第18話

「あれは自衛隊の基地だったか――」


 ふと未来の目の前にフェンスに囲まれた基地が目に止まった。フェンスの向こう側に重厚感ある建物や鉄塔が見えていたが、何かに引き裂かれたような痕が残っており中からは銃声と叫び声が聞こえてきた。


すると一つの影がフェンスを飛び越え未来の前に立ち塞がった。毛むくじゃらのモンスターであった。その高さは自衛隊に立つ鉄塔と変わらないほどだ。


「グォォオ――オ?」


 雄叫びを上げたモンスターだったがその瞬間には上半身と下半身が離れ離れになっていた。すれ違った未来はチンッと刀を鞘に収めた。


「悪かったであるな。貴様に構ってる暇はないのだ」


 そう呟き未来は走り続けた。実は今斬り倒したのはモンスターと化した長月大佐だったのだが未来には知る由もない。


(しかし、だいぶ霧が広がってきているな)


 未来はそんなことを思いながら走り続けたが、そこでモンスターと戦う一人の少女を見つけた。彼女はハンマーを片手に勇ましく立ち回っていた。相手をしているのは人獣タイプのモンスターであった。


(中々やるようであるが多勢に無勢。仕方ない)


 未来は加速し人獣相手に刀を振るった。数匹の人獣が一瞬にして切り刻まれ残った人獣は明らかに動揺していた。


「な、何がおきたんや」

「娘。某が手助けしようではないか」

「誰!?」

「ただの通りすがりの剣士である。それより今はあの化け物どもをどうにかせねばならぬのではないか? 某のことは後回しでも問題なかろう」

「そ、そやな! ほんま助かるで! 棚からぼたもちや!」


 ハンマー片手に関西弁の娘がそんなことを言った。


「なるほど。変わった娘であるようだな」


 助けた少女の言葉選びが微妙にずれていることで未来は内心で笑みを浮かべていた。どうやら面白い奴のようである。


「それにしてもなんやあんた、口調といい変わっとんなー。うちは雷夢や。よろしゅう頼むで!」

「雷夢であるか。良い名だ。よろしく頼むぞ」

「おぉ! えぇ人やないか!」

「ところで雷夢よ。随分と物騒な物を振り回しているが、見たところお主、本職は戦闘系ではあるまい?」

「え? なしてわかるんや! 確かにうちのジョブは錬金術師やけど」


 うむ、と未来は深く頷きそれから口を開く。


「一見するとパワーに任せてガンガン行くタイプに思えるが、構えから見て戦闘面では素人に毛が生えた程度であるからな。あののようなタイプ相手にそれでは死ににいくようなものであるぞ」

「うぐっ!」


 どうやら雷夢は図星をつかれたようで短く呻きたじろいだ。実は本人にも自覚はあった。先輩プレイヤーにも調子に乗るなと言われていた程だが、人獣は雷夢の未熟さを通関させるに十分な相手だった。


