第6話
明朝、家のインターホンが鳴った。ビクッと暁啓が肩を震わせる。
「まずい。ギルドから来た人かも。羅刹! 大人しくしていてね」
『チッ、面倒だな』
悪態をつく羅刹を見られない場所に隠し暁啓は玄関のドアを開けた。
そこには試験の時に暁啓を送ってくれた二人の姿。サングラスをした加奈子という女性とガッチリとした大輔という男性だ。
二人の内、加奈子が玄関に足を踏み入れ、かと思えばジロジロと家の様子を見ていた。
「……ねぇ。誰か来てた?」
その問いかけに暁啓は心臓が跳ねる思いだった。誰かが来たというわけではないが羅刹と少し前まで一緒だった。
だとしてもどれだけ加奈子は勘が鋭いのか、と背筋が冷える思いだった。
「誰も来てませんよ。僕しかいません」
暁啓は羅刹のことを知られるわけにはいかなかった。羅刹のことがバレてしまえばきっと姉の未来についても追求されてしまう。
「本当かしら」
「何がそんなに気になるんだ? 俺も人の気配がしたようには思えないが」
加奈子の疑いは晴れないが大輔はそこまで疑ってる様子はない。
結局は気のせいだという話になり暁啓は一旦二人を居間に案内した。
テーブルを挟んでお互いに席に座り暁啓が近況報告する。
「結局プレイヤー試験には落ちたってことね」
「はい。残念でしたが次の機会を待ちます」
そう暁啓は答えたが実際は羅刹のおかげでプレイヤーになっている。二人に話すわけにはいかないが。
「……何か試験に落ちた割に明るいわね。もっと落ち込んでいるかと思わったわ」
加奈子の指摘に暁啓は内心焦った。試験には落ちたが暁啓はプレイヤーになれてしまった。故に試験に落ちたと言っても気持ち的には楽になっていた。
それが自然に表情と口調に出ていたのかもしれない。
「その、やっぱりいつまでもくよくよしていられませんし。次に期待しようと割り切ったんです」
「……へぇそう。随分と立ち直りが早いのね」
「あはは……」
暁啓は笑ってごまかすしかなかった。
「それで試験まではどうするつもりなんだ?」
これは大輔からの質問だった。
「特に変わらないです。アルバイトをしながら訓練も重ねますよ」
「そうか。だが、それだと生活も安定しないだろう。そこでどうだ? ギルドの職員に丁度空きがあってな。だからギルドの職員として働いてみないか?」
大輔からそんな提案を受け暁啓は驚いた。プレイヤー試験に落ちた自分にまさか職員としての誘いが来るとは。
「悪い話ではないと思うがな。給料もしっかり毎月保証される」
それは本来ならありがたい申し出だった。もしこの時点で羅刹と知り合ってなければ素直に受けていたかもしれない。
だが今となっては寧ろ危険だ。ギルドで働くということは自然と監視の目も厳しくなりそれだけ羅刹のことが知られる可能性が高まる。
「凄くありがたいお誘いですが――ごめんなさい。今回はお断りさせて頂けたらと思います」
二人に向けて暁啓は深々と頭を下げた。大輔が目をまん丸くしている。まさか断られるとは思っていなかったのかもしれない。
「どうして? 断る理由なんてないじゃない。収入だって安定するし正直バイトなんか続けてるよりも時間の融通は利くのよ。公務員みたいなものだからね」
怪訝そうに加奈子が言った。どこか尋問にも近い圧も感じる。加奈子からはやはり疑われている。そう暁啓は感じ取っていた。
「……僕がなりたいのはやはりプレイヤーなんです。だけどここでギルドの仕事についちゃうとその環境に甘えてしまう気がして。僕は自分を追い込む為にも、もう暫くはこの形で続けていきたいんです」
咄嗟に出た言い訳だった。苦し紛れにも思えなくないが――
「……つまりハングリー精神を維持していきたいということか」
大輔はどうやら今の暁啓の説明で納得してくれているようだった。暁啓は心の中で安堵する。
「そこまで言うなら仕方ない、か」
「…………ま、本人のやる気もないのに無理して働かせても迷惑なだけだしね」
大輔と加奈子はとりあえず理解してくれたようだ。もっとも加奈子の言い方にはどことなく棘があるが。
「あの、実はそろそろアルバイトにいかないといけなくて」
「そうか。それは悪かったな」
「せいぜいアルバイトを頑張ることね」
暁啓が今日の仕事について切り出すと二人も帰ってくれることになった。加奈子と大輔を見送り暁啓は仕事の準備をしてからアルバイトに向かう。
数日間は家とアルバイト先を往復する生活となった。そしていよいよ週末となり暁啓はプレイヤーとしてダンジョンに向かうことになる。
『やれやれ。やっと狩りに出るのか』
「そう言わないでくれよ。僕も色々忙しかったんだし」
暫く一人にさせたからか羅刹の言葉に棘があった。剥れてるのだろうか、と考えたりしそれが何となく微笑ましくも思えた暁啓であった。
『しかし、一体何だそのけったいな格好は』
呆れたように羅刹が言った。
「僕の姿も見れるんだ」
『仮契約だろうと今の俺はお前と一心同体なんだよ。で、なんだそのヘンテコな仮面は?』
羅刹に指摘されなんだか暁啓も恥ずかしい気持ちになった。
「羅刹の事は隠しているわけだし、素顔を晒して堂々と狩りにいけないだろう? だから変装のつもりなんだ。仮面とか姉さんが趣味で色々集めていたからそれを借りてね」
説明通り今の暁啓は角が生えた仮面にフード付きの黒い外套といった出で立ちだ。まるでファンタジーな世界に出てくるアサシンのような格好である。
しかしそんな姿にも拘わらず持っている武器が金属バットであり何ともチグハグな印象を与えていた。
「でも羅刹と僕だけで平気かな」
『フンッ。仮契約とは言えこの俺様の力が使えるんだ。心配なんていらねぇよ』
羅刹は随分と強気であった。その言葉を信じて暁啓はダンジョンに向かおうと思ったのだが一つ問題があった。
「やっぱりダンジョンに向かう門には門番がいるね――」
今暮らしている人工島のポートアイランドからダンジョン地帯に向かうには門を抜けて橋を使って向こう岸まで向かう必要があった。
人工島は周囲を壁に囲まれていて、更にプレイヤーによって張られた結界によってダンジョンに侵食されないように守られている。
その上で安全の為に唯一の出入り口である門の前には常時門番が張り付いていた。この門を通ることを許されているのはギルドに所属しているプレイヤーだけである。
「本当なら端末を見せれば通れるらしいけど、羅刹をそのまま見せるわけにはいかないし……」
暁啓は困り顔を見せた。そもそも暁啓はギルドに登録していない。羅刹を隠している以上まともに登録も出来ない。
そうなると何とか見つからないように門を抜ける他無いが――
『何だそんなことか。門を抜けられないなら門以外の道からいけばいいだけだろうが』
悩む暁啓に羅刹が答えた。その内容に暁啓が小首を傾げる。
「……どうやって?」
『簡単だ。壁を飛び越えればいいだけだろ?』
「無理だから!」
と思わず突っ込む暁啓だったが。
『何が無理なもんか。忘れたのか? 仮とは言え俺様と契約してお前の肉体は作り変えられた。今のお前ならこの程度の壁余裕で飛び越えられるぜ』
それを聞いて契約と同時に訪れた激しい痛みを暁啓は思い出した。
「でも、幾ら肉体が強化されたといってもこの壁を飛び越えるって――」
暁啓は一旦門を離れ壁の前まで移動して見上げた。溜息が漏れそうな程に高い壁だ。プロのアスリートであってもこれを飛び越えることは不可能だろう。
『いいからさっさとやってみろ。悩んでたってしようがないだろうが』
そう言われて暁啓は諦めるように肩を落とした。どうせこのままでは門を通る事は出来ないのだ。
「わかったよ。やってみるよ! その代わり失敗したらちゃんと責任取ってね」
やけくそ気味になりながら言うと、暁啓は軽く助走をつけ一気に走り出した。そしてそのまま壁に向かって跳躍する。
するとその体はまるで重力に逆らうかのようにふわりといった感じで浮き上がりあっという間に高い壁を飛び越えてしまった。
「凄い――」
思わず声が漏れる。こんな経験どれだけ鍛えていても普通に暮らしていたら無理だ。
だからこそ暁啓はうっかりしていた。壁の向こうが海だったことを忘れていたのだ。
「あ――」
そう声を発した時には既に重力感もなくなり暁啓はそのまま海に沈んでいた。
(本当、参ったな)
そんなことを考えながら暁啓は水中で息を止めたまま泳いでみせた。暁啓は泳ぎもしっかり練習していたのでそれ自体は問題がない。
もっとも水中でも随分と息が持つのはステータスを得て肉体が強化されたからだろう。
暫く進んだところでようやく海面から顔を出すと、すぐそこに岸が見えた。暁啓はそのまま岸に辿り着き海から上がった。
「はぁ。服とかびしょびしょだよ」
『水も滴るいい男ってか』
「うるさいよ」
暁啓はそう言いながらも自分の姿を確認するように見下ろした。地面にポタポタと水が垂れていた。
同時に暁啓は気がついた。確か端末にマッピング機能があることを。
「ちょっと見てみるよ」
暁啓は羅刹の入った端末を確認した。使い方などは姉の未来と暮らしていた時にある程度聞いていた。
端末にはオートマッピング機能が備わっているという話もだ。実際端末を見るとマップという表示があった。
確認すると現在地はソルジャーストアダンジョン周辺となっており横に住所が表示されていた。
マップを見るにどうやら霧から解放された地帯は暁啓がわざわざ移動しなくてもマップに反映されているらしい。一方でダンジョン化してる場所はマップでも霧が掛かったような表示がされていた。
「結構解放されていたんだね――」
橋が掛かっているあたりは特に見れる範囲が広い。今暁啓がいるあたりもそうだった。
『とにかく先ずはダンジョンへ向かえ。そこでモンスターを狩るんだよ』
羅刹が命じるように言った。相変わらず偉そうな態度だなと苦笑しつつ、暁啓は奥へと進んだ。
安全な場所はマップに表示されているので基本的にはそれ以外の場所に向かえば霧の中、つまりダンジョンに踏み込める筈だ。
「少しずつ霧に包まれてきた――」
移動するにつれ霧が立ち込めてきた。マップを見るとダンジョン内部表示に変わっていた。
いよいよダンジョンの中に足を踏み入れたのだ。
『ここからモンスターが出る。覚悟を決めろよ』
羅刹の忠告を受け暁啓も表情を引き締めた。霧によって見通しは悪かった。いつどこからモンスターが出てくるか――暁啓はソロでここまできたが、本来ならダンジョン探索はパーティーを組んで進める物だ。
それは以前、未来からも聞いていたから暁啓も知っていた。霧で視界が悪く役割分担も大事だからだ。
しかし羅刹を所持している以上、暁啓は他の誰かとパーティーを組むわけにはいかない。
それでもここまで来ようと思ったのは自分のステータスが高かったからだ。試験でもそうだったが本来なら端末と契約したばかりの初心者プレイヤーはレベル0から始まる。
しかし羅刹と仮契約を結んだことで暁啓のレベルは12からスタートとなっていた。このレベルであればソロでもそう簡単にやられることはないだろう。
とは言え油断は出来ない。暁啓は慎重にダンジョン内を進んでいく。
霧に包まれた通路を進んでいると、やがて不気味な気配を感じた。その気配はますます強くなり、やがて蜘蛛のようなモンスターが現れた。
暁啓は警戒しながら、その蜘蛛のようなモンスターに接近していく。その姿は、巨大な蜘蛛のように見えたが、触手のようなものが多数生えており、非常に不気味だった。
「いきなり手強そうな相手だね」と暁啓が言うと、端末の中から羅刹の声が聞こえてきた。
『ふん、そう簡単にやられるかよ。あの程度なら大丈夫だ。心配すんなよ、バカ』
そんな言い方しなくてもいいじゃないかと思いつつ、暁啓は、自分の持つ金属バットを手に取り、蜘蛛の攻撃に備える。
羅刹と仮契約し暁啓は鬼に金棒のスキルを身につけた。これによって金属バットの威力が上がっている筈である。
蜘蛛は急に動き出し、暁啓たちに襲い掛かってきた。暁啓は、金属バットを振りかぶり、一気に蜘蛛に向かって振り下ろした。バットが蜘蛛に命中し、蜘蛛は悲鳴を上げながら倒れた。
「やった! 一撃で倒せた!」
ガッツポーズを決めながら暁啓が喜ぶと、羅刹から再び声が聞こえた。
『あーあ、また大騒ぎして。しょうがねえなぁ。まあ、初戦にしては上出来か』
羅刹がやれやれといった様子で声を発した。小生意気な相手だが一応は暁啓の力を認めてくれたようだ。
「これでレベルがあがったかな?」
『レベルが上がればまた肉体が変化する感覚がするはずだぜ』
なんとなくレベルについて触れると羅刹が疑問への回答を示した。思わず暁啓の顔が歪む。
契約した時の猛烈な痛みを思い出したのだろう。
『安心しろ。最初に比べればレベルアップ時の痛みなんて些細なもんさ。お前らの感覚で言えば注射する程度のもんだ。それよりレベルが上ってしまえば怪我してても治るからな』
暁啓はそれを聞いて、安堵の表情を浮かべた。
「そうなんだ。それは助かる。さてと、次はどこに行こうか」
『適当に歩いていればまたモンスターと会えるだろうさ』
「適当にか。でもあまり奥に行って強いモンスターと出会っても厄介かもね」
暁啓は慎重な考えを口にした。今の蜘蛛程度なら問題なさそうだが先に進めば進むほど危険が増すかもしれないと漠然とした不安も抱えていた。
『奥にいけば強いモンスターだと? お前これをテレビゲームか何かと勘違いしてんだろ。モンスターはそんなに甘かねぇ。リアルで動き回ってんだよ。どこにいようと凶悪なモンスターに出くわす可能性は付きまとうんだからな』
羅刹に言われ暁啓はハッとした。確かにそうだ。ここはゲームの世界でもなく、現実なのだ。
「そうだよね。僕の考えが甘かったよ」
『わかればいいんだよ。たく、ゲーム感覚でやられて死なれても面倒だからな』
羅刹が憎まれ口を叩く。ただ、口は悪いが何となく大事な事はしっかり教えてくれている、そんな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます