第三章 霧に支配された街

第17話

「編集を急げ! 今日の夜には特番として放送するんだからな!」


 テレビ局ではディレクターの佐々木の指示によってスタッフが忙しなく動き回っていた。近くにはカメラマンの山田。音声の田中の姿もあり、更にリハーサルの為にインタビュアーを務めた泉も招集されていた。


 佐々木はとにかく張り切っていた。何せダンジョンの様子などをテレビで放送するのは初のことである。もっともこの件にも右往曲折があった。


 テレビで放送することに関してギルド側が難色を示したからだ。玖月の叔父でもある議員がこの企画にゴーサインをだしたわけだが、ギルドに話が通っていなかったのが話をややこしくした。


 結果としては双方の話し合いにテレビ局の局長も参加し折り合いを付ける形で決着となった。条件としてはギルドの評価を著しく下げるような放送はしないこと。


 またプレイヤーも含め顔にはモザイクをかけることや、救助者の放送を避けるなどであった。条件は厳しいが以外にも仮面の男に関してはそのまま放送して良いこととなった。


 この辺りはギルド側の譲歩であるが、同時に藤堂の思惑があった。

 未だに謎のまま正体のわからない仮面の男について放送されれば、もしかしたら何かしらの情報が集まるかもしれないと思ったのだ。


 兎にも角にもこれで特番としても格好がつくなと佐々木は安堵していた。


「ディレクター。ここの件についてなのですが」

「あぁここは――ゴホッ!」


 まるで戦場と化したかのように慌ただしい中、スタッフの一人が佐々木に質問をしてきた。それに答える佐々木ディレクターだったが――突如咳き込み始め喉を押さえた。


「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。ちょっと喉をやられたかな? まぁ大したことはゴホッ!」


 喉を押さえつつ答えている最中、再び佐々木は激しい咳に見舞われてしまった。しかも咳は佐々木だけではなく、カメラマンの山田、音声の田中。そしてインタビュアーの泉までも急な咳に見舞われていた。


 この四人に共通するのはダンジョンの取材でプレイヤー達に同行していたということ――


「うぉ! な、なんだ急に泉ちゃんが泡を吹いて、いや、違う煙だ! 煙を吹いて倒れたぞ!」

「山田と田中もです!」

「そんな。佐々木ディレクターまで……一体どうなってるんだ!」


 スタジオ内は騒然となった。カメラやマイクは壊れてはいないようだが、倒れている三人は意識を失っており、特に一番最初に咳き込んだ佐々木は全身から白い煙を吹き出している状態だった。


 スタジオが騒然とする中、煙によって一瞬にして景色が白く染まっていった。


 彼らがその煙が霧だと察するまでそう時間はかからなかったが、その時にはモンスターと化した四人によって瞬く間にスタジオ内が血の海と化してしまっていた――


◇◆◇◇◆◇


 暁啓はレストランのホールを任されていた。プレイヤーになってからも暁啓のバイト生活は続いており、今日は駅前の人気なレストランに派遣されていた。


 といってもこのレストランには何度かスタッフとして入っている為、仕事は手慣れたものである。


「ほんまおっどろいたわ~暁啓ここでもバイトしてたんやな」


 客を捌いていると、横から声をかけられた。そこには暁啓としてもヒロとしても親交のある雷夢の姿。


「あれ? 今日は休み?」


 反射的に暁啓が質問していた。雷夢はプレイヤーだ。つまり普段ならこの時間はダンジョンに向かい仕事をしているはずなのである。


「せやねん。最近、うち結構頑張ってんねん。せやから今日ぐらいは休んどこおもっとたんやわ」


 成る程と、得心のいった顔で暁啓が頷いた。そして暁啓は雷夢を席まで案内し注文を聞いた。

「う~ん。ここのおすすめ聞いてもえぇ?」


 雷夢の言葉に暁啓が笑顔で答える。


「それならオムライスかな。ここのオムライスは絶品で人気があるんだ」


 暁啓の話を聞き、雷夢がメニューのオムライスに目を向けた。


「折角教えてくれたんやし、暁啓のオススメのオムライス注文するで。後はサラダとチョコレートパフェで決まりや!」


 元気一杯な雷夢の声を聞き暁啓は畏まりましたと答えカウンターに戻った。その後出来上がった料理も暁啓が運ぶと、雷夢は実に美味しそうに食べてくれた。


 この笑顔を見るとおすすめして良かったなと思う暁啓だったが――その時、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。店内がざわめき出し一瞬にして空気がひりつく。


「これって……」

「緊急警報や。黙って聞いとき」


 雷夢の顔も真剣そのものだった。言われた通り暁啓も黙って様子を窺う。すると街中に設置されたスピーカーから女性の声が聞こえてきた。


『緊急警報緊急警報。ポートアイランド市内にてモンスターの姿が認められました。市民の皆様は速やかに避難を開始してください。これは訓練ではありません。繰り返します――』


 その後も放送は続き状況の説明がなされた。

現在確認されているだけで十体のモンスターが目撃されていること。


 避難場所として各避難所が指定されていることなどが伝えられた。また、今はまだ限定されたエリアにしか現れていないが今後どうなるか分からないため気を付けて欲しいということだった。


「どういうことや。一体何でモンスターがおんねん!」


 雷夢が緊迫した声を上げ、端末を取り出して状況を確認した。


「これって――市内に霧が発生しとるやんけ!」


 雷夢の様子を暁啓は近くで窺っていた。端末を見たのはマップを確認したかったのだろう。モンスターが出るということは霧が発生したということだ。


 何故ならモンスターは霧の中でしか生息できない。だからこそ霧は周囲を侵食していく。モンスターの活動範囲を広げるためにだ。


 だが人工島のポートアイランドでは霧の侵食は起きないはずだった。周囲を壁に囲まれ霧が入り込まないようプレイヤーの結界スキルによって阻まれているのだから。


 しかし雷夢の様子を見るに市内で霧が発生したのは間違いなさそうだ。


「とにかく今は避難優先や。全員避難所まで行くで」

「いや。でも外にモンスターがいるんだろう? 危険じゃないか!」


 雷夢が店内の客に避難を促すと、何人かの客から文句が発せられた。モンスターが現れたと聞いては気が気でないのだろう。


「モンスターが動き回るのは霧の中だけや。この辺りにはまだ霧が出てないんや。せやから今のうちに逃げるのがええんや」

「何で貴方にそんなことがわかるのよ!」

「うちがプレイヤーだからや!」


 雷夢が声を張り上げ再び店内が騒がしくなる。雷夢がプレイヤーだと知り嬉しがるのもいた。安心感からか泣き出すものまで。


 一方で雷夢がまだ若いからか信じていない客もいた。直後雷夢がスキルで錬金術を披露したことでその文句も出なくなったが。


「よっしゃ! 全員納得したみたいやな。ほな行くで! 暁啓もしっかりうちに――あれ?」


 店内の客を納得させた後、雷夢が暁啓に声を掛けた。しかし、既にそこには暁啓の姿はなく代わりに裏返しにされた伝票だけが残っていた。


「何やて? ヒロと合流するから安心しろやて?」


 雷夢は伝票の裏に書かれていたメモを見て目を白黒させた。一方で暁啓は一人店を出ていつでもごまかせるように用意しておいた変装セットに着替えた。


「霧はテレビ局、それと自衛隊の基地で発生しているのか。さてどうしようか……」


 暁啓は悩む。そしてテレビ局に向かうことに決めた。理由は単純で自衛隊なら自分たちで戦えるはずと判断したからだ。


「羅刹聞こえてる?」

『わざわざ聞かなくてもちゃんと聞こえてるっての』

「そう。今どういう状況かわかるよね? 街に霧が発生してモンスターが出てきたんだ。この理由って何かわかる?」

『……理由か――まさか』


 ふと、羅刹が意味深な呟きをした。暁啓は首を傾げる。


「もしかして何か心当たりがあるの?」

『……いや、気のせいかもしれないしな。ま、今はお前の思うように動けばいいさ』

「えぇ……」


 結局羅刹にはぐらかされてしまった。暁啓は少し不安を覚えながらもテレビ局へと向かうことにした――


◇◆◇


 一方その頃、ギルド内では職員たちが慌ただしく駆け回っていた。街に霧が発生した事は当然ギルドも把握していた。故に急いでこの状況を打破しようとプレイヤーと職員が一丸となって対処に勤しんでいた。


「急いで街の状況を把握して! 動けるプレイヤーには至急連絡を取って現場に急行させて! 治療系のジョブは怪我人の救出に。戦闘系はモンスターの討伐よ。支援系は文字通りサポート。ボヤボヤしている時間はないわよ! 急いで!」


 ギルドマスターの塚森も真剣な表情で職員たちに指示を出していた。彼にとって現状は青天の霹靂とも言える状況だった。


 つい先程、救出された柊から貴重な情報を手に入れたばかりだというのに。柊は大阪からやってきたプレイヤーであり、それはつまり大阪にも生き残っている人がいるという証であった。


 世界が霧によって分断された現代においてそれは希望の光でもあった。しかしその直後に発生した謎の霧現象。


 塚森は折角の希望に水を差されたような気分になっていた。と、同時に柊からもたらされたもう一つの情報――未来について思い出していた。


(まさかこれもあの子が――)