「さて、実は某は見ての通り攻撃は得意だが防御が弱い。これから残りの人獣の群れに飛び込む故、お主が某の弱点を補ってくれると嬉しいのだが」

「任しいや!」


 雷夢が力強く答える。


「ほぅ、頼もしいな」

「へへん。うちはこう見えても結構頼りになるんやで。うちとあんはんなら無敵のコンビになれるかもしれんで!」

「ふむ。それでは期待しているぞ!」


 そして宣言通り未来が人獣の群れに飛び込み、雷夢は錬金術で彼女の防御を強化したわけだが――


「これで終いであるか。娘よ見事であった」

「いや、結局うちのスキル、意味なかったんちゃう?」


 雷夢がジト目で突っ込んだ。何せ未来は人獣の爪牙を一撃たりとも受けていない。掠ってもいないほどだ。全て攻撃を受ける前に刀で斬り伏せている。まさに一騎当千。


「まぁ気にするでない。お主の錬金術があったからこそ某は恐れること無く戦うことが出来たのだ」

「そういうレベルでもなかったやろ……ま、ええか」


 そう答えた後、雷夢がジッと未来の顔を見つめてきた。


「何だ娘よ。某の顔に何かついておるか?」

「いや、さっきから誰かに似てるおもっとったんやけど、わかったで。あんはん暁啓に似とるんや」

「何? 暁啓を知っておるのか?」


 雷夢の答えを聞き未来が聞き返した。雷夢は目をパチクリさせた後小首を傾げ、


「知っとるけど。やっぱり何か関係あるんか?」

と問い返した。


「そうであるな。暁啓は某の弟である」

「あー、なるほど。それで顔が似ているんや、て、えぇえぇええぇえぇえ!」


 雷夢は驚きの声を上げた。あまりの驚き様に未来も少したじろいだ。


「ちょ、ちょっと待ちや! て、ことはや。あんはんがもしかして未来はん?」

「うむ。某は霧開 未来であるぞ。まさかこのような娘にまで知られているとは思わなかったぞ」

「いや、それは、まぁわりと皆知っとると思うで」


 雷夢はどこか反応に困ってる様子だった。何せ災厄の魔女と噂されていた本人が目の前にいるのだ。


「まぁ良い。それよりも今は先を急がねば。娘よ。ギルドの場所に変わりないか?」

「う~ん。少なくともここ四、五年は変わってないと思うで」

「左様であるか。それであれば問題ない」


 そう言って踵を返そうとする未来だが、雷夢がその袖を掴んだ。


「ちょい待ち! あんはん一体ギルドに行って何をするつもりや?」

「……道中、討ちそこねた相手がいるものでな。あの男は危険な存在だ。このままではギルドはおろか博士の身にも危険が及ぶかもしれん」

「え! おとんが!?」


 雷夢が驚き、未来が彼女を見た。雷夢はしまったと思った。つい父親の話題が出てしまったからだ。


「まさか博士がお主の父君であられるのか?」

「あー。うん。もうごまかしてもしゃあないな。せや、うちのおとんやねん」

「なんと。そう言われるとどことなく面影がある。しかしそうとなれば殊更急がねばならんな」

「……せやったら、うちも一緒に行くで! ギルドのことも心配やからな!」


 雷夢が真剣な目で同行を申し出た。未来は顎に手を添え一瞬考えたが娘ということならば置いていくわけにもいかないと考えた。


「うむわかった。それならば」

「へ? ちょ、何するねん!」


 雷夢が目を見開き声を上げた。唐突に未来が雷夢を担ぎ上げたからだ。


「この方が早いであるからな。では征くぞ!」

「ちょ、ちょ、まちぃぃいぃいいやぁああぁああ!」


 一瞬にして加速する未来の背中で雷夢の声が虚しく響いたのだった――


◇◆◇


「おいおい。どうなってんだこりゃ――」


 テレビ局の敷地内にてギルドからの司令を受け、様子を見に来ていた直人はその凄惨な光景に衝撃を受けていた。


 辺り一面に広がる血溜まり、倒れている死体の数々、そしてその中心には大柄な人型のモンスターが立っていた。厳つい顔をしており下顎からは牙が上に向かって伸びている。


「オーク型か。しかしなんてカメラなんて担いでるんだ?」


 オーク型――パワーに秀でたモンスターだ。外の霧の中でもわりと良く見かけたタイプでもある。ただカメラを担いだタイプは初めてだった。


 そしてオーク型のモンスターが直人に向かって突進してきた。咄嗟に横に跳んで避けるも、相手は巨体なのですぐに追いつかれてしまうだろう。


 直人は背後から攻撃を仕掛けるも分厚い脂肪により決定打にはならないようだ。それどころかオーク型は振り返ってしまいそのまま腕を振り下ろした。


 間一髪避けることができたもののコンクリート製の床が大きく陥没していたことからかなりの破壊力であることが窺える。


 まともに食らえばひとたまりもないだろうと戦慄していると、突如床から蔦が伸びオークを拘束した。


「誰だ?」

「森本 静です! 支援します。玖月!」

「おうよ!」


 静が叫ぶと斧を持った玖月が疾駆し、オークに向けて両刃の斧を振り下ろした。その一撃によって頭部が切断されると共に鮮血が飛び散り、辺りに鉄臭さが充満していく。


 だがまだ絶命していないようで、オークは激しく暴れだした。すると更に床を突き破り植物の蔓が生えてきてオークを捕らえていくではないか。それはまるで意思を持っているかのように動き続け、やがて完全に身動きが取れなくなったところでオークの頭だけが床に転がった。


