第8話
「本日も新人研修ですか。お疲れ様です」
一人の兵士に敬礼され、高橋は、あぁ、と軽く返事した後、今回の試験に合格しプレイヤーとなった五人を連れてダンジョンへと向かった。
五人は端末との契約を終えプレイヤーになったばかり。まだまだヒヨッコでありレベルも0である。そんな彼らは暫くは見習い扱いであり、必ず上級のプレイヤーが教育係として付き添うことになっていた。
後ろからついてきているのは黒井 美香、平賀 雷夢、山中 直人、十文字 伊織、神宮院 真の五人だった。それぞれギルドから支給された装備品を身に着けている。
「アハッ、高橋くん愛想悪いから皆が緊張してるじゃない。ほらほらスマイルスマイル」
「うるせぇ薬師寺。頬を引っ張るな」
高橋が薬師寺に文句を言った。高橋はプレイヤー試験においても試験官を務めていた。
故に新人としてギルドに加入した五人についてもある程度把握していた。
「それにしても驚きました。あんな普通の兵士もダンジョン近くで警備しているのですね」
「まぁそうね。それもこれも博士のおかげよ。博士の作った武器のおかげでプレイヤーでなくてもモンスターと戦えるのだからね」
人差し指を立て薬師寺が美香に説明した。その様子を後ろから見ているのは雷夢だった。二人は試験においては仲が良かったのだが暁啓の件があってからというもの顔を合わせても一切会話していない。
「博士というのはジョブ名ですか?」
男性のプレイヤーが質問を投げかけた。彼も試験に合格した見習いプレイヤーの一人であり名を神宮院 真という。
「ううん。博士はあだ名みたいなもので実際のジョブは発明家よ。このジョブかなりレアみたいでね。うちのギルドにも一人しかいないし」
薬師寺が思い出すようにしながら真の質問に答えた。
「――博士が作り出した武器なら、誰が持ってもモンスターに効果があるねん。せやからプレイヤー以外の兵士でも一緒に戦うことが可能なんよ」
後ろから補足するように雷夢が言った。
「ふふん。流石によく知ってるわね」
「おい薬師寺」
「あ、いっけない。ごめんねぇ」
雷夢をチラリと見ながら薬師寺が意味深な発言をした。それを高橋が咎めた為、薬師寺は右手を顔の前に持っていってゴメンねのポーズを見せた。
雷夢は苦笑しつつも特に気にしていないようだった。
「それならプレイヤーと一緒に行動した方が探索や解放も早く済むんじゃねぇか?」
そう口にしたのは山中 直人。彼も試験を突破した一人である。日焼けした肌と鍛え上げられた肉体、一見すると上級者のようにも思えるが彼もまた美香や雷夢と同じ見習いのプレイヤーである。
「そんな単純な話じゃない。プレイヤーというのはステータスで肉体も強化されてるんだ。お前らだって身をもって思い知ってるだろう」
高橋が確認するように言葉を吐き出した。この内容で思い知るは一見するとおかしそうだが、端末と契約した時点でステータスに合わせ見習いプレイヤーたちも痛みを伴う洗礼を受けていた。
高橋の言葉の意味を理解した見習いプレイヤー達は一様に複雑な表情を見せていた。それだけ契約時に苦しい思いをしたということだろう。
「ま、そんな顔になるのもわかるさ。だがな。そのおかげでお前たちも人外の力を手に入れた。しかし幾ら戦える武器を与えられたといっても隊員は違う。とても脆いのさ。未開のダンジョンに連れていくわけにはいかないんだよ」
「ま、そうは言っても博士は隊員専用のアーマーも作ってくれてるから多少はマシなんだけどね」
補足するように薬師寺が言った。ただし効果は限定的なので霧が晴れた後に拠点を作りそこを守ってもらうのが主な仕事らしい。
プレイヤー以外で武器を持って戦っているのは戦闘の経験のあるプロフェッショナルだ。自衛隊員として長年務めていたり元傭兵だったり、刑事や警官もいる。しかしそんな経験豊富な彼らであってもプレイヤーと比べれば脆い存在なのだという。
「もしかしてさっきから空中を飛び回ってるドローンも博士が作ったの?」
「そうよ。あのドローンのお陰で警備が随分と楽になったって喜ばれてるのよ」
美香が指さした機体を確認し薬師寺が答えた。ドローンは周囲の状況を確認するのにも役立つのだろう。
「雑談もここまでだ」
高橋が足を止めて五人の見習いプレイヤーへ言い聞かすように口にした。目の前には霧が広がっていた。
霧に入ってダンジョンに入ればいよいよモンスターとの戦いになる。
「やっと実戦に入れるのね」
美香が噛みしめるように言った。プレイヤーになったまでは良かったが、今日この日を迎えるまでは基礎訓練の毎日だった。
肉体的に強化された為にそれに見合ったトレーニングメニューを課されたがこれが鬼のようにキツかった。
勿論それもいざダンジョンに潜ってからすぐ死ぬような事にならないよう考えてのことだろう。
もっともプレイヤーのレベルはいくらトレーニングを積んだところでそれだけでは上がらない。
レベルを上げるのに必要なのは実戦でありダンジョン内のモンスターを倒すことなのである。
「とりあえず今日のお前たちの目的はレベルを1に上げることだ」
ダンジョン内を進みながら高橋が言った。
「そんなの楽勝だろう?」
高橋の発言に直人が反応し拳を鳴らした。高橋はそんな直人を見てどこか懐かしむように微笑んだ。
「無駄に自信があるのは見習いプレイヤーにはありがちだな」
「――自意識過剰とでもいいたいのか?」
「お前のジョブは何だったかな」
不満そうに直人が聞き返すが、高橋は答えとも言えない返答をした。
「格闘家だよ」
「そうか。それはまた死にやすいジョブだな。せいぜい気をつけることだ」
高橋は直人のジョブを聞き鼻で笑った。格闘家はその攻撃力の高さ故、接近戦を挑む事が多いがその為には相手より素早く近づく必要がある、つまり敵よりも移動速度が遅くては話にならないのだ。
しかしそれを補う為に身体能力を向上させるスキルが格闘家にはある。だが、残念ながらまだレベル0の直人はそれすらも持っていない。
一応は初期スキルに【力溜め】というものがあるが、これは文字通り溜め動作が必要な為に敵から狙い撃ちされやすい。だからこそレベルの低い格闘家は死にやすいのである。
「まぁ弱いうちはチームワークで乗り切ることがより重要だからね。寧ろ今のうちに仲間との連携に慣れておくといいよ」
薬師寺が笑顔で言った。高橋に指摘されムッとしている直人を気遣ったのかもしれない。
基本仏頂面の高橋に対して薬師寺は終始笑顔である。
薬師寺は見た目にも美人である為に華やかさも感じられた。何とも対象的な二人だが、見習いの教育係として敢えて性格が異なる二人を選んだのかもしれない。
「……連携、ね」
ふと、美香が雷夢の方を見た。だが見られた雷夢は眉をしかめていた。
美香が暁啓を裏切り試験失格に導いたことを雷夢は根に持っているのだろう、と美香は考えていた。
一方で雷夢もまた美香との接し方に悩んでいた。暁啓の事は許せないがそれでも今は同じプレイヤーなのである。
そんな美香に対し、どう接していいのか分からなかった。そもそも美香との距離感を掴みかねているのであった。
(なんやろう、このモヤモヤした気持ちは)
雷夢がそう思った時だった。
「どうやらおでましのようだぞ」
高橋がそう言うと同時に霧の中から異様なモンスターが姿を見せた。見た目は人間サイズのカマキリと言ったところだが、鎌が四本備わっており足の数も多い。目の数も彼らの知ってるカマキリのそれとは異なっていた。
「へ、へへ。中々手強そうじゃねぇか。いいね倒しがいがある」
直人が上ずった声で言った。さっきまで随分と強気だったがいざモンスターを目にすると恐怖心が先立ったようだ。
「ここは勇者の僕に任せて!」
真がそう言って前に飛び出した。盾と片手剣という装備としてはオーソドックスな物を手にしていた。
「浮かれるな! ジョブが勇者だから特別だとでも思ったか? ジョブなんてもんはただの手段だ。それにろくにスキルも覚えてないレベル0じゃ無駄に飛び込んでも死に急ぐだけだ」
高橋の声を聞き真がピタッと足を止めた。
「全員しっかりそれぞれのジョブを把握して。先ずはそこからだよ」
更に薬師寺が続けた。雷夢は事前に聞いていた内容を頭の中で反芻した。雷夢自身のジョブは当然わかる。錬金術師だ。
錬金術師はレベルが上がることで様々な物を合成したり、錬金術によって一時的に武器を生み出したりが可能。しかしレベル0では錬金術で生み出せるのはせいぜい小さなナイフ一本だ。
美香のジョブも思い出す。蟠りはあるがそれでもジョブは覚えていた。美香のジョブは妖術師であった。
敵を欺いたり呪いを掛けたりそういった妖術が得意なジョブとのことだった。もっともレベルが低いうちはそこまで強力な術は望めないだろう。
続いて伊織。口数が少ない彼だがジョブは暗殺者。物騒なジョブだが気配を消して移動したりが得意なジョブでもある。
後は格闘家の直人と勇者の真である。
「私の妖術で意識をそらせるわ。幻影――」
美香が杖を掲げ術を行使するとモンスターの横に美香が出現した。勿論これは本人ではなく幻影だ。
だがカマキリのようなモンスターには本物と区別がつかなかったようだ。
美香の幻影相手に鎌を振り回している。
「直人チャンスや!」
雷夢が叫ぶと直人も気がついたようだ。モンスターに近づき力を溜めた。スキルの力溜めを発動したのだろう。
一方で雷夢も錬金術でナイフを作成していた。直後、直人の拳がモンスターにヒットした。
鉄甲を装着した拳の一撃にカマキリのモンスターが怯む。ダメージは通ったようだがやはりレベル0。そこまで大きなダメージに繋がっていない。
直後モンスターが直人に顔を向けたがほぼ同時に雷夢がナイフを投げていた。これに気がついたカマキリがナイフを鎌で弾き飛ばした。しかしそのおかげで直人から意識がそれ彼も距離を取ることが出来た。
「魔弾!」
勇者のジョブを持つ真もまたスキルを発動していた。魔弾は魔力をそのまま弾にして相手にぶつけるというものだった。
カマキリのようなモンスターに魔弾が命中。ただカマキリの体に少し痕が残った程度だった。
「そんな全然ダメージがない……」
「ま、そうだろうさ。最初からわかってたことだ」
そう言うと高橋が手から鎖を伸ばしカマキリのモンスターを拘束した。
「これでこいつは動けない。今のうちにお前ら全員でこのモンスターを攻撃しろ」
「それって袋叩きにしろってことかよ」
高橋の命令を聞き直人は顔を顰めた。
「そうだ。お前らの実力じゃ普通に戦ったところでモンスターに勝てないんだよ。だから縛ってる間にやれ」
「……わかったよ」
直人は渋々といった感じで答えた。他の見習いプレイヤー達も命令には従う姿勢だ。
「……問題ない」
「そうね。私だって……早く強くなりたいもの」
伊織と美香が前に出て攻撃を加えた。
「僕だって、勇者なんだ」
真も意を決した様子で追撃する。
「そうやな。いつまでもビビッてられへんし」
雷夢も後に続きこうして文字通り全員で袋叩きにし初めての戦闘が終わった。
「ははっ、随分あっけなかったな」
直人が笑った。ただし彼の表情はそこまで明るくない。ここまでお膳立てされてやっと勝利できたのだから内心では悔しく思っているのだろう。
「……ま、レベル0ならこんなものだろうよ。だがこれでわかっただろう。ここがいかに危険か。今のお前らがどれだけ脆弱な存在か」
高橋がいった。彼は直人の言葉など聞こえていないように淡々と事実を述べた。
「……私は死なない。こんなところで死ねない」
そう呟いたのは美香だった。
「それにしても貴方は相変わらず容赦ないよね」
苦笑しながら薬師寺が高橋に声をかけた。
「当たり前だ。すぐに死なれてまた試験で人集めからなんてゾッとしない。お前らもう休憩は十分だろう。さっさと実戦訓練を再開させるぞ」
高橋はそう言いながらダンジョンの奥へと歩き出した。
「ちょ、待てよ!」
直人が慌てて後を追う。
「はぁ、もう少し休ませてくれてもええんちゃう?」
雷夢がため息をついた。
「文句を言うな。これも訓練の一環だ」
「ほんまにそやなぁ、そやけどなぁ」
高橋がピシャリと言うと雷夢は諦めてついていった。
「僕らも行こう」
真が促すと美香と伊織も続いた。そして見習い冒険者一行は高橋と薬師寺のサポートもあり何とかモンスターを狩っていく。気がつけばそれぞれレベルが2まで上昇していた。
「どうだ、レベルが上がった感想は」
高橋が聞いた。
「あぁ、なんか力が湧いてきたぜ」
直人が力こぶを見せつけながら答えた。最初にモンスターと戦ったばかりの頃と比べたら自信もついてそうである。
「そうか。それはよかったな」
高橋はそう言ったが、リップサービスのような言いぶりであった。
「初日ならこんなものじゃない? そろそろいい時間だし戻ろうか」
そう提案してきたのは薬師寺だった。一見すると日が落ちるまでまだ余裕がありそうだが、恐らく薬師寺はダンジョンに入ってからの時間を言っているのだろう。
「そうだな……これ以上長居して死なれても面倒だし」
「待ってください。私はもっとここで戦いたいです」
そろそろ引き上げようかという空気になっていたが美香はまだ満足していないようだった。
「……無理してもしゃあないのは確かやろ。自分勝手な真似してチームの和を乱すのは勘弁してぇな」
雷夢が不満混じりの言葉を美香にぶつけた。雷夢としては美香に対し良い印象を抱いていないので当然の反応であった。
「おい、その辺にしておけ」
高橋が二人の間に割って入った。揉め事は御免だと言わんばかりに眉間に皺が寄っている。
「美香さんはやる気のようだからね。ここは彼女を尊重しましょう」
すると薬師寺も間に入り仲裁した。ただ彼女は美香のやる気を買っているようでもある。
「まぁ、俺はまだまだいけるけどな」
直人が拳を打ち鳴らし平気だとアピールしていた。他の面々ももう少し続けたいようだ。
「……後少しだけだぞ」
高橋が呆れた声で答えた。不本意にも見えるがほぼ全員が続けたいと言うなら仕方ないのだろう。
こうして一行はもう少し奥へと移動したのだが――そこで高橋の顔つきが変わった。
「馬鹿な。こんなところにあんなモンスターが――」
そう口にした時、高橋の目がモンスターと戦う何者かの姿を捉えた。
「あれってもしかしてエリアボス? でもなんであの子金属バットで戦ってるのよ……」
薬師寺の口からも戸惑いの声が漏れた。
「何あいつ。チグハグな格好して……」
戦いに気がついた美香も思わず呟いていた。美香がそう思ったのは実際おかしな出で立ちだったからだ。
黒い外套に黒いマント。そして角が生えたような仮面。それなのに武器は金属バットなのである。
近くに立っていた直人と真は目の前の光景に目を丸くしていた。
「……なんだアイツ」
直人は唖然としている。真も直人と同じだと思ったが彼の目には違う物が映っていた。
少年の目はまるでヒーローに憧れるような、何かを期待しているかのような輝きがあった。
伊織は何も喋らないが直人達とはまた違った感情を目に宿していた――
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