第13話
「報告は以上となります」
「はい。ご苦労さん。それで、今回もまた何者かにエリアボスを横取りされたってわけね」
報告書に目を通した後、ギルドマスターがそう言った。高橋は嘆息を漏らした。
「申し訳ありません……。ただ、死体はそのまま残っており素材の回収には影響が出てませんので」
「なるほどね。ならオッケーだねよかったよかった、なんて話になると思う?」
「ならないですか?」
高橋は若干投げやり気味に答えた。
「うん、ダメ。エリアボスが多く倒されたおかげで解放区域が増えているのは嬉しいことだけど、その多くがなんだかよくわからない仮面の人物の活躍によって――だなんてね。こっちはこっちで報告する相手がいるからね」
それはつまり、ギルドマスターが報告する相手が納得してくれないと、そう言ってるわけだ。確かにギルドマスターは百名のプレイヤーをまとめ上げ管理する重要な役目を担っている。
だがそれは現場レベルの話だ。たとえ世界中がダンジョンに支配されても神戸市という小さな世界の中で政治は残っている。
こういった手合は自分に都合の悪いことは曖昧にするが、自分たちの功績になりそうなことには兎角敏感だ。だからこそ所属が曖昧な存在である仮面の男に納得などしない。
「とりあえず、そいつの素性を調べておいてね。正体不明じゃあどうしようもないし。後できる限り早くその男をギルドに加入させてちょうだい。戦力は多い方がいいし、もちろん敵でない確証もないけど、どちらにしろとんだジョーカーになりかねないからね。あの事件のこともあるし、管理下には置いておきたいからね。わかった? とにかくできるだけ急いで頂~戴。それと、このことはまだ誰にも言わないように。混乱を招くだけだもの」
「わかりました。それでは失礼します」
高橋は一礼すると部屋を出た。
「ふぅ……。相変わらず疲れることこの上ない仕事よね。なんで私がこんな目に合わなければならないのかしら。こっちだって好きでやってるわけじゃないっていうのに。ああもう! 嫌になっちゃう!」
誰もいない部屋にギルドマスターの言葉が響いた――
「静。聞いてくれ! 俺たちテレビ局の取材を受けることになったんだぜ!」
「え? その、ねぇ玖月。話が見えないんだけど……」
森本 静が部屋で料理の準備をしていると阿久津 玖月がそんな話を持ちかけてきた。突然取材だと言われ静はわけがわからないといった様子だった。
「だから俺たちプレイヤーの活躍を取材してドキュメンタリーを作りたいって話なんだよ」
「ドキュメンタリー! テレビで!?」
静が思わず大声を上げた。無理もなかった。何せギルドはこれまでダンジョン攻略に関して部外者を一切立ち入らせなかったのだから、テレビ局が取材の為にダンジョンに同行するなど前代未聞なのである。
それもプレイヤーの特集などという大きな番組だ。当然静は驚いてしまった。
暮らしている規模こそ狭くなったがそれでもなおテレビの影響は強い。ただ不安もあった。
テレビ局と一緒にダンジョンに向かうなんて自分たちに出来るのか、そもそもギルドが本当に認めたのかなど考えればキリがない。
「ねぇ。それって正式にギルドが受けたものなの?」
「あぁ。問題ないって。俺の叔父のことは知ってるだろう?」
「叔父……確か議員さんなんだよね」
静が思い出しながら答えた。これは以前玖月が言っていたことだ。
「でもその叔父さんってギルドとは関係ないんだよね?」
「そんなことはないさ。ギルドだって議員とは持ちつ持たれつなわけだし、議員の叔父がいいと言えばそれでいいのさ」
「そういうものなの? 私あまりそういうの詳しくないけど、やっぱりギルドの許可がないと駄目じゃ……」
不安そうな顔を見せる静。一方で玖月は大丈夫だと静を説得した。
「でもダンジョンは危険だよ。やっぱり一般人を連れて歩くのは、何かあってからじゃ遅いよ」
「本当静は心配性だな。よく考えてみろよ。ここのところ調子良くて安全なエリアも広がって来てるだろう? そういった経緯もあるから叔父も取材を許可したんだ。しっかり考えてのことなんだよ」
「それは……そうかもしれないけど……」
玖月に言われてしまえば静も反論し難いものがあるのだろう。少し言葉を選ぶように口籠もった。