「ふぅー終わったぜ」


 額の汗を拭いながら言う玖月に、そうだな、と言いながら直人は周囲を見渡した。そこには既に息絶えている人間が何人もいるわけだが、どれもこれも原型を保っておらずとても直視できるものではなかったので目を逸らしながら考える。


「くそ! 一体何が起きたってんだ!」

「……もしかしたら私たちのせいかもしれません……」

 

 怒りとやるせなに顔をゆがめる直人。すると静が暗い顔で責任の所在は自分たちにあると語りだした。


「おい。それはどういうことだ?」

「本当は私たちギルドに言われて謹慎中だったんです。理由は勝手にテレビ局の取材を受けてダンジョン地帯に連れ出したこと……その時は自衛隊の皆さんも一緒でした」

「おい静。確かに事実だがそれとこれとは関係ないだろう?」


 懺悔のように語る静に玖月が横槍を入れた。それに対して静が言う。


「でも実際に霧の発生源はここと自衛隊の基地よ。全て関係してるじゃない!」

「……そんなの偶然だろう」

 

 静の訴えに苦い顔をする玖月を直人が睨みつける。


「てめぇ、ギルドの許可もなく一般人を連れ出すたぁどういう了見だ!」


 玖月の襟首を掴み直人が吠えた。目を眇め玖月が答える。


「お、俺だった騙されたようなもんなんだよ。成功したら叔父がA級になれるよう口利きしてくれるっていうから協力したのに、結局叔父は俺たちのせいで面目が潰れたとかいいだして助けてもくれなかったしよ」

「そんなの自業自得じゃない」


 言い訳のように宣う玖月を見て、呆れたように静か言った。それに反論しようとする玖月だったが、その前に直人が言った。


「ちょっと待てだったらお前らの今のランクは?」

「俺と静はB級だよ」

「マジかよ……」


 直人はがっかりした顔を見せた。そして、チッ、と舌打ちし玖月の首から手を放す。


「ふぅ、てか。お前のランクは?」

「……俺はE級だよ」

「は? なんだよそれ。まだ新入りに毛が生えた程度じゃねぇか。どうりで若いと思ったぜ」

「うるせぇ。俺は寧ろがっかりだよ。B級のくせに物の道理もわかんねぇのがいるなんてな」

「なんだと!」

「ちょっと二人ともやめなさい」


 言い合いを始める二人を静が止める。


「今はランクなんて関係ないじゃない。それに私たちが勝手な真似をしたのは事実よ。とにかく中に入って生き残ってる人がいたら助けないと」

「……たしかにそうだな。おい行くぞ新入り」

「あ? 何急に指図してんだテメェ!」

「俺の方がランクが上なんだから当然だろうが。さっさと来い!」

 

 そう言われ結局後に続く直人だが、その顔は釈然としてない様子だった。

 三人はテレビ局に入り慎重に確認していったが、やはり多くの人間は既にモンスターによって殺されていた。


「キャァアアァアアアァアアア!」


 もう生き残りはいないかと思ったその時、女性の悲鳴が奥から聞こえてきた。三人は急いで悲鳴の聞こえた場所へ向かう。


「や、やめてください泉さん!」


 現場には全身の皮がめくれ肉がむき出しになったような人型のモンスターがいた。女性の首を掴み長い舌をチロチロさせている。その近くの床には女性がもう一人座り込んでいて、モンスターに向けて呼びかけていた。


「泉さんってあの時のインタビュアーの……」

 

 三人が現場に着くと女性が必死に呼び掛けているのが見えた。どうやら二人は知り合いらしい。するとモンスターはその女性に狙いを定めたのか襲いかかりそうになる――しかしそれを止めるために直人が脚を踏み出した。


