が卸さないみたいね」


 疲れ果てたような声で塚森が言った。何故? と暁啓が確認すると既に背後は厚い霧に囲まれており大量のモンスターが出現していた――

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