第14話

「待ってください。モンスターにその銃火器が通用するのは博士のおかげじゃないですか」

「え? 博士って?」

「あ、いや。勿論我々の武器を作ってくれている研究者のことですよ。ははは……」


 静が指摘すると長月がそう答え、ごまかすようにわらった。確かに説明に間違いはなさそうだが、肝心なことが抜けている。


 それはこの武器を作ったのはプレイヤーだということだ。博士と呼ばれているプレイヤーのジョブは発明家であり、博士のスキルがあるからこそ自衛隊が扱ってもモンスターに通じる武器が作れているのだ。勿論長月もそれがわかっているはずだが――


「隊長。これは俺も流石に……真実を――」

「玖月君。ちょっといいかな?」


 今回ばかりは玖月も問題あると思ったらしく、ここに来て初めて長月に意見した。しかし長月はそんな玖月に手招きし少し離れた場所でコソコソと何かを伝えていた。そしてしばらくして一緒に戻ってきた玖月はそれ以上意見することはなかった。


「ちょっと玖月どうしたのよ!」


 玖月の様子がおかしいと思ったのか静が強い口調で問いかけた。


「いいんだ。間違ってても編集で直してもらえばいいのだし」

「そういう問題じゃないよね? それなら寧ろ今のうちに正しておいた方がいいわけだし」


 静は生真面目な性格だ。故にギルドに対してあまりに不利益になるような真似はできないし、またギルドマスターにも申し訳ないと思ってしまう。


「わかってくれ静。ここでこじらすと叔父の機嫌も損ねるかもしれない。そうしたら折角のA級昇格の話もなくなるかもしれないだろう?」


 どうやら玖月はA級に上がれるという話にこだわりすぎて周りが見えていないようだ。


 静からしてみれば幾ら叔父が口利きしてくれるといっても、そもそもギルドの評価を落とすような真似をしては意味がないと思うのだが、残念ながら今の玖月はそこまで頭が回っていない。


 静は正直このままでいいとは思っていなかった。ただ玖月はこの調子な上、長月とその取り巻きが静に睨みを利かせているのが気になった。


 ここで下手なことを言っては何をされるかわからないと恐怖も感じてしまった。

 プレイヤーとは言え静は女で魔法系。屈強な男の隊員に囲まれては分が悪すぎる。


 静はとりあえずこれ以上は何も言わずにしておこうと思い直した。ただし後からしっかりギルドには報告しようとも考えていた。


 こればかりは後から玖月に何を言われようと曲げるつもりはない。

 もしかしたら連帯責任で静にも罰が与えられる可能性もあるが、それは仕方ないと諦めることにした。


「隊長。この先は霧が濃くなってますが――」


 モンスターを倒しながらある程度進んだところで隊員が長月に話しかけた。霧が濃くなるほどダンジョンは危険度が増すと言われているからだ。


「……流石にこれ以上は危険か」

「そ、そうですよ長月隊長。俺も流石に一般人を連れてこれ以上進むのは厳しいと思います」

「私も同意見です。取材もここまで出来れば十分ですよね?」


 長月隊長の言葉に玖月はすぐさま反応し引き返した方がいいと伝えた。静も追随し戻るよう促した。


「……この二人が言うように、ここから先は危険が伴う。取材はここまでということで如何かな?」


 長月がテレビ局の面々に体を向けそう言った。


「そうですね。流石に危険というなら――」

「いやいや、ここまで来てそれはないでしょう」


 皆の意見を聞き泉も同意しかけるが、そこでディレクターの佐々木が割り込んできた。


「折角ここまで調子良く進めてきたのですからもっと進みましょうよ。大体これまでのモンスターも全然相手にならなかったわけだし、多少危険が伴うぐらいがいい絵が撮れるわけだし」


 佐々木は随分と興奮した様子だった。ここに至るまでの戦いを見て何かのスイッチが入ったかのような状態である。


「それにこれだけ強い隊員と的確に指示する長月隊長がいれば我々も心強いというものです」


 それは傍から見ればわかりやすいおべっかであったが長月は悪い気はしなかったらしい。


「そこまで言うなら――ただし少しでも危険と思ったら引き返しますよ」

「それは勿論。長月様の判断には従いますので」


 結局濃い霧の先にまでテレビ局のスタッフがついてくるということで話がついてしまった。


 静は言いようのない不安にかられたが、玖月も仕方ないと納得した様子であり、他のメンバーも特に反対はしなかったため静も渋々と従うことにした。


 しかしこの時彼女は知らなかった。この後自分たちがとんでもない目に遭うということを。


「隊長。あれは一体何でしょうか?」


 濃い霧の中を慎重に進んでいると隊員の一人がなにかに気がついたようで指をさした。近づいてみるとそこには大きな建物が建っていた。


「これは……恐らく学校か何かの建物だろう」

「こんなところにですか?」


 長月の話を聞き泉が問いかけた。


「ダンジョン化したといってもここは神戸市です。一部の建物はそのまま残っていたりするんですよ」


 静が補足するように言った。ダンジョンと言っても元の姿はある程度保っている。当然このような建物も残っているわけだ。


「確か、ここには小学校があったはずですね」


 静が端末をチェックしつつ答えた。端末には地図が表示される。ダンジョン化した部分に関してはプレイヤーが移動した場所のみ表示されるが全体マップで見れば大体の位置はわかるのだ。


