第二章 黒い端末
第4話
「グハッ! ゲホッ! ゲホッ!」
意識が覚醒され飛び起きた暁啓は喉を押さえ咳き込んだ。すると何者かが近づいてきて暁啓が装着していたギアを外してくれた。
「……死亡だな。お前はここまでだ」
ギアが外され顔をあげるとそこには高橋の姿。彼は真顔で暁啓にそう伝えた。それは暁啓の不合格を意味していた。
「……これで終わりなんですね」
「――そうだ」
高橋が非情に言い放つ。暁啓は立ち上がるが足がふらついた。それぐらい痛みも感覚もリアルだったということだ。
「……一つ聞いていいか?」
高橋が暁啓に問いかけた。
「――何でしょう?」
「お前は何故あんな無茶な特攻をした? 後ろの女が勝手に動いたように言っていたようだが」
どうやら高橋からも仮想空間の出来事が良く見えていたようだ。試験官なのだからそれも当然かと思いつつ、暁啓は答えた。
「……僕が未熟だっただけです」
作戦が違ったなどと言うつもりはなかった。どんな理由があろうと今更試験結果が覆るとは思えなかったからだ。
こうして暁啓の試験は終わり、一人帰りのフェリーに乗って引き返した。港についてからは黒服の二人に家まで送迎してもらった。
それなりにショックが大きかった為、暁啓は二日程は自宅で休んだが、引きずってばかりもいられない。生活のこともある。
暁啓はバイトを再開させた。このバイトは事前に彼を見張っている黒服たちにも伝えている物だ。基本的に暁啓の行動は彼らに監視されていた。
姉の未来からいつ連絡がくるかわからないからだ。もっともそんな暮らしにもすっかり慣れていたわけだが。
試験から少し経ち、暁啓は引っ越しのバイトに来ていた。
「お疲れ様。助かったよ。はいこれが今日の分」
「ありがとうございます」
引っ越し作業も終わり暁啓は手渡しで日給を受け取っていた。日雇いというものだが昔と違って特に制限はない。
寧ろダンジョン化した世界ではいつ何がおきるかわからずその為に今となっては日給方式を取る会社も多い。
仕事を終えた後、送るか聞かれたが暁啓は断った。引っ越しと言っても自宅までそこまで遠い現場ではない。今日に限らず今となってはいつも大体そんな感じだ。ダンジョン化の影響で暮らせる世界の規模がかなり小さくなったからだ。
トレーニングの為、ランニングして帰るには丁度いい距離だった。
暁啓はランニングの途中で水分補給の為に自販機で水を購入した。
「あら。試験不合格の暁啓じゃない」
通りがかりの女性からふと声が掛かった。見ると以前一緒に試験を受けた美香がそこに立っていた。
「久しぶりだね。君はあれからどうだったの?」
「私は合格したわよ。あの時一緒にいた伊織やあと雷夢って子もね」
それを聞いてあの時知り合った皆は試験を合格できたんだなと考えた。若干悔しくもあるが今更その事でぐちぐち文句を言っても仕方ない。
ただ不合格になった際の出来事だけは釈然としなかった。きっとその感情が顔に出ていたのだろう。美香がフッ、と薄笑いを浮かべ口を開く。
「あの時、どうして私があんたを撃ったか知りたそうね?」
「――気にしてないといえば嘘になるかな」
わざわざ美香の方から話をしてきたので暁啓はそのまま彼女の回答を待った。
「そんなのあんたを落としたいからに決まってるでしょう。私は最初からそのつもりだったんだから」
「……何故そんなことを? 僕、君に何かしたかい?」
「何か、ですって? ふざけるな! あんたの姉が何をしたか忘れたとは言わせない! あの災厄の魔女のせいで私の兄さんは!」
怒りを顕にし美香が叫んだ。途中で言葉を失い拳をギュッと握りしめ奥歯を噛みしめる。
暁啓は何故試験で彼女があんな真似をしたのか理解した。姉の影響で多くの犠牲が生まれたのは知っていた。
暁啓はまだ姉がやったとは信じていないが、当事者の彼女たちから見れば当然姉は大罪人でありその弟である暁啓にも怨嗟の念を抱いているのだろう。
「私は悪いなんて思ってない。あんたみたいな奴がプレイヤーになることの方が許せないんだから。だから言ってあげる。ザマァ見ろ!」
そして美香は踵を返した。去り際に、
