第9話
「くっ、こいつダメージが通ってるのか?」
暁啓は狩りの途中に遭遇したエリアボスと交戦していた。何とか異形の攻撃を躱しながら金属バットで反撃していく。しかし相手は中々倒れない。
「鬼火!」
暁啓はスキルを発動した。鬼の姿をした青い炎がモンスターに襲いかかりモンスターが炎に塗れるが決定的なダメージには繋がっていない。
「こんなに硬いのか……」
『エリアボスは伊達じゃないってことだ。仮契約のままじゃキツいかもなぁ』
黒い端末から羅刹の声が聞こえてきた。
「……羅刹、まともに契約するとして何かリスクはないのか?」
暁啓はモンスターに警戒しつつ羅刹に向かって問いかけた。姉の未来は羅刹に対して気を抜くなと言っていた。故に暁啓も何か裏がないか勘ぐってしまう。
『そんなものは特に無いさ。敢えて言えば体の主導権を俺様に渡すってことぐらいかねぇ』
「……それは十分なリスクだろう」
暁啓は苦笑した。主導権を奪われてもしこの体が死んだらどうなるか。そもそも体を奪われてはそれはもう死んでるのと一緒だ。
「悪いがそういうことなら簡単には契約できない」
『ならどうする? このまま死ぬのか?』
「やれるだけのことはやるさ」
そう言ってバットで戦い続ける暁啓だったが、その時モンスターの目が光り暁啓はその光を直視してしまった。
「――ッ!」
途端に全身が痺れ、暁啓は身動きがとれなくなってしまった。
『馬鹿野郎が! まともに凝視を喰らいやがって!』
羅刹が叫んだ。暁啓には凝視が何か見当もつかなかったが恐らく凝視を喰らうと体が麻痺し動かなくなるのだということは理解できた。
そしてモンスターが腕を勢いよく振り下ろした。暁啓は避けられないと思い歯を食いしばった。
その時だった。一本の鎖が飛んできてモンスターの腕に絡みつき暁啓を救った。
(あれは確か試験の時の――)
鎖を操っている人物のことを暁啓は思い出していた。試験に挑んだ時に試験官を務めていた人物であり高橋と言っていたなと。
「たく。おかしな奴がおかしな戦い方しやがって」
「君大丈夫。さぁこれを!」
高橋とは別に女性が一人駆け寄ってきて暁啓の口に瓶を当てた。なにやら液体が口の中に入ってきたので暁啓はそれを飲み込んだ。
「これは一体」
「君の体にかかった毒を解毒する効果のあるポーションだよ」
「ありがとう助かったよ」
「気にしないでいいわ。それより動ける?」
「あぁ、まだ痺れてるが何とか」
「そっか。それじゃあ、ここは私たちに任せて君は安全なところまで逃げなさい」
「いや、逃げるわけにはいかない。僕はあいつを倒さなければならないんだ」
「気持ちはわかるけど、今の貴方に何ができるっていうの」
「それでも、ここで逃げたら姉さんに顔向けができない」
「……貴方、お姉さんがいるのね」
美香はなにやら探るような目を暁啓に向けてきていた。その顔を見て暁啓も驚いた。美香がここにいるとは、さらに雷夢の姿もある。
だが冷静に考えれば当然かと思い直す。二人とも試験に受かりプレイヤーになれたのだろう。それであればダンジョンにいても何らおかしくない。
ただ美香の目はどうしても気になってしまう。仮面を被り正体がバレないようにしてはいるが、何かの拍子に気がつくのではと内心ヒヤヒヤしてしまう。
「……そうだけど、それがどうかしたのかい」
暁啓としてはなるべく平静を装ったつもりだったが、声が少し上ずってしまった。仮面を被り顔を隠しているがやはり緊張が隠しきれない。
「……いえ、何でもないわ」
美香は暁啓の質問に答えるつもりは無いようだった。ただでさえ怪しい格好をしているのだから気づかれない方が無理があるかもしれない。
暁啓は美香の反応を見て諦めるように嘆息すると改めて目の前にいるモンスターを睨み付けた。
『グォオォォオオォォォォォオォオオオオ!』
その時だった。高橋の鎖によって動きを封じられていたエリアボスが雄叫びを上げた。耳を押さえながらその場にいる全員が動きを止めてしまう。
「こいつは――お前ら異常はないか! ステータスに変化がないかしっかり端末も確認しろ!」
高橋が大声を上げた。暁啓は驚きこそしたが特に体に異常は感じられなかった。ただし端末は確認しなかった。黒い端末を見られるわけにはいかなかったからだ。
「うちは特に何もないで」
「俺もだ」
「僕もないです」
「私も無いわ」
「……問題ない」
どうやら他のプレイヤーにも特に異常は見られないようだったが、それを確認した高橋の顔が強張っていた。薬師寺にも動揺が見られる。
「陽次――状態異常がない咆哮ってまさか――」
「あぁ。そのまさかなようだ」
薬師寺と高橋はどこか察したような顔をしていた。暁啓は二人の会話を聞いていると良からぬ内容だと嫌でもわかってしまう。そして暁啓の予想通り、事態は最悪なものとなった。
そして巨大な影が足音も立てず迫り暁啓たちの目の前に姿を見せた。
「チッ、やっぱり仲間を呼びやがったのか!」
「しかもこいつ――魔獣タイプ。確か影狼アルシドよ――」
薬師寺の言葉を聞いた暁啓は全身から冷や汗が流れた気がした。今まで何度も戦ってきた経験はあるがそれでもこのレベルの魔獣と戦うことは滅多になかったのだ。
暁啓も羅刹と契約したおかげでレベルが12とそれなりに高いが、それでもこの相手はヤバいと肌で感じた。しかも他にエリアボスもいるのだ。
そして――アルシドは先ず爪で高橋の鎖を断ち切りエリアボスを解放した。
『グォオォォォォォォォォォオオオッ』
エリアボスが咆哮する。まるで歓喜しているように――。
暁啓たちは一斉に身構えた。
「お前らは下がってろ! こいつらは見習いレベルで何とかなる相手じゃねぇ!」
高橋が叫んだ。暁啓は考える。確かにこの魔獣相手では並のプレイヤーでは厳しいかもしれないと。これまでの話を聞いている限り雷夢や美香は勿論他のプレイヤーも経験が浅い。
勿論それは暁啓も一緒だが初期のレベルが高い分、まだ自分は戦えると考えていた。ただ問題もある。このレベルのモンスターが相手となると仮契約程度では話にならないのだ。
「おい。そこの仮面野郎。お前も下がってた方がいいんじゃないか?」
高橋が聞いてきた。直前に下がってろといったのは彼が担当している見習いプレイヤーに対してであり暁啓は入ってないようだった。
高橋と薬師寺にとっては部外者なのだから当然だが、ただ高橋はどこか怪訝そうな顔をしている。
仮面を被っているせいか暁啓のことを不審者と見ているのだろう。
「てか君。なんで持ってる武器が金属バットなの?」
「あ、あはは――」
薬師寺の質問に対し暁啓は苦笑いを浮かべるしかなかった。
しかし呑気な会話のやり取りを許している程、敵は優しくなかった。
「ちょ、危ないで!」
雷夢が叫ぶ。暁啓の目の前には魔獣アルシドの姿。
(一瞬にしてここまで!?)