 塚森は霧開 未来のことをよく知っていた。今でこそ災厄の魔女などと呼ばれているが、当時の彼女の腕前は凄まじくギルド内でも軍を抜いていた。


 若くしてS級に昇格し破竹の勢いで霧から神戸の土地を解放していった。当時三宮解放作戦が決行されることになったのも未来の活躍が大きかった。


 ポートアイランドの人々も歓喜し喜んだものだ。しかし、その三宮解放作戦において未来は仲間を裏切り――殺害した。


 その日のことを思い出しながら塚森はこの霧となにか関係があるのか? と考えたわけだが。


「マスター大変です! 柊 翔太が治療室から消えました!」


 塚森の耳に職員からの知らせが届く。思わず塚森は頭を抱えた。


「目を離すなと言っておいたでしょう! もう一体なにやってるの!」

「も、申し訳ありません!」


 全くこんな時に、と塚森は苛立ちを覚えた。だがすぐに冷静になるのは自分だと気が付き己の頬を叩いた。


「どなってごめんなさいね。とにかく柊は早く探すようにして」

「しょ、承知いたしました」


 職員が頭を下げてその場を離れた。本当は今すぐ塚森が自ら探しに行きたいところだが、私情を優先させていてはギルドマスター失格だ。


 それに柊の怪我も完全に治ったわけではない。何故部屋から抜け出したのかは不明だがそう遠くまでは出歩けない筈だ。


 塚森もここが落ち着いたら探しに行こうと思ったがもう少し時間が必要だ。


「とにかく今は霧を晴らせてモンスターを排除しないと。でもこの発生源って……」


 塚森は街全体のマップを見ながらそんなことを呟いた――


◇◆◇


『上手いことギルドに潜入できたようだねぇ柊くん』

「う、うぅ……」

『それにしても君もよく言ったものだよねぇ。仲間が未来に殺されたなんて、ね。本当は君が殺したというのに』

「ち、違う俺は!」

『違わないさ。でも悔やむ必要はないよ。だって最初に裏切ったのはあいつらなんだからね』

「裏切り、そうだ。アイツラは俺を裏切った。アイツラは俺を、見捨て、た。あの連中のように俺を、俺ぉおぉおぉおおおッ!」

『ははは、いいね。その調子で夢のためにもしっかりここでも仕事をしようね。骸の柊くん♪』


 そう語ったのは彼の持つ黒い端末だった。そして画面に柊のステータスが表示される。

ステータス

ネーム:柊 翔太

ジョブ:骸

レベル:33

攻撃力:140

防御力:190

体力 :200

敏捷力:110

技術力:120

魔力 :80

精神力:140

スキル:・死の息吹・腐敗の雨・死霊召喚・骨肉操作・不死の再生・骸の独白・不死者の意志・不死の鎧・霧化菌・闇遁――


◇◆◇


「美香急げよ」

「わかってます」

 

 二人は緊急警報のアナウンスが流れる中、街の境界に向かっていた。そこには結界が張られているからだ。モンスターが街に出現した以上、結界に何か異常があったと考えるのが筋である。


 境界は街を囲む壁の外にある。二人は門を抜けて結界の前にたどり着いた。美香が早速結界のチェックを行う。


「ここの結界には異常はみられません」

「そうか――他の結界スキル持ちからも異常なしと報告が上がってるな」


 高橋が端末をチェックしながら言った。端末には他のプレイヤーを登録できる。フレンド登録みたいなものだ。登録したプレイヤーとはメッセージを送り合うことも可能なのである。高橋はそれで結界の様子を確認していた。


「一体どういうことかしら。それなら何故街中に霧とモンスターが?」


 口元に指を添え美香が呟いた。一生懸命何が理由を考えているようだ。


「ふむ。ここに来るのも久しぶりだな」


 ふと声が聞こえ高橋がギョッとした顔を見せ顔を向けた。こんな状況だ。高橋も神経を尖らせて周囲の状況を探っていたのだがそれでも気づかなかったのだから驚くのも無理はない。


 声の主は艶やかな黒髪を後ろで束ね白い着物を纏った女だった。腰には一本の刀が吊るされている。


「お前――未来か?」


 高橋がハッとした顔で呟いた。横顔に見覚えがあったからだ。


「――ッ!?」


 美香が短い声を漏らした。強張った顔で未来と呼ばれた女に目を向けた。


「あぁ、高橋殿か。久方ぶりであるな。息災なようで何よりだ」


 そう言って未来がニコリと微笑んだ。あまりに普通に挨拶してくるので高橋は毒気が抜かれたような顔をしている。だが美香は別だった。


「風の舞!」

「おっと」


 突風が起こり砂煙が舞い上がった。それは未来の身体を捉えたが未来はまるで風に乗るようにしてそのまま壁の上に飛び立った。壁の上から二人を見下ろし声をかける。


「やれやれ。君とは初対面だと思うが、そんな怖い目を向けてどうしたというのであるか? 某が何かしたかい?」

「黙れ霧開 未来ィィィイイッ! 私は絶対にお前を許さない! 私の兄を殺したあんたを!」


 美香が怒りの声を上げた。その顔はまるで般若のごとく。その様相に未来はどこか寂しげな表情を浮かべた。


「……そうかお前は正義の――それは、済まなかったな」

「済まなかった――? は? なにそれ笑わせないでよ」

「…………」

「ねぇなんとか言いなさいよッ!」

「落ち着け美香」

「離して!」


 未来の眼下では高橋が美香を止めようと必死になっていた。しかし美香は半狂乱状態であり、高橋も困ったような顔をしている。


「あいつを殺す! この、私、がッ!」

「……黒井の妹、美香だったな。お前には本当に悪いことをしたと思っている。本来なら貴様に殺されても文句は言えぬが、私にはまだすべきことがあるのでな――済まない」


 未来は最後にそう言い残し壁の向こう側へ飛び降りてしまった。美香の悲痛な叫び声を背中に受けながら未来が疾駆する。

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