「瞬撃!」


 直人がスキルを発動。一瞬で間合いを詰め拳を振るう。強烈な一撃をくらった女のモンスターは怯み、掴んでいた女性を落とした。ドサッという音と共に女性が床に叩きつけられる。


 すかさず追撃をかけようと前に出る直人だが――ドスンッ! と何かが落っこちてきた音がし腹部に強い衝撃が走った。


 見ると背後からモンスターの攻撃を受けていた。蜘蛛の下半身に女の上半身が乗ったようなモンスターだった。


 ダメージはほとんどないものの不意打ちを受けたことで一瞬体が硬直してしまう。そこを好機と見たモンスターが攻撃を仕掛けてきた為、慌てて飛び退いた。再び距離を取る両者。


「確かアラクネ型だったか――」

 

 直人が呟く。蜘蛛の下半身を持つタイプはそう呼ばれていた。危険度はそれなりに高くその理由は。


「ぐっ!」


 うめき声をあげ直人が膝から崩れ落ちた。アラクネ型は毒を持っていることに直人が気が付き顔を歪めた。それがアラクネの危険度の高い理由だった。


「キシャァアアァアアア!」


 更に最悪なのは毒で動きが鈍った直人に向けてもう一体の女モンスターが仕掛けてきたことだった。


「オラッ!」


 だがそこで攻撃を加えたのは玖月であった。大きく振りかぶった斧を相手に叩きつける。断末魔の悲鳴を上げ女型のモンスターが倒れた。半身が斜め方向にずれ落ちており息がないのは確実だった。


 そうなると残るはアラクネ型だが、こっちは静の魔法でほぼ勝負が決まっていた。全身を先の尖った枝で串刺しにされていたからだ。


「腐ってもB級プレイヤーってことか……」

「誰が腐ってるだ誰が!」


 玖月が不機嫌そうに声を荒らげた。一方で静はとても悲しそうな顔をしている。


「このアラクネ型も元は音声の田中という女性でした。それなのに――」


 悲しそうに静が言う。それに対し玖月が言う。


「別に元に戻るわけじゃないんだから割り切るしかないだろ」

「……そんな言い方――」

 

 恨めしそうな顔で静が玖月を睨む。


「何だよ?」

「……もう、いいよ」


 玖月の態度にこれ以上話しても無駄だと思ったのだろう。静は助かった二人を何とかしないと行けないと考え気持ちを切り替えた。同時に苦しげな直人のことも気がかりである。


「おい。大丈夫か?」


 玖月が助かった女性二人に聞いていた。とりあえずそっちは任せ静は毒を喰らった直人に近寄った。


「くそ、やっちまった……」

「大丈夫? 無理しない方がいいよ。とりあえず――自然治療」


 静がスキルを行使。すると植物が直人の傷のあたりに巻き付いた。それにより出血が止まる。


「あんた治療魔法が使えるのか?」

「近いね。植物の力で癒すの。毒も吸い出したから大分楽になるはず。でも無理しないでね。私のスキルは本来生物が持つ自然治癒力を増すだけだからすぐに回復するわけじゃない」


 直人が立ち上がり傷を見た。毒については確かに楽になり出血も治まったが傷そのものが消えたわけではなかった。


「助かったぜ。これで十分だ」

 

 直人がニコリと微笑んで静にお礼を言った。そして玖月に顔を向ける。玖月は一人の女性に肩を貸していた。モンスターに捕まっていた方の子だった。もう一人は軽症のようで自分で立って歩けそうだ。


「他に誰か生き残りはいる?」

「うぅ、わからないよ。私たちだって逃げるのに必至だったし……」


 それが助けた女性の答えだった。それも仕方ないかと静は考える。彼女たちは一般人だ。いきなりモンスターに襲われて冷製でいられるわけがない。


「このあたりの地図があればいいんだけど……」

「そ、それなら向こうに案内板が――」

 

 玖月の肩を借りている女性が答えた。言われた方へ静が向かうと確かに壁に局のマップが掛かっていた。


「ありがとう。これなら――植物の導き!」

 