「なぁ静。これはチャンスなんだよ。この取材が上手くいったら叔父が俺たちのプレイヤーランクがA級にあがるようギルドに口利きしてくれるって言ってるんだ。A級になればかなりの手当が貰えるようになる。そうすれば俺たちも安心して結婚出来るだろう?」
その話は確かに魅力的だった。静も玖月も長いことB級に留まっていた。勿論それが悪いということはない。
そもそもで言えばA級に上がれることが稀なのだ。それだけ実力がなければ認められないということでもある。
「だから、な?」
「……うん。そうだね。わかったよ」
玖月の説得にようやく静が折れてくれたようだ。結婚という一言も効いたのかもしれない。
「ありがとう。そうと決まれば早速準備をしないとな」
こうして玖月と静は取材を受ける準備とその日に向けて取材を受けたときのために練習をしたりした。そうこうしている内に約束の日となりテレビ局との待ち合わせ場所へと向かった。
――それからしばらくして、約束の時間まの少し前に彼らは現れた。
「あ、あの。今日はよろしくお願いします」
静が慌てて頭を下げた。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
そう返したのはスーツを着た二十代の男性だった。男性は続けて自己紹介をした。
「私は今回の取材を受け持つこととなった、ディレクターの佐々木です。こっちが今回インタビュアーとして同行する泉、後はカメラマンの山田と音声の田中です」
男性はそれぞれを手で指し示し紹介した。インタビュアーを務めるのは綺麗な女性だった。続いてカメラマンの男性と音声の女性が軽く会釈した。カメラマンはかなり体格がよく一方で音声は華奢に思える。
「それで早速なんですが、まずはお二人の簡単なプロフィールと、何故プレイヤーを目指すことに?」
インタビュアーの泉が質問をした。
「あ、はい。私たちは元々神戸市に住んでいて……。でもあの事件があって……。それで神戸だけじゃなくて、日本の、いえ世界中の人たちの助けになりたいと思って、それで……」
「なるほど人々の為に……立派なお考えですね。では次に、こんかいどうして取材を――」
「は、はい。それは――」
こうして先ず幾つかの質問を受け静と玖月は緊張しながらも答えた。質問タイムも終わると、いよいよダンジョンへ向かうこととなった。
テレビ局のスタッフを連れ門の前に到着。そこで静が玖月に耳打ちした。
「門番の人が立ってるけど大丈夫なの?」
「問題ない。こっちは話がついているからな」
そして玖月が門番の前で挨拶し叔父の名前を出すと待ってて欲しいと言われた。その後、自衛隊員と思われる制服を来た男女が数人やってきた。
「話は覗っております。私はこの隊を任されている隊長の長月です。この度はダンジョンでの活動を取材されると。我々としてもとても光栄に思っております」
長月と名乗った年配の男性がそう言った。どうやら玖月の言う通り無事許可が下りたようだ。だが問題はこれからだ。
「はい。それでは早速出発してもよろしいでしょうか? 一応、私たち以外にも撮影スタッフもいるものですから……」
「わかりました。案内させていただきましょう」
こうして自衛隊員の案内も加わり一緒にダンジョンに向かうこととなった。人数も増え中々に物々しい。
「ね、ねぇ。この隊員の人も一緒なの?」
「あぁ。叔父は俺たちプレイヤーだけじゃなく国としてもしっかり仕事してるんだとアピールしたいようでな」
玖月の返事を聞いてそういうことか、と静は一応納得した。お偉いさんともなるとやはり色々とあるらしい。
「ところで、ダンジョンの中ってどんな感じなんですか? モンスターとか、いるんですよね」
泉が恐る恐ると尋ねた。
「えぇ、いますよ。勿論危険も伴いますが我々や彼らプレイヤーの活動で危険な場所も減ってきてるのです。いやはや我々自衛隊としても彼らの協力には助かっておりますよ」
そう言って長月が笑った。それを聞いた静はあまりいい気がしなかった。勿論隊員である彼らが頑張ってくれているからダンジョン内の拠点も守られている。
それは確かだ。しかしこの言い方ではまるでプレイヤーが彼らをサポートしているだけのようではないか。
しかし今そんなことを言っても仕方ない。ここはダンジョンの攻略の為に頑張るしかないと静は思った。
「そういえば隊員の皆さんは普段はプレイヤーと同行するんですよね? ギルドのプレイヤーというのは何人くらいなのですか?」
