第15話

(この辺りは結構霧が濃いな)


 羅刹を所持し暁啓は今日もまたダンジョンに繰り出していた。彼はいつもどおりに狩りを続けようと周囲を見渡す。そこに一人の少年がいた。


 暁啓が声をかけようとしたとき暁啓の脳裏に一つの考えが生まれた。そしてそれを実行に移すことにした。


 暁啓は手に持った棒を振るう。すると少年がモンスターに変身した。いやそうではない。モンスターが少年に擬態していたのだ。


 モンスターも上位の存在になってくるとこのような小癪な真似も仕掛けてくるようになる。

 暁啓は黒い棒を構えモンスターと対峙した。正式名称は黒棒ダークネッサーであり、この武器を暁啓は愛用していた。


 なぜならこれを使えば棒を振り回すだけでもかなりの威力があるからだ。それに攻撃があたった時に相手の視界を奪うことがある。


「ふっ!」


 暁啓はその見た目からは想像もできないスピードと力でモンスターを蹂躙していく。

 モンスターの反撃を許さないほど苛烈に暁啓は攻め続けた。その結果モンスターは倒されたのである。


「ふぅ……これで終わりかな」

『フンッ。少しはやるようになったじゃねぇか』


 暁啓の戦いの様子は端末を通して羅刹にも伝わっている。


「これも羅刹と契約できたおかげだよ」

『ケッ。褒めたって何も出ねぇぞ』


 暁啓が羅刹に言うと羅刹が憎まれ口を叩いた。暁啓は微笑みを浮かべ素直じゃないな、と思った。この半年で多少は羅刹のこともわかってきたつもりだ。


『ま……この調子なら未来に再会出来る日も近いのかもな』

「本当に!? でもあれから連絡こないしどこにいるかもさっぱりなんだよね」


 羅刹の言葉に嬉しさが込み上げてきた暁啓だったが、手がかりが全く掴めていないのも事実だ。

 

 姉から送られてきた羅刹と契約しダンジョンで活動していればいつかは姉の未来と再会できるのではと期待していたが、中々上手く言っていない。

 

 ギルドに所属出来ればなにか情報が掴めるのかもしれないが黒い端末である羅刹のことがありそれも難しい。


(とにかく今は自分の出来ることをするだけか)


 そんなことを考えつつ、ふと黒い端末に目をやった。


「そういえば姉さんが送ってきたということは、羅刹はその時の姉さんの様子を見てるんだよね?」


 暁啓が聞いた。既に半年も経っていて今更な質問でもあるが、これまでは羅刹を使いこなすのに必至だったので中々そこまで頭が回らなかったというのがある。


『あ? ああ……見てるぜ』

「何か変わった様子はなかったかい?」

『……知らねぇよ。俺がそんなことに興味あるわけねぇだろう』

「そうか……」


 なんとも素っ気ない返事であった。ただ何となく未来に対しての態度に違和感を覚えてもいた。


(姉さんに会えるまでもう少しなのかな?)


 まだわからないが暁啓は一刻も早く会いたい気持ちになった。暁啓はプレイヤーの未来に憧れていた。


 若くしてS級プレイヤーとなり破竹の勢いで活躍していた未来にだ。当時の未来は暁啓だけではない生き残った人々の希望であり誇りだった。


 だがあの日全てが変わった。三宮解放戦――その日未来は仲間を裏切り殺害しそして逃亡した。英雄は一瞬にして犯罪者となった。


 そのニュースを見た時、多くの人が悲しみ涙した。特に家族を失った者はそのショックで心を壊してしまった者もいるほどだった。


 かつて英雄だった姉は今では災厄の魔女と呼ばれ罪人としてギルドからも追われている。弟の暁啓もそのことでつらい目にあったこともある。


 美香の件にしても姉の事が原因だった。だがそれでも暁啓は姉を信じている。

 特に姉が羅刹を送ってきたことで当時の事はきっと何か理由があるのだろうと強く思うようになっていた。


(とりあえず今はレベルを上げて強くならないと)


 今でも最初に比べたらかなり強くなったが、それでも自分の実力は十分とはいえずもっと強くなっておきたかった。高望みかもしれないがいずれは姉と肩を並べる程に成長出来たらいいなと考えてもいた。


