第16話

 校舎での戦闘があった日から三日が過ぎていた。ギルドを通さずに勝手に取材を受けたことは問題視され、玖月と静は自宅謹慎を言い渡された。


 そして現在――ギルドマスターの藤堂 塚森が固定電話で何者かと話しており……。


「だからうちとしてもあまり勝手な真似されてもこまっちゃうのよ。そこんとこわかってもらわないとね。お互い子どもじゃないんだから」

 

 見た目には筋骨隆々の厳ついおっさんがオネェ口調で話していた。電話先の相手はそれなりの立場にいる人物のようである。


『お前たちこそ何を勘違いしている。プレイヤーがダンジョンで安心して活動出来るのは誰のおかげだ。われわれ自衛隊がいるからだろう!』

「はぁ~。勿論そのことには感謝もしてるわよ長月大佐」


 ギルドマスターが一旦肯定してみせると受話器の向こうから、フンッという鼻を鳴らす音が聞こえてきた。


「でもねルールは守ってもらわないと。規律を重んじる貴方らなわかるわよね?」

『ふん。ルールか。プレイヤーの一人も管理出来ない分際で偉そうに』

「どういう意味かしら?」

『あの妙ちくりんな格好をした仮面野郎のことだ。どうやらギルドでも何者か把握しきれてないそうじゃないか』


 やれやれと塚森は髪をさすった。


「えぇ。残念ながらね。まだ謎が多い子なのよ。貴方達よりもずっと強いしね。そんなに気になるなら貴方達が自分で調べればいいんじゃないかしら?」

『勿論そうさせてもらうつもりだ。お前らにばかり任せておけないからな』

「そう。それならどうぞご自由に。それよりもいい加減話を戻すわよ。今回はたまたま運が良かったかもしれないけれどこれ以上の無茶は許されないわ。勿論安易に話に乗っかったあの二人も悪いけど、おかげで貴重なプレイヤーが死んでたかもしれないんだから」

『黙れ! こっちは実際隊員が死んでるんだぞ!』


 長月の語気が荒れた。ダンジョン化した校舎内で犠牲が出たのは塚森も知っている。痛ましいことだとは思っているが、そもそも彼らが勝手な真似をしなければ起きなかったことだ。


「そちらの隊員が亡くなったことについてはお悔やみ申し上げるわ。でもね、それをさもうちのせいみたいに言われても困るのよ。その事はあの子の叔父とやらにもしっかり伝えておいてほしいわね」

『貴様――誰に文句を言ってるのかわかってるのか?』

「勿論わかってるわ。でもね議員の名前が通じるのなんてごく一部の人間だけよ? それに、あっちはあっちで色々と大変なんでしょうし。まぁ、今回の件についてはこっちにも非があるからそっちが満足するまで好きにさせてあげる。その代わり今後一切この件について干渉しないでちょうだい」

『…………わかった。こちらとしても無駄な時間を使いたくないからな。それでいいだろう。だが覚えておけ。我々が本気になれば――ゴホッ! く、くそ喉が――い、いいか! とにかく貴様程度の腰掛けいつでも潰せるということをよく覚えておけ』

「はいはい。肝に銘じておくわ」


 ガチャリと乱暴に切られた。塚森はため息を吐き受話器を置いた。


「はぁ~あ。全く面倒臭い人達ねぇ――それにしても喉の調子でも悪いのかしら?」


 受話器からツーツーと電子音が鳴る中、塚本は独り言を呟いた。何となくだが最後に長月が咳き込んでいるのが気になったからだ。


「失礼します」


 ノックが聞こえ一人の女性職員がギルドマスターの部屋に入ってきた。


「ご報告があります。例の救助者の意識が回復したとのことです」

「あらそうなの。それはよかった。早速会いに行ってみるわ」

「わかりました」


 女性の職員が部屋から出ていくと塚森は椅子から立ち上がり大きく伸びをして肩を回した。


「ふぅー。これでやっと話が聞けるわね。そういえばあいつこの件も引き渡せとかうるさかったっけ――」


 長月が鼻息荒くまくし立てていたことを思い出す。校舎で見つかった怪我人はギルド側で面倒見ることになったのだがどうやらそれが気に食わなかったようなのだ。


「森本ちゃんの話だと端末を持っていたらしいけど、当然今うちに所属している中で該当する者はいなかったわ。そうなると謎の仮面男に続いて所在不明のプレイヤーがもう一人ってことになっちゃうのよね……」


 それが気がかりでもあった。塚森としてはこれ以上面倒事が増えるのは勘弁してほしいところでもあり――


「まぁ、今は考えていても仕方がないわね。本人に聞くのが一番早いし」


 そう言ってギルドマスターは救助者が休んでいる部屋に向かった。部屋に入ると全身を包帯でぐるぐる巻きにされた男が上半身だけ起こし窓の外を眺めていた。


「はじめましてね。気がついてよかったわ。私はこのギルドでマスターをしている藤堂 塚森よ。以後宜しくねん」


 そう塚森が語りかけると男が顔を向けマジマジと眺めてきた。塚森は塚森で相手の見た目からチェックする。年齢はまだ若い。二十歳以上、二十三歳未満といったところだろう。


 背が高く、筋肉質でがっしりとした体格をしている。黒い髪を短く刈り、無表情な顔立ちが特徴的な男だった。


「――柊、翔太、です……」


 ボソリと呟くような声で男は名乗った。見た目の割に声が小さいと感じたが、それもまだ怪我が完治していない影響かもしれない。


「そう。じゃぁ、ショウタ君ね。それで早速で悪いんだけど何であんな場所にいたのか聞かせてもらってもいいかしら? 勿論調子が悪かったら遠慮なく言ってね」

「……いえ。大丈夫です。俺たちは大阪からやってきました」


 翔太の話を聞き塚森の目が見開いた。


「待って! 大阪って今言った? ということは大阪は無事ってことなのかしら!」 


 興奮気味に塚森が翔太に聞いた。あまりに興奮して思わず彼の両肩を強く握りしめてしまう。


「え、えぇ、そう、ですね。多分、というか、間違いなく、というか、はい、そうです、ね」

「そう。そうだったのね。良かった」


 翔太の返事を聞き塚森は安堵の笑みを浮かべた。


「あの、それで、俺がどうしてあそこにいたかっていうと――」

「あぁ、ごめんなさいね。そうよね。まずはそこよね」

「はい。えっと、俺は、その、大阪から俺たちは新天地を求めてやってきていたのです」


 翔太がぽつりぽつりと話し始めた。その内容を塚森が食い入るように聞いていた。


「仲間ってことは大阪には君以外にもプレイヤーがいるってことね」


「あ、はい。ただ、仲間は皆もう――」


 翔太が言い淀んだ。その口ぶりから塚森も察した。翔太の言う仲間たちとは、恐らく既に全員死んでいるのだと。


「そう、ごめんね。辛いことを思い出させちゃったわね」

「いいんです。それに、こうなったのは全部自分のせいなんです」

「どういう意味かしら?」

「実は――俺たちはある人物に襲われたのです。必至に抵抗したけど俺が不甲斐ないばかりに……」


 そう言って翔太が肩を落とした。


「そう。それは災難ね。でも安心しなさい。ここにいる限り貴方の安全は保障されるわ」

「は、はぁ」

「それにしても、一体誰が貴方たちを襲ったのかしらね?」


 塚森が問いかける。これがモンスターという話であったなら納得も出来たのだが、翔太は人物だと言った。それがどうしても気になってしまった塚森だが――


「その、恥ずかしながら相手は女で、しかもとてつもなく強い女でした」

「そう。女の――」


 そう言われて塚森の心にざわめきが生じた。まさか、と想いつつも翔太の様子を窺う塚森だったが――


「その相手ですが、手がかりになるかわかりませんが、自分のことを「未来」と名乗っていました。自分にわかるのはそれぐらいで」

「未来ですって!」


 翔太の言葉を聞いた塚森の口から大きな驚きの声が漏れた。同時にこうも考えた、こういうときの悪い予感はあたるものね、と――


「ゴホッ! ゴホッ! く、くそ咳がとまらん。何だというのだ急に――」


 長月は塚森との電話を終わらせた痕、喉の痛みに難儀していた。ついさっきまで何ともなかったというのに、突然喉が痛くなり咳き込むようになった。


「ゴホッ! くそ、本当に何だってんだ」


 長月は苛立ったように呟くと外にいた部下を呼びつけ薬を持ってくるよう命じた。すぐに部下の一人が長月の元へやってきた。長月はその男から受け取った錠剤を口に放り込み水で流し込んだ。


「大佐大丈夫ですか?」


 薬を持ってきた男が長月に問いかける。長月の顔は青ざめており薬を飲んでもなお咳き込み続けていた。


「こ、こんなこと大したことでは、ぐ、ガハッ!」


 長月がその場で蹲り喉を押さえ始めた。部下の男はただ事ではないと察し誰かを呼びに行こうとする。するとその腕を長月に掴まれた。


「大佐落ち着いてください。今すぐ誰かを、ヒッ!」


 長月を振り返った部下が短い悲鳴を上げた。何故なら長月の目から白い煙が吹き出していたからだ。いや目だけではない。鼻からも口からも全身の毛穴という毛穴から煙が吹き出していたのだ。


「これは、が、ガス? いや、違う。霧ッ!?」


 部下がこれは霧だと判断したその時には部屋が霧によって支配されていた。視界もままならなくなり慌てて部下は携帯電話を取り出してどこかに掛けようとするが。


「グルゥウゥウウウ」


 部下の腕を何かがつかんだ。毛むくじゃらの腕であり霧の中からうめき声が聞こえた。霧はドアの外にまで広がっていき慌てる部下の頭をその手が掴んだ。部下は咄嗟に長月の腕ではないかと察したが、ヌッと姿を見せた長月の姿はモンスターと化していた。


「うわぁあああ!」


 部室の中から男の叫び声が聞こえた。それは明らかに尋常な事態ではないことを告げていた。その間も霧は内側から外に向けて侵食していった――

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