泉の問いに今度は玖月が答える。
「俺たちを含めて所属しているのは百人です。この数は決まっていて百人以上には出来ません」
「あぁそうなんですね。私てっきりもっと沢山のプレイヤーが居るのかと思いました」
「残念ながら契約の関係で上限は決まっているんですよ」
そう言って玖月が苦笑いを浮かべた。端末の数が百台しかないというのはギルドの中では周知の事実だが、一般的に広く知れ渡ってはいない。
「はっはっは。少なくて驚いたでしょう? だからこそ我々自衛隊員が矢面に立たなければいけないのです」
「それは驚きました。てっきりダンジョン探索はプレイヤーという人達が主体となって活動していると思ったので」
隊長は随分と偉そうな物言いだ。静はこれに違和感を覚えていた。事前の説明では玖月や静といったプレイヤーの活躍を取材すると聞いていたからだ。
だが実際は隊員のアピールの場に変わってしまっている。静は思った。プレイヤーとして選ばれたのが自分と玖月だけだったのは自衛隊がいいところを見せるためだったのではないかと。
そう考えるだけで少し腹が立った。静はたまらなくなって玖月に声を掛けた。
「ねぇ。あんなことを言わせてていいの?」
「う、う~ん。ま、まぁ自衛隊の助けが重要なのも事実だし」
「でも……」
「ほ、ほら間違ってたなら後で編集して貰えばいいわけだし。それに叔父の顔に泥を塗るわけにはいかないだろう?」
困った顔でそんなことを言い出す玖月に少しがっかりした静だった。叔父に口利きしてもらえるかもしれないということで張り切っているのだろうがギルドに所属しているのだからそんなものは関係ないだろうと思う。
とはいえそれを玖月が望んでいるというのであれば静は従うまでだった。
「そ、それよりも今はダンジョンについて取材を受けている最中じゃないか。ちゃんと集中してくれよ」
玖月は誤魔化すようにそういった。静もそれ以上は何も言うことが出来なかった。静たちはその後、暫く会話をしながら遂にダンジョンの中へと入っていった。
「いよいよ我々取材班はダンジョンの中に足を踏み入れました。ダンジョン内に撮影が入るのはこれが初であり――」
インタビュアーの泉が緊張した面持ちでダンジョンの状況を伝えていた。それを玖月たちが黙って聞く中、カメラマンが玖月たちを撮影し続けている。その視線を静は気にしないよう努めた。
「そういえば玖月さんと静さんは随分と原始的な武器に見えますが」
泉がそんなことを聞いていた。隊員の所持武器が銃火器なのに対して玖月は戦斧、静に関しては杖だったからだろう。玖月が答える。
「俺のジョブは戦斧士なんですよ。ジョブによって得意武器があってそれで俺は斧なんです」
静も玖月に続いてこくりと小さく相槌を打つ。泉はなるほどと返した。続けて静にも尋ねる。
「静さんのご職業は?」
「あ、あの……、わ、わたしは……、その、自然術師です!」
「自然術師ですか。どのような魔法を使うのですか?」
「えっと、あ、あの……、植物を利用した魔法を使うことが出来ます! あと、お、お花を咲かすことも、出来ます」
「なるほど。それは素晴らしいですね。ぜひ一度見てみたいものです」
「は、はい。い、いつか機会があれば……、その時は、お、お見せします」
「はい。ありがとうございます。それでは、先へ参りましょうか」
泉に言われ一行が歩き出した。静がダンジョンの状況を説明する。
「この辺りは霧が薄いのでまだ危険は少ないです」
「なるほど。モンスターを狩るという話は聞いてましたが、やはり最初はスライムのような弱いモンスターを倒して経験を積むのですか?」
インタビュアーの泉からそんな質問が飛ぶと、聞いていた長月がプッと吹き出した。その態度に泉がムッとした顔になる。
「いやいや失礼。ですがスライムが弱いなんていうのはゲームや漫画だけの常識ですよ。それにゲームと違って現実では決まった場所に決まったモンスターしか出ないなんてことはない。確かに霧の濃淡である程度目安にはなりますがモンスターも生きていて彷徨いてますからな」
長月が笑いながらそう言った。泉はそうですかと返すと、同行していたディレクターの佐々木が不安そうな顔を見せた。
「それって危険はないのでしょうか?」
その台詞に静は、何を今更、と眉を顰めた。
「勿論ありますよ。ですから我々がいるのです」