 そんなことを思いつつダンジョン化した神戸を進んでいく。あたりの霧は更に濃くなった気がしていた。暁啓は警戒心を高める。この半年の間で暁啓は霧が濃い場所ではより強力なモンスターが出やすいことに気がついた。


 もっともこれはギルドに所属しているプレイヤーであればまっさきに教わることなのだが、ギルドに所属していない暁啓はそれを戦いの中で肌で感じとり察する事が出来た。


 手間は掛かったが実戦の中で培った感覚はただ口頭で説明されるよりも役立つものだ。


「ここは――学校、かな?」


 ふと暁啓は崩れかけた建物を見つけた。外観からして元は小学校か中学校だった建物と思われる。


(そういえば以前、どこかの家屋に入ってモンスターに襲われたっけ)


 暁啓は羅刹と仮契約だった頃の出来事を想起する。その経験からこういった建物の中には凶悪なモンスターが潜んでいてもおかしくはないと考えていた。


 無理して中に入る必要もないか、と考えその場を離れようとしたその時、中から銃声が聞こえてきた。しかも断続的に音が鳴っている。どうやら誰かが戦闘をしているようだ。


(プレイヤーが中で戦っているのか? だけど銃を扱うプレイヤーなんているのだろうか――もしそうでないのなら)


 基本他のプレイヤーに見つからないよう行動していた為、他者の戦い方にそこまで詳しくないが、銃を扱えるジョブはそう多くない気はしていた。


 そうなると思い浮かぶのは自衛隊の姿だが、彼らは基本霧の晴れたエリアの防衛任務についているはずだ。それなのに何故こんな霧の濃い場所まで出てきているのか――


 暁啓はどうしようか悩んだが結局入ることに決めた。もし中にいる人が危険な状況なら助ける必要があるからだ。


 校舎の中に入るとすぐに物陰に隠れ息をひそめた。耳を澄ますと中での戦闘音が聞こえる。やがてそれが悲鳴に変わった。様子からモンスターに襲われているのは確かなようだ。


 暁啓は意を決して廊下を歩き始めた。薄暗い校内を慎重に進む。すると目の前に蔦が絡まりあったような植物のモンスターが姿を見せた。


 人の形をしており右手にあたる部分の蔦が槍のように変化し襲いかかってきた。暁啓は黒棒ダークネッサーを握りしめ、迎え撃つように駆け出す。


「はぁ!」


 暁啓は黒棒で胴体を殴りつけた。相手は緑色の体液を流し後退する。暁啓はその後を追いかけると壁から尖鋭した蔦が飛び出してきた。


「金剛!」


 暁啓が叫ぶと同時に皮膚が硬くなり、突き出された蔦を弾き返した。すると壁の中から蔦のモンスターが複数体出現した。


「旋風金棒!!」


 羅刹のスキルを発動。振り回した棒が周囲の敵をなぎ払った。


「これで終わりだ! 雷神棒!!」


 更にスキルを重ねると棒から雷が発生し、それを纏った黒棒を振り下ろし地面に叩きつけると電撃が周囲に放たれ敵は絶命した。


 倒したのを確認し暁啓は一息つき、先を急いだ。銃声が直ぐ側まで聞こえ角を曲がるとそこでは凄惨な光景が広がっていた。


 倒れているのは自衛隊員だった。制服からそれはすぐわかったのだが、倒れた隊員の目からは既に光が失われていた。 


「くそっ! 一体どれだけいやがる!」


 男の声が聞こえた。それは二十代の男性だった。ヤンキーっぽさも感じられる風防であり手にした斧で植物のモンスターと戦っていた。


 その周囲にも倒れた自衛隊員がいたが、こちらはまだ息があるようだった。しかし片腕が飛ばされていたり、全身に傷を負っていて出血していたりと、とても無事とはいえない状態だった。


「大丈夫か?」


 暁啓は彼らに近づき声を掛ける。あまりなれない喋り方だが素性を知られたくないので仕方なかった。


 すると比較的軽症の自衛隊員が暁啓に気が付きギョッとした顔を見せた。暁啓が仮面で顔を隠しているからだろう。


「君は――一体何者なんだ?」

「僕は……そうだな。正義の味方ってところかな」


 暁啓は冗談交じりに言うが、自衛官たちは反応に困っていた。そんな中、斧で戦っていた人物が叫んだ。


「何者か知らねぇが、戦えるなら援護してくれ!」


 そう言われ暁啓が隊員を見た。大丈夫かと目で問いかけたが。


「俺のことは気にせず玖月をサポートしてやってくれ」

と返されてしまった。とりあえず斧で戦っているのが玖月という名前であるのがわかった暁啓であり。


「わかった」


 そう答え暁啓は改めて敵を見据える。敵は全部で十匹程おり、そのどれも同じ姿をしていて蔦のような手足が生えている。暁啓はとりあえず手近にいたモンスターを標的に定めた。