 静がスキルを発動させた。植物が放射状に伸びていき意思が宿ったかのように移動する。


「それは一体どんなスキルなんだ?」

「ちょっと黙っておけ。静はあれで周囲の状況を探れるんだ。ただしかなりの集中力がいる」


 直人の疑問に玖月が答えた。なるほどそういうことなら納得だと直人は思った。しばらくすると助けた女性の一人が口を開く。」


「あの……私はこれからどうなるのでしょうか……?」


 不安そうな声で言った。突然街なかにモンスターが現れたら不安にもなるだろう。


「俺たちが来たからな。安全な場所まで送り届けてやる」


 直人の言葉で生存者がホッとした顔を見せた。随分と気が楽になったようだ。


「……ダメです。生存者は他にはいない――それに……モンスターも増えてるしすぐに出たほうがいいと思う」


 周囲の状況を確認し終えたらしく静が無念といった面立ちで言った。覚悟は出来ていたのだろうが助けた二人も辛そうな顔をしていた。


「……こうなったら生き残ったあんたらは必ず俺たちが助ける。急ぐぞ」

「おい。後輩なのに偉そうにしゃしゃり出るなよ」

「いいから玖月も早く!」


 静が急かすように言うと、はぁとため息をつきながら玖月が二人の後を追った。助けた二人を連れて出口を目指す三人だが途中でアンデッドタイプのモンスターが現れた。


 このタイプは生前の姿をある程度保ってることも多い。それゆえにか局で働いていた二人も悲鳴を上げて震え上がっていた。


 そんな二人の前に現れたのはゾンビ型モンスターだった。皮膚が爛れており腐敗臭を漂わせていた。目は白く濁っており生気というものが感じられない。口はだらしなく開かれ涎を垂らしている。


「き、気持ち悪いです……」

「あぁ、俺もそう思う」


 肩を貸している女性の言葉に同意を示すように頷く玖月。二人が嫌悪感を抱いている間に直人が動いた。距離を詰め拳で頭を破壊していく。


「チッ、まだ出てきやがるのか」

「数が多いね……」


 玖月たちに近づいてきたゾンビ型は倒したが、わらわらと生きる屍が姿を見せる。霧は死体さえもモンスターとして動かす力がある。


 直人たちがげんなりしているとそこに銃声が轟いた。頭を撃ち抜かれたゾンビ型が倒れていく。更に大柄の男がショットガンをぶっ放してゾンビの群れを始末してくれた。


「大丈夫? 生き残りはいる?」

「二人生き残りがいるけど、あんたらは?」

「私たちはギルドからきた職員よ。私は鈴木 加奈子よ。加奈子でいいわ」

「俺は佐藤 大輔。大輔でいい」

 

 サングラスをした女性と大柄で筋肉質な男が名前を語った。しかし直人は小首を傾げていた。


「ギルドの職人はわりと覚えているがあんたらなんていたか?」

「事情があって私たちは外回りばかりだったのよ」


 加奈子が答えた。ギルドに戻らず外に出ていたなら確かに直人にも知りようがない。


「職員ということはプレイヤーではないのですね」

「そうね。でもモンスターに通じる武器は支給されてるわ」


 静の質問に加奈子が答えた。それが事実なのは倒れたモンスターをみたらわかる。モンスターには普通の武器は通用しないからだ。しかしギルドで博士と呼ばれているプレイヤーが作成した武器であればプレイヤーでなくても扱えてモンスターとも戦える。


「とにかくここを出るぞ。外に車を止めてあるからそれで移動する」

 

 大輔に促され全員で先を急いだ。途中また大量のモンスターに襲われたが難なく撃破することが出来た。

 

