第11話
初めてのダンジョン探索で魔獣を狩った暁啓だったが、自宅に戻ってからは一気に疲れが押し寄せそのままベッドに潜り泥のように眠ってしまっていた。
気づいたらもう昼を過ぎており、寝すぎてしまったなと少し反省する。
幸いだったのは今日のバイトが夜勤だったことだ。これで無断欠席などしていたら責任感の強い暁啓は後悔していたことだろう。
さて、と暁啓は端末を取り出し自分のステータスを確認した。昨日は色々ありすぎて結局ステータスを確認できていなかったからだ。
「羅刹。昨日の狩りでレベルが15まで上がったよ」
『あぁそうか。そりゃ良かったな』
暁啓はレベルが上っていたことが嬉しくてつい羅刹にも話しかけていた。だが羅刹の返事は素っ気なかった。暁啓は苦笑いしつつベッドから出て顔を洗った。
暁啓が嬉しいのはレベルが上がったことだけではなかった。羅刹との契約により自分が強くなっているのを感じられたのもある。
何より強くなったことにより今までできなかったことをできるようになったのだ。昨日の戦いでも実感できたがやはり仮契約の時とは違うと感じた。
「それにしても本当よく寝たなって自分でも思うよ。よほど疲れていたんだろうな」
『まぁ、そりゃそうだろう。昨日は調子に乗って鬼人化まで使ったわけだしな』
調子に乗ってというのが気になった暁啓だが、羅刹の口ぶりも気になった。
「鬼人化が何かあるのかい?」
『鬼人化は鬼の力を一時的に得ることで身体能力を向上させるものだ。だが鬼人化にはリスクがある。鬼の力を借りている間は消耗が激しいのさ。調子に乗って使い続けていたらすぐに息切れするだろうな』
それを聞いて暁啓は昼過ぎまで寝てしまっていた理由がわかった気がした。どうりで体中が筋肉痛のようになっているはずだ。
「そういえば全身が痛いけど、これも鬼人化の影響なんだね」
『あぁそうだ。これから鬼人化を考えなしに使うのはやめておくことだ。命が惜しければな』
「怖いこというなぁ。それでどの程度ならつかっていいわけ?」
『精々一日三分ってところだな』
「たったそれだけか……」
暁啓は自分が鬼人化できる時間を知ってガッカリした。思った以上に短い。
そして心に誓った。鬼人化はいざという時まで使わないでおこうと。
『暁啓。お前昨日宝箱から武器を手に入れていただろう?』
ふと羅刹がそんなことを聞いてきた。暁啓はたしかにそうだと思い出し寝室に戻って壁を見た。そこにあの黒い棒が立てかけてあった。
「自分で言うのもなんだけど不用心だな」
『全くだな。それでどんな武器か確認したか?』
「確認?」
羅刹に聞かれ暁啓が問い返す。
『ダンジョンで手に入れたアイテムは端末にも所持品として記録される。見ればどんなものかわかるはずだ』
そうだったのか、と暁啓は改めて端末を確認した。すると確かに画面には詳細が表示されていた。暁啓は驚いた。端末とは便利だと。ただ奇妙なことが起きていた。
「確かに所持品という項目があったけど、この武器、未鑑定品って表示されてるだけだ」
暁啓のその言葉を聞き羅刹が興味深げな声を上げた。
『ほう……それはラッキーだったな』
「え? 何で?」
どんな武器かわからなければ暁啓としては不便なだけだ。しかし羅刹はラッキーだと言う。その理由が知りたかった。
『未鑑定品ってのは通常のアイテムより強力な物が多いんだよ。鑑定する必要はあるがそれだけ期待できる』
「へぇ。そうなると本当ゲームみたいだね。ガチャでも回している気分だよ」
暁啓の言葉を聞いた羅刹が笑った。
『まぁそんなもんかもな。で、お前鑑定はどこでするつもりだ?』
「え? あ――」
言われて気がついた。暁啓には鑑定をお願い出来る伝手がないのだ。暁啓は自分の無計画さに呆れた。
「羅刹なら鑑定できないの?」
『俺様のスキルはお前が使えるものだけだ。つまり鑑定スキルなんてものはない』
あっさり否定されてしまった。
「鑑定はスキルがないと出来ないのか……」
『いや、道具に頼るって手もあるようだが、かなり希少だからな。まぁギルドってのに頼れば見てもらえるかもしれんが』
「無茶言うなよ」
暁啓は唇を尖らせた。暁啓は未来から送られてきた端末の羅刹と契約して非公式にプレイヤーとなった存在だ。
ギルドには正式に所属していない。恐らくそんなことは羅刹にもわかっている筈だが、きっと暁啓をからかっているのだろう。
暁啓の視線を受けて羅刹がニヤッとした気がした。
「はぁ。とりあえずお腹も減ったし気晴らしに外に出るかな」
暁啓はとりあえず鑑定の件は保留にし家を出ることにした。暁啓が向かったのは駅前だった。
神戸の街の殆どは霧に支配されダンジョンと化した。
現状唯一、生き残った人々が暮らしているのはこの人工島であるポートアイランド。決して広くはないがそれでも駅は残っており使える電車などはそのまま利用されている。駅前は今も賑やかだ。食事できる場所も多い。
もっとも食事に利用されている肉はプレイヤーがダンジョンで手に入れた物も多い。つまりモンスターの肉だ。そうでなければこの小さな人工島だけでは生き残った人々の食料はまかないきれない。
「偶然やなぁ。暁啓やないか」
どこで食事しようかと立ち並ぶ店を眺めていると、暁啓に声がかかった。振り向いてみるとそこには雷夢がいた。
「あれ? 雷夢ちゃん? こんなところで会うなんて奇遇だね」
「ほんまやな。暁啓はどうしてここに来たんや?」
「僕はちょっとお腹が空いてね」
「そっか。うちも同じや」
雷夢は嬉しそうに微笑んだ。暁啓はそんな雷夢を見て少しだけドキッとした。雷夢は可愛い子なのだ。
「じゃあ良かったら一緒にご飯食べない?」
「ええんか? うち嬉しいわぁ」
雷夢は本当に喜んでいるようだった。二人はそのまま歩きながら話すことにした。
「雷夢ちゃんは何を食べたい?」
「うちは何でもえぇねん。暁啓に任せるで」
「えーっと」
暁啓は迷ってしまうがふと駅前のハンバーガーショップに目が行った。ハンバーガーは好きな暁啓だが、ただこういう時に選択肢としてはどうなのだろうと迷ってしまう。
「あ、ナクドやん。うち好きやねん。あの店はどやろ? 結構美味しいで」
「そうなの? 雷夢ちゃんが好きならこのナックにしようか」
「うん! 決まりやな。せやけどナックやなくてナクドやろ?」
雷夢はわざとらしく訂正する。暁啓は笑ってしまった。
カウンターで適当に注文し席に着く。今日は平日だがそれでも駅前は人が多い。学生の姿も多く見られた。
「そういえばチラッと小耳に挟んだんだけど試験には合格したんだよね。おめでとう」
ここで暁啓は雷夢にお祝いの言葉を送った。暁啓はプレイヤー試験に落ちてしまったが一時でも一緒に試験に挑んだ仲間が合格できたのは嬉しい。
「おおきにやで。それにしても暁啓は惜しかったなぁ。絶対受かると思ったんやけどなぁ」
「僕なんかまだまだだよ。全然弱いしさ」
「それはちゃうやろ。運が悪かっただけやん」
「そうかなぁ」
雷夢が慰めてくれるが、直後表情が曇ったことに気がついた。
「ほんまそうやで。暁啓が落ちたんは――美香のせいやろ?」
ジッと暁啓を見つめながら雷夢が言った。思わず暁啓は目を逸らしてしまう。どうやら雷夢は試験の時、暁啓が美香の裏切りで試験に落ちたことを知っていたようだ。
しかし何故雷夢が知っているのか気になり暁啓はその疑問をぶつけた。
「なんで雷夢ちゃんは知ってるの?」
「……前に偶然、あんたと美香が話しているのを聞いたんや」
そう言われあの時か、と暁啓が想起した。
「それなら……僕の姉のことも知ってるよね」
「……知っとるで。せやけど、それとこれとは話は別やろ? 何より暁啓は弟というだけや。姉はんの起こした事は確かに許されへん事かもしれへんけど、関係、ないやん」
そう言って雷夢が目を伏せた。そして暫く黙っていたが再び視線を上げ暁啓の目を見た後口を開く。
「なんか食事中にこんな話してすまんかったな。せやけど、暁啓ならきっと次の試験は受かるで。うちが保証するで!」
元気一杯に励ましてくれる雷夢を見て暁啓は微笑ましいと思った。同時に試験はもう必要ないんだよね、とも考えてしまったが。
「――そういえばなんだけど、ちょっと聞いていいかな?」
暁啓は思い切って雷夢に頼ってみようかと考えた。これまでの話で何となくこの子なら頼りになると感じたからかもしれない。
「えぇで。うちで出来ることなら何でも言ってや」
「そう。じゃあ、その、鑑定出来そうなところって心当たりある?」
「うん? 鑑定? 何や? 何で暁啓がそんなこと聞くねん?」
雷夢は不思議そうに首を傾げた。唐突にこんなことを聞かれたらそんな顔にもなるか、と暁啓は理由を考えるために脳をフル回転させた。
「えっと、実は僕の知り合いが困っていて。未鑑定のアイテムがあるとかで、だけど鑑定するにもどうしていいかわらかないらしいんだ」
「ますますわからへん。その知り合いってプレイヤーやろ? せやったらギルドで鑑定してもらえるで」
雷夢が不可解といった顔つきで答えた。何でそんなことを聞くんだろう、とでもいいたげであった。
「勿論本来ならそうなんだろうけど、なんというか知り合いがわけありで」
「わけあり……ちょい待ちぃ! もしかしてその知り合いって妙ちくりんなお面をつけとらへん?」
雷夢がぐぐいっと顔を近づけて聞いてきた。暁啓はお面じゃなくて仮面なんだけど、と思いつつ、どう返答しようか迷った。
雷夢は恐らく正体にこそ気づいていないが、昨日変装した暁啓が出向いた現場で居合わせている。だからこそ知り合いはその下面の人物と予想したのだろう。
そうなると、ここは逆にそれを利用した方がいいかもしれない。そう判断し知り合いが仮面の人物だと肯定することにした。
「そうだよ。でもなんでわかったの?」
「やっぱりなーッ」
雷夢は嬉々とした表情を浮かべた。
「実はうち、昨日そのお面男見とるねん」
仮面だってば、と心のなかで暁啓は突っ込んだ。
「何かえらい強い奴やったんやけど、なんだかわけありっぽかったしなぁ」
雷夢が思い出したように語り、一人納得して頷き出した。
「うん。その通りみたいでね。仮面の彼、何か鑑定して欲しいものがあるんだって」
「なるほどなぁ。そういうこったら任せときぃ! 暁啓の願いや、叶えたらん訳にはいかへんで!」
雷夢の返事を聞いて安心した暁啓だったが、問題はその方法だ。
「それで、鑑定にはあてがあるの?」
「大丈夫やで。うちがなんとかしたるさかい。で、その相手といつ会えるん?」
「え? あ、会いたいの?」
「当然や! 助けてもろうたお礼もいいたいし、それに暁啓とどんな関係なのか気になるやろ? せやから連絡先教えてくれへん?」
雷夢がにへらと笑みをこぼしながら言った。
(ど、どうしよ)
暁啓は内心焦っていた。何せ仮面男とは暁啓本人のことだ。下手に会ってしまうと身バレしてしまうかもしれない。
「僕、彼のそういう連絡先知らないんだ。その向こうから連絡は来るけど非通知だったり、色々隠したがりやなんだよ」
暁啓は動揺を隠しながら嘘をついた。当然正体が自分なのだから知らないわけではないが、ここはごまかさなければいけない。
「なんやそれ。恥ずかしがり屋さんなんか? う~んじゃあ、直接会うしかないんやね」
少し残念そうに言う雷夢を見て申し訳なさを感じた。秘密を抱えるのも辛いものだなと暁啓は改めて思った。
「せやったら連絡とってもろていつ会えるかうちに連絡くれへん?」
やはり直接会うという考えに変わりはないようだ。しかし折角鑑定について何とかしてくれると言ってるのだからこれ以上無下には出来ないなと暁啓も覚悟を決める。
「わかったよ。ただ僕この後バイトがあるから、明日以降になると思う」
「うん? なして暁啓のバイトと仮面の男が関係あるんや?」
雷夢に聞き返され暁啓はしまったと思った。あくまで別人だと思われているのだから暁啓の仕事が原因で会えないというのはおかしい。
「いや、そうそう。僕がバイト中はほら連絡来てても見れないから難しいんだよ」
「あ、なるほどな。それならわかるで!」
良かったと暁啓は胸を撫で下ろした。しかしこれ以上話していたらボロが出るかもしれない。
「そ、それじゃあそろそろ行こうか」
「あぁ、もう時間なんやな。オッケーやで」
そして二人は店から出た後、また暁啓から連絡すると伝えてわかれることにした。別れ際、雷夢が暁啓に話しかけてきた。
「そういえばやけど――暁啓はやっぱ美香のこと、恨んでるやろ?」
唐突な質問に暁啓は戸惑いながらも答えた。
「恨んでないと言えば嘘になるかもしれないけど、でも、ある程度は仕方ないかもと思ってる。あの子なりの理由があってのことだからね」
そう言いながら自分は今どんな顔しているんだろうと暁啓は思ったりした。美香は言っていた。姉の未来のせいで大切な人が犠牲になったと。
勿論それは誤解だと暁啓は思っているし姉の未来のことも信用している。しかしそれをいくら美香に言ったところで彼女は納得しないだろう。
「そっか……意外と冷静なんやな。もっとこう恨みつらみやら愚痴とか言うてきそうなもんやのに」
雷夢の言葉を聞き、確かになと思い苦笑いを浮かべた。だが、美香に対しての怒りはないのだ。美香の気持ちを考えればそれも無理はないと思っているからだ。
「まぁ、それでもうちは許せへんけど――でも暁啓が元気そうでほんま安心したわ」
前半ボソリといった雷夢の言葉は聞き取れなかったが、暁啓がいつも通りでいることは喜んでくれたようだ。
そして雷夢に、またね、と告げ暁啓は帰路についた。
『全くお前はお人好し過ぎるそ。恨みは晴らしてこそだろうが』
雷夢と別れてから黙っていた羅刹が喋りだした。正直もうそこまで恨んでないので羅刹の意見はどうだっていいのだが、恨みを晴らすと言ったその言葉が妙に強調されている気がした。
「もう恨んでなんて無いよ。今は皆が生き残れるよう無茶はせず頑張ってほしい。そう願ってるよ」
『ふん。甘い奴だ。勝手にしろ。俺様の知ったことじゃないぜ』
羅刹の態度に思わず溜息を吐いた。
「はいはい。そうだよね」
それから家に着くまでの間、羅刹は何も言わなかった――
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