焦る暁啓を認めアルシドの赤い目が光る。刹那、アルシドの爪が迫る。暁啓は咄嗟に半身をそらすが避けきれず爪が脇腹を掠めた。
痛みに片目を閉じる暁啓だがダメージはまだ耐えることが出来た。だが問題は爪を喰らった瞬間から視界が暗く染まったことだった。
「気をつけて! そいつの爪を喰らうと視界が効かなくなる上、執拗に追い回されるわよ!」
薬師寺の声が暁啓の耳に届いた。
(追い回す――それなら!)
暁啓は一旦その場から離脱した。逃げたのではない。アルシドを引きつけるつもりなのだ。更に言えばもう一つ考えがあり。
「羅刹聞いてくれ! 僕は君と正式に契約を結ぶ!」
『何だ。やっとその気になりやがったのか。ハハッ、いいぜ契約を結んでやるよ。主導権を俺様に寄越すならな』
「いや。その条件はなしだ。体の主導権は僕のまま契約を結ぶんだ!」
『……は? お前何言ってる。頭がおかしくなったのか?』
羅刹が怪訝そうに言った。だが暁啓は本気だった。
「このまま契約せずにいたら僕は間違いなく死ぬ。それはお前にとっても不本意だろう?」
『ふざけるな。お前が死んだら別な相手を探すだけだ』
「それが出来ると思っているのか? 今僕が死んだら間違いなくお前は高橋たちに見つかる。そうなれば他のプレイヤーを見つけるどころじゃないぞ。ギルドが姉さんを追っている以上、お前だってただでは済まない」
『……お前、俺様を脅しているつもりか?』
暁啓は首を横に振って否定した。
「事実を言っているだけだ。それに僕は羅刹が主導権を握ることが正しいと思えない」
『なんでそう思う?』
「羅刹が言ってたじゃないか。これまでも何人の相手と契約したと。だけど使いこなせなかったんだと。それは主導権を握ったからなんだろう? だったら少しでも長く生き延びるために僕主導で契約したほうがいい」
『何だそりゃ。それはつまりこの俺様がお前みたいな連中をを扱うのが下手みたいじゃねぇか』
羅刹の語気が強まる。だが暁啓は怯まず続けた。羅刹という端末をうまく扱えるのは自分しかいない。そんな思いがあったのだ。暁啓は視界がままならない状況で走り続けながら羅刹に呼びかける。
「羅刹。未来姉さんは僕にお前を託した。僕なら使いこなせると言ってね。僕はその言葉を信じるし、絶対に君をうまく使いこなしてみせると約束するよ。それじゃあ駄目かい?」
『――フンッ。そこまで言うならわかったよ。特別にこの俺様が無条件で力を貸してやる。だが覚えておけ、お前が俺を扱うに値しないと判断したら、容赦なくお前の体を貰う。ついでにお前の魂も――喰らってやる!』
羅刹の言葉を聞いた暁啓の顔が少しだけ緩む。暁啓にとってその言葉が何より嬉しいものだったからだ。
憎まれ口こそ叩いているが羅刹が自分を信頼してくれたのだと確信できたのだから。だがすぐに表情を戻して暁啓は言った。
「それならすぐに契約を!」
『別にいいが。お前その状態で画面をタッチ出来るのか?』
「あ……」
しまったと暁啓は頭を抱えた。視界が確保出来ない状態では画面もろくに見えない。
『たく。そんなんで本当に大丈夫かよ。特別サービスだ。画面の真ん中をタッチしろ。それで契約完了だ』
「ありがとう羅刹。やっぱり君は、悪いやつじゃない」
暁啓のお礼を羅刹が鼻で笑う。そして暁啓は言われるがまま端末をタッチした。
直後、暁啓を中心に光が広がった。同時に感じられる高揚感。
(これが羅刹の力……)
不思議な感覚だった。まるで羅刹が自分の体の中にいるような感覚。そして契約によってさっき魔獣アルシドから受けた傷も治り、視界も元に戻っていた――
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