第2話

「んだよたったそれだけかよ」

「ケチクセェな」

「化け物退治に人数いるんだからもっと採用すりゃいいのによ」


 ふとそんな不満とも愚痴ともとれる声が受験生の中から発せられた。沈黙が保たれている中で聞こえてきた声だからより目立ったのかもしれない。


「――そこのお前とお前、後はお前か。以上の三名は不合格だ。とっとと荷物をまとめて帰れ」


 高橋が三人を指差し容赦ない決定をした。彼ら三人は試験に挑む機会さえ与えられず帰らされることになる。


「ふ、ふざけんな! なんだよそれ!」

「こんなの横暴だ!」

「理由をいえ理由を!」


 しかし不合格を言い渡された三人は納得がいかない様子だ。素直に出ていこうとしない。


「説明しなければわからないようなら尚更だ。お前らにはここにいる資格がない」


 高橋がばっさりと切り捨てると奥からスーツを着た女性がやってきた。


「さぁ不合格者はこちらへ」

「ざけんな! 絶対に出ていかないからな!」

「試験もなしに諦められるかよ」

「この日のためにどれだけ努力を積んだと思ってるんだ!」

「最後の忠告です。今すぐここを出ていきなさい。でなければ強引にでも退出させますよ」


 ゴネる三人に女性が言い放った。だがそれでも納得がいかないのかついに女性にも暴言を吐き出した。


「うるせぇ女のくせに生意気な!」

「大体女一人で何が出来るってんだ!」

「お前らみたいな口ばかりの雑魚を叩き出すぐらいは出来ますか?」

「何だとテメェ!」


 男たちに女性は挑発めいたセリフを返した。すると男の一人が女性に向けて拳を振り上げる。


「痛い目を見ないとわかりませんか」


 だが対応した女性は冷静だった。慌てること無く振り下ろされた拳を受け止め投げ飛ばした。ボキッという鈍い音がした。


「ぎゃぁあ! 背中がぁああぁあ!」


 男は痛がり地面を転げ回った。パンパンッと手を払う女性だったが残りの二人が突っかかる。


「痛い目見せてやる!」

「女が男に勝てるかよ!」

「この状況でよくそんな口がきけたものね」


 そう返しつつ女性は男の腕を取り撚るようにしながら転倒させた。やはり鈍い音がして腕を押さえて男が苦しがる。

 どうやら片腕が折られたようだ。更に残った一人に掌底を叩き込む。


「グベッ! ひゃ、ひゃながぁああああ!」


 ダラダラと鼻血を流しながら最後の一人も叫んだ。こっちは鼻が折れたようである。


「本当情けないわね」


 女がそう言い放つと別な男性も駆けつけてきて二人で怪我をした三人を引きずっていった。

 その様子を見ていた多くの受験者が唖然としていた。あまりに容赦がなかったからだろう。


「馬鹿はあれだけだな。もう質問もないようなら試験を始めるぞ。ステージに移動するからついてこい」 


 そして高橋に促され続々と受験者があとに続いた。長い廊下が続いていた。


「端末を持つことの意味。お前たちは理解しているか?」


 道々高橋がふとそんな質問を投げかけてきた。誰かを指名しているわけではないので、わかる人は答えろというところだろう。


「端末は――プレイヤーとなりダンジョンで戦い抜くために必要です」

「確かにそれも一つだな」


 暁啓が答えると高橋が頷いた。間違った答えではなかったようだと暁啓も安堵する。


「だが端末を持ったからと言って別に無敵になれるわけじゃない。寧ろ生き残った人々を代表してダンジョンに潜り危険なモンスターと戦う日々が待っている。端末の数は決まっている。今発見されているのは百台。つまりプレイヤーの数は常に最大で百人だ。それはついこの間まで保たれていた。だが今回五名のプレイヤーを募集した。その意味がわかるか?」


