第5話

「お、お前、話せるのか?」

『ふん。当然だ。この羅刹様が宿ってるんだからな』


 自信ありげに端末が答えた。黒い端末は自分のことを羅刹だと名乗った。これは姉の未来から聞いた名前と一致する。


「つまりお前が姉さんの言っていた……」

『お前じゃねぇ。羅刹だ! 名前ぐらい病で覚えろ!』

「あ、うんわかった。羅刹。それで君は一体どうしてここへ?」

『お前の糞姉に出荷されたんだよ。お前を頼むとか一方的に言われてな』


 暁啓は目を丸くさせて端末を見ていた。随分と生意気な態度だが、どうやら未来は暁啓にこれを使わせようとしているようだ。


「羅刹は他の端末と何か違うのかい? それに羅刹は外のモンスターと戦えるの?」


 暁啓は頭に浮かんだ質問をそのままぶつけた。


『当然だ。こうやって自我がある時点でそんじゃそこらの端末とは大違いよ。当然そんな俺様だからな。俺様の力があればモンスターと戦うなんざ余裕よ』


 随分と尊大な奴だな、と感じもしたが、もしこれが端末なら暁啓としても願ったり叶ったりであた。


「じゃあ僕に協力してくれるかい?」

『は? ふざけんな! 何でお前なんかと、といいたいところだがそうだな。サービスだ。この俺様が特別に契約してやってもいいぜ』


 とことん上から目線だなと想いつつも暁啓は迷った。姉の未来が何の根拠もなくこれを託すとは考えにくい。つまり暁啓が使えるよう寄越したのだろう。


 ただ同時にこうも言っていた。油断は禁物だと。確かに話してみると一癖も二癖もありそうなタイプではある。


「……決めるのは少し待ってもいいかな?」

『は? ふざけんな! この俺様がわざわざお前みたいなヒョロっちいのと契約してやるって言ってやってんのに何が不安なんだ!』


 ヒョロっちいと言われたのは微妙にショックだった。暁啓はこれでも普段から鍛えている自覚があったからだ。


『大体テメェはあれだ。プレイヤーになりたいんだろう? それでどうなんだ俺様なしでなれそうなのか?』

「いや、試験には不合格だったんだ。だから今のままじゃ無理かな」


 羅刹から痛いところをつかれ暁啓は苦笑交じりに答えた。しかし何故羅刹は自分がプレイヤー志望だとわかったのかとちょっと疑問にも思った。

 

 もっともすぐに未来の顔が思い浮かび、姉から聞いたのかと自己完結したが。


『ハハッ。だったら尚更だな。俺様と契約を結べばプレイヤーになれるぞ。お前の夢が叶う。俺を選ばない理由がないだろうが』


 暁啓的にもそれでプレイヤーになれるなら、と思わなくもない。ただこの端末はギルドが管理している物とは別だ。見つかれば厄介なことになるだろう。


 だが姉は油断するなといいつつもこの羅刹を使いこなせる筈とも言っていた。

 それならば契約すべきか――だがこのまま羅刹の言われるがままでいいのか……。


「仮――仮契約だとどうかな?」

『は? 何だそりゃ』

「お互いのことをよく知らないわけだしね。とりあえず仮契約をしてそれからじっくり考えるってことでどうかな?」


 暁啓の提案に羅刹はしばらく黙り込んだ。そして――


『ふん。まぁ悪くねぇかもな。だけど俺様にメリットはあるんだろうなぁ?』


 やっぱりこの端末はどこか生意気で油断ならない、と暁啓は苦笑いを浮かべる。


「えっと……そうだね。まず君が僕のいう事を聞いてくれるなら、僕は君の力を使ってモンスターを倒すよ」

『ほぅ。なかなか面白いことを言うじゃねぇか。だがそれだけで俺様が動くと思うか?』

「あーえっと……なら他に何か欲しいものがあれば用意できるかもしれないよ。例えばお金とか」


 探るような気持ちで暁啓は羅刹に提案してみた。もっとも彼は見た目にはただの端末。お金が欲しいようには思えない。


『はっ。金か。随分と俗っぽい物を持ち出すんだな』

「うっ……」

 

 言われてしまったと暁啓は少々後悔した。あくまで模索段階だったが機嫌を損ねる可能性がある。


『フンッ。まぁいい仮契約はしてやる。ただし金なんざはいらねぇ。要求するのは最初に言っていたことの延長。つまりお前はとにかくモンスターを狩れ。話はそれからだ』


 しかしその後返ってきた答えは仮契約をするという物だった。そして羅刹は暁啓がダンジョンに出てモンスターを狩ることを望んだ。


「――それでいいなら僕も仮契約するよ。ところでそれはどうしたらいいの?」

『画面に表示が出るからそれで選択しな』


 羅刹が暁啓の質問に答えた直後、画面に表示が出た。


――羅刹と仮契約を結びますか? はい・いいえ。


 暁啓はそのままはいをタッチした。


「これでいいのかな?」

『そうだ。ただし気をつけろよ。最初は痛いからな』

「痛い?」


 羅刹の口ぶりに暁啓が小首を傾げた。だがその直後全身に猛烈な痛みが襲いかかる。


「あ、あぐぁああああぁあああぁああ!」

『我慢しろ。プレイヤーになるために肉体を作り変えてんだからな。ま、今日一日我慢すればいいってだけだ』


 羅刹の言う通り猛烈な痛みが続き暁啓は暫く床を転げ回ることになった。


『ほう大したもんだな。相当な痛みの筈だが最初以外悲鳴を上げないとは』

「ぐっ、うぐぅ――」


 羅刹の言うように暁啓は口を押さえ必至に耐えていた。長時間悲鳴を上げ続けていると流石に外に聞こえてしまう。


 そうなればギルドから派遣された監視員が様子を見に来てしまうかもしれない。

 暁啓は出来ればまだ端末について知られたくなかった。羅刹は姉の未来とをつなぐ唯一の手がかりだからだ。羅刹と仮契約を結んだのも姉のことが気がかりだったのもある。


 羅刹と契約しダンジョンに潜っていれば姉の手がかりが何か見つかるかもしれない。そう思い仮契約をしてでも関係を持っておきたいと、そう考えているのだ。


 しかしもしこれがギルドにばれてしまえば羅刹は端末ごと押収される可能性が高い。それだけは避けなければならない。


「――はぁ、――はぁ、――」


 ようやく激しい痛みも収まり暁啓は大きく息をつく。そしてゆっくりと顔を上げて辺りを見渡してみる。


「――ここは?」

『俺とお前の契約を結んだ部屋さ』


 羅刹が教えてくれた。言われてみれば当然か、と暁啓は思うもあまりの痛みだった為、記憶が一瞬飛んでしまっていた。


「そっか。これが羅刹との契約なのか。凄いな本当に体に変化が出てる。それにしても何だろう?

体が軽いというか力が湧いてくるような気がする」

『当たり前だ。この俺様と契約したんだからな。しかし意外だったな……もっと長く苦しむかと思ったぞ』


 そう言われても暁啓には初めての経験であり普通ならどの程度苦しむかなとわかりもしないし知りたくもないので反応に困ってしまう。しかし暁啓は先程よりも確実に自分の体調がよくなっていることを自覚しており五感がどことなく鋭くなった気もする。


「そういえばこれで僕もプレイヤーになれたということか」

『あぁ。俺を見てみな。今のステータスが見れるぜ』


 そう言われ暁啓も思い出した。プレイヤーにはステータスという能力が身につくことを。そこで暁啓は端末に触れ画面の中に映る自分のステータスを確認してみた。


ネーム:霧開 暁啓

ジョブ:羅刹(仮契約)

レベル:12

攻撃力:72

防御力:70

体力 :80

敏捷力:48

技術力:62

魔力 :38

精神力:42

スキル

・鬼に金棒・鬼人化・鬼火・鬼気・金剛・旋風金棒・破砕撃


「これが僕のステータス……」


 自分にステータスが与えられたことで少し感動する暁啓。


「何か凄いね。レベルも高いけどジョブが君と同じ?」

『その言い方はちと違うな。俺がお前のジョブなんだ。ま、どっちでもいいがな』


 羅刹の答えに一応は納得を示す。同時にしっかり仮契約と表示されていることが細かいなと思った。


『ただし今が仮契約だってことを忘れるなよ』

「しっかりステータスにも表示されてるしね」

『あぁそうだ。そしてそれ以外にも制限はある。例えばスキルも仮契約では使えない物があるからな』

「そうなんだ。じゃあこの凄そうな鬼人化はどうかな?」

『それは仮契約じゃ無理だ』

「じゃあ鬼火や鬼気は?」

『仮契約じゃ無理だな』

「……だったら何が使えるのさ」

『仮契約で効果があるのは【鬼に金棒】だけさ。カカカッ』


 質問に答え戯けるように羅刹が笑った。暁啓は少しイラっとしたが仮契約を望んだのは自分だ。致し方ないとも言えるだろう。


「じゃあこの鬼に金棒というのはどんな効果が?」


 そう思いつつスキル名に触れると画面に説明が表示された。


・鬼に金棒

金棒を持つことで自動で発揮。ステータスが向上する。


「金棒を持つことで発揮? でも金棒って一体……」

『仕方ねぇからそれだけ教えてやるよ。ようは鉄の棒であればいいってことだ』


 羅刹が暁啓の疑問に答えてくれた。暁啓は羅刹の話を聞き考え部屋に収納しておいた金属バットを取り出した。


「これでもいいのかな?」

『上出来だ。ちょっと構えてみろ』


 どうやら問題なかったらしい。そして暁啓は羅刹の言う通りその場でバットを握って構えてみた。

 すると何となくだが力が内側から湧き上がってきた気がした。


「力が溢れてきてる気がする」

『そうだ。それがスキルの効果って奴さ』


 なるほど、と暁啓は納得した。何となくだがこれでやっとプレイヤーになれたという実感が湧いた気がした。


「知りたいことは大体聞けたかな」

『そうかなら実戦だな』

「いや、流石に――」


 暁啓は時計を確認したが既に夜中だ。思えば痛みで数時間程苦しんでいたことになる。もっともステータスが与えられたことで痛みは消えすっきりもしたわけだが、腹は減っていた。


「もうこんな時間だけど少し食べて寝るよ。それでモンスターを狩る話だけど、明日も仕事があって週末になると思うんだ」

『は? すぐじゃねぇのかよ』

「こっちに事情があるんだよ。生活費は稼がないといけないからね」


 ぶつくさ文句を言う羅刹を宥め、とりあえず暁啓は残っていたパンを食べた後シャワーを浴び床についたのだった――

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