第12話

 後日――暁啓は雷夢に連絡し午前中に会う約束をした。もっとも今回会うのは仮面の男としてであり暁啓としてではないのだが。


「ほんまに仮面したまま来たんやなぁ――」


 変装した暁啓を見て雷夢はあっけにとられていた。それはそうだろうな、と暁啓も考える。それぐらい妙ちくりんな格好だ。


 黒い外套に仮面。布でくるんではいるが金属の棒を背負ってもいる。正直待ち合わせ場所に来るまでに職務質問でもうけやしないかとヒヤヒヤしたものである。


「――暁啓から聞いている。今日は済まない」


 暁啓は出来るだけ声色を使って話した。口数も多くならないよう気をつける。


「気にせんといて。それにお礼をいいたいのはこっちや。前はうちや皆を助けてくれてありがとや」

「……気にしないでいい。でも無事でよかった」

「うん。あんはんのおかげや。せやけど、名前もわからへんのは不便やし教えて欲しいんやけど」


 首を傾け顔を覗き込むようにして雷夢が聞いてきた。仮面をしているので暁啓には気づいてないはずだが、その仕草にドキドキしてしまう。


「ぼ、いや、俺はヒロ、だ――」


 何とかその場を取り繕い偽名も伝えた。


「ヒロやな。それにしてもヒロって前助けてくれた時も、そんな喋りかたやったっけ?」


 雷夢の鋭いツッコミに内心焦る暁啓。前回はそこまで考えていなかったので口調もあまり意識してなかった。ただ前回は状況が状況だけに正体が暁啓だとは気づかれていないようだ。