長月の言葉に佐々木の顔が緩んだ。一瞬でも不安に思ったようだが同行している隊員も多くプレイヤーの玖月と静もいる。これなら安全だろうと考えたようだ。
「長月隊長。気をつけてください」
ふと隊長の横にいた隊員が警告を発した。直後だった不気味な呻き声のようなものが周囲から聞こえてきた。
TVスタッフ達も気がついたようで顔が恐怖で引きつっている。声が徐々に近づくにつれて、荒々しい呼吸音と鼻息の音が聞こえてきた。
そして、木々が揺れる音や小石が蹴飛ばされる音が、何かが接近していることを物語っていた。やがて、小さな角を生やした小柄なモンスターが複数姿を見せる。
「ゴブリンだ! 全員すぐに陣形を取り排除しろ!」
隊長の指示を受けた隊員五人が前に飛び出した。手慣れた動きで銃を構えて戦闘態勢に入る。一方で玖月と静も臨戦態勢に入っていた。
「植物召喚!」
静が叫ぶと周囲にあった草木がざわめき始めた。すると地面から蔓が伸びてゴブリンの群れに絡みついた。
「グギャアァ!?」
突然のことに驚いたのかゴブリン達は悲鳴を上げて暴れた。だが静の操る植物の拘束は解けない。
「はぁぁぁぁぁ!!」
そこに玖月が飛び込んだ。戦斧を振り回し周囲の敵を薙ぎ払う。
「グゲェー!!?」
「ギィヤャー!!!」
断末魔を上げ次々と倒れていくゴブリン。あっという間に敵の数が減っていった。
だが倒れた側から別なゴブリンが援軍のように出現した。
「貴方たちは下がって! 全員構え!」
長月がテレビ局の面々を庇うように立ち、隊員に命じた。彼らは銃を構えゴブリンに向けて銃弾の雨を浴びせていく。
後から出現したゴブリンの方が数が多かったが、隊員の放った銃弾で次々と倒れ、死体の山が築かれていった。こうして最初の戦闘が終わると同行していた佐々木や泉が歓喜の声を上げた。
「凄いです! あんなに凶悪そうなゴブリンを一瞬で!」
「私、魔法なんて始めてみました。それに銃撃戦も!」
「全くだ。おい山田しっかり撮れてるだろうな?」
「はい。バッチリです」
「よし。これでいい絵が撮れたぞ」
「長月隊長! 素晴らしかったです! 流石ですね!」
「ありがとうございます。当然のことをしたまでですよ」
インタビュアーの泉とカメラマンの山田が興奮気味に語り、隊長の長月も誇らしげにしていた。
「何よあれ。私たちだって戦ったのに……」
その様子を面白くなさそうに見ていたのは静だった。最初に現れたゴブリンを倒したのはプレイヤーの二人だった。
しかしテレビ局の意識は後から現れたゴブリンを片付けた隊長と隊員に向いてしまった。静にはそれが少し悔しく感じられたのだ。
「まぁまぁいいじゃないか。俺らの実力を認めてくれたってことだよ」
玖月が静を宥めるようにいった。
「玖月はそれでいいの? 折角取材を受けたのにこれじゃあただの引き立て役じゃない」
「大丈夫だって。俺たちだってこれからいいところを見せればいいんだから」
「そうかなぁ……」
玖月は静にそう言って慰めたが、静は納得できないようだった。
「それにしても本当にゴブリンなんてモンスターがいるんですね」
「あぁ、それは通称ですよ。実際にあのモンスターがゴブリンかどうかは知りませんが、見た目が我々が知るゴブリンに似ているので便宜上そう読んでます。他のモンスターにしてもそうやって名称を決めてるパターンも多いのですよ」
疑問を口にする泉に長月が答えた。ダンジョン化した世界には多くのモンスターが現れるがこれらのモンスターの多くにはこれといった名称があるわけではなかった。
しかしそれでは不便なのでギルド側で容姿に見合った名称を決めたというわけである。
「へぇ~。そうなんですか。面白いですね」
泉は感心したように相槌を打った。
「それでは先へ進みましょうか」
一行は再び歩き出した。その後も何度かモンスターと遭遇したものの、自衛隊員の火力によって難なく撃退されていった。
勿論玖月と静も戦ったが印象に残るのはやはり自衛隊員の活躍だったようだ。
「しかしすごいですね。銃もやはりモンスターには有効なんですか?」
「勿論本来なら厳しいですが、我々の研究の成果ですな」
長月が偉そうに答えていたが、流石にこれには静も納得出来なかった。
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