第7話

「そういえば羅刹って僕以外とも契約していたことはあるの?」

『当たり前だ。お前が初めての人だとでも思ったか? 気持ちわりぃ』

「いや、そんなつもりじゃないけど……」


 気持ち悪いはちょっと傷つくなと暁啓は頬を掻く。


「でも他にも契約者がいたなら、その人は今はどうしてるのかな」

『は? そんなの決まってるだろうが。全員死んだんだよ』


 羅刹の答えに暁啓はギョッとした顔を見せた。


『何だその顔は? 他の端末だって一緒だろうが。一台につき契約できるのは一人。そして契約したら死ぬまで端末は手放せない。俺がお前と契約出来るってことはつまりそういうことなんだよ』

「……じゃあ、僕だって羅刹と契約したところで死ぬ可能性があるってことだね」


 暁啓もその覚悟はあったつもりだが、いざこうして口にすると緊張感が増した。

 そんな暁啓の気持ちを知ってか知らずか羅刹はあっさりと答える。


『ああ、そうだ。だから、精々長生きしろよな。でないとこっちが困る。あと、いい加減に敬語は止めろ。ムズムズしてくるぜ』

「わかったよ。羅刹」


 こうして暁啓は改めて探索を再開させた。暫く歩くとかつては人が暮らしていたであろう民家が立ち並んでいるのが見えた。


 ダンジョン化したとは言え元々は神戸の町だ。アスファルトの道路も残っているし当時の生活感も感じられた。


 ただ一つ違うとすれば既にここで暮らしている人間はいないということだ。家に入ってみれば家具なども残っており、ここがかつて人の住居だったことが見て取れた。


 二階に上がってみると床には死体が転がっていた。どう見てもそれは暁啓よりは年上に見える。


「うわっ。こんなところに死体が!」

『馬鹿野郎! 油断するんじゃねぇ!』


 死体に驚く暁啓へ羅刹が叫んだ。すると死体がむくりと起き上がり、暁啓に向かって腕を伸ばしてきた。


「これって、ゾンビ!?」


 反射的に飛び退き暁啓の目が大きく見開かれた。


『モンスター化してアンデッドになったんだろうよ』


 端末の中から羅刹の声が聞こえた。ゾンビは暁啓を見て唸り声を上げていた。襲ってくる気満々だろう。


 暁啓は金属バットを構えて迎え撃つつもりだ。羅刹とはまだ仮契約中だがスキル【鬼に金棒】の効果がある。このおかげでバットの威力は上がっていた。


 暁啓はバットを振りかぶると、ゾンビは勢いよく向かってきた。だがそれは大きな隙だ。暁啓のカウンター攻撃が決まる。


――ゴンッ!! と鈍い音が響いて暁啓の一撃は見事に命中した。だがそれでも相手は動く、まるで痛みなど感じていないようだ。


 暁啓が何度もバットを振るい殴り続ける。しかしなかなか致命傷には至らない。


「こいつめ。しぶといな」

『お前の攻撃が下手くそなだけだろうが』

「うるさいなぁ」


 羅刹に指摘され暁啓は仮面の下の眉を顰めた。ゾンビを一体倒したものの、まだまだアンデッドは出てくるようだ。


 この辺りにはアンデッド系が多いらしく剣と盾を装備したスケルトンまで二階に集まってきた。


『ったく。お前はもっと素早く戦えねぇのか』

「そうは言ってもね。アンデッドがタフなんだよ」


 レベルは十分高いつもりだったが、アンデッド相手にソロで戦うのは中々厳しい。


「ねぇ。他にスキル使えない? このままやられたら羅刹だって嫌だろう?」

『……チッ、仕方ねぇ。【鬼火】のスキルをくれてやる。これで何とかしてみろ』


 そう言われ、暁啓が端末を確認すると確かに鬼火にロック解除の文字が現れた。試しに使ってみるが、どうやらこれは鬼の顔をした炎が相手を追尾する技らしい。


 暁啓の手から鬼の顔をした青白い炎が発射され、次々とアンデッドを焼き尽くしていく。


「おお。凄い。これが羅刹の言っていた鬼火の力か。凄いな」

『フンッ、そんなのはあくまで俺の力の一部だ。とは言えそれなりに魔力を消費するからな。調子に乗って使うとガス欠を起こすぞ』


 羅刹は釘を刺すように言った。暁啓も理解したようで気をつけようと心に刻んだ。


「それにしてもこんなにモンスターが出てくるなんて――」


 今回は羅刹の気まぐれで何とかなったが、やはりダンジョン探索は危険が伴う。

 ふと、仲間がいたならもっと楽なんだろうか、と思ったりした。


 だけどそれは無理な話だ。羅刹は、裏切り者の烙印を押され災厄の魔女と呼ばれ忌み嫌われている姉の未来が送ってきたものだ。


 他のプレイヤーにそれを知られてしまえば当然タダでは済まない。だからこそ暁啓はソロで探索を続ける他なかった。


 しかし、今更ながらに自分の境遇にため息が出る。どうして自分はこうなってしまったのかと自問してしまうほどだ。


「とにかく今はモンスターを狩ることに集中しよう。まずは自分の身を守ることからだ」


 自分を鼓舞するように独りごちる。そして、再び二階を調べてみたがこれといった物は見つからず戻ろうと考える。


 引き換えしてみると、突如悪寒を覚えた。明らかにこれまでと格の違う気配。


 怪談のあたりで階下から大きな目玉がギョロリと蠢いた。ドスンドスンっと重苦しい足音を奏でながら階段を上ってきて暁啓が思わず後ずさる。


 そうこうしているうちに階段を上りきった異形が姿を見せた。


 血のように赤く染まった肌はゴツゴツしており、異様に腕が太い。更に際立つのは備わった手の巨大さだ。おかげで通路が塞がれ怪物が壁のように思える。爪も長く自動車の一台や二台は軽く切り裂けそうな程に鋭利である。


「コイツは……!」

『グゥルォオオオオオオッ!!』


 その化け物は叫び、かと思えば距離を詰め片腕を水平に振ってきた。暁啓は思わず廊下に備わっていた窓ガラスを破り外に飛び出していた。


 その途中で確認すると二階建て家屋に巨大な爪痕が刻まれていた。


「いくらなんでもあんなの喰らったら一溜まりもない――」


 着地し暁啓が思わず独りごちた。


『……どうやらこいつはエリアボスのようだな。ハハッ、ついてるじゃないか。こいつを倒せば間違いなくレベルアップ出来るだろう』

「簡単に言ってくれるね――」


 暁啓は苦笑いを浮かべた。どうも彼は戦闘狂の気質があるのかもしれない。しかし、羅刹の言う通りレベルアップ出来るなら願ったり叶ったりだ。


 すると怪物も窓から、いや壁を突き破り暁啓の目の前に降り立った。どうやらこのまま逃してくれるほど甘くはなさそうだ。


「どっちにしろ戦う他なさそうだ」


 暁啓は気を引き締めて走り出す。相手がどれだけ凶悪な相手であろうと暁啓のステータスならば充分対抗できるはずだ。


「はあっ!!」


 バットを思い切り振りかぶり、怪物の腹にめがけて思いっきりスイングした。


――ブゴッ!


 だが、鈍い音と共にバットは弾かれてしまった。それどころか暁啓の方がダメージを受けてしまい、大きく弾き飛ばされ地面を転がってしまう。


「ぐぅっ」


 暁啓はどうにか立ち上がると、目の前に佇む存在に視線を向けた。


「これがエリアボスか。やはり簡単じゃない――」


 そう呟きながら、暁啓はどう立ち向かうべきか思考を巡らすのだった――

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