「なるほど――入ってみますか?」


 そう口にしたのは佐々木だった。ここにきて彼は随分と積極的である。


「……いや。流石にやめておいた方がいい。こういった建物は入ってしまうと逃げ道が確保しづらいのだ。ただでさえこの辺りは霧が濃いエリアだ。危険な場所を避けるにこしたことはない」


 長月が佐々木へ忠告した。これには静も安堵した。長月の言うように建物に入って何かあってからでは遅い。

 それでも佐々木は不満そうにしていたが他のスタッフの腰は引けていた。


「佐々木ディレクター。ここは忠告に従いましょうよ」


 泉もやめるよう促した。それを聞き佐々木も仕方ないと溜息をつくが。


「うん? ちょっと待ってください。そこになにか落ちてますよ!」


 声を上げたのはカメラマンの山田だった。彼はどんな状況でもあらゆる場所をそのカメラで撮影していた。故にこういったことも見逃さない。


 すると玖月が動き、山田が指摘した物を拾い上げた。それは一冊の手帳だった。しかも表紙には血と思われし染みがついてしまっている。


「何でこんなところに手帳が……」

「玖月見て! 建物に向かって血痕が続いているよ」


 静が玖月の肩を叩き建物を指差した。その先を見ると建物の扉が開けっ放しになっており床には血の痕が残されていた。


「この血の痕、多分まだそんなに経ってないよね……」

「あぁ。それにこの手帳に書かれてるのは明らかに人の文字だ――」


 玖月はそう言って血の付着した手帳を見た。そして徐にそのページを捲り中身を確認しようとしたが、それをすっと長月に取られてしまった。


「ちょ、何をするんですか!」

「これが人の物だとするなら管轄は貴様らプレイヤーではない。我々だ。人命救助が絡んでるとなると尚更だ」


 それを聞いても静としては納得出来なかった。ただし、もしこれがプレイヤー以外の人間の物であるなら静と玖月にはどうすべきかの判断がつかない。


 これまでの経験になかったからだ。危険なダンジョンでプレイヤー以外の人間が生き延びているというのが珍しいことなのである。


「ふむ。ところどころ破れていてイマイチ内容が掴みきれないな。しかし、この建物内に逃げたのは確かなのだろう」

「それならば! 入らなければ仕方ないですよね!」


 ここに来て佐々木のテンションが再び上がった。中に入る理由が出来たことと、思いがけず最高の救出劇が撮れそうだと興奮しているのだろう。

 しかし流石に危険過ぎると判断した長月は頭を悩ますこととなる。


「しかし一般人を危険に晒すわけには――ここは建物に入る隊と護衛する隊とで分かれてですな」

「それならこの先は私と玖月で見てくるので皆さんはここで待機していてください」


 長月の言い分を遮るように静は言った。確かに静も危険とは思うが、かといってこのまま帰るというのも気が進まなかった。


 ならばせめてプレイヤーである自分たちが様子を見にこうと考えたのだろう。


「それは駄目だ。もしこの先に人が倒れているなら我々がいかなければ面目が――いや使命が全うできん」

「それならやはり皆で行くべきですよね!」


 難色を示す長月と同行を切望する佐々木。そしてそれを冷めた目で見る静。玖月に関しては困ったなぁという顔をしているだけで特に何も言わずにいる。


 この流れはまずいと静は思っていた。この先は危険かもしれないのに取材班の護衛など出来るのかと疑問を抱いたからだ。


(やっぱり一旦戻って体勢を立て直した方がいいのかも。でも中に怪我人がいるなら一分一秒を争うことになるかもしれない)


 静が頭を悩ませていたその時だった。突如背後から雄叫びが聞こえてきた。それは明らかにモンスターが発したものである。


「不味いな。こっちもボヤボヤしていられない……こうなったら全員で中に入るしかないな」


 よりによってもっとも取りたくない選択を長月は選んでしまった。この状況下での長月の選択は決して間違いとは言えないが、静にとってはかなり厄介なものである。


 一般人を護衛しながら怪我人を探し場合によっては保護しなければならない。しかも霧の濃いこの状況ではどんなモンスターが飛び出してくるかわかったものではないのだ。


 とは言え――これ以上文句を言っても仕方ない。事実モンスターの雄叫びが聞こえてきたのだ。取材班をここに取り残すわけにはいかない。


「分かりました。なら早く行きましょう」


 静は特に表情を変えることなく長月の言葉に従った。

 こうして一行は取材班を連れて建物内部へと脚を踏み入れた。流石にこの状況で自衛隊にだけ任せてもおけないので玖月が先頭を歩き静は少し後ろを歩いた。


 自衛隊員は取材班を挟み込む形でついてきていた。彼らは皆銃を装備しているが、建物内は暗く視界が悪い。


 自衛隊員のヘルメットにはライトが備わっていたが霧の中ではそこまでの効果は期待できなかった。


 ちなみに長月も拳銃を持っているが基本的には指揮がメインとなるようだった。また隊員達の中には銃剣を構え警戒する者もいた。


 ただ剣を使うのは本当にいざというときの神頼みにようなものだ。ステータスの備わっていない彼らの装甲は脆く近接戦闘には期待できない。


(それにしても暗い。それに随分と埃っぽい)