 無事外に出た一行。そこに一台のミニバン車が止まっていた。大輔が鍵を取り出しボタンを押した。車のライトがピコピコ光る。


「鍵があいた急いで乗り込むんだ」


 言われるがまま車に乗りこもうとする一行。先ずは一般人の二人を乗せた。続いて大輔が運転席に加奈子やプレイヤー達も車に乗りこもうとする。


 だがその時テレビ局の天井が崩れ中から一匹の竜が現れた。


『グオォオオォオオオォォオォオォオオン!』


 その咆哮は聞いただけで背筋が凍るような錯覚に陥るほどの威圧感だった。


 体長五メートルはあるだろうか巨大な体躯をしていた。全身真っ赤な鱗に覆われておりしかも全身に炎を纏っていた。


 鋭い牙や角を生やしており瞳は金色で瞳孔は縦に割れている。翼を広げれば三メートルほどの大きさがあった。


 その姿はまさにドラゴンと呼ぶに相応しい姿だった。


 突如現れた竜の姿を見て、全員が驚愕の表情を浮かべ固まってしまった。その隙を竜は見逃さなかった。口を大きく広げ炎のブレスを吐き出してきたのだ。


「畜生が! 斧防御!」


 咄嗟に玖月が前に飛び出し斧を盾代わりに炎のブレスを防いだ。だが炎の圧が凄まじく玖月の顔も歪む。


「玖月!」

「何ぼさっとしてやがる! さっさと乗って逃げろ!」


 静が駆け寄ろうとするが大声を上げ玖月がそれを静止した。竜の炎は更に勢いをましており防ぎきれない熱で玖月の体が焼けただれていく。


「そんな、駄目だよ玖月!」

「よせ! あいつの気持ちを無駄にするな! あんたも乗るんだ!」


 必至に叫び手を伸ばす静を直人が止めた。そして半ば強引に車に押し込むと自らも乗車し車を発進させた。


「へへっ、それでいい。静、馬鹿な彼氏でごめん。幸せにな――」


 最後までいい切る前に玖月の斧が炭化し崩れ玖月は炎に飲み込まれた。車内で静は泣いていた。背後では未だに炎が舞い上がっている。しかし大輔たちは振り返らずただ前だけを見てその場を後にして走る。


「あの人、どうなったのですか?」


 生き延びたテレビ局の女性がそんなことを聞いてきたが、誰もそれに答えるものはいなかった。静の涙も止まらない。その時だった、加奈子のスマホの着信音がなり彼女が懐から取り出す。


「もしもし。えぇ今竜に遭遇したのだけど何とか逃げて、え? 嘘でしょう――」

『グォオオォォオオォオオォォォオオオオオ!』

 

 加奈子がどこかと電話し驚いている中、竜の雄叫びが響き渡り、空中から再びあの竜が現れた。


「くそ! しつけぇ! おいあんた一体どこに掛けていたんだ?」

「……ギルドの鑑定士からよ。どうやらドローンを通してあの竜を鑑定したらしいわ」


 鑑定というスキルがある。そのスキルを使用するとプレイヤーのステータスを見たりダンジョンで発見したお宝を詳しく鑑定することも可能となる。当然モンスターの鑑定も可能なわけであり。


「あの竜――魔炎竜クリムゾン佐々木というらしいわ」

「……何だそのふざけた名前は」

  

 直人が呆れたように返したが加奈子の表情は真剣そのものだった。


「問題はそこじゃない。重要なのは名前があること。つまりあの竜はユニーク種ってことよ」

「マジかよ。最悪だぜ」


 運転席で聞いていた大輔も顔を歪めていた。ユニーク種とは通常のモンスターより強力な能力を持った特殊な個体のことである。通常種の上位互換の存在なので討伐するのが困難な場合が多い。


「ね、ねぇ佐々木ってもしかしてディレクターの佐々木のこと?」


 思い出したように生き残った女性の一人がいった。佐々木については静にも覚えがあった。玖月の犠牲で泣き続けていた静だったがそこはやはりプレイヤー。危険がまだ去っていないことを思い出し涙を拭って顔を上げた。


「思い返してみれば、あの日同行した局員が全員モンスターに変わり果てている。そう考えたらあの竜が佐々木の成れの果てだとしても納得出来る」


 静が冷静にそう言った。もう落ち込んでいられないと思ったのか顔は真剣そのものだった。

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