「……元々こう、だ。それよりこれを鑑定してほしいのだが」


 暁啓は背負っていた棒を軽く持ち上げて言った。


「あ、そうやった。じゃあ早速やるさかい見してみて」


 雷夢が眼鏡をかけながらそう言ってきたので暁啓は布を取って中身の棒を見せた。


「ところでその眼鏡は?」

「鑑定の眼鏡や。ちょっとうちから拝借してきたんや。あ、この事は秘密やで」


 雷夢は人差し指を口元で立てて微笑んだ。不覚にも可愛いと思ってしまった暁啓である。


「……何か、悪いな」

「えぇってえぇって。命救ってもらったお礼や。それにしてもゴツい棒やな――しかもこれ、結構な武器やで」


 そう言って雷夢が鑑定結果を教えてくれた。


名称:黒棒ダークネッサー

ランク:B+

詳細:闇属性を持つ金属の棒。攻撃を当てた時、視界を闇に染める事がある。


 これは確かに凄いなと暁啓は内心喜んだ。羅刹の予想通り結構良い武器だったようだ。雷夢も暁啓の表情から察して嬉しそうな顔になった。


「どや? うち役に立てたかいな?」

「あぁ。助かったよ。それで幾らになる?」


 暁啓が雷夢に聞いた。流石にただというわけにはいかないだろうと考えていた。


「そんなんいらへんって。言うたやろ? 命を救ってもろうたお礼やって」

「しかし……」

「えぇからえぇから」


 暁啓が支払おうとしても雷夢はそれを固辞した。意思は固いらしい。


「……わかった。ありがとう。これで失礼する」

「待った! その前に、ヒロが何者か教えてもろうてもえぇ?」

「……暁啓にも言っているが、どうしても言えない事情がある」

「――やっぱりそうなんやね」


 雷夢に問われ、暁啓は曖昧な理由を伝えたが、雷夢は何故か暁啓の返事で一人うんうん頷いていた。


「きっとヒロには特別任務があるんやな!」


 雷夢の言葉に暁啓は首を傾げた。


「どういうことだ?」

「せやかて、普通はこんなこと出来ひんやん」

「……」

「だから特別な存在やと思うたんや」

「なるほど」

「せやからうちは、また会えると信じて待つことにするわ」

「そう、なのか?」

「うん。うちは信じてるで」


 雷夢の真っ直ぐな瞳に、暁啓はどう反応すれば良いかわからず、とりあえず相槌を打つしかなかった。


「あ、せやけど、次会った時はうちも強くなっとるで。逆にヒロを助けることになるかもしれへんで」

「それは――楽しみだ。では俺は行くとする。世話になった」

「こちらこそやで!」


 こうして暁啓は雷夢と別れた。見えないところまで離れてから、はぁ~と深く息を吐いた。


「つ、疲れた……」

『全く人間ってのは一々面倒な真似をするもんだな』


 暁啓は一体誰の為にこうなってると思ってるのか、と愚痴りたい気持ちもあったが敢えて口にはしなかった。


『それはそうと、行った通り使える武器だっただろうが』

「うん。それはそう。これで随分と狩りが楽になると思う」

『それなら早速実戦だな。時間のある時にどんどん狩りに出てレベルを上げろ』


 羅刹の言葉を聞いて暁啓は、深く頷きつつ。


「あ、でもバイトが優先ね」

『……そんなことしなくても素材でも売ればいいだろうが』


 羅刹は軽く言うが、ギルドに所属していない以上それも難しい。結局暁啓はその後アルバイトを続けながらダンジョン探索もし――そうこうしている内に半年の月日が流れた。


◇◆◇


「雷夢! あまり前に出るな! お前は後方サポートに徹しろ!」

「せやけど、うちこれでも戦えるで」


 雷夢を叱咤したのは彼女よりも経験の長い先輩プレイヤーだった。初めてダンジョンでの戦闘を経験して半年、レベルもそれなりに上がり今は他のプレイヤーとパーティーを組み協力しながらダンジョンを探索しモンスターを狩っていた。


 実戦の中で自信がついてくると自分でも驚くほど大胆になる。雷夢が現在使用している武器はダンジョンで発見した鎚槌という槌だ。


 攻撃力が高く錬金術との相性もよい。その上で新たに覚えたスキルの軽功があった。錬金術の力を肉体に込め驚異的な身体能力を発揮できるのがこのスキルだ。


 このスキルのおかげか鎚槌を振り回しながら雷夢が走り回っている。

 雷夢の装備している加速の指輪の効果も大きい。これにより雷夢の動きはかなり速くなった。しかし彼女の攻撃手段はその動きだけではなかった。

 

 雷夢の振るう鎚槌によって地面はえぐれ、石礫が飛んでいったい地面が杭になり相手を突き刺したりする。錬金術も活用しているからだ。


 そのせいもあって敵はほとんど視認できていなかった。雷夢の攻撃を受けると大抵吹き飛ばされる。それでもなお立ち上がる者もいたがすぐに力尽き倒れていくのだ。


 雷夢は先輩プレイヤーはきっと、自分が活躍しすぎて面白くないのだろうと考えていた。前に出るなと今も言われたが、実際に前に出て活躍している。雷夢はレベルが上がり少し調子に乗っていたと言えるかもしれない。


 これはある程度戦い慣れてきたプレイヤーであれば必ず通る道でもあった。今はパーティーが別だが直人にしても同じだった。


 特に直人は同期の中では一番レベルが上がるのが早くレベルは12まで上昇していた。

 今、直人の正面には熊に似たモンスターが立っておりその鋭い爪を振り下ろした。


「おせぇよ」


 軽やかなステップで避けつつスキルのカウンターで反撃。そこから素早いパンチを何度も繰り返しているうちに相手の動きが鈍ってきた。


 ダンジョンで見つけた疾風の手甲は攻撃速度を上昇させる。更に瞬撃というスキルも覚えていた。一瞬にして間合いを詰め素早い攻撃で翻弄するのがこのスキルだった。


 この組み合わせで熊のモンスターは棒立ち同然であった。そしてついにモンスターが倒れた。

 他に戦っていたパーティーメンバーも直人の強さに感嘆の声を上げていた。


 真に関して言えば美香と同じパーティーで戦っていた。ジョブが勇者の真はどうやらレベルは上がりにくいようであり、同期の中では成長率が一番低く現在のレベルは7であった。


 しかし真は努力家だった。勇者のジョブに相応しい英雄になろうと必至だった。ここまで頑張るのは以前見た仮面の人物の活躍も関係していた。


 元々スーパーヒーローに憧れがあった真は、仮面の男の活躍に興奮し陶酔していた。その時の光景が頭から離れず自分もいずれは彼のようなヒーローになりたいと考えるようになっていた。


「雷弾!」


 真が行使したのは新たに覚えた雷の魔法だった。雷の弾を飛ばし相手にぶつけるものだ。威力はそれほど高くないが 当たれば痺れさせることくらいできる。


 その隙に他の仲間が攻撃を始めたが真と美香が戦っていたエリアにはモンスターが多かった。


「ウォォオオォォオォオオ!」


 真が叫んだ。突然のことに普通なら正気を疑うところだろうが、実際はモンスターの士気が下がり味方の士気が上がった。真が新たに覚えたスキル勇気の叫びの効果だった。


 このスキルに加え美香がフォローしてくれた為、戦いは随分と楽になった。別な場所では伊織も活躍していた。暗殺者のスキルも増え陰ながら活躍してくれている。


「美香。エリアボスが倒されたようだ。結界を頼む」


 先輩プレイヤーに言われ霧から解放された場所に美香が結界を張った。ダンジョンとは霧に支配された地域のことだ。


 霧が晴れるとそこはもう安全圏となる。一方で霧が濃ければ濃いほど強力なモンスターが出現する。


 この霧については謎も多いが確実にわかっているのはエリアボスを倒すことで周囲の霧が晴れるということだ。


 しかし放っておくと霧はまた侵食を始めてしまう。そこで役立つのが結界だった。

 結界を有するジョブというのは幾つかあり美香に与えられた妖術師もその一つだった。だからこそ美香は同期の中ではかなり重宝されていた。


 つい半年前まで見習いプレイヤーでしかなかった五人は今ではすっかり戦力として数えられていた。


 中にはやっかみの声も聞こえてくるがそれも彼らの確かな実力があってこそだろう。

 そして同時期に現れたプレイヤーは実はもう一人いたわけだが――


「来たか美香」


 そう声を掛けたのは一時は美香たちの教育係を務めていた高橋だった。


「お久しぶりです教官」

「そういう呼び方はやめろ。むず痒くなる」


 美香の教官呼びを高橋は受け付けなかったようだ。堅苦しいのは苦手だということなのだろう。


「お前を呼んだ理由はわかってるな?」

「はい。エリアボスが倒されたからここの霧も晴れてるんですよね。早速結界を張ります」

「あぁ頼む」


 美香が結界を張ることで霧の侵食は止まる。こうしてダンジョン攻略の拠点が出来上がっていくのだ。これでしばらくは霧の心配をしなくて済む。


「ところでここのエリアボスは誰が倒したんですか?」


 ふと美香が高橋に尋ねた。何となく気になったのだろう。


「……不明だ。そういうことになってる」

「あぁ……」


 なるほどといった顔を美香が見せた。実は美香がこんな質問をしたのにもわけがあった。プレイヤーは各自が自由奔放に動いているわけではない。

 

 攻略前にはギルドで説明を受け各自決められたエリアを攻略していく。そしてこの場所は本来今回の攻略エリアには含まれていなかった。


 つまり誰かが勝手に入って倒してしまった可能性があるということだ。


「……また上層部の連中に嫌味を言われるかもな」


 ふと高橋がそんなことをこぼした。美香にも倒した相手の検討はついていた。きっと以前美香たちを救ってくれた謎の仮面プレイヤーなのだろうと。


 ただし、それはギルドからすれば受け入れられない話であった。高橋にしても調べたことだが、仮面のプレイヤーがギルドに所属しているという事実はなかったのだ。


 しかしそれは本来おかしなことだ。プレイヤーになるのに必要な端末の数は百台と決まっている。しかも現在その百台全て契約済みなのだ。つまりプレイヤーになれる筈がない。


 にも関わらず仮面の人物は明らかにプレイヤーとして行動していた。本人から直接聞いたわけではないが、人外の動きに加え明らかにスキルと思われる力を使っていたのだから疑いようもないのだ。


 つまりあの仮面の男は存在しない筈の百一人目ということになる。


「いい加減上層部もうるさくなってきたしな。全く面倒なことばかり起こしてくれるぜ。ま、お前らは気にせず頑張ってくれりゃいいんだ。変に考え込むんじゃねぇぞ」


 高橋はそう言い残し立ち去った。しかし美香は、はい、と素直に返事したものの内心では仮面のプレイヤーについて考えていた。


(教官の顔を見ればわかる。これもあの仮面の人物が――でも、あいつは一体何者なの?)


 結局美香の心中にはただただ疑問だけが残り続けた――

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