 静は暗がりの中、目を凝らし周囲を確認しつつそう思った。先ほどから何度も瓦礫のような物にぶつかっているのだ。


 そんな中一行は慎重にそれでいて神経を研ぎ澄まして建物内を調査し続けた。今のところモンスターの姿はない。


「うわっ!」

「どうした!」


 そんな中先頭を歩いていた玖月が叫び声を上げ長月が警戒心を強め反応した。


「いや、なにかに躓いて」

「……そんなもの瓦礫か何かだろう。全く慌てさせおって」


 玖月の返事に長月が安堵の息をつく。

 そして静は玖月が転んだ場所まで移動するが、そこで発見した。全身傷だらけの男性を。


「怪我人を発見しました!」


 静がすぐに倒れている男の前で屈み、状態を確認する。息はあるようだった。しかし男の体には複数の大きな切り傷があった。


 恐らくだがこの男がここに来たとき既に意識がなかったと思われる。

 そしてもう一つ、彼の手には静もよく知っている物が握られていた。それはプレイヤーが所持する端末だった。


 だとしたらこの弾性はプレイヤーということになるが、静はその顔に覚えがなかった。何よりこの辺りは今日の探索予定には入っていなかった筈である。


 しかし今はそんなことを気にしている場合ではなかった。一刻も早い手当てが必要であることは明白である。


 それに静は治癒魔法を習得しており、これを使えば回復させられるかもしれない。


「おい山田! バッチリ撮っておけよ。こんな機会二度とないかもしれないんだからな!」

「は、はい!」


 佐々木の声が聞こえた。こんな時に不謹慎なと静は心の中で毒づきつつ怪我をした男の治療のため意識を集中させた。

 その時だった。後方から激しい銃声が響き渡る。


「モンスター発見!」

「ヒッ、蔦が俺の体に、ひぃ、誰か!」

「隊長! 三名負傷しました! いや、これはもう――く、くそッ!」


 長月達の耳に悲鳴が届いた。どうやら後方の通路に複数のモンスターが出現したらしい。しかも負傷者も出てしまっている。


 そのことに長月は舌打ちした。こんな時のために用意した銃であるが、この霧では狙いを定めるのもままならないのかもしれない。


「玖月。貴方はサポートに向かって。私は治療を」

「わ、わかった!」


 玖月が後方へと走っていった。静は残り魔法での治療を試みるがかなり傷が深い。


「た、ただいまプレイヤーの女性が怪我人を治療しようと必至になっております――」


 泉が突如実況じみたことを始めた。彼女なりにプロ意識をもってやってることだろう。周囲から悲鳴が聞こえる状況でこのような真似ができる心胆には感服もするが、集中が途切れるので静としては正直黙ってて欲しいという気持ちもあった。


 しかし今の静はそんなことを考えている暇などない。とにかくこの男を回復させないと命が危ないのだ。


(もっと深く、もっと強く……)


 静は自身の力を限界まで引き出そうとした。すると今までに感じたことのないほどの力が溢れ出てきた。


 これが自身の持つ魔力なのかと実感しつつさらに魔力を注ぐと傷口がどんどん治っていく。この調子ならいけると思ったそのとき。前方からモンスターの声が響いてきた。


「な、なんですかアレは!」

「蔦の絡まったようなモンスター!? でもなんかデカくない?」


 田中と佐々木が驚愕の声を上げる。それを見て静も前を見た。すると確かにそれは巨大な怪物だった。


 その姿形は人間に近いのだが、蔦のようなものが幾重にも絡みつきまるで木乃伊のような姿となっている。


 その光景に静は焦った。治療にはまだ少し掛かりそうだ。かといって玖月も隊員も後方からやってきているモンスターで手一杯のようだった。


 どうしようどうしようと気ばかりが焦る。その時発砲音が耳に届く。見ると長月がモンスターに向けて拳銃を構えていた。


 長月は銃を撃つがダメージはほとんど与えられていないようだ。博士の作成した武器とはいえ、普通のモンスターならともかくこのクラスになると拳銃程度では話にならない。


 モンスターは銃弾を浴びながらもこちらへゆっくりと向かってきていた。


 ここに来て取材班からも悲鳴が聞こえてきた。このままでは全滅だ。確実に殺されるだろう。静の心は絶望に支配されていった――

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