第10話

「契約で治ったのか――これなら!」


 暁啓が足を止め向き直る。そこには迫るアルシドの姿。アルシドの動きは素早く俊敏だったが暁啓の目にはしっかりと捉えることができていた。


 そこで暁啓は契約によって解放されたスキルを使用してみた。


「鬼気! 金剛!」


 二つのスキルを同時に使用。鬼気は攻撃力を上げる。金剛は防御力を高める。これにより暁啓の身体能力と防御力が大きく上昇した。


『グォォォォオォォォオォオオ!』


 その時アルシドの咆哮がこだまする。空気がビリビリと震えているようだった。暁啓はなんとなくだが、もし契約していなければこの咆哮で足がすくんでいたかもしれないと漠然と思った。


 だが、今の暁啓は咆哮の中でも動くことが出来る。暁啓が近づくとアルシドの目に驚愕といった感情が宿った。それは暁啓の実力を察し、警戒の色を見せたという事だろう。そして暁啓は金属バットをを強く握りしめ、


「鬼の鉄槌!」

と叫んだ。瞬時に力が湧き上がり振り下ろしたバットに力が乗る。鬼の鉄槌は金棒専用のスキルであり、使用することで相手に強烈な一撃を叩き込む。


 アルシドの頭は暁啓が振り下ろしたバットによって粉々に粉砕された。だが同時に金属バットも折れてしまった。暁啓のパワーに耐えられなかったのだろう。


 暁啓の手に残った物は半分ほどになったバットのみだった。これで武器が使えなくなったと嘆息する暁啓だったが、その時なにやら奇妙な音がして頭がなくなったアルシドの首から宝箱が飛び出してきた。


「な、なんでこんなところに宝箱が?」

『ハッ! ラッキーだったな。ダンジョンのモンスターを倒すと宝が手に入ることがあるんだぜ』


 暁啓は、そういえば以前姉さんがそんなことを言っていたなと思い出した。しかしまさかこんな形で出てくるとは。


 宝箱は死体となったアルシドの首から半分だけ出ている状態だった。 

 さっきの妙な音はきっと宝箱が生まれた証拠なのだろうと考えつつ、暁啓は首から宝箱を引っこ抜いた。


 取り出した宝箱はまさにRPGで見るようなザ!宝箱!といった形だった。ゲームと違うのは体液にまみれていたことだろう。


 何ならちょっと臭うぐらいだが暁啓は構わず宝箱に手をかけつつ一瞬ためらった。


『どうした?』

「いや、罠とか掛かってないかなと思って」

『臆病な奴だな。気にせず開けてみろ。罠だったとしても死にゃしねぇよ』


 他人事だと思って、と眉を顰める暁啓だったが、罠に対処する方法がない以上仕方ない。暁啓は覚悟を決めて宝箱を開けた。

 すると箱の中には一本の黒い棒が入っていた。


「これ材質金属っぽいし武器として使えそうだ」


 暁啓にとって僥倖だった。アルシドとの戦いで金属バットを失ったばかりで武器をどうしようかと気になっていたところに丁度いい武器を見つけたのだ。


 しかも宝箱からとあって暁啓のテンションは上がった。早速手に取ってみる。長さは暁啓の身長より少し長い。ズシリとした重みは感じられるが振り回すには問題ないだろう。


「よし。皆も気になるし一旦戻ろう!」


 暁啓は踵を返しエリアボスとの戦闘が行われている場所へ戻った。暁啓たちが戻ると戦闘はまだ続いていた。随分と長い戦闘と思えるかもしれないが暁啓が離脱しアルシドを倒して戻るまでに五分も経っていない。


「逃げられる奴から戦線を離脱しろ!」


 高橋が叫んでいた。彼は鎖を使い上手く立ち回っていたがそれでもエリアボスの化け物相手するには決定打に欠けるようだった。


「に、逃げるのかよ!」

「こればっかりは仕方ないね。本来このレベルのエリアボスはもっと多くのプレイヤーと協力して戦う相手だもの」


 そう薬師寺が説明した。


「後は僕に任せてください!」


 そこへ暁啓が声を上げ駆けつけた。高橋の目が暁啓に向く。


「……おい、どうなってる。お前、本当にさっきの奴なのか?」


 高橋のその言葉を聞き、薬師寺も考え込む仕草を見せた。勘が鋭いな、と暁啓は考える。そしてここはこれ以上長居すべきではないとも。


「鬼人化――」


 暁啓は呟くようにし口にし、そのスキルを発動させた。アルシド戦の時よりも遥かに肉体が強化された感覚。まさに鬼が宿っているかのような気分であった。


「――ッ!?」


 エリアボスが目を見開かせる。何故なら既に目の前に暁啓が立っていたからだ。敵が視認できないスピードで移動し、暁啓は鉄槌を振り下ろした――


「一体あいつは何だったんだ――」


 高橋が呆然と立ち尽くしながら独りごちた。本来エリアボスは高橋レベルのプレイヤーであっても一人二人程度じゃ話にならない。しかも魔獣まで呼ばれたのだから状況は絶望的だった筈だ。


 しかし――あの仮面の人物によって結果的にエリアボスは蹂躙された。しかもその後、そいつは後は宜しくと言い残しどこかへ消えてしまったのだ。今思えば不思議な光景である。


 高橋は思う。あの仮面を被った人物の力は途中から明らかに上がっていたと。後から見に行った薬師寺によって魔獣アルシドが倒されていたこともわかった。


 それでレベルが上ったという可能性もあったが、それにしてもあれだけの強敵を一人で倒してしまう実力。ただ者じゃない。


「あいつ、素材も全く回収してなかったわ」

「魔獣の素材はいい金になるだろうに、本当にわけのわからん奴だ……」


 薬師寺の話を聞き高橋は呆れたように返した。


「……とにかく戻って報告だな」


 そして高橋と薬師寺は見習いプレイヤーの五人も引き連れて街へと引き返すのだった――

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