 沈黙が訪れた。暁啓も理解した、いや元から理解していたか。今回五名を新たに募集したこと。それはつまり五名のプレイヤーが犠牲になったということでもあるのだ。


 それを改めて認識したことでさっきの受験者がなぜ落とされたか暁啓はわかった気がした。

 彼らはこの試験をそして端末を持つことの意味を軽く考えすぎていたのだ。


 常に死と隣合わせ――プレイヤーになるということはそういうことだ。軽く考えていては務まらない。


「ついたぞ。ここが最初のステージだ。お前たちにはここでフットサルをしてもらう」

「へ? ふ、フットサルかいな」


 雷夢から声が漏れた。そして他の受験者も何故? といった顔を見せる。


「チーム編成は最大で五人だ。急いでチームを組むんだな」


 高橋が全員にチームを組むよう促した。途端に受験者がチームメンバーを求めて交渉をはじめていった。


「うちらは決まったようなもんやな」


 雷夢が暁啓の近くまで来て言った。その隣には美香の姿もあった。

 確かに少しでも気の合う相手の方がいいと考え暁啓も二人と組むことに同意。

 しかしその後、他のメンバーはどんどん決まっていき結局暁啓は三人だけのチームで最初のステージを挑むことに――この事で雷夢が一応確認を取ったが。


「最大で五人と言った筈だ。三人しか揃わなかったならそれでやってもらう」


 それが試験官の答えだった。最初に敢えて最大で五人と言っていたのはこういう事態も想定してのことだったらしい。


 こうして三人で最初の試験に挑むことになった暁啓たちだが、その後くじを引き順番が決まっていき暁啓たちは最後に試合することとなった。


 そして最初の二チームがフットサルで試合をすることになったのだが――始まった瞬間彼らの表情が変わった。


「か、体が重い……」

「これ、一体どうなってるの?」

「そういえばいい忘れていたが、このステージの正式名称は3Gフットサル。つまりここでは三倍の負荷が掛かる中で試合をしてもらう」


 高橋の説明に何人かの受験生の表情が変わった。暁啓としてもただのフットサルではないかもしれないという思いはあったが、それがこういうことだったとは、とこの試験の厳しさを感じた。


 最初の試合は当然三倍の負荷が文字通り重く伸し掛かりかなりの泥試合となった。それでも片方のチームが意地を見せ最終的には上手くボールを回しながらゴールを決めその一点を守りきって勝利を収めた。


「勝利はBチーム。Aチームは全員不合格だ」


 高橋がそう結果を伝えると納得がいかなかったのかAチームが抗議したがあの女性試験官が姿を見せたので大人しくその場を後にした。


 この時点で他の受験者も理解していた。このフットサルの試合に負けたらチーム全員が即不合格だということに。


 試合が進み、予想通り負けた方には不合格が言い渡された。そして最後に暁啓たちのチームが試合に挑む。 

 相手は五人揃っていたが特にハンデなども与えられなかった。


「こっちの方が数が少ない分不利だけど、そんなこと考慮してくれるわけないよね」

「せやな。せやからうちから提案なんやけど――」


 雷夢が人数面で不利なこの試合でどうすればいいか作戦を提示した。その内容はとにかく前半で点を取り後は守り切るというものだった。


「確かに今までの試合を見ていると、最初のうちは負荷に慣れなくて動きが鈍いし、そこで速攻を決められれば点は取りやすそうだけど……」


 美香は不安そうな顔を見せる。当然だが負荷に慣れないのは自分たちにも言えることだ。


「向こう見てみぃ。全員男で体格もえぇ。つまりうちらより負荷の影響が大きいんや。うちらの方が慣れやすいんちゃうか」


 なるほど、と暁啓は納得した。改めて相手を見るとこっちを見て余裕そうにしているが確かに全員男で体格が良い。


 通常ならフィジカルの差でキツイ戦いになるが三倍の重力が掛かるとなると話は変わってくる。体重が重ければ重いほど背負う重量が大きくなるからだ。


「雷夢の言う通り、こっちは身軽なのが有利になる。後は出来るだけ早く重力になれるだけだ」


 そして三人の作戦は決まった。フットサルのコートに立つ。


「悪いがこっちより少ないからって手加減はしないぞ」

「俺たちもこんなところで落ちる気はないからな」

「体格的にも差は歴戦」

「勝利は貰った」

「怪我する前に棄権するのも手だぜ」

「気遣いは結構や。人数が少ないのはうちらも重々承知やからな」

「それでも出来ることをするだけだからね」

「ここで負けるわけにはいかないわ」


 互いに言葉をかわした後、整列するよう促されたので三人で並び相手と対峙した。

 そして試合開始のホイッスルがなった瞬間、選手全員に重力三倍の負荷が掛かった。


「くっ、中々これは――」


 暁啓も重力三倍の負荷には苦労した。それは他の二人も一緒だっただろう。

 だが三人が予想した通り相手はもっと大変そうであった。暁啓たちは始まって早々の慣れてない時でも歩くことぐらいは出来ていた。


 一方相手は元の体格がたたってか動くこともままならない。このチャンスを逃すまいと暁啓がボールを確保した。ただのサッカーボールさえも蹴った時にずしりと重みを感じたがそれでも何とか転がし雷夢や美香とパスを繋ぎゴールに向かった。


 ある程度動くと体も慣れてきて多少はマシに動けるようになったところで先制点を確保する。

 予想通り相手は守備どころではなかった。歩くことすらままならずその間に更に暁啓たちは点を重ねていった。


 それから大分遅れて対戦相手もある程度は動けるようになったが、そこからは暁啓たちは守りに徹した為、結局相手は一点も返すことが出来ず敗北。

 数の差を跳ね除けて見事暁啓たち三人が勝利を収めたわけだ。


「やったな! 大成功や!」

「うん。作戦が見事にはまったね」

「二人が頑張ってくれたからよ」


 三人は勝利を喜んだ。一方で負けた相手は当然悔しそうだった。この瞬間に不合格であることは間違いないからだった。


 だからといって同情している暇はない。この時点で更に半数近くが不合格になったがこれでもまだファーストステージなのだ――

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