第19話

「どっちにしても今が最悪の事態なのは確かね――大輔! ハンドルを切って!」

「チィイイィィイィィイィィイイッ!」


 大輔がハンドルに手を掛け思い切り左に切った。ギリギリで炎は車の横を通り過ぎていった。


 だが炎が通り過ぎただけでも熱と衝撃が凄まじく車は横転してしまう。


「クソッ! もうやるしかねぇ!」


 直人が扉を殴り無理やり開けた。そのまま這いずり出たが――直人の顔が青ざめる。倒れた車の頭上に炎を纏った竜の姿があったからだ。


「くそ! これじゃあどうしようも――」

「ハァアアァアアァアアァアアアア!」

 

 歯牙を噛み締め半ば諦めたような表情を見せる直人。だがそこへ何者かの雄叫びが響き渡った。


「あいつ、前に見た仮面の――」


 こちらに向かって走ってくる仮面の男を見て直人は以前見た男だと思い出したようだ。そしてそれは暁啓が変装した姿。


「風神棒!」


 今まさに炎を吐き出そうとしているクリムゾン佐々木に向けて暁啓がスキルを行使した。スキル名を告げると同時に暁啓が黒棒を振ると竜巻が発生しそのまま竜を呑みこんだ。


 それでも竜は無理やり炎を吐き出したが竜巻に巻き込まれたおかげで見事な火炎旋風へと変化。自らが吐き出した炎に竜は焼かれることとなる。

  

 もっとも常に全身に炎を纏っている魔炎竜に炎は効かない。まして自分の吐き出した炎だ。何ら支障はないだろう。暁啓としてもこれで決着がつくとは思っていない。


 この場はとりあえず横転した車に残された人たちが無事であればそれでよかった。


「助かったぜ! サンキューな!」

「……無事なら良かった。だがあの竜はまだ生きている。早く逃げろ」


 車の外に出てきた直人にお礼を言われ良かったと安堵する暁啓。だが竜はまた襲ってくる。その前に暁啓としては逃げてもらいたい。


「エンジンはまだ生きてる。全員で車を起こせ!」


 直人に引き続き大輔も車から出てきて全員に呼びかけていた。加奈子も出てきて暁啓としては冷や汗物だった。二人とも普段から暁啓を監視していたギルドの職員だったからだ。


 他にも以前校舎で助けた静の姿もあったが玖月はいなかった。後は彼らに助けられたと思われる一般人二人。


 全員で出てきて車を起こそうとしていた。暁啓を気にしている暇はなさそうであり暁啓にとっては都合の良い状況でもあった。


『グルゥゥゥウゥ――』


 火炎旋風が収まり赤鱗の竜が怒りの形相で暁啓を睨んだ。ターゲットは完全に暁啓に移っていた。上手くヘイトを稼げたなと暁啓は思ったりもした。


「あの仮面男、大分強いな」

「えぇ。一体何者なの?」


 大輔と加奈子の声が耳に届いた。見知った二人にそう評されると若干照れくさくもある暁啓だった。


「ここは任せてお前たちはそのまま逃げろ」

「――俺も手を貸せればいいが、足手まといだろうな。悔しいが頼んだぜ」


 直人が悔しそうに唇を噛みつつ頷いた。大輔と加奈子は一般人の二人を車に乗せその後で直人と静も続いて車に乗りその場を後にした。


 クリムゾン佐々木が追いかけようとするも暁啓が立ち塞がる。邪魔されたクリムゾン佐々木が再び雄叫びを上げる。同時に全身を包む炎が激しく燃え上がり、口内から炎が漏れ出ていた。