「あんたの顔なんてもう二度と見たくない。早く死ね――」
と言い残しながら――
◇◆◇
「あんた、あれどういうこっちゃねん」
暁啓に気持ちを告げ、立ち去った後、美香は雷夢に声を掛けられた。どうやら雷夢も近くにいて様子を見ていたようだ。
「久しぶりに二人を見かけたから声掛けようか思ったんやけど、ほんならあんたがとんでもないこと口にしとったからな。声をかけるタイミング完全に失ったわ」
「そう。それで何か?」
ニコッと微笑み美香が問い返す。その態度に雷夢はイラッと来てるようだった。
「試験、あんたわざと暁啓を落としたんかい。何でそないなことしとん?」
「さっきの話を聞いていたなら聞いての通りよ。あいつはあの災厄の魔女の弟。プレイヤーになる資格なんて最初からない」
「そないなこと暁啓には関係ないやろ。ただ弟ってだけやないか」
「それで十分じゃないの! あいつの姉が何をしたかわかってるの! そのせいでどれだけの犠牲者が出たか!」
「……でも、そのことと暁啓は関係ないやろが」
「あぁそう。そうねあんたは実害が出てないからきっとそんな呑気なことが言えるのよね」
「おかんが亡くなったんよ。その災厄の日の影響で。本来届くはずだった薬が届かんくなったんや。せやけど、だからってうちは暁啓が悪いだなんて思ったりせぇへんで」
静かに雷夢が考えを述べた。話を聞いた美香がうつむく。
「随分と、いい子ちゃんなのね。だけど私は無理。絶対に許せない」
「……そっか。残念やな。うちも合格して暁啓は駄目やったけど、あんたとなら仲良うやっていけるってそう思っとったんやけどなぁ」
「…………それでも仕事は仕事よ」
そう言って美香は雷夢の前からも去っていった。確かに美香も雷夢も試験に合格した。だが試験の時のよういはいられないとお互いに感じ取っていた――
◇◆◇
(姉さんのことは信じたいけど、色々キツくなってきたな)
そんなことを考えながら暁啓は自宅まで戻ってきていた。姉の未来が消えてから随分と経ってしまった。全く連絡もとれず生きているか死んでいるかもわからない。
それだけに辛かった。そして今回の試験――美香の悲痛な訴えを思い出すと胸が痛かった。
「……あれ?」
ふと、暁啓は家の扉の前に小さな木箱が置かれていることに気がついた。箱には暁啓へというメッセージが添えられていた。差出人が誰かは書かれていなかった。
妙だなと暁啓は考えた。暁啓は監視されている。それは姉の未来のことがあったからだ。だから荷物が置かれたなら何かしらチェックが入るはずだ。
実際今も恐らく暁啓は監視されているが、特に声が掛かることもない。
この木箱をどうしようか一瞬迷ったが、暁啓はそのまま部屋に持ち込んだ。
部屋に入ってから木箱を開けてみた。すると中には黒いスマホ――いや端末が入っていた。
端末とはプレイヤーになる上で必要なものだ。そして見た目はスマホに似ている。区別はどこでつくのかと言えば端末に刻まれたデザインにあった。
端末のデザインは独特であり淡く光る。この黒い端末にもそのようなデザインが施されていた。
ただ気になることもあった。姉がまだ冒険者として活躍していた頃、端末を見せて貰ったことがあるのだがその時は銀色の端末だった。
暁啓は姉に端末のデザインに違いがあるか聞いたことがあったが、特にないと言われたことがある。
つまり黒い端末は本来ありえない。とは言えあくまで姉がいた頃の話であり、もしかしたら新たなタイプが発見された可能性もある。
とにかく先ずはこの端末をどうするべきなのだが――その時端末の画面が光った。そして画面の中に一人の女性の顔が映し出される。
「え? 未来、お姉ちゃん?」
『――うむ暁啓、息災であるか? そろそろ彼女は出来たか? それともまだどう――』
「うわわわわっ!」
それはこれまでずっと気にかけていた姉、未来であった。しかもこれだけ心配していたにも拘わらず画面の中の未来が開口一番発したのはとんでもないことだった。
「ちょ! いきなり何を聞いてるんだよ! 大体今まで一体どこにいたのさ!」