「破壊の金剛棒!」


 暁啓がスキルを発動。これによって黒棒ダークネッサーが巨大化。威力が上がるうえ相手の防御を無視してダメージを通すことも可能である。


「喰らえぇえ!」


 叫びながら暁啓は巨大化した黒棒ダークネッサーを振り下ろす。すると敵の頭に命中し、敵は地面に押しつぶされた。


 暁啓はその隙に次の敵へと走る。途中、他の自衛隊員が暁啓の邪魔にならないよう注意を引きつけてくれているのが見えた。


「ありがとう」


 暁啓は礼を言うとそのまま敵に接近した。そして金棒を横薙ぎに振るう。


「鬼の鉄槌!」


 その攻撃は見事命中。敵は吹き飛び壁に激突して動かなくなった。


「やるな!」


 玖月が斧を振り回しながら暁啓を称えてくれた。役立てたことは嬉しいが被害が大きく何とも言えない気持ちになる。とにかくこれ以上犠牲者が出ないようにしなければと暁啓が誓ったその時――


「キャァアァアァアア!」


 奥から女性の悲鳴が聞こえてきた。


「奥にも誰かいるのか?」

「テレビの取材班がいるんだ。それに怪我人とそれを助けようとしている女性プレイヤーも――」


 生き残った自衛隊員がそう教えてくれた。暁啓は、何でこんなところにテレビが? と疑問に思ったが今はそんなことを考えている暇はないと頭を切り替えた。


「――様子を見に行こう」


 暁啓はそう言い残し駆け出した。まだモンスターはいたが玖月が立ち回ってくれているのでここはもう大丈夫と判断した。


 暁啓が奥に向かうとそこにテレビ局の人間と思われる人物が数名確認出来た。彼らは植物のモンスターに囲まれていた。


 それも気になったが何より正面に見えた巨大な植物のモンスターが存在感を示していた。巨大なモンスターの目の前には杖を持った女性が座り込んでいた。


 すぐ近くには制服を着た年配の男と怪我をした男性が寝かされている。怪我をした方は気を失っているようだった。


 年配の男は銃を構えて引き金を何度も引いているがカチッカチッという虚しい音が響くばかり。

 

 弾切れだろうが、パニクってしまっているのか制服の男は引き金を引き続けている。

 正直かなり厄介な状況と言えた。テレビ局の人間を助けていたら奥の三人は助けられないだろう。逆に奥の三人を優先させてはテレビ局の人間が間違いなくやられる。


 だが、だからといって放っておくわけにはいかない状況だ。考えている時間が惜しい。この状況を打破する方法が一つだけあった。


 羅刹からは気をつけるよう言われていたが四の五の言ってる場合ではない。暁啓は覚悟を決めることにした。暁啓は深呼吸し、気持ちを落ち着かせると一気に駆け出した。


「――鬼人化!」


 スキルを行使すると内側から力が溢れ、暁啓のステータスが大幅に上昇した。


「風神棒!」


 風神棒とは風を操り武器に纏わせ風を操るスキルである。暁啓は風神棒を使用し竜巻を発生させた。


 竜巻は周囲の敵を吸い込み上空へ持ち上げる。暁啓は竜巻を操作し、空中で回転させた後地面に叩きつけた。竜巻に巻き込まれたテレビ局員を囲んでいたモンスターは地面に叩きつけられ絶命した。


 これでテレビ局側の人間は大丈夫だろう。そう判断し今度は巨大な植物のモンスターめがけ暁啓が疾駆した。


「な、何だお前は!」


 空になった銃を撃ち続けていた男が飛び込んできた暁啓に向けった怒鳴った。黒い外套を纏い仮面で顔を隠した暁啓を不審に思ったのかもしれない。


 もっとも今の暁啓にはそんな問い掛けに反応している余裕はない。暁啓は無視すると巨大植物に向けて走った。


「破壊の金剛棒!」


 暁啓は叫ぶように言うと黒棒を振り上げ跳躍。スキルを行使し、黒棒を巨大化させると、それを思いっきり振り下ろした。


 黒棒は見事に命中。相手の防御力を無視した攻撃に思わず巨大モンスターが蹌踉めいた。鬼人化の効果も乗った一撃だ。平気な筈がない。


「これで終わりだ! 鬼の鉄槌!」


 暁啓は続けてスキルを発動。巨大化した黒棒ダークネッサーを振り回しその衝撃で巨大モンスターが崩れ落ちた。


 これでほぼ決着はついたが暁啓は更に追い打ちのつもりで鬼火を行使し、巨大植物を焼き尽くした。暁啓は息を整えると振り返り、声を掛けた。


「無事か?」

「あ、ああ……」


 制服の男性は戸惑った様子で返事を返した。どうやら命の危機は去ったようだと暁啓は安堵する。それからすぐに怪我人に寄り添う女性に声を掛けた。


「そっちの怪我人は大丈夫なのか?」

「大丈夫、とは言えませんが命に別状はなさそうです」


 女性が答えると暁啓は仮面の中でほっとした表情を浮かべる。しかしまだ安心するのは早い。ここは霧の深いダンジョンだ。いつ他のモンスターが現れるかわからない。


「とにかくすぐにここを出たほうがいい」

「そう、ですね。それにしても貴方は一体?」


 暁啓の姿をマジマジと見ながら静か不思議そうに問いかけた。暁啓もいい加減この反応にも慣れてきたころである。


「ヒロと言うものだ。なにやらただならぬ気配を感じたのでな。駆けつけた」


 自分で言っておいて気恥ずかしくなる。普段の暁啓はこんな口調ではないからだ。


『お前、その口調の方が強そうでいいじゃないか』


 端末から羅刹が小声で話しかけてきた。バレたらどうするんだと暁啓は焦ったが周囲には聞こえてないようで安堵した。


 暁啓が自己紹介を終えると、女性の方も名乗った。


「私は森本 静。B級のプレイヤーです。私と同じB級のプレイヤーがもう一人一緒だったのですが」

「あぁ向こうであった玖月という男性がそうかな」


 暁啓が名前を口にすると静がそうですと首肯した。


「はい。彼は私のパートナーで――」

「静! 無事だったか!」


 静が話している途中で玖月の声が聞こえてきた。噂をすればなんとやらというやつである。暁啓が声のした方を向くとそこには確かに先程別れたばかりの玖月の姿があった。


 その後ろから自衛隊の面々もついてきていた。多くがかなりの怪我をしていて痛々しく比較的軽症の隊員が肩を貸している。


「えぇ何とかね」

「よかった。心配したぞ。それにしても――結局あんた誰なんだ?」

「――そんなことよりも今はここを出る方が先決だ」


 素性を聞かれそうになったので暁啓は脱出を理由にはぐらかした。


「それもそうだな。とりあえず移動しようぜ。俺も結構疲れてるしよ」


 玖月に促され暁啓たちは出口に向かって歩き始めた。


「……お前。名前は何というんだ?」


 暁啓たちが歩いていると後ろから声が掛かった。振り返るとモンスターに襲われていた時に必至に空になった拳銃を撃っていた男だった。


「……ヒロだ」


 暁啓は雷夢の時と同じ偽名を語った。本名も素顔もここで明かすわけにはいかない。


「お前は何者なんだ? そんなおかしな仮面を被って。プレイヤーは素顔を隠してても務まるものなのか?」


 暁啓に質問が飛んできた。答えに困る質問だった。


「悪いが自分のことはあまり語りたくないんだ」

「何だと? 怪しい奴だな。ちゃんとしたプレイヤーなら素性ぐらい明かせるだろう」

「ま、まぁまぁ長月隊長。俺たちはこの男のおかげで助かったんですから」


 どうやら質問をしてきたのは自衛隊の隊長だったらしい。厄介なのに目をつけられたなと暁啓は思っていたので玖月が擁護してくれたのはありがたがった。


「……本当に助けるために来たのか?」


 しかし長月は引き続き疑いの目を向けてきた。


「隊長。玖月の言うとおりですよ。このヒロのおかげで助かったのは事実ですし所属はこっちで確認しますので」


 そう静が言ってくれた。擁護してくれるのはありがたいが所属を確認されるのはよろしくない。暁啓はある程度安心な場所まで送り届けたらすぐに立ち去ろうと心に決めた。


「怪しいんだよ。さっき見つけた怪我人も、よく考えたら何故こんなところにいたのか不明だし。しかもそれを助けにやってきたのも、どこの誰かもわからない仮面男だ。怪しく思わないほうがおかしいだろ」

「それは……」

「それにだ。もしこいつが敵だった場合、ここにいる全員の命はない。だから俺は今のうちに正体を暴いておきたいんだ」

「でも、仮に敵だとしても、わざわざ私たちを助ける理由なんてありませんよね?」

「それは、そうかもしれないが、何か目的があるのかもしれん。例えば、我々を油断させて殺すとか、な」


 長月が深刻げな声でそう語った。当然暁啓としてはそんなつもりもないのだが、素性を隠している以上、怪しまれるのも仕方がない。


『ケッ。殺すつもりならとっくにやってるだろうが』

「バカッ!」


 端末から羅刹の声が響いた。今回はそれなりに大きな声だった為、流石に気づかれたかもしれない、と暁啓は頭を抱えたくなった。


「おい。今のはどういう意味だ」


 案の定気づかれてしまったようだ。ただ羅刹ではなく暁啓が発したものと思われているようだ。


「……こ、言葉通りの意味だ。もし殺すつもりなら貴様らなど秒で殺せる。しかしそんなことはしない。せ、正義の味方だからな!」


 言ってて暁啓は恥ずかしくなった。羅刹の言葉に合わせる為に咄嗟に思いついたことを口にしたが、仮面の中の暁啓の顔は真っ赤であり恥ずかしさで逃げ出したい気持ちだった。ただここは我慢するしかないと思い堪えた。


「……何を言っているんだお前」


 長月は困惑している様子だった。当然といえば当然である。暁啓だっていきなりこんなことを言われたら同じ反応をしたはずだ。


「あはは! なるほど、正義の味方か。それはいいね! 君、どことなく中二病感を漂わせる格好といい、痛々しい言動といい、それでいてあの強さ。これはいい絵になるよ!」


 テレビ局の人間が興奮気味に喋りながら、カメラマンに暁啓を撮るよう指示を出していた。


 しかし、そのおかげで話が打ち切られた。長月との会話は途中で終わり、周りの隊員たちは戸惑っていた。


「ちょっと、佐々木ディレクター、失礼ですよ。確かにちょっと痛々しいですが」

と、局員の一人が抗議すると、テレビ局の別の人間が話に割って入った。


「いや、泉さんも大概じゃ……」。


 暁啓は全身黒ずくめで仮面をつけた姿で、確かに中二病感漂う出で立ちであった。その後も質問は続いたが、暁啓は適当に相槌を打ったり、はぐらかしたりしながら、建物から出た。


 帰り道にもモンスターが現れたが、暁啓が処理した。現状、まともに戦えるのは暁啓だけだったからだ。


 玖月は校舎で見つけた謎の怪我人を背負っていたため、戦闘は厳しかったのだ。

 そして霧もだいぶ薄くなってきたところで前方から見知った顔が近づいてきた。高橋と美香と薬師寺の三人だった。


「……ギルドの許可も取らず勝手に一般人を連れて出た馬鹿がいたと聞いたが――この様子だと事実だったようだな」


 高橋が厳しい目つきで言い放った。暁啓の後ろからついてきていた玖月はバツが悪そうに顔を背けていた。静はそんな玖月を一瞥しため息を吐いている。


「独断で勝手な真似をした二人に関しては後回しにするとして今どんな状況だ? 怪我人も多いようだが。それに――仮面男。またお前か」

と、高橋は面倒くさそうに暁啓を指差した。美香は無表情でそれを見ている。


「……彼らとはたまたま遭遇しただけだ。立ち寄った校舎でモンスターに襲われていたからな。成り行きで助けた」


 出来るだけ声を低めにして高橋に答える。すると高橋がおかしな物を見るような目で見てきた。


「……お前、前そんな話し方じゃなかっただろう」

「……え?」

「確かに前はもっと子どもっぽいというか、そんな気がしたわね」

「いや、それは――」


 高橋と薬師寺にツッコミを入れられタジタジの暁啓だった。確かに初めて二人と出会った時には素のまま話してしまっていたのだ。しかし今はそういうわけにはいかない。


「はっはっは。私の予想では彼はきっとそういう年頃なんだと思うんだよねぇ。正義の味方気取ったり仮面とか被っちゃったりそういうときってあったりするよね」


 またディレクターの佐々木が口を挟んできた。どうあっても暁啓を中二認定したいらしい。


「あぁ~なるほどな。そういうことか」

「若さ故の過ちって奴ね♪」

「いや、ちょっと待て――」


 高橋と薬師寺は佐々木の説明に妙に納得してしまっていた。それはそれでごまかせて良かったのだが、暁啓は大切な何かを失い始めているような気がしてならなかった。


「まあそれはいいが、いい加減貴様の正体もはっきりさせたいところだ。俺も上からせっつかれてるんでね。というわけで仮面を脱げ」

「悪いがお断りだ」

 

 高橋に仮面をとれと命令口調で言われたが否と即答する暁啓。


「何故だ。我々に協力する気はないのか?」

「……困っている時には助けもするが、基本ソロで活動している。協力を強要される謂われもないはずだ」

「貴方、そんな勝手な意見が通ると思っているの? ギルドに所属していないってだけで問題なのに、ソロだから放っておけですって? ふざけないで!」


 美香が睨みを利かせながら暁啓に詰め寄った。暁啓としては美香の言い分にも一理あるとは思う。だが、それでも譲れないものがある。


「こっちは自分の意志で動いている。誰の命令も受けないし、誰かに従う気も無い。それに、これは俺の個人的な考えなんだが、人は皆、自分で考えて行動すべきだと思うんだ。他人から強制されて動くより、自ら進んで行動する方がよっぽど有意義だと思わないか?」

「もっともらしいことを言って論点をずらそうとしても無駄よ。私そういうのに騙されないから」


 美香の言葉に暁啓は、むぅ、と考え込む。以前動画で見た内容を見本に試してみたがやはり付け焼き刃な論理では通じないようだ。


「……さて。そろそろお暇するとしよう。ここまでくれば安全は確保出来るだろうからな」

「待て。まだ話は終わってないぞ」


 踵を返そうとした暁啓だったが高橋に肩を捕まれ強制的に振り替えされられてしまった。かなりの腕力である。


「離してくれないか」

「……お前、俺の目を見てみろ」


 突然高橋が妙なことを言ってきた。しかし高橋は何かを見定めるように仮面越しにじっと見つめてくる。その眼差しからは敵意を感じられない。


「……お前は俺たちの敵か?」

「断じて違う。それは誓おう」


 高橋の問いかけに即答する暁啓。言われた通りしっかりと高橋の目を見た。ふと、高橋の目つきが柔らかいものへと変化した。


「……どうやら嘘をついているわけではないみたいだな。わかった。行くなら行け。ただし今回は俺の気まぐれみたいなもんだ。上がうるさいのは確かだからな。次もあると思うなよ?」

「わかってる。感謝してるよ」


 高橋にお礼を言い暁啓は今度こそその場を後にした。


「教官! 本当に行かせていいんですか!」


 美香が叫んだ。どうやら彼女は納得してないようだ。


「お前その教官ってのはやめろといっただろうが。あいつのことはいいんだよ。おかしな奴だがとりあえず敵ではないからな」


 高橋の答えを聞き美香が薬師寺に目を向けた。本当にいいのか確認するような目つきだった。


「ま、陽次がそう言うんじゃね。それにもう行っちゃったし」

「そういうことだ。大体今の俺達にはまだやることがある。怪我人を運ばないといけないしな。そもそも俺の脳は二つの問題を同時に処理するようには出来てないんだよ」


 そう言って高橋は玖月と静にも運ばせるの手伝わせ、薬師寺はテレビ局員たちを引き連れてギルドへと向かった。途中高橋は現場で何があったか静から詳しく聞いたが予想以上の被害の大きさに頭を抱えていたという――。



「あ、はい。ただ、仲間は皆もう――」

 翔太が言い淀んだ。その口ぶりから塚森も察した。翔太の言う仲間たちとは、恐らく既に全員死んでいるのだと。

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