 恐らく先ほどの息吹が来ると予想した暁啓は先手必勝とばかりに動いた。


『あいつは常に炎を纏っていやがる。触れたら熱そうだぜ』

「あぁ。だから――破壊の金剛棒!」


 暁啓がスキルを発動。黒棒が巨大化し鬼の金棒の如く形に変貌した。


「更に――雷神棒!」


 暁啓はそこに更にスキルを重ねた。巨大化した黒棒に雷を纏わせ地面を蹴った。クリムゾン佐々木の更に頭上を取り巨大化した黒棒を振り上げる。


「はぁあぁあああぁあああ!」


 気合一閃――振り下ろした黒棒が竜の頭部を捉えた。纏われていた炎が荒ぶるが黒棒が巨大化しているおかげで暁啓に影響なく、魔炎竜クリムゾン佐々木は地面に叩き落された。


「やったか?」


 思わず暁啓がそう口にするが、竜はよろよろと立ち上がった。しぶといな、と呟き暁啓は黒棒を構え直す。そこで気が付いたクリムゾン佐々木がキョロキョロと首を小刻みに動かしていることを。


「もしかして状態異常か……」


 黒棒ダークネッサーを確認し暁啓が呟く。この武器は当てた相手の視界を奪うことがある。それが上手いこと発揮されたのだろう。


『目に頼っていたのが仇となったようだな』

 

 羅刹が冷静に分析した結果を口にする。暁啓はそうだね、と答え決着をつけようと魔炎竜に近づき黒棒を振り下ろした。


 これで勝負はついた。地面に倒れた魔炎竜クリムゾン佐々木は二度と起き上がってくることはなかった。


 これにより暁啓はレベルアップした感覚を覚えた。もしかしてと確認するとレベルは27まで上がっていた。


ネーム:霧開 暁啓

ジョブ:羅刹

レベル:27

攻撃力:155

防御力:152

体力 :170

敏捷力:103

技術力:134

魔力 :82

精神力:88

スキル:

・鬼に金棒・鬼人化・鬼火・鬼気・金剛・旋風金棒・鬼の鉄槌・雷神棒・風神棒・破壊の金剛棒・疾風迅雷・風雷棒・大地の震壁


「新たにスキルを三つ覚えたよ羅刹」

『フンッ。ちょっとはマシになってきたようだな』


 羅刹は素直には褒めてくれないが、暁啓を評価してくれているのは感じていた。


「最初に比べると僕も大分強くなったよね」

『あぁ。そうだなこれなら――ッ!?』


 会話している途中で羅刹の空気が変わった。


「羅刹?」


 暁啓も羅刹の変化に気がついたのだろう。気になったのか問いかける。羅刹は暫し沈黙だったが。


『暁啓地図を今すぐ確認しろ! 目的地を表示しておいてやった!』

「え? 目的地?」


 言われてすぐ暁啓が地図を確認した。すると確かに目的地が設定されていた。しかもその場所は――


「え? ギルド本部? でもここに行くと――」

『うるせぇ! つべこべ言ってねぇでさっさと動け! 新しく疾風迅雷も覚えただろうが。それを使ってとっとと目的地に向かいやがれ!』


 羅刹の空気が変わった。明らかに焦っていて何かを急いでいる。


「羅刹少し落ち着いて」

「グダグダ言ってると今すぐその体奪うぞ!」


 羅刹は興奮状態でまともに話せる様子ではなかった。暁啓は迷ったがもしかしたらギルド本部で何かとんでもないことが起きているのかもしれない。


「わかった。早速試させてもらうよ。スキル・疾風迅雷!」

 

 暁啓は新しく覚えたスキルを行使した。瞬間全身がバチバチと迸り脚には風が巻き付いてきた。


 地面を蹴ると爆発的な加速力で周囲の音も聞こえなくなった。音を置き去りにするほどの速度に達したのだ。瞬く間に街中を駆け抜け、暁啓はギルド本部へと急いだ――


◇◆◇


 ギルド本部にて廊下を一人の男が歩いていた。ゆらゆらとした覚束ない足取りで、しかし目標は定まっていそうな奇妙な空気を纏っていた。

 

「――動くな」


 男の背後から声が掛かる。その首筋にはナイフが当てられていた。


「お前。柊 翔太だな? こんなところで何をしている?」

「……お前こそ、誰だ――」

「……十文字 伊織プレイヤーだ」

 

 一応は質問に答えた伊織。柊の声はどこか生気の感じられないものだった。それが不気味でもあるがこれも仕事だ。柊が病室からいなくなったのは伊織の耳にも入っていたので連れ戻すことを優先的に考える。


「――プレイヤー……お前も俺を、一人にするのかァァァッ!?」


 柊が絶叫した。怒りに満ちた声であり、どうやら伊織の言動が彼の逆鱗に触れたようだった。柊の肉体が変化した。


 全身から骨が飛び出たかと思えば先の尖った骨が柊に向けて飛んでくる。それを全て避ける伊織だが、数が多すぎて捌ききれずに腕に突き刺さった。


「チッ!」


――リンッ……。


「ムッ――」


 伊織が舌打ちしかと思えば鈴の音が鳴り柊の視界から伊織が消えた。伊織のジョブは暗殺者だ。故に気配を消すのが上手い。その上成長した彼が着る影装束は気配を薄れさせ、スキルの影歩きと所持アイテムの幻鈴は隠密行動が取りやすくなる。

 

 これらの複合効果により柊は完全に伊織を見失っていた。一瞬――そう柊が伊織を見失ったその一瞬の隙をつきその刃が柊を膾切りにした。伊織が所持するナイフは影刃と言い影のように薄い刃は相手の隙を突くのに最適だった。


「無拍子――予備動作無しの連続攻撃。悪いが止まらないなら少々痛い目に――」

 

 柊の背後に立ち警告を発した。だが言葉は途中で止まった。何故なら伊織が与えた数の傷がみるみる内に塞がっていたからだ。


「再生能力か――」


 面倒だなと言わんばかりの呟き。その時だった豪快に振り向いた柊の腕が膨張し伊織に向けて伸びてきた。だが攻撃が当たる直前伊織が消え、かと思えば柊の首が飛んだ。


「……クソ。思わず刎ねちまった――」


 伊織は気配を消し瞬時に柊の首を捉えてしまった。これによりスキル首刎ねが発動し柊の首は飛んだのだ。伊織としては殺すつもりなどなかったのだが、相手の抵抗が予想以上に激しかった為に手加減などする余裕がなかった。


「――しっかり報告しないとな」

「ヒヒヒッ、一体何を報告すると言うんだ? 俺の首を刎ねたことか? それとも刎ねられた首がこうして喋っていることか?」


 伊織がギョッとした顔で柊の頭部を見た。そこには確かに切断されたはずの頭部があり、不敵に笑っていたのだから驚くのも無理はないだろう。


「お前は一体なんなんだ……?」

「俺は俺さァ……骸なのさぁ。そう骸――だから首を刎ねられた程度じゃ死なない。だけどなぁ首を刎ねられた事は許さない、だから呪うお前を呪う――呪って呪って魂まで貪り尽くしてやる――」


 柊の言葉に言いようのない不快感と寒気が襲ってきた。自然と伊織の肩が震える。何かがおかしいと思ったその時、今度は柊の口から黒色の煙が吐き出された。


「ゴホッ! これは、ゴホッ!」

 

 伊織が咳き込み片膝をついてしまう。喉が焼けるように痛み、悪寒が全身をおそっった。体温も一気に上昇してきた気がする。


 思わず伊織は端末を見た。自分の状態が恐怖と病気になっていた。端末は敵からの攻撃やスキルなどが原因で発生した状態異常を知らせる機能もついている。それで理解した。


 恐らく恐怖は首だけになった柊が発した言葉が原因だろう。それが何らかのスキルと絡んでいた。一方で病気は間違いなく口から吹き出された黒い煙による影響だ。


「首を切っても死なない上に、この能力かよ――」

 

 愚痴るように呟く伊織。だがこのままというわけにもいかない。柊の胴体が首を拾いくっつけた。それで柊はもとに戻った様子だった。


(こいつを俺一人で相手するのは厳しい――)


 近づいてくる柊から目を逸らさず伊織が思考する。この状況を打破する為に――伊織は懐に手をやり柊の足下に黒い玉を投げつけた。途端に柊が煙に巻かれる。


 今だ、と伊織は踵を返し駆け出した。仲間を呼びに行くつもりだった。情けないとは思ったがこのまま何の情報も届けず死ぬよりはマシだと思った。


「ガハッ!」


 しかし、その狙いをあざ笑うように骨の槍が柊の背中から腹に掛けて貫通した。骨の槍は伊織の影から伸びていた。そしてゆっくりと影の中から柊が這い出てくる。


「――俺のスキル闇遁は闇の中を自由に移動できる。それが相手の影であっても一緒だ」


 倒れた伊織を見下ろし柊が言った。伊織は悔しそうに顔を歪めた。既に伊織には動く力も残されていなかった。ただ睨みつけることしかできずにいた。


「――うちの大事なプレイヤーにあんた何してるのよ!」


 その時だった。突如現れた塚森が猛ダッシュで迫ってきた。その視線は柊に向けられており右腕が膨張し倍以上の太さとなりその勢いのまま柊に向けて右腕を叩きつけた。


「筋絶ラリアットォォオォオッ!」

「――ガッ!?」


 突如として乱入した塚森のラリアットによって柊の体が吹っ飛んだ。だが塚森の怒りはまだまだ収まらない様子であり、なんと飛んでいく柊を追い越して背中をとってしまった。


「まだまだぁああ! 筋絶ローリングドロップ!」


 塚森は背後から柊に組み付き、そのまま後方に大きく跳躍した。その状態のまま空中で何度も捻りを加え頭から床に叩きつける。グシャッという鈍い音がした。


「どぉぉおよぉおぉおぉおぉおお!」

 

 テンションが跳ね上がっているのか、右腕を勢いよく上に突き上げ野獣のように塚森は吠えた。だがすぐハッとした顔になり塚森は伊織に駆け寄った。


「傷は勿論顔色も悪いわね――」


 背中まで貫通した腹部と顔色の悪さからかなり危うい状況と判断。塚森は無線を使ってギルド内の職員に連絡を取った。


「急いで誰か治療スキルを持ったプレイヤーを寄越して頂戴。大変なのはわかってりうけど、こっちも一刻一秒を争う事態なの。状態異常も併発しているから至急お――」


 無線を使って連絡を取っている途中、不気味に変化した腕が塚森に襲いかかった。腕からは骨が突き出ており、それが高速回転しながら突き進んでくる。


「なんなのよもう!」


 塚森は大きく飛びそれを避けるが、伸長した肉は壁を削り天上を削り塚森を追いかけ回した。


「あんた。何でまだ動けるのよ!」

「ヒヒッ、骸となった俺があの程度でやられるかッ――」


 柊の執拗な攻撃に辟易となる塚森。とにかく伊織が巻き添えを喰らわないよう位置取りを考え、柊との距離を詰めた。


「お前、本当は俺が怖いんだろう? お前は肉体が自慢のようだが、そんなものは俺には一切通じない。俺がその筋肉をズタズタに切り裂いてやる。ひたすらに! ズタズタに!」


 柊の言葉を聞き、一瞬だけ塚森に悪寒が走ったが、塚森は意思を強く持つことで耐えきった。


「なるほどね。精神攻撃系のスキル持ちねあんた。でも残念。私のスキル【大いなる意思】は精神力を高めるのよ!」

「チッ! だったら――カハァ!」

 

 迫る塚森に向けて柊が黒ずんだ息を吐き出そうとした。だがその瞬間には塚森のカウンターが柊の顎を捉え強制的に口が閉じられる。


「逆襲の鉄槌! 私の攻撃範囲内なら確実にカウンターを決められるのよ!」


 柊の攻撃を避けつつ反撃を行う塚森。更に塚森は柊にボディーブローを決めた。岩石砕きというスキルが込められた攻撃は威力が跳ね上がる。


 それにより徐々にではあるが伊織の動きが鈍くなっていくのがわかる。そしてついに動きが完全に止まった瞬間を見計らい、塚森は渾身の一撃を放った。


「これでトドメよ――!!」


 拳を振りかぶりながら突進していく塚森だったが、突然柊が消え去った。


「一体どこに――ハッ!?」


 塚森の背中に骨の槍が襲いかかった。それは柊が自らの骨を変化させて作り上げた武器。柊は影の中から這い出て不気味に笑う。

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