沸き起こる感情をストレートに言葉に乗っけた。暁啓は比較的温厚な方だが、それでも長い間音信不通だった姉の姿を見れば冷静ではいられない。
『うむ。暁啓が怒る気持ちも当然わかる。それも仕方のないことぞ。だが今は気をつけるのだ。壁に耳あり障子に目あり。いつどのようなものが聞いて折るのかわからんのだからな』
ふと、姉の口調が真面目なものに変わり暁啓もしまったと口を押さえた。姉はプレイヤーギルドも探し回っており暁啓もしっかりマークされている。
端末が誰にも知られず暁啓の手に渡ったのがそもそも奇跡に近いのだ。ここで騒いでいたら間違いなく怪しまれるだろう。
「わかったよ。でも聞きたいことが山ほどあるんだ。とにかく今どこにいるの?」
『某がどこにおるかはすぐには教えられぬ。とても危険な場所であるかな』
相変わらずの口調だな、と思いつつ暁啓は更に聞いた。
「そんなこと言われたらますます気になるよ。第一――」
暁啓はそこで言葉を詰まらせた。一番聞きたかったことが何故か声に出なかった。何故あの日未来は街を見捨てて逃げたのか。本当に仲間を裏切ったのか? だがもしそれを聞いて事実だと言われた――
『暁啓。せめてお前だけでも某を信じて欲しい』
だけど、そんな暁啓の耳に届いたのはかつて暁啓が憧れ尊敬した未来のハッキリとした意思の感じられる言葉だった。
「それってつまり、姉さんは皆を裏切ってないってこと?」
『今ここですべてを説明するのは難しいであろうぞ。だが暁啓に伝わってること全てが真実なわけではない。それは確かだ。だが結果的に多くの命が犠牲になり某もその場から離れざるを得なかったのは事実ぞ。某の軽率な行動によって暁啓には苦労を掛けた――きっと嫌な目にもあってきたであろう。済まぬ――』
未来の謝罪の言葉。思わず暁啓は胸を右手で押さえた。様々な感情が溢れてくる。
ただ一つだけ確かなことがあった。それは――未来が無事で良かったということ。
「俺、姉さんを信じるよ」
『きっと暁啓であれば信じると言うてくれると思っておる。そなたは良き子であるからな。だがたとえ恨んでいたとしても某は受け入れるつもりだ』
「え?」
ふと暁啓は違和感を覚えた。暁啓はずっとこの端末を通じて未来とリアルタイムで話していると思っていたからだ。だがそてにしては妙に噛み合っていない。
『もしかすると暁啓は現在某と直で会話できていると思っておるかもしれんな。しかし違う。これは事前に録画した物。つまり直接会話しているわけではないのだ』
後頭部をさすりながらいたずらっ子のような笑みを浮かべる未来。
「そうなの? でも全く違和感なかったんだけど」
『血の繋がった姉であるからな。某がこう言えばきっと暁啓であればこう返すだろうということはお見通しなのであるぞ』
まさにそのとおりだな、と暁啓は苦笑した。
『うむ。そのようなことを話している間にもうこんな時間だ。本題に入ろう暁啓。先ずそなたに届いた物体、つまりその黒い端末であるな。これはきっと暁啓の手助けになるであろう。そのもの【羅刹】と言う。後のことは羅刹に聞いてみるがよい』
「へ? 羅刹? ちょっといきなり過ぎて良くわからないんだけど……」
『済まぬ。これ以上は厳しいのだ。とにかく暁啓ならきっと羅刹を使いこなせると信じておる。ただし油断は禁物であるぞ。それと、そのもの以外の黒い端末を見かけたら警戒するのだ。基本このタイプの端末は危険である――それではな――愛しておるぞ暁啓。だから……無事でいるのだぞ――』
「え? ちょ、姉さん!」
唐突にプツッと姉の姿が消えた。画面は黒く染まり暁啓がいくら呼びかけても未来の返事はない。
「なんだよもう。折角声が聞けたと思ったのに、いきなり切れるなんて……本当に、勝手だよ」
『うっせぇな。いつまでもくよくよしてんじゃねぇよ。たくこんな弱っちそうな奴で本当に大丈夫かよ』
「え?」
声が聞こえた。それは姉の声ではなく男性の声だった。そして声を発していたのは――姉の無事をしるきっかけとなった黒い端末だった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます